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11、帰還・上

『聖女殿、ようこそおいでくださいました。改めてご挨拶申し上げます。私は近衛騎士団長カルタス。国王ラドロスの弟です。今はこの拠点の長をしております』


 大聖堂の中に入り、黒鉄の甲冑の男はティレルに対し丁寧に挨拶した。

 身につけているのが全身鎧なので顔立ちなどはわからないが、声は若々しくはきはきとして、所作もとても洗練されている。


「王弟殿下でいらっしゃいましたか」


 ティレルは相手の身分の高さに驚き、慌てて腰を折った。


「ご丁寧にありがとうございます。聖樹の都から参りました、ティレルと申します。その、あまり高貴な方への礼儀を弁えられておらず、もし失礼がありましたら申し訳ありません。

 そしてカルタス様が王弟殿下ということは、ええと……ユラ、様は」


 そしてちらりと横のユラを見る。

 横目に見られたユラは、げんなりとした顔で首を横に振った。


「やめてくれ、面倒だから呼び捨てでいい。俺は一介の騎士でしかない」

『ああ、また大兄上の悪い癖が出ましたね。人に会う時は最初からきちんと身分を伝えておかないと、後々面倒なことになると何度も言っていたでしょう』


 やはりユラはかなり高い身分、それも国王の兄ということであった。

 カルタスに嗜められ、ユラはばつが悪そうに肩を竦める。


「俺は庶子だ。正当な王妃から生まれた子ではない。だから既に王位継承権も放棄しているし、一介の騎士として自力で身を立ててきた。俺に王兄という身分は過分だ」

『だとしても、大兄上は既に国一番の英雄と呼ばれるに相応しい武功を挙げられております。そのようにご自分をただの騎士と言われるのもいい加減にしてください』


 と、兄弟は子供っぽく言い合う。

 内容はともかく、本当に仲の良い兄弟同士のじゃれ合いらしい応酬に、ティレルも思わず微笑んだ。


『まぁ、ともかくです。この先の広間に仲間たちが集っておりますので、どうぞお入りください。そこでいろいろと話をしましょう』


 そう言って、カルタスは二人を大聖堂の大広間へと案内した。

 防備の為だろう、物が多く積み上げられたエントランスを通り抜け、両開きの大扉を開く。その先に、大広間が広がっていた。

 埃を被った彫像や飾り柱。蝋燭のない燭台やシャンデリア。祈りを捧げる人々が座っていた長椅子は端に寄せられて積み上げられ、代わりに武器や防具、その他雑多な物品が入った木箱などがあちらこちらに置いてある。

 かつては美しかっただろう白大理石の床には大きな炉が置かれ、そこで焚き火が焚かれていた。

 ぱちぱちと爆ぜる頼りない焚き火の煙の向こう、一番奥の祭壇には煤けた聖樹の聖画が掲げられている。

 そして、そんな戦場の前線基地さながらの大広間のあちこちから、カルタスやラエルのような死霊たちが続々と顔を出してくる。


『皆聞いてくれ、朗報だ。我が兄にしてジールハールの護り手、守護剣を担う英雄ユラが帰還した。さらには聖樹の都から聖女ティレル殿もお越しくださった。聖樹は、まだ我らを見捨ててなどいなかったぞ!』


 カルタスが両手を広げ、広間中に向けて声を張り上げる。

 するとそれに呼応して、死霊たちが喝采を上げ、一気に集まってきた。

 その数は三十、いや四十体ほどか。もしかしたらもっといるのかもしれない。

 ぼんやり光る白骨死体の死霊たちが一斉に集まってきているのに不思議と恐ろしい感じがしないのは、彼らにちゃんと理性があり、ユラやティレルの登場に歓喜しているとわかるからだろうか。


『ユラ卿! ユラ卿がまだご健在でいらっしゃったとは! なんたる僥倖か!』

『そちらにいらっしゃるのが聖女殿か。なんと尊い……ああ、聖樹よ、感謝いたします……!』

『我々も死霊となって踏み留まり繰りに挨拶に訪れる。

 ユラは懐かしそうに微笑み、ティレルも一人ひとり白骨の手を取って挨拶を返した。

 しかし、やはり生身の人間は一人もいないようであった。


「皆、随分と待たせてしまったな。騎士ユラ、只今帰還した……守護剣を与えられながら、何も守れず申し訳ない」

「皆さん、お初にお目にかかります。聖樹の都から参りましたティレルと申します。守護樹の聖女でありながら、この地の守護樹の声に応えることができず、参上するのがこんなにも遅くなってしまい大変申し訳ございません」


 ユラとティレルが死霊たちに深々と頭を下げる。


『謝らないでくだされ、ユラ卿、聖女殿。何一つ守れなかったのは我々も同じです』

『そうです、この厄災は貴方がたの責任ではありません。むしろこのようなことになっても、この地を見捨てずにいてくださりありがとうございます!』

『聖樹の導きに感謝いたします。ああ、これで我らにも光明が見えた……!』


 死霊たちはあくまでも優しく温かく、二人を迎え入れたのだった。



 ◇ ◇ ◇



「まず、あの日に何があったのか。それが知りたい。わかることだけで構わないから教えてほしい」

『ええ、まずはそこからですね。私も兄上の身に起きたことや、外で何が起こっているのかもお聞きしたいです』


 大聖堂の真ん中に置かれた焚き火。明かりと、死霊たちの心の安定のために焚いているという火のその近くに、死霊たちの手によって椅子が運ばれてきた。

 そこへユラとティレル、そしてカルタスが着席し、その周囲を死霊たちが取り囲む。


『私もあの日、都の中で何が起きたのかを直に目撃したわけではありません。私はあの時、近衛騎士団の団長として都の外に――現在では森になっている辺りにあった練兵場で、兵の演習を視察しておりました。その時、突然恐ろしい地鳴りがして、都のほうからとてつもない瘴気が吹き付けてきたのです。

 兵は次々と倒れ、馬も皆息絶えました。それでも民を助けなければと、私は動ける者をまとめて都に戻ろうとしました。帰らなければ、帰らなければという一心で歩み続けるうち、瘴気に侵された我々は、このような死霊の姿と化していたのです……』


 そう語るカルタスは、膝の上で拳をぐっと握りしめる。


『死霊の身と成り果てながらも都に帰り着くと、既に街は瘴気に侵され、あちこちで魔獣が出現しておりました。その時には既にほとんどの民が死に果て、亡者と化しており、我らと同じように心を保ったまま死霊と化しているものはごく僅かで……。

 我らはそれでもなんとか同志を集め、このように大聖堂に立てこもり、魔獣に対抗してはおりましたが、それでも徐々に数を減らし、現在ではここにいる者たちがほぼ全員です』


 ティレルが周囲を見渡すと、カルタスの言葉に死霊たちが神妙な雰囲気で頷いていた。

 きっと、永い永い戦いの日々だったのだろう。どこか疲れたような彼らの雰囲気に、ティレルも胸が痛む思いがした。

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