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4、優しき朝

 宴の日の翌朝、ティレルは早速村長から得た情報をイネスに共有した。


「灯火の剣士様、ですか」


 村での宿泊場所として提供された農家の納屋、干し藁に毛布を掛けた簡易のベッドの上に腰を下ろしたまま、イネスはティレルの話にぱちくりと目を瞬かせる。

 小さな村には宿などない。しかしはるばるやってきて土地の浄化に努めてくれた祈り手たちに不自由させまいという村人たちの心尽くしによって、納屋が一棟綺麗に清掃され、即席の宿として整えられていた。


「今のところ、王都についての情報はほとんどないの。私が聖女で瘴気に強いとはいえ、無策で闇の森に飛び込んで無事でいられるかどうかはわからないわ。であれば安全に探索を進めるためにも、強力な味方は欲しいでしょう?」

「それは、そうですけど……その方、本当に人間なんですか? 瘴気に満ちた森の中で、ただの人間が十年も生きてられないと思うんですけど」

「そうね。それは私にもわからない。でも、森に迷い込んだ人を助けてくれる方だもの。例え死霊だったとしても、きっと私たちの力になってくれるわよ」


 同じく藁のベッドに腰を下ろし、自らの髪を櫛削りながら、ティレルはイネスに当面の方針を語って聞かせている。

 梳いた髪を三つの束に分け、慣れた手つきで三つ編みに編んでいく。動きやすく、長い髪も気にならないこの髪型はティレルのお気に入りだ。

 飾り気のない髪型であることはティレル自身もわかってはいるが、それでもティレルはこの髪型こそ自分らしいと思っているので、これでいい。

 この三ヶ月の間に、固さのあった真新しいローブやブーツは柔らかくこなれてすっかりティレルの体に合うようになっている。それと同時に、ティレル自身も旅の中でのびのびと過ごすことができて、これが本当の自分だと思えるようになってきていた。


「さて……イネス、こちらへいらっしゃい」


 自分の髪を編み上げてから、ティレルは微笑みを浮かべてイネスを手招いた。

 灯火の剣士の話を聞いて、訝しむような表情を浮かべて考え込んでいたイネスもぱっと顔を輝かせ、ティレルのベッドに移って腰を下ろす。

 ティレルはそのままイネスの若葉色の髪に櫛を通し、梳かしていく。彼女が子供の頃には毎日のようにやってあげていた。

 イネスは成長してティレルの手を離れたが、この巡礼の旅が始まってから、この髪を梳かす行為が再びティレルの楽しみとなっていた。

 髪を梳かれているイネスも、心地よさそうにティレルに身を任せている。

 いくつになっても、イネスはティレルにとって可愛い妹であった。


「……あの、ティレル様」


 イネスは髪を梳かれながら、ぽつりと口を開いた。


「どうしたの?」

「この旅に出ると決まった時から聞いてみたかったんですけど……ティレル様は、ジールハールの都に着いて、守護樹を見つけたらどうするおつもりなんですか?」


 イネスの問いに、ふとティレルの手が止まる。


「もう、ジールハールの国はなくなってしまったじゃないですか。そこで守護樹を見つけても、国は復活しないですよね? じゃあ、ティレル様はそこで何をするんですか」


 ジールハールの守護樹まで辿り着いた時のプランが自分の中に何もなかったことに、驚いたのはティレル自身だった。

 言われてみて初めて気付いたのだが、ティレル本人も自分がジールハールの都で何をすべきなのかわかっていなかったのである。

 確かに万一ジールハールの守護樹を見つけられたとしても、国は既に滅んでいる。

 守護樹だけが生きていても、国がないのであればどうすることもできない。

 守護樹さえ見つけさえすれば、聖女としての自分の進むべき道が自ずと見出せるとばかり思い込んでいたティレルは、その事実に少しばかり動揺していた。


「……そう、ね」


 イネスの髪を再び梳き始めながら、ティレルは極力動揺を悟られないよう、声を潜める。


「国がもうないのは仕方のないことだもの。守護樹が生きている可能性は低いけれど……可能であれば新しい苗になるような小枝の一つでも持ち帰られればそれでいいかしら。それも駄目であれば、私は守護樹に仕える聖女として……守護樹を、伐り倒すことも覚悟しなければいけないわね」


 聖女は聖樹と感応し、大地を清め魔を祓い各地の守護樹を管理する存在である。

 普段は守護樹を守り育てるためにその力を使うが、いざ戦や災害などで国の存亡が危うくなった時には、大陸を支える聖樹そのものを守るために、その末端である守護樹を伐採することもまた役目に含まれる。

 国がなくなってしまえば、守護樹は役目を終える。逆に言えば守るべき国もないのに守護樹を生かしておくのは、本体である聖樹の力を無駄使いする行為である。故に、国が滅びる際にはその国の守護樹を伐り倒したり焼き払ったりする習わしであった。

 聖女が守護樹を伐り倒す。それは一つの国が終焉を迎える合図であり、聖女が役目を終える瞬間である。


「ティレル様……」


 イネスがティレルを気遣うように、体ごと振り返って抱き着いてくる。


「私、最後までティレル様と一緒にいますから」

「イネス……ありがとう。優しい子ね」


 精いっぱいに自分を慰めようとしてくれる少女を抱きしめながら、聖女ティレルは決意を固める。

 例え自分の身に何が起ころうとも、この優しい祈り手の少女だけは生かして帰さなければ、と。

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