試練の山道と赤い風
今回は日々の修行から一転、外の世界に異変の兆しが現れます。
“赤い鎧”の兵士とは何者なのか――物語が広がる転機となる回です。
静かな日々が、崩れ始めるその瞬間をぜひ読んでください。
剣を振る音が、山の空気を切り裂いていた。
「もっと腰を落とせ、腕に頼るな!」
「っ、はいっ!」
レオンは汗まみれになりながら、何度も何度も短剣を振る。
手首にはすでに痛みが走り、指の皮はところどころ剥がれていた。
それでも、やめなかった。
この剣に、意味を持たせるために。
炎のように熱い日差し。時折吹き込む山風。
ガラードの厳しくも的確な指導。
そんな日々が、静かに積み重なっていた。
*
夜になり、焚き火の前で干し肉をかじりながら、レオンはぽつりと口を開いた。
「ガラードさん……師匠は、戦うのが怖くなったことってありますか?」
「ある」
即答だった。
レオンは思わず目を見張った。
あの強靭な背中の持ち主が、恐怖を感じることなどあるのかと。
「人を斬るたびに、“これが正しいのか”と問い続けていた。
だがな、レオン。正しいと信じられぬ剣は、すぐに折れる。
だからこそ、己の信じた“守るべきもの”を、見誤るな」
その言葉が、胸に深く突き刺さった。
――守るべきもの。
レオンには、まだ分からない。けれど、いつかきっと掴むと信じた。
*
その夜――山の向こうに、火の手が上がった。
「……なんだ、あれ……」
遠く、尾根の先。赤い煙が空へと昇っている。
焚き火の火に照らされたレオンの顔が強張る。
そして、ほどなくして。
山道をふらつくように歩いてきた旅人が、一行のもとに倒れ込んだ。
「た、助けて……村が……襲われて……っ」
その男は、体のあちこちに火傷と切り傷を負い、見るも無残な姿だった。
「……盗賊か?」
ガラードの低い声が、風に溶ける。
旅人はかすれた声で言った。
「いや……違う……奴らは“人じゃない”……赤い鎧に……燃える剣を……っ!」
レオンの背筋に、ぞわりと寒気が走る。
人ならざる者。赤い鎧。燃える剣。
まるで、帝国の戦記物に登場するような“呪われた兵”のような――。
男が語る声は、途中で途切れた。
すでに意識を失っていた。
*
「……俺たち、どうするんですか……」
レオンの声はかすれていた。
初めて、人の争いに足を踏み入れるかもしれない現実に、恐怖を覚えていた。
ガラードは一歩、空を見上げて言った。
「行くぞ。戦うためではない。――守るために、だ」
その言葉に、レオンは拳を握った。
今度は、命を奪う覚悟ではない。
命を救うための、剣を――
【次話予告】
第五話『赤鎧の男たちと、燃える村』
→ 焦土と化した村に踏み入るレオンたち。
炎の中に現れた、異形の兵たちとその恐るべき“力”――
初めての“人型の敵”に挑む、騎士見習いの剣が唸る!