たかが1日 されど1日
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夏の日差しが地面を照らしつける日曜日、僕は学校への道を歩いている。
身軽さを肩に感じながらいつもより少し早く進んでいく。校門が見えてくるとメンバーがすでに集まっていた。
「遅いぞ祐弥。重役登校か?」
「なんだよそれ」
「重役出勤の登校版だよ」
裕樹は胸を張りながら答える。裕樹の言葉遊びはいつものことだ。
「二人もおはよう」
「おはよう!」
晴翔は普段より一段と大きな声で答えてくれる。綾人は二人の後ろに隠れながら小さくこちらへ手を振っていた。控え目な綾人も今日は笑みを浮かべる。
「じゃあ行くか」
祐樹がそういうとみんなフェンスへと向かった。僕たちは今日少しだけ悪い子になる。
校内に入り、あらかじめ鍵を開けておいた窓に向かう。そのままになっていることを確認した後、最初に裕樹が校舎へ入りそのあと他メンバーが続く。
侵入した後、まずは教室を見渡す。机が積まれており典型的な物置部屋といった雰囲気だ。
「意外とばれないものなんだね」
「先生たちもほとんど来ない部屋だからな」
6年近くも通っていると多くの情報が入って来る。2年前に来たばかりの綾人なら知らなくても無理はない。
「とりあえず職員室へ向かうか」
鍵を手に入れるために職員室へ向かう。ドアを開けると永遠にも感じられるような廊下が拡がる。歩き出した裕樹の後に続く。
「誰もいないよな?」
今日は日曜日だ。誰もいないのはわかっている。しかし床のタイルから伝わる寒気が僕たちを不安にさせた。
「開けるぞ、、」
裕樹はドアのくぼみに指を当てると、床を揺らすような重い音を鳴らしながらドアを開ける。
職員室は普段使っている教室の倍は大きく、その部屋に誰もいないことが僕の心を少しかき立てた。
「見つけた」
振り返ると晴翔が鍵を持っていた。放送室、体育館、そしてプール
「これで全部そろったな」
「早く行こうぜ」
僕たちは廊下を全力疾走し、体育館へ向かった。
入口の扉は重厚感があり、僕は綾人と協力しながら右側の扉を開ける。
「木漏れ日だ」
綾人がそんなことを言った。
舞う埃は光に晒され、天へと続く一筋の道を作っているようである。
綾人の言葉は不思議と腑に落ちた。
「まずはカーテン開けないとな」
裕樹たちのほうも開け終えたようで、みんな暗闇に目を慣らしていた。
先の見えない中でも全力疾走をする晴翔と祐樹を目で追いながら、綾人と一緒にゆっくり進んでいく。
梯子の下へ着くと、少し前にこけていた二人が上っている最中だった。
梯子に手をかけると、体の芯まで冷えるような感覚が手のひらを固める。それでも一つまた一つと昇っていく。先に登りきる。
綾人が昇り終わったのを確認した後、東側のカーテンを開けるとまだ日が昇りきっておらず鋭い陽が目に刺す。
全ての開け終わると下へ降りる。今度は少しだけ暖かい気がした。
体育館内では重苦しいバウンド音が響いていた。僕らもバスケットボールを取るとみんなでシュート練習を始める。
4人ともバスケの経験があるわけではないが、シュートの練習をしたり試合形式で遊んでいるだけで楽しさを覚えられた。
「そろそろ放送室行ってみね?」
程よい疲労感がたまってきたところで晴翔が提案する。全会一致であったため、みんなで片づけを始めた。できるだけばれないようにしたいという考えもあるが、第一使ったままにするつもりは誰にもなかった。
校舎へと戻り放送室へと入ると耳の奥まで音を奪われたかのように錯覚する。
電源を入れ放送室内に音楽を流す。校歌や流行りの歌などみんなで歌う。
ここでは時間がないかのように時を忘れていた。
「ちょっと放送してみてもいいかな」
「校舎内で?」
「うん」
「面白そう。やろうぜ」
綾人の案は裕樹の心を躍らせたようで、直ぐに準備が終わった。
綾人がマイクの前に座ると、裕樹は校舎用のつまみを上げる。
「この6年間転校続きだったけど、ここに来れて本当に良かったなって思います。短い2年間でしたがお世話になりました。卒業までのもう少しの間よろしくお願いします」
綾人は真っ直ぐ前を見つめながら言う。もちろん何かあるわけではないけど、語りかけるように優しく呟いた。
少し名残惜しそうにしながらも席を立つ。
「せっかくだし校舎で鬼ごっこやろうぜ」
晴翔はストレッチをしながら提案する。もちろん動き足りない僕たちは全会一致でやる事に決めた。
「じゃあ俺が提案したし最初鬼やるよ」
一度廊下に出て話し合った結果、校舎の広さを考えて増え鬼になった。僕たちはバラける話だったが、何故か裕樹が隣を走っている。
「なんでお前もこっちにきてるんだよ」
「お前についていけば撒けそうだろ?」
二人固まればリスクが倍になる事を知らないのだろうか。裕樹は口元を綻ばせながら走る。
渡り廊下を超え、ちょうど反対側の校舎へ来た。晴翔が数えていた放送室前を見るともう姿は無い。
「見つけた!」
裕樹は声の聞こえた方向と逆へ走りだした。僕も後に続く。きっと後ろには晴翔が追ってきているんだとわかる。
後を追い階段を登ろうとすると、裕樹は踵を返して渡り廊下へと向かった。
僕はそのまま階段を上がったが、晴翔はこちらを追いかけている。前を走っていた裕樹がフェイントをかけた相手は僕だったのだ。
全力疾走を続けていたせいか階段を上がったら直ぐにばててしまった。
「祐弥つかまえた」
疲れを知らない晴翔は僕にタッチした後、直ぐに他メンバーを探しに向かった。
「はぁ、」
少し落ち着いてから深くため息をつく。いつも賑やかな校舎で心臓の音だけが深く響く。
「大丈夫?」
後ろを見ると綾人が立っていた。
「もう捕まったから鬼だよ」
「そうなんだ」
「逃げないの?」
「なんか一人で走ってたから疲れちゃって」
綾人は息をあげていない。疲れたと言うのは嘘だろう。
僕は綾人をタッチして最後の裕樹を探しに行く。
「裕樹体育館の方に向かったぞ」
先程まで静かだった校舎で大きな声が聞こえた。僕と綾人は顔を見合わせ、体育館へ向かう。
外に出ると晴翔がこちらに走っているのが見えた。
「プールだプールに行った」
合流した晴翔と今度はプールの方向へ向かう。
走って行くと裕樹がプールの柵を越えようているのが見えた。
追いかけ柵を越えると顔に水しぶきがかかる。
「あいつやりやがった」
後ろにいた晴翔が呟く。僕と綾人はその場で止まっていたが、晴翔だけは直ぐに後を追った。
「行くか?」
「行こう」
僕は晴翔が浮かぶ瞬間を狙って飛び込む。
水の中は暗く冷たい。雪に埋もれているような感覚を感じながら水面に顔を出す。
「何しやがんだよ」
「すまんすまん」
お怒りの様子だったが、晴翔もみんなどこか満足げな顔をしている。
服を着ていて動きづらかったが、互いの顔に水を掛けたりと動けないなりに楽しんだ。
遊び終わった後、プールサイドで仰向けになっている。
「もう、最後だよな?」
裕樹がポツリと呟く。
誰も口にはしなかったが誰もが感じていた。これを企画したのもそれが理由だっただろう。
「別の中学に行っても会えるだろう」
心にもない事を口に出す。僕と裕樹そして晴翔ならまだしも、綾人は他県へ進学する。簡単に会えないことぐらい分かっている。
その後は他愛もない話をした。こんな時間を過ごしていると、1年後や2年後なんて分からなくなる。
「そろそろ帰ろう」
夕日がみんなの顔を照らし始めてきた時、誰かが口にした。
出来るだけバレないように元の状態へ戻す。疲れているのか誰も喋らなかった。でもそんな空気も好きになっている。
入ってきたフェンスに向かう途中、綾人が口笛を吹いていた。二人は何も言わなかったが、僕にはその曲が〈別れの曲〉であると分かった。
「じゃあまた明日な」
「また明日」
各々家の方向へ帰って行く。
僕はみんなの背中を眺め、見えなくなってから背中を向ける。
家へ帰る体はもう軽くは無かった。