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最弱の少年、辺境にて

はじめまして、読んでくださってありがとうございます。

シンプルな異世界ファンタジーです。

テンポ重視で、読みやすさを意識して書いています。

気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

それは、しとしとと細い雨が降る、肌寒い春の朝だった。


 帝国の地図にもほとんど記されないほどの片隅に、《アルス村》はある。

 北方の山脈に隣接した小さな集落で、長い冬と痩せた土地に悩まされながらも、人々は畑を耕し、羊を飼い、慎ましく生きていた。


 村の周囲には、濃い霧が立ちこめる原生林が広がっている。

 獣の唸り声が聞こえる夜も珍しくない。旅人が足を踏み入れることはほぼなく、帝国の商人ですら滅多に寄りつかない土地だ。


 そんな場所で、レオン・アルディアスは生きていた。



「……くそ、また割り損ねた……!」


 薪を割る斧が、湿った木に半端に食い込んだまま止まった。

 どろりと重い水分が刃から流れ落ちる。レオンは舌打ちを飲み込んで、斧を抜き直した。


 息が白い。春だというのに気温は低く、指先はかじかんでいる。

 雨の湿気が薪に染みこみ、刃の通りが悪くなるのは分かっていた。けれど、やらねば誰も代わってくれない。


「おいレオン、もう昼になるぞ。倉庫前にまだ積めてないじゃないか」


 村の年寄りの一人が、軒下から半眼で睨んできた。

 レオンは苦笑いを浮かべ、無言で斧を振り下ろす。


 ――この村で、彼の立場はあまり良くない。


 力がない。剣も振れない。魔力測定の結晶にすら反応を示さなかった。

 十五で成人を迎えたとき、村の誰もが「ああ、あの子は何も持っていないのだ」と理解してしまった。


 それでもレオンは、諦めていなかった。


(剣の才能がないなら鍛えればいい。魔法が無理なら、剣を極めるしかない)


 荒れた手のひらに豆が潰れ、血が滲んでいた。

 けれど、それでも構わなかった。そうしていれば、夢に届くかもしれないと信じていたからだ。



 レオンの夢は――帝国騎士団に入ることだった。


 子供の頃、父が旅の商人からもらった絵巻物に描かれていた、あの煌びやかな騎士の姿が、今も頭から離れない。


 魔獣を斬り、民を守り、名誉を得る。


 無力な村の少年には、あまりに遠く、現実味のない夢。

 だが、笑われようが、無謀だと言われようが、それしかなかった。


(誰かに認められたい。俺がここに生きているって、証明したい)


 その一心で、毎日剣の素振りを繰り返し、薪を割り、身体を鍛え、地図にすら載らないこの村で、泥だらけの日々を送っていた。



 その日の午後、レオンは濡れた薪を束にして、村の共同倉庫まで運んでいた。

 雨脚は細いながらも止まず、道はぬかるみ、靴は泥に沈むたび重くなる。


 額の汗と雨粒の区別がつかない。


 それでも、心のどこかには小さな充実感があった。

 今日も、昨日よりは多くの薪を割れた。

 誰に褒められるでもない。けれど――積み重ねることしかできない自分には、それだけが進歩の証だった。


(いつか必ず、この手で何かを守れるように……)


 そう願っていた。


 だからだろう。


 次の瞬間、遠くで空気が“裂ける”ような音が聞こえたとき、レオンの足は自然と止まっていた。


「……な、に……?」


 異様な圧力だった。

 空気が重く、冷たい。風が逆巻き、木々の葉がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立っていく。


 まるで、この地の空間そのものが、拒絶反応を起こしているかのようだった。


「っ、やばい、何か来る……!」


 そう直感した瞬間、レオンの目の前の道に――それは現れた。


 全身を漆黒の鎧に包み、顔を兜で覆った人物。

 背には剣も槍もない。ただ、風にたなびく重厚なマントと、鋼鉄の気配だけが、強烈に存在を主張していた。


「誰……だ……」


 その場に釘付けになった。

 ただ歩いているだけなのに、空気を押し潰すような威圧感がある。


 すぐに村の自警団が駆けつけた。


「止まれ!名を名乗れ!」


 男は応えない。ただ歩みを進める。


「警告する!これ以上進めば――」


 次の瞬間、音が消えた。


 重い沈黙の中、黒騎士の足元から、“圧”が放たれる。

 視覚で分かるほどの魔力。大地がうねり、空気が揺れる。


 レオンは腰が抜けそうになりながら、それでも目を逸らせなかった。


(……本物だ。これが……“強者”の気配……!)


 呼吸すら忘れたまま、騎士が静かに口を開いた。


「この村に、“レオン・アルディアス”という者はいるか」


 村人たちがざわつく。レオンの心臓が跳ね上がった。


(俺……? なんで……!?)


 その場で名を名乗る声すら出せなかった。


 だが、黒騎士はレオンを見つけていた。

 視線が、重く、射抜くように突き刺さる。


「貴様か。貴様が……“諦めなかった目”の少年か」


 言葉の意味が分からなかった。けれど、その声は確かにレオンの心に届いた。



「……あなたは……誰なんですか……?」


 かすれた声でようやく絞り出した問いに、黒騎士は静かに応えた。


「我が名はガラード。かつて帝国に仕え、いまはそれを捨てた者だ」


 その名を聞いた村人たちが一斉に息を呑む。


 ガラード――《漆黒の槍》の異名を持つ、帝国の伝説級騎士。

 一軍を単騎で制したとも言われるが、数年前に突如姿を消した男だ。


 なぜ、そんな存在が、辺境の村に、そして自分の名を口にしたのか。


「……俺なんか、何も……持ってないのに……」


 レオンは自然と目を伏せた。

 心の奥に押し込めていた無力感が、堰を切ったように溢れ出す。


「剣も、魔法も……村の皆にも笑われて……才能なんて……!」


 握りしめた拳が震える。けれど、その手を、誰も掴んではくれなかった。


 ただ一人、ガラードを除いて。


「そうだ。貴様には、何もない」


 淡々とした断言。レオンの中にあった希望が、ガラスのようにひび割れていく。


「だが――それでも立ち続けている目をしていた。私は、それを知っている」


 その一言に、レオンは息を呑んだ。


「捨てられぬ夢。諦めきれぬ執念。それこそが、人を強くする」


 ガラードの視線は揺るがなかった。

 レオンの心の奥底を、まるで見透かすかのように。


「私は弟子を探している。貴様がそれを望むなら、私と来い。弱さを抱えたまま、生きる力を学べ」


 鼓動が、速くなる。


 それがどれだけ過酷な道か、分かっている。

 夢を追えば、何度でも現実が打ちのめしてくる。

 それでも――


(俺は、ここに立ちたい。何者にもなれなかった、この自分で――)


 レオンは唇を噛み、前を見据えた。


「……お願いします。俺を、強くしてください」


 その言葉が空気を切り裂くように響いた瞬間、雨が、止んだ。


 ガラードの兜の奥で、わずかに笑みが浮かんだように見えた。



 その夜、レオンは最低限の荷物だけをまとめ、村を出た。

 誰も見送りには来なかった。だが、構わなかった。


 後ろではなく、前を見ていた。


 こうして、一人の少年が旅立った。


 己の弱さを抱きしめたまま、騎士になる夢を、再び歩き出したのだ。


【次話予告】

第二話『最初の試練、血と誓い』

→ ガラードに導かれ、山越えの険しい道へ。

彼の前に現れるのは「命を奪うこと」の意味。最初の“選択”がレオンを試す。


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