追跡、そして狙撃者の影
戦場は剣が届く距離だけじゃない。
今回は、レオンが初めて“狙撃”という脅威に晒されます。
剣では守れない命、届かない距離、そして、それでも立ち上がる決意。
息を呑む静と動の戦を、ぜひお楽しみください。
山道は静かだった。
トロア村を後にして三日。
レオンとガラードは、焼け跡に残された足跡と、僅かな破片を手がかりに、山を下っていた。
「奴ら、帝国方面に向かっているな……」
ガラードが地面をかがみ込みながら呟いた。
踏み跡は重く、明らかに人間のものとは異なる。
何かを引きずった跡も混じっている。
「まだ襲う気なんですか……」
「“誰か”が操っている限り、奴らは止まらん」
レオンは、拳を握った。
*
昼も近づいた頃。
二人は、谷を挟んだ斜面の道に差しかかった。
そこは断崖沿いで、両脇がすっぱりと切り落とされている。
一見、視界は開けているが、周囲に点在する岩の陰や木々が、死角を生んでいた。
その時――ガラードが、レオンの肩を押した。
「伏せろ!」
次の瞬間、空気を裂くような鋭い音。
レオンのすぐ頭上を、紫色の矢が掠めていった。
「な、なんだ今の……!」
矢は、どこにもいないはずの“高所”から放たれていた。
「狙撃手だ。魔矢だな」
ガラードの声が低くなる。
「しかも、よく訓練されている……通常の山賊じゃない。おそらく――あれも“焔紋”」
言葉を終える前に、二本目の矢が放たれる。
ガラードは岩陰に滑り込み、レオンを手招きした。
「こっちだ、レオン!」
「……でも、姿が……!」
レオンは剣を構えるが、斬るべき“影”が見えない。
恐怖がじわじわと喉元に迫ってくる。
(このままじゃ、何もできない……!)
*
やがて、矢の放たれるリズムが崩れ始めた。
「奴は動いた。狙撃位置を変えてきたな」
ガラードはそう言うと、崖沿いに身を滑らせ、回り込む。
「レオン、お前はここにいろ。動くな。奴の視線を引くな」
「……でも!」
「剣では届かん」
その一言が、胸を貫いた。
(剣じゃ、届かない……)
それは、レオンにとって“初めての敗北”にも似ていた。
だが、だからこそ、考える。
自分は、剣以外に何ができる?
そのとき、レオンの脳裏に、**さっき見た“炎の矢”**の軌道が蘇った。
(あの矢――魔力によって放たれていた……なら、軌道と風、そして……)
レオンは、岩を少しだけ蹴って転がす。
その岩が、狙撃者の視線を引いた瞬間――矢が放たれた。
(読めた!)
「師匠!三時の方向、斜面の上――木の根元に!」
*
次の瞬間、ガラードが地を駆け、空気を裂いて跳んだ。
刃が閃き、木の陰から飛び退く黒い影が、斬撃とともに崩れた。
それは、漆黒のマントに身を包み、仮面をかぶった男。
全身に赤黒い紋様が刻まれている――焔紋の兵、狙撃手だった。
「……見事な索敵だったな、レオン」
ガラードの言葉に、レオンは苦笑いを浮かべた。
「届かないって……思ってました。剣じゃ、って。でも……届かせる手は、あるって思ったんだ」
*
戦いのあと。
「……狙撃は“偶然”じゃないな」
「どういうことですか?」
「我々を待ち伏せていた。つまり、足取りを“誰か”に見られていたということだ」
「じゃあ……あの兵士に、命令を出していた誰かが――」
「ああ。“焔紋の兵”は命令にしか動かん。つまり、敵は……“こちらを警戒している”」
*
日が落ち、ふたたび歩き始める二人の背に、赤く染まった空が広がっていた。
新しい戦いの形。剣だけじゃ守れない命。
それでも――進むしかない。
【次話予告】
第八話『灰の村と、名もなき少女』
→ 廃墟と化した村の遺跡で出会う、一人の“少女”。
彼女は敵か味方か、それとも――
沈黙の中に隠された真実が、レオンの心を試す。