ガラードの過去と焔紋の謎
物語の背景に踏み込む静かな回です。
赤い鎧の兵たちの謎、そしてガラードが抱える過去が、少しずつ明らかになっていきます。
レオンの内面と成長も、ぜひ見届けてください。
傷は深くなかったが、痛みはずっと残っていた。
ガラードに助けられたあの戦いの後、レオンは山の中腹にある古い小屋で手当てを受けていた。
かつて帝国の遠征隊が一時的に使用していた避難小屋だという。
薄暗い部屋。木材のにおい。冷たい水を張った桶。
そして、腕に巻かれた包帯の白が、やけに目に染みた。
「……俺、結局なにもできなかった」
ぽつりと漏らした言葉に、ガラードは火をかきながら返した。
「斬られなかった。それで十分だ」
「でも……あの時、俺、怖くて動けなくて……」
「恐怖を知ることは、悪いことではない」
火の揺らめきが、ガラードの横顔を照らしている。
その表情は、いつもよりも少しだけ静かで、遠くを見ているようだった。
「――あれは、“焔紋の兵”だ」
レオンはその言葉に顔を上げた。
「……“えんもん”?」
「昔、帝国が秘密裏に進めていた計画があった。兵士の肉体に“紋”を刻み、魔力と感情を封じて、ただ戦う道具に変える……そんな“強化騎士”の研究だ」
「……それって、まさか……」
レオンの脳裏に、あの赤い脈動を続けていた鎧の紋様が浮かんだ。
「あの計画は失敗し、記録ごと葬られた。だが――」
ガラードは火の中に薪を落とした。ぱちん、と小さく爆ぜる音。
「何者かが、それを復活させた。そして……利用している」
*
静かだった。
重い事実を聞かされても、レオンはすぐに反応できなかった。
「……師匠は、その計画に……?」
問うたその声は、どこか震えていた。
ガラードは一瞬だけ目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「私は……かつて、あの兵たちを鍛えた側の人間だった。
だから、あの戦いにおいて“斬る手順”を知っていた。それだけのことだ」
レオンは何も言えなかった。
自分が尊敬し、憧れていた騎士が、かつて“人の心を奪う計画”に関わっていたという事実。
それは簡単には消化できる話ではなかった。
だが――
「それでも、俺……師匠を信じます」
レオンは、そう言った。
「過去がどうあっても、今の師匠が“守る剣”を振ってくれていること……俺は、見たから」
ガラードは何も言わなかった。
ただ、薪の火が大きくなったような気がした。
*
その夜。レオンは剣を握った。
抜き身のまま、静かに構える。
震えはなかった。
斬れるとは限らない。勝てるとも限らない。
けれど、誰かの命を守る剣になるために、もう一度だけ立とうと決めた。
そして、心の中で、誓った。
(次は……俺が、前に出る)
【次話予告】
第七話『追跡、そして狙撃者の影』
→ 襲撃の痕跡を辿り、山を下るレオンとガラード。
そこに現れたのは、異様な“狙撃の使い手”――
初めての遠距離戦に、剣は届くのか。