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12、帰還・下

「そうか……お前たちは都に自力で辿り着けていたのか」


 カルタスの説明に、ユラは険しい顔をして顎に手を当て、考え込む。

 そして以前にティレル達に説明したように、十年前にユラの身に起きたことを説明した。


「お前たちも知っているとは思うが、俺は王よりこの守護剣を授けられ、国境周辺に出現した魔獣の討伐に向かっていた。討伐に出て数日後、都と連絡が取れなくなったと伝令が来て、俺は兵を連れて引き返した。都の近郊まで辿り着いたのが、恐らく事が起きて十日も経っていない頃だと思う。都の周囲は既に瘴気で包まれ、兵は散り散りになり……気が付くと、俺は一人きりで瘴気の中を彷徨っていた。

 都の近郊は恐ろしい速度で植物が生え、森となっていく。空は曇り、永遠に夜が続き……周囲に魔獣が跋扈し、命を落とした者たちが死霊となって襲い掛かってくる……そんな中、どうにか都へ入ろうと努力したのだが、駄目だった……俺には都の瘴気が強すぎて、どうしても城門を潜れなかった」


 あとは、ティレルもよく知っているところである。

 その後、ユラは十年に渡って森の中を彷徨い続け、迷い人を救って灯火の剣士と呼ばれるようになるのだった。


「恐らくなのですが……ユラが都に辿り着けず、カルタス様たちが都に入ることができたのは、もしかしたら肉体の有無が原因なのかもしれません」


 話を聞いていたティレルが、控えめに口を開いた。


「おわかりとは思いますが、この都の瘴気と穢れの量は尋常ではありません。ユラは守護剣と強い結びつきを得て剣の不朽性をその身に宿し、死なずの体になっておりましたが、肉体があるが故に瘴気の影響を受けてしまい、都に近づくと動けなくなっていたようです……」

『そんなことが……』

「不甲斐ないことだ。随分と回り道をしてしまった。兵を失い、国の護りであるこの剣を持ち帰ることもできず……。森はずっと夜のような状態だったので一体どれだけ時間が経っていたのかもわからなかったが、どうやらあれから、十年の時が経っていたようだ」


 ユラが俯きながらそう言うと、カルタスも思わず零すように『十年……』と呟いた。

 話を聞いていた死霊たちも、互いに顔を見合わせざわめいている。

 この都は森以上に闇が深い。死霊であれば体の変化も起きないため、本当に時間の感覚もなくなっていたことだろう。

 自分たちがまさか、死んでから十年もの間戦い続けていたなど、思ってもいなかったに違いない。


『そう、ですか……もう、十年も経っていたんですね……』

「はい……その間、闇に呑まれなかった地域は近隣諸国に吸収され、事実上ジールハールという国はなくなったという扱いになっています」


 ティレルの言葉に、周囲から深い溜息が聞こえてくる。

 自分たちの知らないところで、自分たちの故郷が消えていた。その事実は死霊たちに深い落胆と悲しみの影を落としたことだろう。

 しばらくの間、大広間は沈黙に沈んだ。


「……そういえば、ティレルがこの地に来た詳しい理由についてはまだ聞いていなかったな」


 話題を変えるように、ユラが尋ねてきた。


「私は、皆さんのような大変なことはなかったのですが……」


 ティレルは畏れ多いとばかりに小さく頭を振る。


「こちらの国の先代聖女様がお亡くなりになったのもだいたい十年ほど前と聞いております。しかしその時から今日に至るまで、何故かはわかりませんが私には一切守護樹の声は届いておりませんでした。その為聖樹の都にてずっと修行の日々を送っておりましたが、教皇庁の大司祭会議で私の処遇について議論され、私が行くべき国は十年前に突然滅んだジールハールだったのではということになり、巡礼の旅に出ることになったのです」

『なるほど……守護樹の声がなければ聖女殿はどこの国へ行けばいいのかわからないのですから、それはどうしようもなかったでしょうな』

「はい……でも、もっと早くこの国のことについて気付いていれば、ユラも皆さんもこんなに長く苦しむこともなかったかもしれないのに……」

『自分を責めないでください、ティレル殿。時は経ちましたが、こうして聖樹は我らを見捨てず、聖女を遣わしてくださった。それだけで十分です』


 カルタスは柔らかい声でティレルを励ましてくれた。

 王族の出だからであろうか。明るく、人の言葉をよく聞き、また人の心を惹きつける話し方のできる男である。

 そして、カルタスの言葉にユラが深く頷いた。


「そうだ。俺がここまで辿り着けたのは、ティレルが俺と守護騎士の契約を結んでくれたからに他ならない。聖女の持つ退魔と浄化の力を共有してくれたおかげで瘴気に耐えられるようになって、ようやく門を超えられた。しかしそのせいでティレルには大きな負担をかけてしまった……この大聖堂であれば彼女を休ませてやれるかと思って来たのだが、まさかここでお前たちに会えるとは」


 ユラの穢れを共有した時に、ティレルは共に戦うならば貴方の苦しみを背負おうと伝えた。こうなることはティレルも百も承知で、その上で持ちかけた契約である。

 しかしそれでもユラはティレルに負担をかけたことをずっと気にしていたらしい。


『ティレル殿の負担とは?』

「十年も森の中で魔獣と戦い続けていたせいで、俺の体にはかなりの穢れが溜まっている。浄化の力を共有すると同時に、彼女は俺の穢れも負うことになってしまった」

『なんと……この都にいる限りあまり休まることはないかもしれませんが、聖水と浄化の香を用意させましょう。何か召し上がれるものがあればよかったのですが、流石に食べ物は残っておらず……』

「お気遣いいただきありがとうございます。身を清めるものがあるだけでとても楽になります」


 カルタスの指示によって、早速数人の死霊が奥の部屋へと消えていく。ティレルのためにいろいろと準備を整えてくれるらしい。

 疲労が溜まりつつあったティレルには、本当にありがたい心遣いであった。

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