13、十年前の真実
『……さて、これで大体十年前から今までの流れはわかりましたな。次はこの厄災の核心と、これからどうするべきなのかをお話しましょう』
先程とは打って変わって真剣な声音で、カルタスが再び語り始める。
『我々もこの十年、ただ魔獣と戯れていたわけではありません。手分けして都のあちこちを探索し、この厄災の原因を探っておりました。
まず、結論から申し上げます。この都を塗り潰した穢れと瘴気、その発生源は守護樹。そしてこの事態を引き起こしたのは国王ラドロスです』
「なんだと!?」
カルタスが口にした名に、ユラが思わず立ち上がった。
ティレルも守護樹が瘴気と穢れの発生源であると聞き、口元を手で覆い信じられないという表情を浮かべている。
『本当です。王宮や宰相府、大臣らの邸宅など、調べられるところは全て調べました。あの日の出来事は事故や天災などではなく、全て人為的に引き起こされた厄災だったのです』
「だが、何故だ! 何故王がこんなことを!」
『落ち着いてください大兄上。受け入れがたいことですが、事実です。我らが頂いた王は、邪神に魅入られていたのです』
ぎり、と歯を食いしばり、拳を震わせるユラをティレルが気遣わしげに見上げる。
王が道を誤ったせいで、彼らは全てを失い、苦しみ続けている。
ユラは騎士だ。彼の性格からしても、きっと王に対して忠誠を誓い、誠心誠意仕えてきたことだろう。その忠義を見事に裏切られたのだ。
彼が烈火の如く怒るのも、無理もないことである。
『……ティレル殿はご存じでないかと思いますが、国王ラドロスは私のもう一人の兄で、大兄上から見ればすぐ下の弟です。厄災が起きるちょうど一年前、父王がお隠れになって小兄上が王に即位しました……。もしかしたら、その時から少しずつ歯車が狂い始めていたのやもしれません』
「そういえば、ユラがジールハールは新しい国王が即位したばかりと言っていましたね」
ティレルは森の中でユラが語っていたことを思い出し、カルタスの言葉の続きを待った。
ユラも納得がいかないという顔をしているが、話を聞かないことには何も進まないと、しぶしぶ椅子に腰を下ろす。
『はい。そしてその数か月後に先代の聖女殿がお亡くなりになりました。表向きは病死ということになっておりましたが、実際には毒殺でした』
「くっ……!」
無情な現実に、ユラが拳で自らの膝を殴りつける。
『小兄上、いやラドロス王は直前に、聖女殿に仕える司祭たちに汚職の容疑をかけて逮捕しておりました。もちろんこれは濡れ衣です。逮捕した司祭たちを人質に聖女殿を脅し、毒杯を飲ませました。その後、司祭たちも口封じのためか処刑されています』
「なんてことを……」
ジールハールの都の影で起きていた悍ましい事件に、ティレルが思わず目を伏せた。
『ラドロス王と先代聖女殿は、守護樹の扱いについて意見の食い違いが起きていたようでした。それがどのような主張だったのか、今となってはわかりませんが、とにかく守護樹を守る聖女殿がおられなくなり、残ったのは国を魔獣から守る守護剣です』
「……まさか、俺に剣が預けられたのは」
『お察しの通りです。国の宝であり、国を魔獣から守る一番の切り札である守護剣を大兄上に授けて国境へ送ったのは、都から守護剣を遠ざけるためでした』
全ては王の姦計であったのである。
「……それで、ラドロス王は守護樹にいったい何をしたのでしょうか」
もはや嫌な予感しかしないが、ティレルがカルタスに尋ねた。
『はい。聖女殿を排除し、守護剣も大兄上ごと遠ざけたラドロス王は、あろうことか邪神に生贄を捧げ、守護樹に邪神を降ろしてしまったのです。今、この都に溢れかえる穢れと瘴気は、いにしえの時代に封印されたはずの邪神に由来するものです。都の周囲で急速に森が成長したのは、植物である守護樹の要素が邪神の力によって暴走した結果ではないかと思います。大地に生命を与える木が、生命を吸い取り瘴気を振りまく存在になってしまっている……。
これが、この都で十年前に起きた厄災の核心について、我々が調べた結果です』
大聖堂の広間は、今やしんと静まり返っている。炉の中で薪の爆ぜる微かな音がなければ、きっと耳が痛くなるほどの沈黙であっただろう。
「何故だ……」
そんな中、俯いたままのユラが唸る。
「何故、王はこのようなことを……!」
膝の上できつく握りしめられ、ぶるぶると震えるユラの拳に、ティレルがそっと手を重ねる。
『……野心、でしょうな』
少し間を置いて、カルタスが寂しげな声でぽつりと呟いた。
『王宮で、王の呪術研究の資料や手記を見つけました。王は邪神を守護樹の力でコントロールすることで、神の力を得ることを夢見ていたようです。神の力を得て、この国をさらに強大な国にしようとしたのでしょう』
「そんな……」
「邪神の力など、人が扱いきれるわけがないだろうに……!」
『ですが王は、小兄上はそれを信じてしまった』
この大陸では聖樹への信仰が広まっているが、それでも一部の地域や人々の間には古い時代の信仰が残っている。
中にはこういった邪神と呼ばれる神々を崇める勢力もあり、聖樹信仰の社会から弾圧されることもしばしばであった。
ジールハールのラドロス王がどこでその教えに触れたのかはわからないが、王はその神に魅了され、その力を我がものとすることに心血を注いでいた。
守護樹は聖樹から被分けされた一枝。大地に根を張り清浄をもたらすその力を使って邪神を操り、神の力を自在に操れると信じてしまったのだ。
この過ちによって国が失われることになるなど、思ってもみなかったのだろう。
王という地位が、守護樹や守護剣さえ恣にできるその地位が、彼を狂わせてしまったのか。
『……私は、小兄上のことは嫌いではありませんでした。でもあの方はどうだったのでしょう。私と違って王になることを宿命づけられていた小兄上にとって、兄弟は自分の地位を脅かす存在でしかなかったのかもしれません……母違いの兄は使い潰すために魔獣討伐を繰り返させ、弟は功績を積ませぬために名誉職に置き、その行動を監視する男でしたから』
その声は怒りというよりも、無念と諦観の色が滲んでいた。
『大兄上は小兄上と争う気がないことを示すために王位継承権を放棄し、一介の騎士となりましたね。私も、自分の扱いに不満がないわけではありませんでしたが、それでも小兄上の治世の役に立てるならと何も言わずに従ってきました。表面的には、衝突することもなく平穏な兄弟仲を保ってきたのです。
ですが裏を返せば、我々は表面的な付き合いしかできず、本当に支え合う関係ではなかったのでしょう。誰かが過ちを犯した時に、それにいち早く気付いて止められる立場では決してなかった。この厄災の遠因は、我々にもあるのかもしれません……』
カルタスは同じ王族として、王の凶行に責任を感じている様子であった。
そしてカルタスの言葉に、ユラも何も言えず俯いた。
「……私たちは、これから一体何をすればいいのでしょうか……?」
原因はどうしようもないものだったのかもしれない。だからといって過去を悔やんでばかりでは前に進まない。
もう手遅れであったとしても、やるべきことがあるならやらなければならないのだ。
『ああ、そうでした……』
カルタスは過去を振り払うかのように首を横に振り、再び顔を上げる。
『ティレル殿と大兄上がいるのであれば、我々はついにかの邪神に立ち向かうことができます。小兄上が喚びだしてしまった邪神は、王宮の中庭にある守護樹に取り憑いています。お二人には、どうにかして守護樹を切り倒してほしいのです。切り倒してしまえば、邪神は現世との結びつきを失い再び大地の奥深くに封印されることでしょう。それでこの国は本当に解放されます』
守護樹を切り倒す。ティレルも覚悟はしていたが、やはりこうなってしまった。
「……守護樹さえ切り倒せば、それでいいんだな?」
険しい顔で話を聞いていたユラが念を押す。
『はい。我々も何度か守護樹のもとへ攻め込んだことはありますが、やはり魔獣に阻まれどうしようもできませんでした。しかし大兄上と守護剣、そして聖女であるティレル殿がいれば、なんとかなるかもしれません』
というカルタスの言葉に、ユラは重々しく頷いた。
「わかった……やろう」
「役目の終わった守護樹を切り倒すのも聖女の役目です。私も否はありません」
ティレルも頷き、方針は固まった。
『ありがとうございます……お二人が来てくれて、本当に良かった。これで我々は、ようやく救われます』
カルタスは絞り出すような声で二人に感謝をし、深々と頭を下げた。