最初の試練、血と誓い
ご閲覧ありがとうございます。
第二話では、レオンが初めて“命”と向き合う試練に挑みます。
少年が騎士になるための、第一歩の物語。よければ最後までお付き合いください。
レオンが村を出てから、二日が経った。
冷たい風が吹き抜ける山道を、彼は黒騎士・ガラードの後ろ姿だけを頼りに歩いていた。
無言の時間が続く。
ガラードは必要最低限しか言葉を発さず、道中の会話も皆無に近かった。
けれど不思議と、その沈黙は苦ではなかった。むしろ、彼の背に感じる圧倒的な存在感が、レオンに安心感を与えていた。
(本当に、ついてきてよかったのか……?)
時折そんな思いがよぎる。
村での生活がいくら苦しくても、命の危険はなかった。
だが、この旅は違う。いつ何が襲ってくるかもわからない。
実際、帝国騎士の修行に“死”がつきまとうことなど、どこか遠い話だと思っていた。
だがガラードは、その幻想を打ち砕くように言った。
「……貴様に、最初の試練を与える」
その言葉が投げられたのは、三日目の朝。
ガラードが立ち止まり、崖沿いの小道を指差した。
「この先に、“山犬”の巣がある。手負いの個体が一頭、周囲に潜んでいるはずだ」
「……俺が、倒すんですか?」
「ああ。自分の手で、殺せ」
心臓が跳ねた。言葉の意味は、あまりに明快だった。
「……人を、傷つけたこともないのに……」
レオンの声は震えていた。
生き物を殺したことなどなかった。ましてや、それが牙を向けてくる魔獣ならば。
だが、ガラードの表情は一切変わらない。
「命を守る者になりたいのなら、まず“命を奪う覚悟”を知れ。でなければ、剣はただの棒だ」
厳しい現実だった。
それでも、レオンは頷いた。
逃げたくなかった。
強くなりたいと望んだのは、自分自身だから。
*
洞窟の中は暗かった。
湿った空気と、獣の臭いが鼻を刺す。
手には、ガラードから渡された短剣が握られている。
震える手を無理やり止めながら、足を一歩、また一歩と進めた。
その時だった。
「――ッ!」
茂みが揺れ、獣が飛びかかってきた。
鋭い牙と、泥まみれの毛並み。
レオンの身体が本能的に飛び退く。
恐怖が脳を支配する。逃げ出したいという衝動が全身を走る。
だが――目の前にある“殺意”は、まぎれもない“現実”だった。
(逃げたら、俺は……)
ガラードの言葉が蘇る。
「生きて戦うか、何も得ずに死ぬか。選べ」
レオンは、短剣を握り直した。
獣が再び飛びかかる。
その一瞬、身体が勝手に動いた。
「うああああああッ!!」
叫びながら、獣の腹に向かって突き出した短剣が、肉を裂く感触を伝えてきた。
温かい血が腕に飛び散る。
息を呑む暇もなく、獣がもがき、倒れ、動かなくなった。
静寂が戻った。
レオンはその場にへたり込み、呼吸を整える。
そして、自分の手を見た。
血に染まった指先。震えは止まらない。
けれど、逃げなかった。
それが、第一歩だった。
*
「……よくやった」
洞窟の外で待っていたガラードが、珍しく言葉をかけた。
レオンは黙って頷く。
涙が出そうだったけれど、必死にこらえた。
この痛みも、恐怖も、全部、自分の中に刻んでおく。
それが、自分が選んだ“道”だから。
そして彼は、初めてガラードの前で、胸を張って立った。
【次話予告】
第三話『黒の誓約、師弟のはじまり』
→ 初めての戦いを終えたレオンに、ガラードが語る“剣の意味”。
その夜、焚き火の傍らで交わされるのは、戦場を生き抜くための掟――
「お前に剣を教える。だがそれは、誰かを救うためだけに振るう剣だ」
師弟の絆が、静かに生まれ始める。