黒の誓約、師弟のはじまり
【前書き】
ここからレオンとガラードの“師弟関係”が始まります。
今回は剣を振る理由、信じるもの、そんな静かな誓いの物語です。
バトルはありませんが、心の“戦い”を感じてもらえたら嬉しいです。
夜が訪れるのは早かった。
山道を抜けた先の岩陰に、ガラードは静かに焚き火を起こした。
ぱちぱちと爆ぜる火の音と、時折吹き込む冷たい風だけが、辺境の山奥に静かに響いている。
レオンはその炎の前に座っていた。
膝を抱え、黙ったまま揺れる火を見つめている。
指先にはまだ、獣の生暖かい血の感触が残っていた。
何度水で洗っても、拭っても、落ちた気がしない。
(……これが、“戦う”ってことなんだ)
魔獣を倒して生き残った。
なのに、心は晴れるどころか、重く沈んでいた。
ガラードはその沈黙を、しばらく見守っていた。
やがて、彼が口を開いた。
「泣きたければ、泣け」
レオンは驚いたように顔を上げた。
けれど、ガラードはそれ以上何も言わず、ただ火を見ていた。
「……泣きませんよ。泣いたって……意味ないから」
自分でも、強がりだとわかっていた。
でも、誰かに言われたくはなかった。
自分の弱さくらい、自分で噛みしめたかった。
ガラードは、その言葉にも否定も肯定もせず、ただ静かに頷いた。
*
火が小さくなったころ、ガラードは腰の鞘から剣を抜いた。
漆黒の柄、鈍く光る鋼の刃。
だがそれは、誰かを威圧するための剣ではなかった。
むしろ静かで、研ぎ澄まされた“信念”のように見えた。
「――教えてやろう。剣というものは、“信じたもの”のために振るう道具だ」
「……信じたもの?」
「己の正しさ。守りたいもの。譲れぬ誓い。それがなければ、剣はただの殺戮の道具に成り下がる」
ガラードの声は低く、しかしどこまでもまっすぐだった。
「私がお前を鍛えるのは、お前が“諦めなかった目”をしていたからだ。だがそれだけでは、剣は振れない」
レオンは黙って話を聞いていた。
ガラードの言葉は、どれも重くて、逃げ場がない。
けれど、だからこそ、嘘がないと感じられた。
「お前は、誰かの剣になりたいか。それとも、自分の剣でありたいか」
レオンは少し考えて、答えた。
「……誰かを、守れる剣になりたいです。昔の俺みたいなやつが……泣かなくていいように」
ガラードはふっと小さく笑った。
焚き火の火が、その無骨な顔をわずかに照らす。
「ならば、今日からが本当の修行だ」
ガラードが立ち上がる。
そして、もう一本の短剣を、火の前に座るレオンへと投げ渡した。
「まずは構えから叩き込む。腕が上がらなくなるまで、剣を振れ」
「はい、師匠!」
レオンははっきりと答えた。
ようやく、心の奥から湧き上がった言葉だった。
*
夜が深まり、山の気温がさらに下がっていく。
だが焚き火の周囲だけは、熱を帯びていた。
レオンは何度も、何度も、腕を振った。
痛みが走っても、倒れても、何度でも立ち上がった。
“騎士”への道は、今ようやく――始まったばかりだった。
【次話予告】
第四話『試練の山道と赤い風』
→ 剣の稽古が始まり、つかの間の平穏が訪れるかに思えた矢先――
山道に響く謎の叫び声と、村を焼く赤い風。
初めて“人の争い”に巻き込まれるレオンが見るものとは……。