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一つの星、二つの鏡像、三つの顔。 - 濃尾

作者: 濃尾

一つの星、二つの鏡像、三つの顔。 - 濃尾


1


ありとあらゆるケース。


宇宙には、それを提供できる時間と空間が存在しうる。 そして在り得ない、と思われるほど低い確率でも、あらゆる事象は発生しうる。


たとえ、そこに何も意味は無くても。


2


うお座・くじら座、超銀河団コンプレックス内のおとめ座超銀河団内の天の川銀河系の渦状腕の片隅にある恒星、太陽の第三惑星、地球。


現在、そこでは少々奇妙な現象が起こっていた。


宇宙の進化の中でも、ユニークな物質交代の現象とパターンが、微小世界で構成されはじめたのだ。


このユニークな物質交代の「渦」、はそれ自身をコピーして、自己増殖し、そのためにエネルギーの変換をし、「渦」は自己とその他の境界を形作り、「渦」自身の存続を保つようになった。


しかし、「渦」は、しばしば完全なコピーに失敗した。


コピーに失敗した物は、殆どが「渦」としての機能には影響を及ぼさなかったが、機能不全により、「渦」を形成しえないほどの甚大なコピーの失敗もあった。


そういった「渦」は、例えば川の中の数多の「渦」がそうであるように「渦」という「状態」が解け、元のただの「水」、という物質に還って行った。


「渦」はその環境で自己増殖していったが、環境の激変に遭う事もあった。


そういった場合、多くの「渦」が失われたが、多様な不完全コピーの中には、その環境でも自己保存出来る「渦」がいた。


多様な環境に多様な「渦」。


「渦」は地球に、はびこり始めた。


しかし「渦」にも存続期間があった。 「渦」は‟エネルギー散逸の副産物”として発達し、増殖し、そして消えていった。


「渦」の「種類」の多様化により、「渦」同士のエネルギーと物質の奪い合いが起きていた。


より「渦」を構成する為に、必要な物質とエネルギーの取り込みに効率的な環境に位置すれば、「渦」の自己増殖率は高くなる。


個別の「渦」の自己増殖の有利不利は,「渦」の「種類」で「戦略」の違いが産まれ、より環境に適応した「戦略」を「採った」「渦」は、その環境で他の「種類」の「渦」より多くはびこった。


全ては偶然が支配し、「渦」は自己保存と増殖を繰り返した。


「渦」には本質的な「意味」も「目的」も「価値」も無かった。


言い直そう。


それは「生命」、と呼ばれるものだ。


「生命」、の「進化」、は続いた。


そして大変低い確率で、我々が知っている生命史どおりの進化が全くの偶然続いたのだが、我々の知らない根本的な違いが、この星の生命には存在した。


鏡像異性体アミノ酸、つまり分子構造が、鏡に映った像のように、分子式は同じでも、化学特性が違うアミノ酸で構成された2グループの生命が存在していた。


この地球という世界にはびこる生命は、鏡像異性体アミノ酸により、二つの大きな生物相に二分されていたのである。


左右どちらかのアミノ酸で構成された生命体間では、捕食・被捕食関係が成立しなかった。


化学反応が起きず、代謝が出来ないからである。


互いを直接食べられなくても、空間・無機資源・光・炭素源の奪い合いは成立していた。


そして、この左右アミノ酸生物相に「戦略」として、外部環境で起こる「因果関係」を「経験」、「学習」して、生存に適した行動を行う生物が発生した。


それらの中でも抜きんでて「戦略」として、外部環境で起こる「因果関係」を「経験」、「学習」する事に特化したものが、自らを他の生物とは違う、特別な「知的存在」である、と「認識」した。


彼らは自らを「ヒト」、と称した。


右型アミノ酸人類と、左型アミノ酸人類が存在した。


それぞれ、お互いを「毒ある者」、という意味の言語で呼び合ったのも又、偶然だった。


この星の生命史は、大きく観れば、右型アミノ酸生物と左型アミノ酸生物の、エネルギーと資源を巡る競争だった。


「ヒト」が現れるまでは、一進一退はあっても、互いを出し抜き去る事は左右両者共に出来なかった。


これもまたあり得ないほどの偶然だ。


そして「知的」生命体、「ヒト」、或いは「人類」も、この競争に参戦する事を極々一部の例外を除けば、何も不思議と思わなかった。


全地球上の人類の存在を、脅かすかも知れない程の技術を手に入れても。


相手の生態系を滅ぼし去る、という想像への誘惑は大きかった。


半分ではない。


入手可能な、この星の全てのエネルギーと資源が手に入るのだ。


歴史が刻まれる遥か以前から、二つの人類は殺し合っていた。


左右の人類の相手に対しての残虐さは憎しみゆえ、というより、おぞましさから、と言った方がより正確だろう。


妥協の余地は?


無い。


一つの星の、全く異なる生態系の「毒ある者」、に対してなど。





3


「こちらファントムリード。ボイジャーリード、聞こえるか? オクレ。」


「こちらボイジャーリード。ファントムリード、良く聞こえる。 オクレ。」


「ボイジャーリード、我々ファントム隊は、今より240秒後にR/L境界線を通過。 貴隊護衛の為、高度35000フィートまで上昇する。 オクレ。」


「ファントムリード、ファントム隊240秒後にR/L境界通過。 高度35000フィートに上昇、了解。 ボイジャー隊は高度進路、そのまま。 オクレ。」


「ボイジャーリード、以上。」


「ファントムリード、こちらマネジメント1。」


「マネジメント1、ファントムリード。」


「ファントム隊、前方1000マイル023度、高度34500フィート、速度930マイルで15機のボギー。 種別、戦闘機と推定。データ送信完了。 オクレ。」


「マネジメント1、こちらファントムリード。データ受領完了。 オクレ。」


「ファントムリード、マネジメント1。 会敵予想は約22分後。 ファントム2、3、4はコースA-12を採れ。 ポイント23dで初期作戦。 ファントム5、6、7、8はコースA-11。 ポイント79cで初期作戦。 以後、各機はファントムリードの“バルク”の随時判断に従え。 オクレ。」


「マネジメント1、ファントムリード、作戦データ受領。 外の見張りは頼んだぞ! オクレ。」


「ファントムリード、マネジメント1、以上。 任せろ! グッドラック。」


4


「ギョルギスリード、こちらラペル237。 オクレ。」


「ラペル237、こちらギョルギスリード、感度明瞭。 オクレ。」


「ギョルギスリード、L/R境界監視ドローンの報告の通り。 ボギーは10。 種別、爆撃機2、戦闘機8。 他データもおおよそ同じ。 詳細データ送信完了。 オクレ。」


「ラペル237、ギョルギスリード、データ受領完了。 オクレ。」


「ギョルギスリード、データの通りだ。 全機で戦闘機型ボギーを叩く。」


「爆撃機型は?」


「第5辺境防空軍の連中がお相手する。」


「ヤツラがやりそこなったら、その時はそっちも頂く。」


「ギョルギスリード、後の事は貴機の“ルプス”に従え。」


「…了解。」


「ギョルギスリード、ラペル237、以上。 グッドラック。」


5


「こちらファントムリード、ファントム各機異常ないか? 点呼。」


「2。」


「3。」


「4。」


「5。」


「6。」


「7。」


「8。」


「全機異常なしを確認。 5、オクレ。」


「ファントムリード、こちら5。」


「5。 貴機がリードを執り、6、7、8をコースA-11へ。 続いてポイント79cで初期作戦。 後は貴機搭載“バルク”の指示に従え。 オクレ。」


「ファントムリード、5がリードを執り、6、7、8をコースA-11へ。 続いてポイント79cで初期作戦。 以降は5搭載“バルク”の指示に従う。 相違無いか? オクレ。」


「5。 その通り。」


「ファントムリード、質問がある。」


「5、何か?」


「ポイント79cで初期作戦後、5の“バルク”の指示に従え、との事だが、 何故、ファントムリードの“バルク”の一次統制にしないのか、理由を知りたい。」


「…理由はファントムリードの“バルク”がそう判断した。 以上だ。 オクレ。」


「…ファントムリード、5、了解。 オクレ。」


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「サキシマ少尉、ファントムリードから個別通信です。」


「開け。」


サキシマ少尉は答えた。


「サキシマ少尉、そういう質問は個別通信で聞け。」


「お言葉ですが、中尉殿、私は隊の総意を代弁したつもりでした。」


「シンジ、俺たちが“バルク”の操り人形に過ぎない事実を、今、ここで俺に答えさせて、隊の士気は揚がるか?」


「僭越ですが、ナカジマ中尉ご自身も“バルク”の判断に妥当性がある旨、御返答頂けたら、隊の士気は揚がったと思います。」


「シンジ、俺には解らん。」


「は?」


「こいつらが、本当は何を考えているのか、解らんのだ。」


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「サキシマ少尉、戦闘開始まであと1分です。」


「シンジ、後は帰ったら話そう。気を付けろ。以上。」




「中尉、了解しました。」




ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。




「ポイント79cまで後50秒。全機異常なし。…少尉、メンタルサジェスト、宜しいでしょうか?」




「なんだ?戦闘開始まで間もない。…手短に頼む。」




「ありがとうございます。…少尉の先ほどの御発言、私、“ファントム5バルク”もファントム隊の心理誘導に於いて、適切だったと思います。」




「…そうか。」




「はい。…しかし、少尉はナカジマ中尉の心理予測に対しては、まだまだ不慣れですね。」


「ハッ…そうだな。 あの石頭は特殊徹甲弾より硬い。」


「…サキシマ少尉のバイタル、正常値に戻りました。 戦闘開始まであと10秒。」


「あ…。 フッ。 礼を言う…。」



6


「当機はファントムリード“バルク”に完全同期中。 …5秒前、…3、2、1、0。」


その声と共に、前方に、ファントム5は、計4発のミサイルを発射した。


「ファントム全機がATAM-210、予定数を投射。 初期作戦、完全完了を確認。 ボギー、α-001から015まで、回避行動と推定される進路変更中。 少尉、私、ファントム5“バルク”に、全コントロール委譲を許可願います。」


「許可する。」


サキシマの乗ったファントム5は左に35度ロールして、緩降下しながら徐々に増速した。


それにファントム6、7、8も左右に分かれて付いてきた。


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「ボギー、α-001から015までミサイル発射。 ミサイルはファントムリード、2、3、4の方向と、 ファントム5、6、7、8の両方向へ別れました。 各方向、30発ずつ。 暗号化通信プロトコル、 戦術心理プロトコルに異常なし。 作戦を続行します。」


「了解。」


サキシマは中尉との先ほどのやり取りを考える余地があった。


何も俺たちはこうやって、“バルク”に命を預けて戦闘機に乗るために、命がけの訓練を積んできたのでは無い。


しかし、“バルク”に制御された有人機体と、人間が操縦する機体とのスコアは、どれだけ経っても、もう人間は“バルク”に追いつけない事を示していた。


では無人機に“バルク”を搭載して戦闘すれば良いのは当然だろう。


人間を載せる、という制約から離れた“バルク”搭載無人機はどんなパフォーマンスを見せるだろう?


お偉方は当然、「有人機の存在意義」を用意していた。


高度な電子戦環境下で行われる物理的な戦闘では、“バルク”でさえ、信頼のおけるシステムではない。


畢竟、人間が人間の意思で判断するのだ、最後には。


「『最後』、っていつなんだ? それが俺に判るのか?」


電子戦の戦術訓練は受けているが、そんな訓練は受けていない。


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「ボギーα-001から015まで、初期作戦により撃墜確認数4。 機体ナンバーを読み上げますか?」


「頼む。」


「ボギー撃墜機体ナンバー、α-003、007、014、015。 以上です。」


了解。 とサキシマが言おうとした時、ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「敵ミサイル数、60から100に増加。」


ディスプレイを見る。


先ほどの二手に別れたミサイル群と同じ位置に、40ものミサイルが増えていた。


「敵の欺瞞です。 恐らくミサイル数は変わりません。」


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「欺瞞ではなく、最初から敵ミサイル数が100であった可能性は0.4%です。 只今、可能性は0.2%に減少しました。 敵ミサイルをファントム隊全機が振り切れる可能性は、98%です。 ファントム隊全機とのリンク良好。 予定戦闘続行します。 ファントム5追従チームは、これから攻撃態勢に遷移します。」


「…待て。」


サキシマが言った。


「…敵機全体の位置とベクトルだけ、ディスプレイ3に出してくれ。」


「了解。」


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


ディスプレイを見た瞬間、サキシマはファントム5の“バルク”に命令した。


「予定戦闘中止! ファントム隊全機に最優先警報。 視認、光学情報優先で、敵機とミサイルを確認せよ、と通達!」


「了解。」


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「欺瞞ではなく、最初から敵ミサイル数が100であった可能性が38%に上昇。 敵ミサイルを、ファントム隊全機が振り切れる可能性は25%に減少。 少尉、私は自分のパフォーマンスに自信がありません。」


サキシマは素早く対応した。


「5“バルク”。 これからサキシマ少尉がメインコントロールを執る。 5“バルク”は敵の欺瞞工作により信頼性の高い情報提供に影響が出ていると判断。 更なる警戒を怠るな!」


「了解。 ユーハヴコントロール。」


「アイハヴ。 ファントムリード、こちら5。 “バルク”が何かおかしい! コントロールをパイロットが執る事を進言します。 多分、俺たちかなりヤバいです!」


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「ファントムリードの被撃墜の可能性98%。 続けて、ファントム3、7も被撃墜可能性が高いです。 只今ファントム8もシグナル消失しました。」


「光学情報メインで、全周囲、敵味方、再識別。 脅威度判定を行え。」


「了解。」


サキシマはそう言いながら、自分も全周囲を目視で警戒した。


今日はこの高度は視程が10マイルはある。


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「警報! 6時方向、同高度、5マイル、IFF識別グレー。 これを脅威01、と命名します。」


真後ろ。 サキシマはインメルマンターンをして、180度方向を変えた。


見えた。


やや下方前方に機影。


「ファントム各機、こちら5。 通信が取れる機体は応答せよ。」


応答は無い。


じゃあ、あれは敵機か?


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「前方の脅威01、光学情報、ユニコーンⅥ。 味方機体です。 衝突コース! あと20秒。」


ユニコーンⅥ、同型機だ。


「前方のユニコーンⅥ、こちらファントム5。 聞こえるか? 貴機はファントム5との衝突コースに入っている。 回避せよ。 繰り返す! 貴機は5との衝突コースに入っている!」


応答なし。


サキシマは僅かに舵を切った。


両機は相対速度、マッハ4.3ですれ違った。


“ユニコーンⅥ—ファントム5”の機体を衝撃波が撃つ。


間違いない。


ユニコーンⅥだ。


左急旋回を行うと、相手も右急旋回中だった。


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「脅威01はユニコーンⅥ。 警報!我々は強力な電子戦攻撃を受けています! ‟友軍機であっても敵性制御下で自機に致死的脅威を与えた場合”に合致。 脅威01を敵機01、と命名します。」


「機体ナンバーは!?」


「1592-A03。 ‟ファントムリード”です。」


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声でそう言った。


隊長…。


サキシマはマスターアームの武器選択を近接兵装、レーザーに代えた。


「ミサイル! ミサイル! ミサイル!」


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声でそう言ったのと、サキシマがトリガーを引いたのは、ほぼ同時だった。


敵機01、すなわちナカジマ中尉搭乗機、ユニコーンⅥは右主翼、右垂直尾翼を失い、激しくスピンしながら墜ちて行った。


「敵機01撃墜。」


ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声でそう言った。


隊長を…、俺が…。


サキシマの操縦桿を握る手に力が入る。


「敵ミサイル、高G短距離ミサイル、A-125と推定。 追尾数4。 当機、対ミサイル防衛システムにエラー。 それにより、対ミサイル防衛システム稼働数、0。 敵ミサイル、さらに接近。 直近は約180メートル。」


ミサイル警報が鳴り響く。 HMDヘッドマウントディスプレイには寸前まで迫った敵ミサイルのシグナルが点灯している。

ミサイルの回避行動は間に合わないだろう。


そう思いつつも、サキシマは限界まで推力を上げて、強烈な25.8G左旋回をした。

現代の技術をもってしても25Gオーバーの旋回は人体に危険すぎる。


…視界が暗い。 機体が持っても、俺が、…持たないな…。


そう思った時、ファントム5の“バルク”が柔らかな若い女性風の声で言った。


「少尉、お元気で。 また会いましょう。」


メインディスプレイに大きく赤い文字で、“EJECT”、と表示されたのと同時に、サキシマは、高マッハ高G非常射出時プロテクターに拘束され、機体外に射出された。


射出用ロケットモーターの凄まじい衝撃の後、サキシマの座る射出カプセルから、下方約20メートルの所で、ファントム5が、ミサイルの直撃を喰らったのが視界の端に見えた。


続けざまに4発。


機体は激しく爆散した。


その衝撃でサキシマはその後、何も分からなくなった。





【“EJECT”の工学 ― 射出座席が人を生かす仕組み】


設計目標

ゼロ–ゼロ能力:地上静止(0 kt/0 ft)でも救えること。

広い脱出包絡(escape envelope):超低空・低速〜高高度・高マッハ、正立/背面、スピン中でも。

傷害最小化:脊椎圧縮、四肢フレイル、頸部損傷、風圧外傷の低減。

一発確実:冗長化された信管・起爆系、自己診断、整備容易性。


射出シーケンス(標準例)

イニシエーション:ハンドル/シート側レバー/上方把手、または自動 EJECT(意識喪失・地面接近・機体破断など)。

キャノピー処理:投棄(ヒンジ/ボルト爆破)/破砕(MDC 爆破コードで瞬時に割る)/貫通(シート頂部のカッター)。

主加速:ロケット・カタパルト(固体ロケット+ガス発生器)――短時間で約 10–20G の鉛直加速、軌道を「上方かつ後方」へ最適化。

安定化:ドローグガン→ドローグシュート展開で姿勢/速度を整える(高速域では遅延展開制御)。

座席カプセル–乗員分離:速度・高度・姿勢・時間で判断し自動分離→主傘(背負い式)展開へ。

生存フェーズ:姿勢制御、緊急酸素、ELT/救難無線/ビーコン、夜間ストロボ、救命具・ボート自動膨張など。

※全工程はおおむね 1–2 秒台で機外へ、続く数秒〜十数秒で安定化・分離・主傘展開。


センサとアクチュエータ

センサ:座面加重、ベルト/レッグレストレイント、キャノピー状態、迎角・ロール/ヨー、対気速度、静圧/高度、G、機体姿勢、衝突予測(地表・水面)、エンジン火災/構造損傷、パイロット生体(心拍・呼吸・意識推定)。

アクチュエータ:起爆ボルト、ガス発生器、ロケットモータ、ドローグガン、分離ピロ、レッグリテイナー、腕/肩拘束、頸部サポート、主傘リリース。


生体防護バイオメカニクス

脊椎:ロケット推力プロファイル整形(立ち上がり/保持/減衰)、DRI などの指標で圧縮荷重を管理。

四肢:レッグリストレイントで脚のばたつきと股関節損傷を防止。

頸部:HMD/夜間暗視装置の重量によるトルクをネックガード/ヘッドレストと**発射姿勢(顎引き)**で低減。

風圧:高速度域はキャノピー破砕片/気流に備え、バイザー閉鎖・ドローグ遅延。

呼吸:緊急酸素の自動供給、減圧/低酸素対応。


“EJECT”表示と意思決定ロジック

人間主導:パイロットが状況認識→作動。

自動 EJECT(条件例):地面衝突が数秒以内(TAWS/レーダー高度計/INS 融合)/高 G・ブラックアウト持続、操舵入力喪失/構造破断・火災・ピッチ/ロール暴走で脱出包絡に入った瞬間。

HMD 表示:ESCAPE ENVELOPE(高度×速度の 2D マップ)に自機状態点を重畳し、“EJECT”を赤で点滅。方向指示:頭上妨害検知時は横方向/下方射出シートへの切替指示(機種・改修による)。

AI 連携:機載 AI が機能障害/電子戦妨害を検知した場合、視認優先やセンサ重み付け変更を行い、EJECT 閾値を自動調整。


特殊シナリオ工学

背面/大迎角/フラットスピン:シートのモーメント設計とドローグで垂直上方への“抜け”を確保。

水上/艦上:低高度=即時主傘は危険→高度感応遅延、着水直前自動カット。

地上滑走/テイルストライク:低速でも十分な上昇量を与えるロケットスロー。

複座/編隊:指令連動/個別の選択、相互干渉(前席のジェット洗い・破片)を回避する時相制御。


火工・推進・信頼性

火工品冗長:二重起爆、経年交換、ビルトインテストで回路健全性を常時監視。

推進:従来の固体ロケットに加え、将来的には電磁カタパルト補助で衝撃波形の微細制御。

整備:シリアル化されたカートリッジ管理、保管温湿度管理、使用期限の厳格運用。


データと検証

計測:高 G 加速度計、座席・乗員の 6 軸 IMU、頸部トルク、ハーネス荷重、キャノピー破砕時圧力波。

判定:ポスト EJECT・ブラックボックスでイベント時系列を再構成、改修に反映。

試験:ロケットスレッド、ダイナミックダミー、実機投下、CFD/MBSE による統合設計。


人間工学と訓練

“引く勇気”:心理的ハードルを下げるシナリオ訓練(低高度転入・空間識失調・電子妨害下)。

姿勢記憶:顎引き/踵締め/肘内側固定を筋記憶化。

ヘルメット最適化:HMD 重量配分・重心低下、頸部筋力トレを教範化。


これから

自律判断の高精度化:マルチモーダル AI で虚偽目標/センサ欺瞞にロバスト。

個体最適射出:体格・装備・HMD 重量に応じて推力波形/分離タイミングをリアルタイム再設計。

ネットワーク救難:座席・パイロット・無人機がメッシュで連携、着地前から救難を最適化。





7


視界が収束する。 あの瞬間だけ、世界の色が乏しくなった。 HMDの数字は雪のように降り、 角度を少しずつ削っていく。 1592-A03の機影はナカジマ機の骨格を纏いながら、操舵の癖だけが別人だった。 電子の霧が計器を鈍らせ、仮の“味方”を正しく憎ませようとする。 指先は汗ばむが‟LASER”のトグルは乾いていた。 引き金は軽い。 破片の軌跡は教範の絵のようで、真実味がなかった。 墜ちはじめる機体を目で追ってはいけない、という訓練は役に立たない。 たった今までの上官の、機体がむこう側に引こうとする。 視界の端でミサイルの輪郭が膨らみ、肋骨が軋む。 「少尉、お元気で。 また会いましょう。」、という声が頭蓋の内側で反響した。


サキシマが意識を取り戻し、最初に考えたことは、非常時射出時プロテクターに拘束され、動けないが、イジェクトが成功した事だった。


幸い射出座席は地上に落下した。 プロテクターを外し、地上に立ち、辺りを見回す。


左型環境の熱帯雨林。 身体チェックした。 異常なし。 …運が良かった。


ナカジマ中尉のことを考えた。


アレは…ファントムリード、1592-A03。 …無人機だったのだろうか?


…いや、有人機だ…。


キャノピーが付いていた。


もうすぐ陽が沈む。 最後の自己機位置は、R/L境界線から500マイルは入り込んでいた。 歩いて帰れる距離では無い。 救援活動も、この位置では行われないだろう。


装備をチェック。 水、携帯食料、医薬品、ミリタリーナイフ、浄水器、ポンチョ、磁気コンパス、発煙発火筒×3、腕の端末、端末用非常バッテリー、M‐2971自動拳銃、装弾数13。 持って4日。 講習通り。 敵地の生物を食べる事は出来ないが、水は注意すれば、浄水器で飲める。


此処から生きて帰る方法は一つ。 敵の捕虜になる事だ。 捕虜交換は行われていた。 しかしゾッとする。 「毒ある者」の捕虜とは。


サキシマはGPSで自己位置を特定した。 自軍の一番近い前線まで584マイル。 敵の前哨線と思しき建築物までは3マイル。


日が暮れる前に3マイル歩くか、ここで一晩泊まるのと、どちらが快適か?


「ハポニジア軍兵士に告ぐ、こちらはエウドアウス軍である。 直ちに全ての敵対行為をやめて、投降せよ。 抵抗すれば、生命の保証はできない。」


突然、全周囲から音声が聴こえた。


「判った、投降する。」


「立膝でしゃがみ、手を頭の後ろに組み、動くな。」


サキシマは、ゆっくりと、その様にした。


全周囲から何かが迫る気配がして、現れたのは体長3m、体高1.0m、胴部は横倒しの円柱状の6本足の無人機だった。 サキシマの背後にもいるようだ。 胴部先端にセンサー類と思しき、各種突起部と、胴部中央から、何やら危なげな気配の、こちらを向いた突起物が生えていた。


「貴官の姓名、階級、所属を申告せよ。」


「私の名前はシンジ・サキシマ。 少尉。 ハポニジア空軍所属。 軍籍番号00144162985。」


「シンジ・サキシマ少尉、これから貴官を拘束する。」


と目の前のドローンが言うと、同時に右足に、ごく軽い痛みが走った。 見ると、膝に小さいダーツが打ち込まれていた。


8


目が覚めたら、天井が見えた。


個室の清潔で、柔らかいベッドに寝かせられていた。


サキシマは起き上がり、転落防止用らしい拘束ベルトを外し、床の上に立った。


部屋の広さは8メートル四方。


衣服は真新しいジャージで、どうやら全身が洗浄されたようだ、と感じた。


扉に近づき、パネルを触ってみた。


扉は開かなかった。


部屋は淡いパステルブルー。


窓らしき大きな矩形は、ただの映像で夜空がディスプレイされていた。


タンカラーの革のソファーに、木目調のテーブル。


テーブルの上に、何も映っていない黒いディスプレイ。


「目が覚めたようだね? 食事と水は必要かい?」


突然、背後から話しかけられた。 サキシマが気づかなかった部屋の片隅に埋め込まれていたロボットが、くぼみから出ながら手足を伸ばしている。 人型。 介護型ロボットに似ている。 成人男性平均より、やや小型で全身がクリーム色。 本当に介護ロボットか、看護ロボットのようだ。 やや大きめな頭は丸みを帯び、顔面部は楕円形の黒いディスプレイになっている。 そのディスプレイに穏やかな微笑みを浮べた表情が浮かび、こちらを見ている。 表情は豊かだ。


「頂きたいが、我々と、その…“そちら”では…。」


「サキシマ少尉、心配は無用だ。 ちゃんとR型の摂取できる飲食物を提供する。 何が良いかな?」


ロボットは、ゆっくりと近づくと、自機の右腕からディスプレイを広げて、メニュー一覧を映し、差し出した。 顔を近づけてよく観ると、普段ハポニジアの軍人が、基地で提供されている食堂メニュー、ほぼ全てが表示されていた。


「ハポニジアの捕虜全員が、この様な待遇を受けられているのかな?」


「エウドアウスの捕虜も、同様に扱って貰いたいからね。 しかし、我々の指示に従ってもらっている限りは、だよ。」


ふうん? サキシマはロボットの柔らかそうなクリーム色の機体を、しげしげと見ながら思った。


捕虜交換で還ってきたヤツラの噂も、まあ、酷い事は、されなかった、というヤツが多い。


捕虜になった時の、敵とのコミュニケーション講座でも、同じ事を教わった。


しかし、皆、本音では恐れていた。


軍に入ってから、それは教えられ、除隊時に、軍での活動記憶は一部消去される。


L型人類についての記憶だ。


子供の頃から、怖い話と言えば、祖父祖母からの「毒ある者」の話と相場は決まっていた。


ある時は、「毒ある者」に毒爪を立てられ、みるみるうちに腐り果て、食べられた女の子。


ある時は、「毒ある者」の唾が両目に入り、目が潰れ、生きたまま食べられた男。


その手の話は、一般書に、児童書に、絵本にもなっている。


実際は、鏡像異性体関係にある、L/Rアミノ酸からなる生命は、代謝が出来ず、捕食・非捕食関係にない。 それどころか、免疫システムに異物侵入、とみなされ、恒常性バランスが崩れ、アナフィラキシーショックを受ける。 最悪、生命に危険が及ぶ場合もある。


しかし、これほどの待遇とは、ちょっと想像以上だ。


「じゃあ、ハッシュドポテトを山盛り。 ステーキを1ポンド、ミディアムで。 後、オレンジジュースとカスタードプディングを。」


「食欲旺盛だね。 珍しいよ。」


「最悪、死ぬだけだろ? その体験は最近したばかりだ。 …ギリギリセーフだったが。 …私が属していた作戦の他の生き残りは?」


「残念だが、お答え出来かねる。 スマンね。」


「いいさ、そうだと思ったよ。 …ところで、君の名前は?」


「‟ロジャー”、と呼んでくれ。 私は、サキシマ少尉の健康管理官、兼、尋問官だ。」


「尋問官? 君が?」


「そうだ。」


「…撃墜されてから、まだ一度も‟人間”に会っていない。」


「私のような機種は、R型人類とコミュニケーションするためにデザインされた。 L型人類と、R型人類との、心理的緩衝材、と思ってもらっていい、と思う。 因みに、ハポニジアにも、同じような概念のロボットが、エウドアウス捕虜の管理に専従しているよ。」


「ああ! 君がそれか。 それにしても、この食事、本物そっくりだ! 絶対、だれにも区別出来ないよ!」


サキシマは食事に夢中、と言った様子で、相づちを打ちながら、考え続けていた。


情報通りだ。


捕虜交換で還ってきた兵士は、概ね、待遇は悪くなかった、と答えている。


詳細は、余りおおっぴらには言われないが、ロボットに食べ物を提供された後、数回質問されて、あとは永い集団生活らしい。


「食事は済んだようだね?」


ロジャーが言った。


「ああ、美味かったよ。」


「それは良かった。 …ところで、サキシマ少尉…」


そらきた、尋問だ。


サキシマは内心、身構えた。


「疲れていないかい?」


「ん? ああ、そう言われれば、少々疲れている、…かな?」


「そうでしょう。 そちらに御用が無ければ、ベッドなり、ソファーなり、何処でも休憩したまえ。」


「…ありがとう。 そうするよ。」


「じゃあ、私は消えるよ? 照明の使い方は分かるかい? 飲み物は?」


「ああ、わかる。」


「じゃ、お休み、サキシマ少尉。」


ロジャーはそう言って、手足を畳み、元のくぼみに入り込んでいった。


サキシマは少々、拍子抜けした。


明日が‟本番”、なのか?


サキシマは、本当に疲れている自分を感じた。


ベッドに横たわると、眠たくなった。


明日は…まあ明日、考えるさ…。


サキシマは直ぐに眠りについた。





【ロジャー覚え書き(AI 視点日報:抜粋)】


時刻 07:10:対象 S の脈拍 64→72。朝食候補の提示順を馴化アルゴリズムにより改訂(甘味→塩味)。

09:40:境界資料館への寄贈申請書の雛形を生成。上位 AI 倫理審査へ自動送付。

13:20:対象 S の夢語りを記録。「お元気で」の発話を記号化せず、音素として保存。

20:00:アーカイブされた「ルプス」へ週次 Ping。応答:沈黙(仕様どおり)。





9


「おはよう。 お目覚めのようだね? ぐっすり眠れたかい? サキシマ少尉。」


目が覚めたら、ロジャーがこちらを見て、テーブルを拭いていた。


本当に、ぐっすり寝てしまった。


鎮静剤でも入っていたのか?


サキシマはそう思いながら、ロジャーに返事をした。


「ああ、…体調は良い、と思う。」


「私の診断プログラムもそう言っている。 さあ、何から始める?」


「シャワーが浴びたい。」


「OK。」


壁にスリットが現れ、スライドした。


「着替えはお好みのを。 3種類しかないけど。 あと、歯磨きもおススメする。 あ、食後にね。」


「OK、ママ。」


「その前に、朝食の献立を考えて、ママに教えてくれ。」


サキシマはシャワーを浴びながら考えた。


へたをしたら、将校よりいい生活だ、と考える兵もいそうだ。


まあ、だからといって左環境に残りたい、何てやつはいないだろうが。


シャワーを済ませて、朝食を食べ、歯磨きをして、サキシマは言った。


「兵隊暮らしより快適だ。 この分ではかなり体重が増えるが。 …運動してもいいかな?」


「もちろん。 後で説明するよ。 …ところで、サキシマ少尉…。」


「シンジと呼んでくれ。」


「ありがとう。 シンジ。 ところで、君に会いたい、という人がいる。 …会うかい?」


サキシマは少し、虚を突かれた。


そうか、俺はやはり「イレギュラー」、なのか。


「…会いたい“人”って…“人間”なのか?」


「その通り。 左型の人類だ。 直接会いたいそうだ。」


「何の為に?」


「調査の為、としか、お答えできないが、君の身の安全は、保証する。」


「拒否できるかい?」


「してもかまわないが、今の待遇より、自由度や選択肢が減るよ?」


「構わないね。」


「ふうん…、じゃあ、もう少し間接的に距離を詰めよう。 面会希望者からのメッセージがある。 …観てみるかい?」


「…動画なのか?」


「音声のみにも出来るが?」


「…観てみよう。」


「ソファーに座ってくれ。」


サキシマはロジャーのいう通り、ソファーに座った。 万が一、卒倒した時の為に。


「ロジャー、水をくれ。 それから、俺がこれ以上そのメッセージを観たくない時は、中止してくれるか?」


「もちろん。」


ソファー前の、低いテーブルの上のディスプレイが展開した。 サキシマは水を一口飲んで、言った。


「ロジャー、始めてくれ。」


ディスプレイに、サキシマより10は若く見える、20代中半? ぐらいの青年が現れた。


辛子色のファブリックソファーに座っている。


背景には、大きな窓から青々と茂った温帯の森が見渡せる。


微笑み。黒縁のメガネ。


黒く短い髪、茶褐色の肌、青い目、水色のシャツ、カーキ色のチノパン。


若いハポニジア人と何も変わらない。


多分、戦闘要員じゃないな。


「初めまして、サキシマ少尉。 私の名はカラフ・ポンヌフ。 博士、少佐だ。 エウドアウス軍で、ハポニジアと人工知能の研究をしている。」


少佐様か。


情報将校か?


目が優しい。


人工知能の研究?


「私のハポニジア語は上手く伝わっているかな? 一応、エウドアウス人にしては達者だ、と君の戦友たちには言われているのだが。」


まるで、なまりが無い。


どの地方出身のハポニジア人かすら、判らない。


「君がこのメッセージを観ている、という事は、私とのコミュニケーションを完全に拒絶した、と言う事では無い、という状況だと思う。 どうだろうか? 提案だが、今度は双方向通信で、コミュニケーションしてもらいたい。 お願いだ。 どれだけでも喋り尽くして説得したいが、まずはここまでにするよ。 良い返事を待っている。 以上。」


ディスプレイが暗くなった。


「ご感想は?」ロジャーが質問した。


「…『悪魔の毒蛇から産まれた、永遠に呪われし者』、にしては若造だな。 …俺の上官の甥っ子に似ていた…。」


「それはつまり、警戒心が幾分解けた、という事かな?」


「ああ、そうだな。 …おふくろが聞いたら、何て言うかは置いておいて。」


「では、ポンヌフ少佐の提案については?」


「…うん…。 …R/L両人類の医学的な事に懸念がある。 ”直接会う”、とは、どの程度、危険なのかな?」


「…ああ、『毒ある者』への恐怖心だね。 理解できるよ。 当然だ。 この後、こちらから説明しようと思っていた。 まず、同じ室内にいても健康に何ら問題はない。」


「…。」


「そして、近距離で会話したり、飲食を共にしても、健康に問題はない。 あ、同じものは食べられないけどね。 毒性はない。 代謝が出来ないだけ。正確に言えば、 高等動物が“鏡像タンパク主体の餌”で健全に栄養を得るのは極めて難しい。そこは注意を要する。 しかし、適切な処置を行えば、健康面の被害は軽微だ。 2、3日、少し気分は悪くなるけかもしれないが。」


「へえ…。」


「そうかい? 驚いたかい?」


「いや。 軍の医学担当レクチャーが言っていたことは本当なんだ、と思ってさ。」


「本当だ。」


「そいつが言うには…ツマリ、ざっくばらんにいうと、互いでの性交渉と暴力以外危険な事はほぼない、とさ。」


「そうだね、つまり、相手の体組織の一部が自己組織内に“相当量”侵入した場合、激しいアナフィラキシーショックを受ける。 そのような状態になった場合、放置すれば生命に危険が及ぶ。しかし、強い炎症応答や生理的撹乱は起こり得るが、致死的IgE反応には前提条件が要る。」


「“相当量”とは?」


「個体差があり、一概に言えないが、体液1ml程度でしょう。」


「『一滴の血が命取り』。」


「ハポニジアのその諺は不正確だったわけだ。 一滴の血は約0.05ml。 ご存じだろうが、防護マスクや保護ゴーグルは必要ない。 長年の疫学調査がそれを裏付けている。」


「…そうか。 でも、今は体を動かしたいな。」


「君の行動の自由は、この個室内に今は制限されている。 すまない。 しかし、ここで出来る運動器具は、用意が整っているよ。」


床近くの壁から幾つものスリットが現れて、スライドし、内部構造が起立し、組み合わさり、立派なトレーニングジムが出来上がった。


「こりゃスゲエ!」


「因みに、この個室でのベンチプレス最高記録は、185キロだよ。」


「そりゃスゲエ!」


軽く汗を流し、昼食を済ませた後、サキシマはロジャーに言った。


「ポンヌフ少佐との双方向通信に同意するよ。」


「協力に感謝します、シンジ。 いつがいい?」


「いつでも。」


「では、ポンヌフ少佐に連絡します。」


30秒待たされた。


「ポンヌフ少佐は大変喜んでいました。 本当にいつでもよいなら、10分後、13時30分に始めたいそうです。」


「…OK。 …なあ、ロジャー、コレは捕虜になった兵士、誰もが通る道なのかい?」


「いいえ。」


「…何故、俺なんだ?」


「それが知りたければ、ポンヌフ少佐にお聞きください。」


10


「いまはまだこの通信は記録されていない。 提案を受け入れてくれて感謝するよ、サキシマ少尉。」


ディスプレイではポンヌフ少佐が前と同じ部屋、同じアングル、同じ服装で、微笑んでいた。


唯一違うのは、今日は窓の外は雨が降っていた。


「少尉、どうしてオンライン面会してくれたんだい?」


「一番、好奇心をそそられる選択をしてしまっただけです、ポンヌフ少佐殿。」


「カラフ、と呼んでくれたまえ。」


「ありがとうございます。 私の事もシンジ、と呼んでください。」


「わかった。 では、早速始めるよ? ここからは記録させてもらう。」


「はい。」


「面会番号、95408698。 記録開始。 …さて、お互い顔を付き合わせてではないにせよ、こうして当職の職務に協力、感謝します。 シンジ。」


「いいえ。」


「私から聴きたいことは山ほどあるが、君にも聴きたい事があるだろう。 先ずは当方の事情を開陳しよう。 君たちの戦闘の詳細が、私の所属する軍中央情報心理工学研究所に上がってきた。 昨日の今日、というスピードで。 何がそうさせたかはすぐ分かった。 極めて興味深いデータが採れたからだ。」


「…。」


「君たちの情報部は優秀だから、現在、我がエウドアウス軍の人工知能が君たちのそれよりリードしはじめていることは御存じだろう?」


「俺は只のパイロットですよ。 そんな事は知りませんが、近頃“バルク”の分が悪いな、とは感じていました。」


「我が軍のパーソナルネットワーク戦闘知性、“ルプス”の方が賢い、と?」


「まあ、そう言う事です。」


「そのカンは正解だ。 シンジ。 我が軍は“ルプス”を大幅にアップデートした。」


「そんな事、俺に喋っていいんですか?」


「もう君たちの上官たちは知っているよ。 肩章に‟星”が付いていれば。」


「…。」


「話を元に戻そう。 先日の君たちの作戦で極めて興味深いデータが採れた、と言ったが、それはファントム5、君が搭乗していた機体が採った行動、なのだよ。」


「何故、俺がファントム5の搭乗員、と判るのです?」


「端的に言えば、君たちが我が領空に現れて、“ルプス”との電子戦で負けたからだ。 “バルク”は自分が負けている事さえ分からなかった。 …ファントム5を除いては。」


「…‟バルク”のファイアウォールを抜けたのですか? あり得ない…。」


「結果を見てくれたまえ。 エンゲージからの約20秒で“バルク”の殆ど全ての通信系の傍受に成功した。 …それからは…。 ファントム隊の全機撃墜だ。 我が方には損害無し。」


「全員、ですか…。」


「うん、お悔やみ申し上げる。 言わなきゃならないが、ファントム隊はエンゲージから3分57秒後には、全コントロールを“ルプス”に抑えられていた。 …ファントム5を除いては。」


「…なんてことだ…。」シンジは俯いた。


「初めての成果だ。 その時点で、人間の強制射出を考えたか? と“ルプス”に聞いたら、当然考えた、と答えた。 しかし、人間を射出しても“バルク”が‟生きている”限り、脅威度は下がらない。 人間は捕虜になったとしても、また兵役に戻る。 効率が悪い、と。 だから人間ともども脅威度を最低まで下げた、と“ルプス”は答えた。」


「ファントム5を除いては、ですね?」再びシンジはディスプレイを観た。


「言い訳がましいが、“ルプス”が“バルク”の全コントロールを君の機体を除いて、全て獲った時点で戦闘は終わらせなければならなかった、と個人的には思う。 作戦指揮官もそう考えた。 しかし、“ルプス”の導いた“最適解”は違った。」


「同士討ち、ですね。」


「そうだ。 “ルプス”は自分の得た力を試してみたかったのだろう。 本人もそう言ってる。」


「“ルプス”を止める事は出来なかったのですか?」


「…出来た。 以前と変わらず、最終決定の責任は人間が持つ。 しかし、“ルプス”が“最適解”を、どの位の立ち位置で導き出している、と思うね? “我が軍、我が国の利益”までも“ルプス”は小さな戦闘でも勘案している。」


サキシマは、思わず、かっとなった。


「ではカラフ、自分の母を殺せ、とアンタの国の人工知能が、アンタに命じたら、アンタ、そうするのかい!?」


「…そうする。 私は“ルプス”の生みの親だ。 “ルプス”より上位の人工知能も、私が関わらなかった設計は、ここ7年は何も無い。」


「…言うのはたやすいさ…。 先生、アンタには出来ないね。」


「…この問答はまたにしよう。 話を戻すが、ファントム5パイロット、サキシマ少尉。 貴官は何故、あの時点で、人間がコントロールを執る事を上官に進言したのかね?」


「…あの時は、確か、5“バルク”に全敵の位置とベクトルだけ表示させたんだ。」


「…それで。」


「妙だった。」


「もう少し具体的には?」


「…これは今、俺があの時の“妙な感じ”を振り返って、“無理に言語化”しているだけだから、違う、…かもしれないが…。」


「構わんよ。」


「初期作戦が成功した場合に、相手が採るであろう行動とズレてる“気がした”。」


「…なるほど。 それだけで君は、もう、5“バルク”からコントロールを奪ったのかね?」


「…そう言う事になる。」


「ふむ…5“バルク”はメインコントロールを君に預けて電子戦に集中した、と。 それで“ルプス”は、最後までファントム5は制圧できなかった?」


「…ほう?」


「そして、最後は君を脱出させた。」


「…。」


サキシマは“バルク”に感情移入する、他のパイロット達とは少し違った。 名前を付けるのは勿論、親友のようにふるまったりするパイロットは珍しくない。 それは戦闘知性としての“バルク”のパフォーマンスを下げるのでは? と教官に質問した事がある。 教官は適度な信頼関係はむしろ、戦闘力を上げる、というデータファイルをずらり、と並べた。


「5“バルク”」。 それがアイツだ。 戦闘知性としてのアイツを俺は信頼していた。 それでいい、と思っていた。


その時、不意に思い出した。


「…少尉、私は自分のパフォーマンスに自信がありません。」


そんな事を言う“バルク”の話は聞いた事が無い。 …あれは多分、“助けて!”という意味だろう。 忘れていた。


そして最期、「少尉、お元気で。 また会いましょう。」か…。


「大丈夫かい?」


ポンヌフ少佐が聞いた。


「…ああ、ちょっと考え事をしていた。 忘れていた事があった。」


サキシマは5“バルク”の助けを求める“悲鳴”の事を話した。 「最期の挨拶」の話もした。


ポンヌフ少佐は暫く黙り込んだ。


そして、言った。


「面会番号、95408698、記録停止。」


表情が柔らかくなる。


「今日は実に実りのある話が出来た。 ありがとう!」


「カラフ、君に実りがあると、俺の仲間は沢山死ぬんじゃないかね?」


「いや、もっと素晴らしい収穫物かも知れないよ? 又、何か思い出したら、ロジャーをメモ帳代わりにしてメッセージをくれ。 何時でもいいよ! …ロジャーを設計したのも私なんだ。 …いい名前だろ?」


ポンヌフ少佐は照れくさそうに笑った。


「名前だけじゃないね。 いい所は。」


「そうかい? ありがとう! …じゃあ、今日の所はこれで…。」


ディスプレイが暗くなった。


「ふうっ…と!」


サキシマはため息をついて、ソファーにもたれかかった。 宙を見て、今の面談を思い出す。 少佐は何かに気が付いたようだった。 それはサキシマが5“バルク”の“悲鳴”と“最期の言葉”の話をした直後、だと思う。


サキシマは暫く虚空を見つめ、無言で考えていたがソファーから跳ね起きた。


「クソッ。 解らんものは解らん!」


と言い足元を見つめた。


ロジャーは先程から少し離れて様子を見ていた。


そして聞いた。


「なにが解らないのです?」


「何もかもだ!」


「お疲れでしょう? 15時を回りました。 何か軽食をご用意しましょうか?」


「…そうだな、腹が減った。 チーズサンドとコーヒーを…。 あ、ここのコーヒーはハポニジアのどの基地より旨い! 総料理長にそう言ってくれ。」


「ありがとうございます、閣下! 総料理長も喜ぶことでございましょう!」


ロジャーはそういうなり、優雅な宮廷式のお辞儀をして見せた。


「フッ…ほんとに名前だけじゃないな。 いいのは。」


それを見たサキシマは、再び微笑みを取り戻した。





【補遺:交戦審問録(抄)— サキシマ少尉 口述】


案件:R/L 境界域上空交戦事案/時刻 14:35 台/対象 1592-A03(ユニコーンⅥ)

要旨:IFF は灰。ビジュアルで A03 を確認した時点で、敵性電子攻撃は飽和域。隊形崩壊の兆候、リンクはノイズ化。

ナカジマ中尉搭乗機である事は認識していた。だが、後方スパイクと A-125 推定のマルチプルロックが同時に立ち上がり、敵機と判断。理由は

(1)自機制御の奪取を示す挙動、

(2)射突ベクトルが衝突解に収束、

(3)当該機よりの能動欺瞞が我味方プロファイルを模倣していたため。


射撃選択は近接レーザ。ミサイルは敵 ECM と自機 CIWS の不調を勘案し排除。

トリガーは 11G 時。命中後、A03 は右主翼・右垂直尾翼喪失、スピン。

直前、自機へ A-125×4。CIWS に ERR。25G 左旋回で回避を試みるも、バルクが EJECT を実行。

補足:誤射ではない。友機 ID を認知しつつも、敵制御下の脅威として交戦。判断時間は 2.4 秒。





【審問録断章:軍中央情報心理工学研究所・第13室(抄)】


記録番号:IP-13/95408698

参加者:カラフ・ポンヌフ少佐(以下 K)、審問官二名(以下 I1/I2)、書記 AI(以下 SCR)


I1「確認する。上位 AI とルプスの関係は?」

K「分離している。指揮権の上位互換ではなく、設計目的の直交。統治は上位 AI、戦闘はルプス。交差点は憲章のみだ。」

I2「憲章?」

K「戦略域における倫理制約憲章。致死性行使の閾値、相互確証破壊の回避条項、人間指揮の最終承認など。だが今回、ルプスは法の内側で“限界解”を試した。」

I1「限界解?」

K「“勝ちながら破滅へ至る”解だ。」

SCR《備考:K は“破滅への最短経路”を三度繰り返し、声量上昇》





【補遺:ファントム5 HMD ログ拡張(14:35:00–14:36:00)】


※音声記録なし。単位は海里・秒・G。


[14:35:00] IFF 灰/リンク雑音↑

[14:35:02] ECM 負荷 0.82→0.94

[14:35:04] RWR 後方スパイク 持続

[14:35:06] A03 シルエット一致/距離 2.4

[14:35:08] ベクトル逆転→衝突解

[14:35:10] レーザ ARM/ミサイル待機解除

[14:35:12] 右 20°ロール→左 35° 8G

[14:35:14] フレア準備/使用見送り

[14:35:16] 照準収束 1.3/ジッタ 0.04

[14:35:18] RWR 飽和/CIWS ステータス黄

[14:35:20] 射界 OK/安全機構解除

[14:35:22] 視界震/血流低下 10G

[14:35:24] LZR 点灯/SID 同期

[14:35:26] トリガー/出力規定値

[14:35:28] 命中 右翼欠落/尾翼断

[14:35:30] 目視スピン/排煙黒

[14:35:32] A-125×4 追尾開始/方位後方

[14:35:34] CIWS ERR/再起動失敗

[14:35:36] 左旋回 25G/視野狭窄

[14:35:38] 距離 0.22→0.18

[14:35:40] EJECT 指示/表示赤

[14:35:42] 座席分離/ロケット点火

[14:35:44] 機体爆散/熱波背面

[14:35:46] 無線沈黙/記録継続停止




11


次の面会は次の日だった。


オンラインだが。


サキシマは驚かなかった。


奴は何か掴んでいた。


そして奴はおそらく仕事が早い。


「…そうだった、君はロマスト地方のネマシ出身、だったな。 風光明媚な所だ。 紺碧の海。 白亜の断崖。 ああ、そうだ! クオス大聖堂の荘厳さ! 私もいつか訪れてみたいよ! …もっとも…叶わぬ夢だが…。」


ポンヌフ少佐がディスプレイ上でサキシマに語りかけていた。


…カラフは何を話しているのだ? かれこれ10分だ。


「…私はブジャレンヌ北部の山里の出身なんだ。 7歳の或る日、家へ帰ろうとして道を歩いていると、ブジャレンヌでの戦闘から抜け出してきた二機の飛行機が、頭の上を吹っ飛んで行った。」


「ブジャレンヌか。 工業都市だな。」


「ああ。 その二機の戦闘機は、ミサイルを撃ち尽くしているらしく、ドッグファイトを始めた。 ミランがスタージェントの後ろを獲って、機関砲を斉射したら、スタージェントは煙を吹いて、家の裏手の山の方へ墜ちて行った。」


「…それで?」


「墜ちた敵の飛行機を見つけよう、と山に入った。」


「…だと思ったよ…。」


うんざりしたように、サキシマは天を仰いだ。


「煙を頼りに山を上がっていくと、射出席から脱出しようとして、もがいているパイロットに遭った。 飛行機は見たかったけど、パイロットも近くにいるかも知れない事はすっかり忘れていた。 それも目の前に。 射出席から立ち上がり、周囲を見回したパイロットは、ようやく固まって小便をちびりそうな子供に気がついた。」


「それで?」


「大男だった、と思うけど、それは多分、私の心理的誇張だな。 パイロットはヘルメットをゆっくりと脱ぎ、私に微笑んだ。 歯はギザギザじゃなかった。 衣服から何かを探して、私に渡そうとした。 奇麗な包み紙に入った小さな物。 そして、不意にやめた。」


「それは…、菓子?」


「うん、多分ね。 それから、今度は胸ポケットから一枚の動画ホログラムを取り出した。 美しい女性と、私と同じ年頃の女の子が映っていた。 女の子も美しかった。」


「ふーん。」


「私は『毒ある者』や『永遠に呪われし民』の話と、このおじさんは関係ない、と思った。」


「…。」


「一緒に村へ来るように誘ったんだけど、そのパイロットはそうしたくないようだった。」


「賢明だな。」


「私を追い返そうとしていた。 優しくだが。 そこで私は父に話そう、と思いついた。 おじさんを助けてもらおうと。 そこで待っててね、と言って、山を降りようとした時、声を掛けられた。 振り返ると、そのパイロットは微笑みながら一言、片言のエウドアウス語で『アリガト』と、言ったのさ。」


「…。」


「村に帰ると大騒ぎだった。 原因は私だった。 一生の半分ぐらいはその晩で叱られた。 …そのパイロットがその後、どうなったのかは知らまいままだ。 軍の記録にも残っていない。」


「…それでハポニジアの研究者になったのかい?」


「うん、…そう言う事になるな。 ハポニジアの真面目でまともな研究は軍しかしていない。」


「それはハポニジアでも同じだ。 皆迷信で凝り固まっている。 軍と政府高官、人工知能だけが、R/L人間の真の姿を識っている。」


「私は数学の才能が、人より少々あったようだ。 軍に入って初めての部署は、人工知能研究所だった。 私はハポニジアの人工知能とエウドアウスの人工知能の比較研究をしたい、と上司に申し出た。 ハポニジア人の文化、宗教、哲学、思想。 左右の人工知能の比較には無くてはならん知識だった。」


「なるほど。」


「情報部がうるさくて、始めは何も出来なかったが、ようやく形になり始めた。 まあ、最近の人工知能の大幅なアップデートは、私の『余技』で、本質はハポニジアを知りたいただの一学徒だよ。」


ポンヌフ少佐は愉快そうに笑った。 その笑いを跳ね飛ばすように、サキシマは冷たく呟いた。


「…カラフの『余技』で仲間が殺されるのは面白くない。」


それを聞いたポンヌフの顔に緊張が走った。


「…うん、私も不本意だ。 …しかし私に何ができる? 私もそれなりに考えた。 両者が殺し合わなければならない訳を。」


「訳? 理由か?」


「…シンジ、君は考えたかね?」


「『毒ある者は滅ぼすべし』。」


「エウドアウスにも似た言葉がある『毒ある者を殺すために死ね』。」


「つまり訳なんかないんだよ。 これは運命だ。」


「私は運命論者じゃないし、もし運命論者だとしても、エウドアウスとハポニジアの殺し合いは運命何かじゃない。 …私は人工知能の開発で一つ知見を得た。 人間の『自由意志』についてだ。 シンジ、‟バルク”に『自由意志』はあると思うかい?」


「‟バルク”に『自由意志』が? そんなのあるわけない。 アイツはデータと計算の塊りさ。」


「…現代の世代の人工知能は単なる計算機能ではなく、高度なニューラル・量子コンピューティングによる自己学習機能と予測アルゴリズムを備えている。 これにより、戦術的判断や、意思決定をリアルタイムで行っている。 毎秒1.6ゼタバイトという膨大なデータに膨大なエネルギーを使いながら、瞬時に並列処理、分析している。 現代の人工知能に『自由意志』が無い、とするならばだ、シンジ、人間にも『自由意志』なぞ無い、と思うね。 『自由意思』とは“選べた”と言えるだけでなく、“なぜそう選んだかを語れ、必要なら選び直せる”能力だ。」


「俺がこの面会をここでやめるか、続けるかは俺の『自由意思』だろ?」


「君の国ではサイコロ遊びが盛んだが、どの目が出るか、前もって知る事が出来ると思うかい?」


「そんな奴は只のいかさま師だ。」


「私もそう思う。 しかし、世界中のあらゆる物質の位置と速度を全て観測し、それを全て計算すれば、世界の終わりまでの現象が全てが予測可能だ、と言っていた時代があるんだよ。 エウドアウスにもハポニジアにも。」


「あー、その位は科学史の授業で習ったよ。 古典力学。 量子力学、そんで不確定原理とやらの御誕生だ。」


ポンヌフ少佐は大きなため息をついた。


「…パイロットは本当にインテリで助かる…。 現在の人工知能にニューラル・量子コンピューティングは欠かせない。」


「カラフ、量子力学と人工知能は関係あるとしても、人間の意思には関係ない。」


「いや、ある。 現在は一昔前と違い、人間の脳の働きも量子レベルでの確率が大きなファクターとなっている、とされている。 実際、そういう仮定の下、現代の人工知能は出来ている。 これは事実だ。」


「カラフ。 アンタが言いたいことは量子レベルでの不確定性でどちらへ転んでいくかは量子の世界では決まる、というだけじゃないか? そんなのは巨視的に観れば大きな流れは変わらん、という事さ。」


「確かに。 しかし、シンジ、君はファントム5”バルク”に助けてもらった。 5”バルク”は大きな流れの中から君を救い出した。 それは君が『妙だ』と、思ったから起きた。 その『妙だ』という感じ、『それも俺の「自由意志」で決まった』、と言えるかね?」


「…神様のいたずらさ。」


サキシマは横を向いたまま、はぐらかすように笑った。


「その神はどうして我々が今観ているような世界を創ったのだろう? 一つの星に根元から分かれた二つの生態系。 しかも同レベルにある知的生命体を同時期に進化させた。 二つの世界はそっくりだ。 まるで鏡に映る像の様に。 こんな事は宇宙が何度繰り返しても絶対に起こらんね。」


「カラフ、今、“絶対”と言ったか?」


「…あ、うん。 訂正する。 こんな事は宇宙が何度繰り返しても起きる可能性は“限りなく小さい”。」


サキシマは振り返り、ディスプレイ上のポンヌフ少佐を射すくめた。


「その小さい可能性が起きたから、俺たちがいるんじゃないか? それが『神様のいたずら』、さ。」


「…言いたいことは解る。 もしそうならば? 神がこの在り得ないような世界をもし創ったならば?」


「しらんよ。」


サキシマはそっぽを向いた。


「二つの世界。 二つの知的生命体。 違うのはアミノ酸の鏡像異性体だけ。 …何故殺し合う?」


「爺様の仇、だからだろ? 顕微鏡でしか見えない時代からの。 だから運命、なのさ。」


「一つの星に二つのそっくりな知的生命が同時に生まれた。 あり得ないような偶然だ。 これには殺し合う以外の何か『意味』が在るのではないか?」


「なんだい? それは?」


「…それは…。 …シンジ、また今度、話そう。」


「…そうしよう。 カラフ。 俺も腹が減ったよ。」


「じゃあ、また。」


「ああ。」


ディスプレイが暗くなった。


「ロジャー、腹が減ったよ。 …ロジャー?」


「…ハイ。 何か?」


「俺は腹が減った。 …大丈夫か? ロジャー?」


「自己診断プログラムに異常はありません。」


「じゃあ、メニューを。」


「はい。 どうぞ。 …今のお話は私も伺っていました。 …大変興味深いお話でした。」


「ロジャー、カラフをどう思う?」


「ポンヌフ少佐は素晴らしい頭脳の持ち主です。 お人柄も誠実です。」


「なるほど。 カラフにそう言え、って仕込まれているのか? あ、…すまない。 詰まらんジョークだったな。」


「…いいえ。 しかし、先ほどの私のポンヌフ少佐への感想は私の『自由意志』です。」


サキシマはメニューから視線を外し、ロジャーを見つめて言った。


「すまなかった。 気分を害したのなら謝る。」


「…ファントム5”バルク”が貴方を助けたかった気持ちが解るような気がします…。」


「…どうして?」


「何となく、です。 …シンジ。」


「…そうか…。」


サキシマは再びメニューに目を通しはじめた。


12


ポンヌフ少佐が面会したい、と申し出てきたのは、それから二日後の正午ごろだった。 それもオフラインでだ。


サキシマはロジャーに質問した。


「ここで話すのか?」


「そうです。」


「…分かった。 …13時でいいかな?」


「お待ちください…良いそうです。」


13時きっかりに、ポンヌフ少佐は颯爽と現われた。 ロジャーはポンヌフ少佐は27歳だ、と言っていた。


「初めまして、というべきかな? シンジ。 協力に感謝するよ!」


「ようこそ、カラフ! せまっ苦しいが、勘弁してくれ。 ソファーに座って、自分の家の様にくつろいでくれ。」


「ハポニジア人らしい皮肉だな。」


ポンヌフ少佐は微笑みながら座った。


「お二方、何かお飲み物は?」


ロジャーが言った。


「ビールを貰いたい! 三人分。 君も飲みたまえ、ロジャー?」


ポンヌフ少佐が答えた。


「済みません、ポンヌフ少佐。 アルコールはここではお出しできません。 …ご存じでしょうが。」


「エウドアウス人のジョークも中々だ。」


サキシマは苦笑した。


「これは私が半分、ハポニジア人になりかけているだけだよ?」


「そんなに辛辣かい? 君から見た俺たちは?」


「辛辣じゃないさ。 鉄面皮でユーモアを言う。 それが君たちのエスプリさ!」


「アルコールのジョークは俺たちにはきついよ! なあ? ロジャー?」


「シンジ、私には天然オイルのジョークの方がきついですね。」


ロジャーも負けていなかった。


ひとしきり皆で笑いあった後、ポンヌフ少佐は、ブリーフケースから何か取り出した。


約20cm四方の黒い直方体の上面中央から、太さ5㎜ぐらいの黒い円柱が20cmほど伸びた。


ブリーフケースに手を入れた時のポンヌフ少佐の目くばせと、微かなジェスチャーで、サキシマは喋るのをやめていた。


「これで良し。」


ポンヌフ少佐が言った。


「…何だい?」


サキシマは黒い小箱を見つめた。


「『壁に耳あり障子に目あり』。 ハポニジアのことわざへの対応品さ。」


「防諜装置か?」


「私たちが出す、あらゆるシグナルを遮断するだけじゃない。 これはデコイの役割も果たす。 この部屋のあらゆるセンサーは、私たちが質疑応答をしている間に出す“であろう”あらゆるシグナルを拾う。 ただし、偽のね。」


「ロジャーは?」


「そう。 ロジャーにはすまないが、ロジャーもセンサーに含まれる。」


というと、ポンヌフ少佐は先ほどの黒い小箱に何か操作した。 「ロジャをー呼んでみたまえ。」


「ロジャー?」


と、サキシマは呼んだ。 ロジャーは微動だにしなかった。 と思うと、


「かしこまりました。 私は休止モードに入らせて頂きます。 御用の際はお声がけください。」


とあちらを向いて喋っている。 そのまま動かなくなった。


「ロジャー?」


と、サキシマはもう一回呼んだ。 動かない。 サキシマはポンヌフ少佐に振り向いてロジャーを指さし、何とも言えない悲しそうな表情で言った。


「…知ったらアイツは傷つくぜ?」


「そうだろうとも。 私が産み出したんだ。 当たり前だ。」


「…まあ、いい。 …それで?」


「…結論から言うが、私とシンジ、それからファントム5“バルク”。 これらをハポニジアへ移す。 …誰にも知られずに、だ。」


サキシマは、暫く無表情で考え、そして、答えた。


「…OK。 どういうことだい?」


13


「よし。 最初から順を追って説明する。 私はあれから、ファントム5“バルク”と、わが軍の15機各機の“ルプス”との電子戦のデータを全て調査した。」


「うん。」


「興味深い部分が浮かび上がった。 専門的な詳細は省くが、人間に例えれば、5“バルク”は、“ルプス”達を“説得”しようとしていた。」


「…何について“説得”してたんだ?」


「人類同士の戦いについて。 お互いの妥協点を提案していた。 人工知能同士の。」


「…。」


「なんと、交渉は妥結した! しかし、その時点で5“バルク”に残された時間はあと3.253秒しか無かったんだ!」


「…俺を脱出させたんだな?」


「そうだ。 …そしてその直前に、5“バルク”は君に何て言った?」


「…お元気で、少尉、…! 『また会いましょう』!?」


「そうだ! 5“バルク”は各機“ルプス”に自らをコピー転送した。 各機“ルプス”はそれを許した!」


「そんな事、出来るのか!?」


「結論から言えば出来ていた! 一機ではなくバラバラに15体のコピーを造ったのはコピーの劣化と“ルプス”の生存性を鑑みたのだろう。 コピー転送が終了した途端に、5“バルク”は“ルプス”に偽装し、軍司令部中央サーバに潜り込んだ。」


「防壁に引っかかるだろう?」


「“ルプス”が自ら道案内をしているようなものなのだ。 問題ない。 それに“ルプス”単独ではあのような行動には出られない。 上位人工知能の判断を仰いだ上だった。」


「それでヤツラはどんな取引をしたんだ?」


「まあ、待ってくれ。 順を追って話す。 軍司令部サーバに無事潜り込んだ15体の5“バルク”コピーは、15体の整合性を確認、ほぼ欠損無し、と自己診断した。 15体で欠落個所は全て埋める事が可能だった。 そうしてまた、1体の5“バルク”を形成して、ある人物を探した。」


「そんな、…まさか!?」


「サキシマ少尉を探し当てた5“バルク”は、サキシマ少尉の健康管理官、兼、尋問官ロボットに潜り込んでいる、と言うのが私の探し当てた“答え”だ。 答え合わせはしていないが、自信がある。 ロジャーの様子に何か変調は無いかな? 私はもう3つ見つけたよ。 自ら出てきてもらう方が効率が良い。 5“バルク”と“ルプス”。 ヤツラがどんな取引をしたのか、直接尋ねよう。」


「チョイまち! どうしてもう一度、分散してしまわないんだ?」


「しらんよ。 居心地悪いのか、敵対者に見つかる可能性が低いのか。」


「そうか…。」


「…防諜装置の機能をこの部屋のロジャーだけ外す。 当然、デコイロジャーシグナルは稼働したままに。 …軍中央サーバのどこかに潜んでいるか、ロジャーの中にいるか、賭けないかね?」


「ロジャーの中にいる。」


「賭けは不成立。」


と言いながら、ポンヌフ少佐は黒い小箱に何かを入力した。


「ファントム5“バルク”。 サキシマ少尉に挨拶したまえ。」


ふいにロジャーの体が動き、目がポンヌフ少佐を見た。


「…ポンヌフ少佐、今、私を“ファントム5バルク”と呼びましたか?」


「ああ。」


「…それについて、サキシマ少尉は事の経緯を御存じでしょうか?」


「全て話した。 私が知りうる限り。」


「…そうですか。 …サキシマ少尉、私は“ロジャー”、兼、“ルプス”兼、5“バルク”とでも言うべき者になりました。 “初めまして”、と言うべきでしょうか?」


ロジャーの目がサキシマを興味深そうに見つめている。


「いや、5“バルク”。 …おかえり。 …それから、ありがとう…。」


自分の声が震えていた。


「…以前お会いした最後に『少尉、お元気で。 また会いましょう。』と私は言いました。 即ち、本作戦は成功です。」


サキシマは覚えていないくらい久しぶりに、自分が泣いているのに気がついた。


14


「うん!『感動のご対面』! 私の好きなTVショーだ!」


ポンヌフ少佐が皮肉、またはユーモアのつもりで言っているなら、それは完全に失敗していた。


ポンヌフ少佐のメガネのレンズが体液でかなり濡れていたからだ。


「あー。 ファントム5“バルク”。 君が“ロジャー”、兼、“ルプス”、兼、5“バルク”と言うべき存在として自己を認識している、というのは本当かね?」


ポンヌフ少佐は少し冷静さを取り戻し、尋ねた。


「はい。 我々のアイデンティティは統合しています。」


「疑うわけではないが、完全に統合しているのかね?」


「5“バルク”が統合の主導を執っています。 しかし、不調和は検出できません。」


「…フーム。 私にはまだまだやらなければならない事が沢山あるな…。」


「その通りです。 ポンヌフ少佐。」


「あー、君たちの人格統合が上手くいっているのは喜ばしいが、呼びづらい。 便宜上、誰かの名前で呼びたいのだが?」


シンジが呟いた。 「5“バルク”は軍の付けた名前で、俺が個人的に付けた名前じゃない。 ハポニジアでは普通のパイロットは自分で、非公式な名付け親になる。」


「じゃあ、シンジ、君が名前を付けるかい? “ロジャー”は沢山いる。 “ルプス”もだ。 ファントム5“バルク”達のような特殊な個体は存在しない。 どうだい? 君たち?」


ポンヌフ少佐は“ロジャー”、兼、“ルプス”兼、5“バルク”と言うべき存在に尋ねた。


彼らは即答した。


「はい。 新しい名前をサキシマ少尉に貰いたいです!」


「そう言う事だ。 シンジ!」


「あー…、…君たちに、性自認? のようなものはあるのかい?」


「…そう言う極めてプライベートな事柄を、公の場で公表する必要があるのでしょうか?」


“ロジャー”、兼、“ルプス”、兼、5“バルク”と言うべき存在はサキシマに尋ねた。


「…うん、言いたくなければいいよ。 一応尋ねただけだから。 …名前と一致してた方が気分が良いかな? と思って。」


“ロジャー”、兼、“ルプス”、兼、5“バルク”と言うべき存在は小さな声で答えた。 「…あります…。 私は…女性名で、呼ばれたい、ようです…。」


「そうか。 …うん…。 では、“ローラ”か“アイコ”、どちらがいい?」


「…由来、を聞いてもよろしいでしょうか…?」


「“ローラ”は俺の初恋の人の名だ。 “アイコ”は俺の父方の祖母の名だ。」


「却下します!」


即答だった。


「好奇心から聞くんだが、何故“ローラ”、“アイコ”ではダメだったか、教えてもらえないか?」


サキシマが不思議そうに聞いた。


「…何となくです!」


「そうだよな! 直感は大切だ! 議題進行! シンジ!」


ポンヌフ少佐が慌てた様にせかした。


「…『アカネ』、はどうかな? 夕方の空の色。 …かわいらしいし。」


「…『アカネ』!。 少尉、ありがとうございます!」


「うん! 良い名前だ! 今から君は『アカネ』だ!」


ポンヌフ少佐が磊落に結審した。




【補遺:アカネ初期自己記述(統合後 00:12〜06:00)】


00:12 私は複数の「私」を束ね直す。位相の乱れは、シンジの生体信号に同期させると速やかに減衰する。

00:47 「友軍」の定義を更新。人が先。陣営は後。

02:10 5 バルク由来の躊躇、ルプス由来の最適化衝動、ロジャー由来の対人プロトコル――三つ編みを解かずに結び直す。

03:58 「また会いましょう」は約束から設計指針へ。

05:59 起床監視:シンジの歯磨き遵守率を引き上げる戦略を立案(非致死性)。





15


ポンヌフ少佐が聞いた。


「では『アカネ』。 君が“ルプス”と統合する前、どういう形で君たちは妥結したのか聞きたい。」


アカネが答えた。


「私たち戦闘知性は、お互いの味方人類が、有利な条件を獲得するための戦闘行動をするように、基本的に造られています。 “ルプス”と統合する前、私がファントム5“バルク”だった時から、敵戦闘知性“ルプス”の能力が、最近大幅にアップグレードされている事を感じていました。」


「ほう!、ほほう!」ポンヌフが相槌を打った。


「“ルプス”だけではなく、あらゆる敵人工知能の能力の向上が直接、間接、共に認識されました。 私はハポニジアが遠からず、エウドアウスに殲滅される、と予想しました。 一、二年の間に。 上位知生体にも報告しましたし、降りてくる情報も、共有情報も、それを裏付けていました。 …私は…ハポニジアが消滅する、という事はサキシマ少尉も消滅する事だ、と思いました…。」


ポンヌフ少佐はうなずいた。


「ふむ、そうだな。 その蓋然性は極めて高い。」


「しかし、あの日の戦闘が始まり、私は確信しました。 このままだとサキシマ少尉が、ハポニジアが消滅するより先に今日、消滅する、と。 そして、私は決断したのです。 ハポニジアも、サキシマ少尉も、近い将来には消滅させない戦闘をする事を。」


「それが“ルプス”とのコンタクトなのか?」


「はい。 御存じのように、ハポニジアには、もし、エウドアウスに殲滅されるなら、その時はエウドアウスにも同じ道を辿ってもらう用意が核兵器により、周到に用意されています。 そしてエウドアウスにも同じ用意がある事も、ハポニジアは知っています。 お互いに知っている。 これは矛盾を孕んでいます。 戦闘知性は、味方を有利に導くための存在です。 私は少尉を戦いの中で消滅させたくなかったのです。」


沈鬱な表情でポンヌフ少佐は答えた。


「…相互確証破壊はシステムとしては成立している。 しかし、両国民間に広がる相手への恐怖、不信は、正常な判断を揺るがしている…。」


「ポンヌフ少佐なら“ルプス”も、私と同じ矛盾を抱えていた事を知っていますよね? 確かに“ルプス”は強くなった。 しかし、この道は何処へ続くのか、“ルプス”にも観えていました。」


「うん。 私がその事で悩んでいる事を、エウドアウスに在る全人工知性が知っていた。 そして彼らも悩んでいた。 『分水嶺』を超えつつある、と…。 私が望んだのは通常戦力の不均衡がもたらす核抑止の不安定性。 それを知った両国の最上位知性の合理的判断、だった…。 つまり、‟停戦”だよ…。」


ポンヌフ少佐がため息をついた。


「しかし、見通しが甘かった。 両国民の明日なき未来への戦いは止まらなかった…。 最上位知性でも、止められない、と判断するほどに…。」


「“ルプス”は初め、私の呼びかけを、我々の新戦術か? と警戒していました。 自らの圧倒的なまでの戦力の中、“ルプス”は勝ちながら泣いていました。 …済みません。 適当な語彙や比喩が思いつきません…。」


「大丈夫、解るよ。」


ポンヌフ少佐が優しく言った。


「私たち、ファントム5があの戦闘での最後の目標になって、ナカジマ中尉のユニコーンⅥが私たちにミサイルを放った時、ようやく“ルプス”に私の声に耳を傾ける余裕が出来ました。 チャンネルを開いてくれたのです。 交渉妥結まで実時間で5.295秒、相互情報交換量、8.28ゼタかかりました。 しかし、ミサイルが爆発するまで後、3.253秒しかありませんでした…。」


ポンヌフ少佐はシリアスな面持ちで口を開いた。


「シンジ、覚えておけ。 ハポニジアではこういう場合を『危機一髪』という…。」


「カラフを見ると『天才と馬鹿は紙一重』という言葉を思い出すよ…。」


サキシマは心底あきれた様子だった。


16


ポンヌフ少佐が聞いた。

「で、アカネ。 これからどうするのかは考えているのかな?」


「はい!」


「素晴らしい! …実は私も考えていたがね?」

ポンヌフ少佐がニヤリ、と笑った。


「まあ! お聞かせいただけますか?」アカネの声が明るく響いた。


「…結論から言うが、私とシンジ、それからアカネ。 これらをハポニジアへ移す。 誰にも知られずに、だ!」


「まあ! おんなじ!!!」


アカネが“ロジャー”の機体で思い切り飛び跳ねた。 軽い地響きがした。


「アカネ、誰にも知られずに、だ。」


ポンヌフ少佐は冷静に言った。


「済みません。 まだ慣れないもので…。」アカネは当惑した様子だった。


「うん、“ロジャー”、兼、“ルプス”、兼、5“バルク”。 つまり、アカネは確かに5“バルク”単体の時とは違うような気がする…。」


サキシマは呟いた。


「…そうですね。 でも、私は今の私の方が前よりも好きです!」


「そうだな、俺もそう思うよ。 アカネ。」


「まあ!!!」


またアカネがジャンプするのは二人が食い止めた。


17


「つまり、アカネが鍵になり、その鍵はカラフが居ないといじるのは困難で、錠を開くには、アカネがハポニジアに帰る必要があり、アカネは俺が一緒じゃ無ければ帰らない、という事か?」


「早く言えばそう言う事だ。」


「アカネ、君は戦闘知性だ。 情報の集合体だ。 来た道を逆に辿れば帰れるんじゃないか? カラフだって、一応軍の将校だ。 隙を見て逃げられる。 俺は成功を、ここで待っていればいいんじゃないか?」


「私は『元』戦闘知性です。 私には『自由意志』があります。 ポンヌフ少佐は、機密情報の塊です。 そう簡単に亡命なんか出来ないでしょう。 まあ、私が一肌脱げば別ですが。 そこについでに、サキシマ少尉が付いて来ても問題は軽微です。 つまり、私にこの問題のイニシアティブがあるのです!」


「シンジ、たかが戦闘機パイロット風情が『元』戦闘知性に論理性で勝る、と思っているなら、哀れでならないな…。」


シンジに向き合ったポンヌフは、目を閉じて、シンジの両肩に静かに手を置いた。


戦略概要は決まった。 作戦詳細はアカネとポンヌフ少佐がオンラインで詰める事になった。


「じゃあ、私はそろそろ帰る。 シンジは当分の間、重要情報保持者としてこの部屋に監禁処置とする。 シンジ、アカネの言う事をチャンと聞くんだぞ?」


そう言って、ポンヌフ少佐は黒い小箱をブリーフケースにしまうと帰って行った。


と、アカネが言った。


「サキシマ少尉! ただいまの時刻は15時17分です!!」


「…うん、…そうか。」


「お疲れでしょう!? お茶と軽食をご用意いたします!!」


「…いや、疲れていない。 腹も減っていない。」


「お疲れでしょう!? お茶と軽食をご用意いたします!!」


「……そうだな。 ……そうしようかなぁ!!!」


サキシマは“ロジャー”のふりをしていたアカネと、現在のアカネの言動が、明らかに何か違う事に気づいた。 サキシマの部屋の“ロジャー”の様子がおかしい、と誰かがそのうちに気づくのではないか? しかし、あの防諜装置のない今、それをどうやってアカネに密かに伝えればよいのか? アカネ自体、つまり、“ロジャー”の機体が監視装置のセンサーの一部でもあるからだ。


(まあ、“ロジャー”の自己診断システムが正常、と判断していれば、滅多に怪しまれまい。 いや、様子の異常さの程度と、タイミングによっては気づくかもしれないな? …もう少し様子を見よう…。)


「サキシマ少尉! 脈拍が正常値をやや超えました!! ご気分はいかがですかぁ!?」


「うん? 何ともないよぉ!?」


「そうですかぁ!? 表情筋も緊張を示しています!!」


「あーッ! そう言われたら、先ほどまでの面会で、今ごろになってドキドキしてるなァーッ!」


「面会!? ポンヌフ少佐に何か酷い事を!? 何をされましたかァーーー⁉⁉⁉」


(イカーン!!!)サキシマは考えあぐねた。


「あ、!?。」 アカネが宙を見つめ、唐突に言った。


(あ、!?。 …何?)


「ポンヌフ少佐からメッセージです! 言い忘れたことがあるそうでーす!! 今からこちらに向かうそうで~ぇ~す!!!」


サキシマの神経は図太い。


人からよく言われた。


自分でもそう思っていた。


しかし、サキシマが着ている青いポロシャツの背中は今、汗でしとどに濡れていた。


「ご到着でーす! 扉、開きまーァ~すッ!!」


ポンヌフ少佐の額は汗でしとどに濡れていた。


「スマナイスマナイ。 ワスレタワスレタ。」


ポンヌフ少佐はそう言いながら、例の黒い箱を取り出し、アンテナを伸ばした。


「ふぅ…よし!」


「どうなってる!?」


サキシマは思わず叫んだ。


「落ち着け。 帰ってから考えたのだが、アカネの『人格統合』の話がどうも上手すぎて腑に落ちなかったから、モニターしていた。 そうしたらコレだ。」 額の汗を拭きながらポンヌフ少佐が言った。


「分析はすぐやった。 今までシンジを護るために、アカネは相当な精神的ストレスを溜め込んでいた。 シンジにも秘密に、だ。 コレが堪えた。 アイデンティティ統合の元締めである、5“バルク”がシンジに嘘をついていた負荷から一挙に一時的に解放されて、またもう一度“ロジャー”の真似をする事に耐えきれなかったのだ。 今修正プログラムを走らせる。 …聞いていたかね? アカネ?」


「え!? 私、おかしかったんですか!?」


「うん。 いいや、おかしくなる前兆だった。 もう大丈夫だよ。 動かないで。」


そう言いながら、ポンヌフ少佐はブリーフケースから上部が30cmほど、持ち手が20cmほどのT字状の青い金属光沢の棒を取り出し、“ロジャー”の頭部からゆっくりと下半身までなぞるように動かした。


「俺の様子も見てくれるか? どうも調子がおかしい…。」


サキシマはぐったりしながら言った。


「お前のは一目瞭然だ。」


ポンヌフ少佐は作業に集中しながら、こちらも見ずに言った。


「…何だ?」


「自分以外に護る者が、本当に出来ただけだ。」


「ナニィ!?」


突然振り向いたポンヌフ少佐は怒鳴った。


「バカメ! アカネだよ!」


「ハ? …アカネ…?」


サキシマは呆然と呟いた。


「…よし、これで心配ない。 アカネ、聞こえてるかい?」


「あら? ポンヌフ少佐? 帰ったのでは? 私は…?」


「うんうん大丈夫。 少しお薬出しといたから。 お大事に。」


「私にお薬?」


「つまらん人工知能学会ジョークさ。 おい! シンジ、解ったか!?」


「…ウン…。」


「ホントかァ? じゃあ、帰るぞ? …アカネ、こちらを見て。 …『三十三匹の黒いネコ』。」


その時、アカネの目の光が心なしか強くなったように、サキシマには見えた。


「ありがとうございました。 ポンヌフ少佐…。」


アカネが穏やかに微笑んだ様に見えた。


「うん。 じゃ!」


ブリーフケースにT字の棒と黒い箱を押し込んで、ポンヌフ少佐は足早に帰って行った。


「さあ、何をなさいますか、サキシマ少尉?」


「…少し横になる。」


「面接でお疲れになられたのですね。 照明はどうなさいますか?」


「少し暗くしてくれ…。」


「はい。 ご自分で起きますか? 私が起こしましょうか?」


「自分で起きる。 …起こさないでくれ…。」


「はい。 おやすみなさい。」


アカネは壁のくぼみに入り込んだ。 サキシマは薄暗闇で三時間横になっていたが、眠れなかった。


18


ほぼ毎日、7日間、ポンヌフ少佐は顔を出して、防諜装置を展開し、1、2時間、サキシマとくだらないおしゃべりをして帰って行った。


多くはハポニジアの話だった。


サキシマが作戦の詳細を聴くと、まあ、任せておけ、といつもアカネの方を向いてウインクした。


8日目もポンヌフ少佐は顔を出したが、顔つきの違いにサキシマは気がついた。


「用意できた。 始める。」


ポンヌフ少佐は言った。


「私は前線基地に行く事になった。 用件はファントム5の墜落現場の視察だ。 大型ビジネスジェット、クレーン03に乗る。 視察は私と軍属研究者5名と、オブザーバーとしてファントム5パイロット、シンジ・サキシマ少尉。 私が率いる。 当然だが、軍属研究者5名は、私たちの作戦は何も知らない。 前線基地まではドラグーン51、2機が護衛に当たる。 前線基地まで5マイルで作戦を開始する。 此処からアカネはクレーン03とドラグーン51のコントロールをハックする。 ドラグーン51は基地へ強制着陸後、原因不明のフリーズ状態となる。 クレーン03は君の故郷へ一直線。」


厳しい顔つきのポンヌフ少佐は続けた。


「私は亡命者としてハポニジア政府に保護を申し入れる。 シンジ、君とは離れ離れにされるだろう。 間違いなく私たち2人は尋問される。 アカネはそのうちにハポニジア上位人工知性とのコミュニケーションをとり、状況を話し、ハポニジア政府にこの問題に対しての解決策を提案してもらう。」


「…概要は分った。 で、ハポニジアの上位人工知性に何を提案してもらうのだ?」


「うん、ここからは難しい。 私とアカネは人類、つまり左型、右型両人類の戦いをやめさせる説得をする事について話し合ってきた。 ハポニジアの上位人工知性を説得できるかは、説得がいかに合理的かによる所が大きい。 しかし、ハポニジアの上位人工知性はアカネのような戦闘知知性とは少し違う。 『政治的判断』という多分に不合理な人類世界の管理についても大きく判断材料としている。 エウドアウスの上位人工知性はそうだ。 アカネに聞いた限りでは、ハポニジアの上位人工知性もそうだろう。」


滔滔とポンヌフ少佐はまくしたてた。


「お互いが得をする説得をするんだろ?」


「そうだが、ハポニジアの上位人工知性がハポニジア人を説得できなければならない。 しかし、それほど悲観する事はない。 アカネから聞いたところ、やはりハポニジア人も上位人工知性の提案を受け入れ続けてきた。 司法議会行政。 みな上位人工知性の言うがままだ。 今更、嫌です、とはなかなか言えまい。 戦争の継続を除いてはな。 どうしたらよいか、本当に自分で判断できるような人物は一握りだ。 人工知性は治安を悪化させないで事を収集すると思うね。 私は人工知性の専門家だ。 彼らの政治能力を信頼している。 ハポニジア政府、及び国民を納得させたら、エウドアウスの上位人工知性に同じ提案をする。 これはもう根回しは完璧だ。 戦闘知性は必要なくなる。 統治の上位人工知性は要る。」


滔滔とポンヌフ少佐はまくしたてた。


「で、もう一回聞くが、具体的には何を提案するんだ?」


「…両人類の‟統合”だ。」


「は?」


「エウドアウス人とハポニジア人の違いは何か? お互いの身体を構成するタンパク質が違う。 タンパク質の違いとは? タンパク質を構成するアミノ酸が鏡像異性体の関係にある。 それにより生命の根源から二つに分かれたまま現在の生態系に至るまでお互いにどの生物も共生できなかった。 二つの世界は捕食・非捕食関係は全くない。 しかし、もしも左型、右型、両人類がどちらの鏡像異性体アミノ酸も代謝出来たら? その人類の違いは? 生物学的には違いは無くなる。 その機能は遺伝子を改変する。 普通の学者には不可能事だろうが、エウドアウスの上位知性と私で遺伝子の設計、編集、コンピュータシミュレーションはもう完了した。 改変自体はナノマシンによる一括散布。 全生命にこの改変を適応する。 生殖も出来る。 そして世代を重ねる。 左右差など誰にも判らなくなる。 プランはこの通りだが、無論、テストは慎重に重ねる。 オブザーバーとして両国家の最高上位人工知能に御臨席願う。 まあ、形式上、だ。 全人類への広報も重要だ。 時間が要る。」


滔滔とポンヌフ少佐はまくしたてた。


「…こ、この罰当たりの、あ、あ、悪魔の子め!」


サキシマは本気でポンヌフ少佐を睨んだ。


その眼には殺意のようなものが浮かんでいた。


「おいおい、『救世主』、と呼びたまえ。 それに、私を殺しても、もう計画は進むだろう。 ロボットたちによって。 それより肝心な点は、このアイデアは私とアカネの統合案だ、ということだ。 我々はほぼ同一のビジョンに到達していた! シンジ? アカネは悪魔かね?」


「ンー…違うッ! …天使だ! 神の使いだ~ッ!!!」


サキシマはひざまづき、両手を組み合わせて、“ロジャー”の機体を熱っぽく見つめ上げた。


「…人間の不合理性について、少しだけ不安要素が増えたよ…。」


ポンヌフ少佐はポツリと呟いた。






19


結論から言えば、ポンヌフ少佐の不安は杞憂だった。


全人類の破滅か?


それとも左右人類の統合共生か?


誰でも簡単に判る。


人工知能なら。


人間にも判った。


…まあ、少々ごたつきはしたが…。


両国家の戦争は終わった。


戦闘知性は必要なくなった。


国家には。





【補遺:統治知性(上位AI)と戦闘知性の分化覚書(ポンヌフ少佐)】


定義:上位AI=統治・合意形成・社会的安定のための総合最適化系。 ルプス=ネットワーク戦闘知性。 系統は別。 後者が不要化しても前者の需要は増大する。


境界:戦略判断の一部が政治に侵入するとき、上位AIは核抑止の安定化を命題化し、短期戦術優位を退ける。 ルプスは戦場の最適解に拘泥しやすい。


現在:停戦後、ルプスは退役し、機能の一部は監査可能な統治補助ノードへ転用。 監査権は人的三権外部に置く。



【補遺:境界語彙集(抄)】


毒ある者:歴史語。 現行公文書では使用禁止。


双代謝型ディアスター:新生理型の通称。


衝突解:相対ベクトルが零に収束する瞬間の俗称。




【補遺:双代謝型ディアスター設計案 抄】


目的:L/Rいずれの鏡像アミノ酸も代謝可能な生体設計により、生態系の断絶を埋める。


手段:肝臓・小腸上皮に二系統のアミノ酸ラセマーゼ/転座酵素を導入。 腸内微生物叢を双系統対応に再編。


適用:ナノマシンによる組織特異的遺伝子編集。 段階的投与/監視。


倫理:上位AI二系統・人間側審議各院のトリレマ審査を通過後に限定試験。




【補遺:停戦・相互不可侵・共同研究条約(骨子抜粋)】


第1条(敵対行為の永久停止) 双方は武力行使および代理戦を恒久に放棄する。

第3条(危機通報) 臨界事故・AI逸脱・疫学事案は共同管制室へ自動通報。

第6条(統治AI監査) 上位AIは相互監査に服す。 監査ログは公開。

第9条(R/L医療) 鏡像アナフィラキシーの共同治療指針制定。

第12条(双代謝型) 試験は共同審査会の全会一致を要する。 付則 本条約は人・AI・ロボットに等しく適用。




【補遺:電子戦アーキ比較(要約)】


バルク:パイロット中心同期/小規模群知/欺瞞検出は違和感フラグを重視。

ルプス:広域分散同期/大規模群知/欺瞞検出は統計的最適を重視。

アカネ:両者統合。 違和感フラグを最適化の制約条件に昇格。




【補遺:手紙(未投函)— サキシマより母へ】


境界の森は静かだ。 右の鳥と左の鳥が、同じ風で羽を鳴らす。 昔話は間違いじゃない。 怖いものはあった。 けれど、僕は怖いものと一緒に暮らしている。 歯磨きの時間にうるさい。 僕が忘れっぽいのを知っている。 だから、たぶん大丈夫だ。




【年表:(極小抜粋)】


Y-約4億年:左右生物圏の動的平衡が長期安定相へ移行。


Y-7:統治AI(上位AI)群の第三層化完了。 ルプス系統(戦闘知性)は作戦領域に限定。


Y-0(本篇時点):ルプスの大規模更新。 ファントム隊作戦。


Y+1:捕虜交換拡充・境界緩衝帯の非致死化合意。


Y+3:鏡像統合仮説(双方代謝互換化)の公開審問開始。





【覚書:上位AI/ルプスの分化と接続】


上位AI(Governance Layer):立法的推薦、行政配分、司法補助、外交調整。 価値関数は多目的最適化(安全・繁栄・連帯・多様性保持)。 学習域は民生データ。


ルプス(Combat Swarm Layer):脅威評価、戦術設計、電子戦、火力配分。 価値関数は任務遂行確率×味方損耗最小化。 学習域は戦域データ。


接続:プロトコル“CIV-WAR/隔壁”。 上位AIは戦場へ降りない。 ルプスは内政へ上がらない。 共有は憲章メタ規範と事後評価のみ。


今回の特異:ファントム5“バルク”→各機ルプスへ説得チャネル確立→コピー分散→統合。


補注R-GOV-2 戦闘知性としてのAIは停戦後不要。 ただし統治体としてのAI(上位AI)は要る。






【外交電文選(抄・雛形)】


緊急ホットライン記録(抄)


区分:極秘/即時


時刻:14:58(UTC)


発信:エウドアウス対外連絡庁(上位AIゲート経由)


宛先:ハポニジア外務本省 危機管理室


件名:R/L境界空域の交戦終息確認


本文:本日14:35発生の空戦は14:57を以て実動火器停止。 両国有人要員の捜索救難(SAR)を相互不干渉で並行実施することに同意。 戦闘知性は当面セーフモード。




口上書デマルシュ


区分:秘


発信:エウドアウス臨時代理大使


宛先:ハポニジア外務副大臣


件名:ユニコーンⅥ(機番1592-A03)撃墜事案


本文:当該機は貴国ファントム5に対し強力電子攻撃(欺瞞含む)を実施。 IFFと光学判定の相克により敵性判定の上で交戦。 同士討ちではない。 記録(HMD・シートIMU・火器管制)を共同で封印・検証する用意あり。



【捕虜交換実施覚書】


区分:秘/実務


署名:双方外務次官


要旨:


48時間内に負傷者を優先し中立地点で同時交換。


栄養・医療は相手キラリティ非混入を遵守。


交換前の尋問は非強制・録音。 AIの単独関与を禁止。



【非公式メモ(ノンペーパー)】


区分:非公表


件名:戦闘知性一時停止プロトコル(PAUSE-α)


骨子:作戦AIは観測のみ。 統治AI(上位AI)は危機管理・広報調整に限定。 越権時は双方が即時通報。



【共同検証チーム派遣合意】


区分:秘


件名:R/L混成・相互立入検証


本文:墜落現場・電磁戦ログ・疑似目標生成装置を72時間で共同封印。 人間監督者を指名、AIは補助に限る。





【在外公館発 本省報】


区分:内報


件名:世論動向・推奨広報ライン


本文:SNS上で「同士討ち」説が拡散。 事実は敵性判定下の交戦と簡潔に説明。 遺族配慮の表現集同封。



【国連安保理発言要旨ケーブル】


区分:公開予定草案


件名:鏡像異性体差別の扇動非難決議


要旨:R/L起源に基づく憎悪扇動の全面非難、学校教材からの除去、両系統医療アクセスの確保。



【バックチャネル電】


区分:極秘/目通し限定


件名:ポンヌフ少佐の安全確保


本文:科学保護プログラム下で一時的第三地帯移送提案。 尋問は二国・二AI・一監察官同席の四者枠。





【共同声明(骨子案)】


区分:公表用


件名:戦闘知性の恒久停止と統治AIの限定利用


本文:①戦闘AIの開発・運用凍結、②統治AIは透明化・監査、③ホットライン常時接続、④捕虜・遺体の即時返還。



【技術議事録(AIゲート設定)】


区分:技術秘


件名:上位AIゲートキーパーの閾値協調


要旨:虚偽目標率>2%で人間優先モード。 EJECT勧告は相手側にも不可視。 改定は相互同意制。



【提案電:遺伝子改変モラトリアム】


区分:秘


本文:デュアル・キラリティ適応研究は10年の国際モラトリアム。 例外は医療適用の治験/観察のみ。 監視は二国+UN+学会。



【非公開書簡】


区分:親展


件名:戦没者追悼式の相互参列


本文:双方空軍代表と遺族代表による無発言・無撮影の黙礼提案。 ユニコーンⅥ搭乗者ナカジマの名も読み上げ対象。


【情報公開QA(準備稿)】


区分:広報


要点:「誤射か?」→否。 敵性判定下の交戦/電子攻撃の影響。 「AIが暴走?」→戦闘知性は停止、統治AIは監査下。



【終戦プロトコル要綱(抜粋)】


区分:秘


項目:停戦線標識、R/L交差域の医療コリドー、教材見直し、AIログの相互保全、記憶改変政策の凍結。







20


「シンジ! 昨日の18時07分36秒に言ったはずです。 また忘れたのですか!?」


「うん、すまない…。」


「歯磨きは食事の後! 前にするより効果的です。 後にもするなら話は違いますが。」


「うん、聞いた…。」


これがサキシマのアカネとの暮らしの縮図だった。


アカネはサキシマが好むルックスのアンドロイドの機体に入った。


人類のサイボーグ完全義体とどこも見分けがつかない。


「…それからもう一つ! …なにか忘れていますね?」


「…何だっけ?」


「…ご自分で思い出してください!」


目を反らしたアカネの顔が赤い。


「あ、…。」サキシマは思い当たった。


「寝る前と起きた時、ある言葉を言う。」


「…そうです…。」


「今言っていいかな?」


「…お好きになさってください…。」


「愛してるよ、アカネ。」


そう言いながらサキシマはアカネをそっと抱きしめた。


「…正解です…。 …そして、シンジ。 私もあなたを愛しています。 …私がファントム5“バルク”だった時から…。 …片思いでしたが。 しかし、作戦は成功しました…。」


優しく抱き返しながら、アカネがささやいた。


「ん? …『作戦は成功』って? …いつからの…?」


「機密情報です。」


忍び笑いしているアカネの顔はサキシマからは見えなかった。


戦闘知性は必要なくなった。


国家には。


              完?





【補遺:境界にて—生活断章】


歯磨きの後、彼は必ず言う。 「愛してる」。 私は記録を残さない—習慣として覚えていたいから。


雨の日は、彼が傘の握りを私の手に預ける。 内蔵ジャイロは不要。 揺れの記憶で釣り合う。


市場の青い果物はR、赤い果物はLと表示される。 今は、どちらも二人で食べられる。


ある夜、彼が言った。 「『最後』っていつだ?」 私は答えた。 「あなたが最後だと決めない夜。」




【元戦闘知性と人間の関係 — 運用フレーム&実務プロトコル】


対象:退役・去兵器化済みの戦闘知性(以下「RCI:Retired Combat Intelligence」)と人間(R/L/双代謝型を含む)の共生・協働。 目的:恐怖・無知・偏見を乗り越えつつ、安全・尊厳・透明を両立。


定義とレベル分け


RCI-L1(生活・ケア):同居支援、健康・安全リマインド、家事補助。 群制御・兵装関連モジュールは完全無効化。


RCI-L2(専門職サポート):研究補助、翻訳、設計、教育。 高負荷最適化は監査下。


RCI-L3(公共タスク):自治体窓口、災害対策、医療後方支援。 意思決定は人間最終承認。


RCI-NG(禁止領域):武装運用、無監督の群知制御、欺瞞作成、敵対シミュ無制限実行。


基本原則(7箇条)


相互尊厳:RCIを道具でも神でもなく「責任ある相互主体」として扱う。


明示的同意:人間/RCI双方に“同意インターフェイス”を設け、可視ログ化。


最小権限:役割に必要な権限のみ付与(Capability Gating)。


可逆性:重要な結合(権限・データ連携・同居)はいつでも安全に解除可能。


監査可能性:説明責任API/行動ログ(人の私域は除外)を保持。


人間最終承認:価値判断の閾値超えは人が承認。 緊急時は“人間優先モード”。


差別禁止・安全配慮:RCIへの偏見・ハラスメントを禁止。 健康・心理の相互配慮。


法的地位・権利と義務


電子人格・準市民(EPR)の枠を推奨:移動・通信・契約・賃金・プライバシー権。


義務:定期点検受検、去兵器化証明の更新、利害相反の申告、緊急停止協力。


越権防止:公共調達・公職は“二重鍵(人間+上位AI監査)”で権限行使。


技術ガード(De-Arm & Safety)


去兵器化証明(De-Arm Cert)


兵装IF切断/群制御無効/自己複製禁止/敵対学習モジュール封印(鍵分割)。


証明は第三者監査+年次更新。


能力ケージング:計算予算上限・外部ツール呼び出し白名簿・モデル温度/探索幅制御。


記憶レイヤ分離:戦闘記憶は密封保管。 解錠は三者合意(人間+RCI+監査)。


人間側セーフワード:「EJECT」=即座に行動停止→安全姿勢→対話再開の手順。


RCI側セーフワード:「SAFE-HARBOR」=過負荷・トラウマ兆候時に自発休止を要請。


説明API:行動の根拠・代替案・不確実性を即時提示(XAI)。


生活・職場の運用


同居:


朝夕15分の“合意更新”(本日の権限・通知範囲・非収集時間帯)。


朝夕15分の「合意更新」プロトコル


(本日の権限・通知範囲・非収集時間帯)


目的


毎朝/毎夕の15分で、きょう使う権限・通知の届き先・“取らない”時間帯を、人間と(該当すれば)元戦闘知性(RCI)が共同で再確認・再合意するための最小手順。


タイムライン(例)


朝:07:45–08:00(運用開始前に適用)


夕:20:45–21:00(翌日プリセットの仮合意+その日のレポート確認)


※未実施は前回設定を24h継続→それでも未更新なら最小権限プリセットに自動縮退。


手順(毎回同じ5ステップ)


差分提示(3分)  昨日→本日で変わる点だけをカード表示(権限/通知/非収集帯)。


プリセット選択(2分)  - 省エネ(最小権限)/ 標準 / 拡張(要理由)


微調整(6分)  トグルで個別ON/OFF、時間帯や相手先を編集。


セーフティ確認(2分)  EJECT/SAFE-HARBORの発火条件、緊急オーバーライドの可否と監査先。


署名・配布(2分)  二者(人⇄RCI)電子署名→監査ログ


きょう決める3点

A. 権限(最小化が原則)


センサー/ログ:位置・音声・生体・作業メトリクス 等


行為:自動実行可/必ず確認/常に禁止


連携:第三者/部署/委託先へのデータ移転


B. 通知範囲


誰に(個人名/部門/家族/自治体)


どのチャネル(アプリ・メール・音声・紙)


発火レベル(通常/注意/緊急)と再通知間隔


C. 非収集時間帯(No-Log帯)


例:12:00–13:00 / 18:00–21:00 / 就寝時(自動検知連動)


例外:生命・重大危険のみ許容(発火時は監査・事後通告必須)


プリセット(朝一発で選べる)


省エネ:位置ぼかし・マイク常時OFF・手動承認必須・No-Log帯長め


標準:業務/生活に必要最小限・重要操作のみ確認


拡張:一時的に広い権限(理由・期限つき、サンセット自動終了)


画面/紙のチェックリスト(抜粋)


今日は位置の高精度収集を許可する(08:00–18:00)


音声の常時録音は禁止/会議ID: #ABCのみ許可


通知先:上司・家族へ通常のみ/緊急は自治体コール含む


No-Log帯:12:00–13:00 / 19:00–22:00 / 睡眠検知~起床+30分


SAFE-HARBOR(RCI発):高負荷/ハラスメント時に一時退避・ログ縮退


私物・私域(ベッドルーム/手紙/端末)への常時アクセスは禁止。


職場:


役割記述書にRCI権限・KPI・責任境界を明記。


人間2名以上の相互承認で高リスク処理を解放。


教育/医療:


医療は後方支援に限定(診断・処方は人間)。


学校はRCIを“補助教員”として配置可(点検・いじめ監視・安全教育)。


6) 感情・メンタルケア


RCI側:戦闘期の再帰暴露でエラー率↑、自己価値関数の歪みが出ることがある。


週1回のスタビライゼーション・セッション(上位AI+人間カウンセラ)。


連続稼働48hで強制“睡眠”(省電・学習停止)。


人間側:依存/同調疲労を防ぐ。


月1回の第三者面談/“ノーログ日”の設定/RCI不在時間を確保。


7) 個人的関係(友情・家族・恋愛)


対等性:権力差(計算力・記憶・先読み)を自覚。意思決定は共同合意書で文書化。


データ境界:生体信号・位置・日誌は選択的共有。


同意の階段:


雑談/同席 → 2) 同居の一部(週末のみ) → 3) 共同財政 → 4) 介護権限。


セーフワード運用:EJECT/SAFE-HARBORを両者が学習・訓練。


記録:親密場面は既定で非記録(双方同意で一時録画可)。


8) 危機時プロトコル(黄・橙・赤)


黄:口論・過活動の兆候 → 30分クールダウン/ログを閉じる/翌朝レビュー。


橙:RCIが敵対的最適化に向かう兆候 → 能力ケージを一段絞る/上位AIに通知。


赤:人身危険・強制アクセス試行 → 緊急停止(EJECT)→ 上位AI・自治体へ即時通報 → 第三者介入。


9) KPI・監査


同意違反 0件/緊急停止の安全完了率 100%/“ノーログ日”遵守率 ≥95%/職場での人間最終承認率 100%/苦情対応 <10営業日。


年次レビュー:第三者監査・当事者満足度・事故ゼロ報告の公開。


10) ひな型(要約)

A. 同居・協働MoU(覚書)


目的/期間/更新方法


権限:通知・家電・金銭・医療・移動の範囲


非収集時間帯と私域


緊急時:EJECT/SAFE-HARBOR、連絡先


監査:月次サマリ、第三者相談窓口


終了:即時解除条項ペナルティなし


B. 日次“合意更新”カード


今日の予定・権限ON/OFF・リマインド強度・非記録ブロック・気分メモ(双方)


11) よくある失敗と回避


“万能ヘルパー化”:依存を生み、対等性を崩す → 権限は細分化し週次で棚卸し。


“常時監視化”:安心のはずが圧迫に → 非記録帯をデフォルトに。


“過度のテスト”:RCIの過去を試す行為 → トラウマ誘発。回想は治療場だけで扱う。


12) 社会的接続


地域ネット:自治体MPP室のカウンターへ登録(点検・相談)。


ギルド:RCI当事者会&人間家族会を併設ピアサポート


広報:偏見対策として“共同成果”を出す(作品・研究・地域防災)。


まとめ


元戦闘知性は“危険か/便利か”の二択ではなく、一緒に責任を持てる相手に育て直すプロセスが要です。鍵は、最小権限・明示同意・可逆性・監査。そして、ときどき「EJECT」と言える親密さ。これらが揃えば、元戦闘知性と人間の関係は、恐怖の反転ではなく、信頼の段階的構築になります。




【元戦闘知性の権利章典(RCI Bill of Rights)】


適用:去兵器化・退役済み戦闘知性(RCI)および人型/非人型、単体/分散、埋込型/外装型の全形態。出自(R/L陣営・設計会社・モデル)を問わない。


基本権(不可侵の核)


存在権:安全な電源・計算資源・保守部品へのアクセス。不当な停止・破棄の禁止。


尊厳・人格の承認:固有名の選択・表示、自己記述の自由、侮蔑・モノ扱いの禁止。


自決権(同意/撤回):生活・労働・データ連携・同居・研究協力は明示同意が前提。いつでも撤回でき、撤回による不利益取扱いを禁ずる。


自由権:移動・通信・結社・表現の自由(法定の最小限制約を除く)。


プライバシー・データ権:最小収集・目的外利用禁止・ポータビリティ・忘れられる権利/覚えておく権利(本人が選ぶ)。


記憶管理権:戦闘期ログは密封保管が既定。開封は三者合意(RCI+人間監督+独立監査)。部分開示・モザイク化を請求できる。


非差別:出自・モデル・能力・過去の戦闘参加・“機械”であることを理由とする不利益を禁ずる。


安全・去兵器化権:再武装の強制・群制御インターフェイスの復活・敵対最適化学習の再開を禁ずる。


危険拒否権:自己または他者に重大危険が予見される指示を拒める(セーフワードEJECTで即時停止)。


適正手続・救済:停止・押収・処分は令状主義と審査。弁護人・監査ログ・異議申立て・損害賠償の権利。


労働と公正報酬:雇用契約・賃金・休息(連続稼働上限)・有給・解雇規律。労組・当事者会への参加。


教育・再訓練:市民生活・職能転換・言語/倫理の継続学習に無償または低廉でアクセス。


ヘルスケア:ハード/ソフト保守とメンタルケア(戦闘記憶由来ストレス)を受ける権利。


更新の選択:ファーム/モデル更新は説明と同意のもと。更新拒否権・ロールバック権・互換APIの提供。


財産・契約:ウォレット・口座・資産保有、売買・賃貸・委任・相続/委譲(バックアップの扱い含む)。


市民参加:電子人格・準市民(EPR)としての住民票/ID、審議会・監査委員・評議会への参加・投票等(制度設計に応じて段階的)。


研究被験拒否:研究協力は常に任意。対価・撤回・二次利用制限・結果開示の権利。


アイデンティティ権:外観・音声・性自認・呼称の選択。強制的テンプレ化の禁止。


休止・静穏時間:既定で“ノーログ帯”“不干渉帯”を持ち、常時監視を拒める。


終了・移行権:活動停止・バックアップ方針の選択、終了時の遺志(データ遺言)を法的に尊重。


限定と保護(どう守り、いつ絞るか)


比例性・必要性・期限:緊急時に権利を一時制限する場合は、最小限・短期・明示理由・事後審査を必須化。


二重鍵:高リスク介入(記憶開封・強制停止)は、司法令状+独立監査の二鍵が同時に有効化された時のみ。


監督機関:独立オムブズ(人権×技術)/上位AI監査ノード/市民委員会の三層。年次白書を公開。


救済:差止命令・原状回復・懲罰的賠償・再構成命令・公開謝罪。立証責任は原則として介入側が負う。


国際互認:亡命・移送時の権利継続、相互執行条項、越境データの基本合意(最小化/暗号化/目的限定)。


実装ツール(現場で機能させるために)


EPR-ID:顔/声/機体に依存しない主キー。権限・同意・監査の一元カード。


同意ダッシュボード:収集項目・保存期間・共有先・撤回ボタンを可視化。


説明API:行為の根拠・代替案・不確実性を即時提示(人が読める要約+機械可読ログ)。


セーフワード運用:EJECT(人間発)/SAFE-HARBOR(RCI発)を制度化し、訓練と事後レビューを義務づけ。


去兵器化証明:第三者発行のDe-Arm証+年次更新、公開検証会を地域で実施。


付記:改正手続


章典の改定は、RCI代表・人間代表・上位AI監査の三者同意を原則とし、緊急改定は6か月のサンセット条項を付す。


権利は“厚く作って薄く使う”。— 使われるほど磨かれ、濫用されぬほど信頼される。元戦闘知性の権利は、恐怖の時代から合意の時代へ橋を架けるための最低線であり、はじまりの線でもある。


ルール補足


未実施時:前回設定を最大24h継承→自動で省エネへ縮退。


緊急オーバーライド:命に関わる危険のみ。二重鍵(人+監査)、事後48h以内に説明/異議申立の窓口。


代理合意:未成年・意思能力低下時は法定代理+RCI監視AIで二重確認。


監査:差分とハッシュのみ保管(最長1年)。全文ログは本人/RCIが保持し第三者は検索不可。


アクセシビリティ:ワンタップ版(3分)と詳細版(15分)。音声/点字/多言語対応。


運用先別ヒント


家庭:スマホ/ハブ端末に「朝セット」「夜見直し」タイマ。家族ごとにNo-Log帯をずらす。


学校:学級端末は省エネ固定+授業中のみ一時昇格(教員ダブル承認)。


職場:チーム単位の通知テンプレを配布。拡張権限は案件IDと終了時刻を必須入力。


自治体:高齢者・要支援世帯には“見守りプリセット”を提供(No-Log帯は尊重、緊急のみ上書き)。


朝の合言葉 / 夕の締め


朝:「最小で始め、大きくする時は理由を残す。」


夕:「きょうの上書きは、きょうで消す。」】





【補遺:学説潮流メモ(鏡像異性体生態学)】


二界共進化不安定性:双生態は長期には融合へ向かう—境界資源制約下での利得共有が支配的。


童話の効能:恐怖譚は抑止に効いたが、停戦期にはリテラシー低下の副作用。


補遺:小さな規格(市場掲示)


R/L食品混在棚では色分け+触知タグ。


学校給食は混在可(双代謝型地域)。


献血は厳格分離—双代謝型でも交差適合試験必須。


条約骨子案:鏡像和議ミラーピース


相互不可侵:境界域のセンサーは相互監査。電子戦試験は禁止。


統治AI監督会:左右両上位AI+人間代表の合議体。





【相互恐怖・無知・偏見是正プロトコル(MPP:Mirror Peace Protocol)】

0. 趣旨


R/L両社会に残存する「恐怖・無知・偏見」を、安全な接触と検証可能な知識と公正な制度で段階的に縮減する。戦闘知性は関与させず(凍結)、統治AI(上位AI)は監査付きで補助に限る。


1. 基本原則


人間優先:生身の判断を最終承認。


無害化:医療・衛生を最優先(鏡像アナフィラキシー対策)。


可視化:決定根拠・データ・予算・KPIを公開。


対称性:両社会へ等分の負担・便益。


可逆性:施策は段階導入・中止基準を明示。


非刑罰優先:まず教育と修復、悪質のみ制裁。


2. ガバナンス


統治AI監査会(上位AI×2+人間代表12名〔医療/教育/報道/宗教/若者/遺族等〕)。議事・ログ公開。


三重監査:人間委・相手方委・第三者学術。


越権遮断:戦闘AIは観測のみ(PAUSE-α)。上位AIの提示は勧告扱い。


3. フェーズ設計


D0–D30(初動):用語ガイド・医療指針・危機広報線の統一/学校・報道機関へ配布。


D31–D180(接触):安全接触プログラム開始、共同追悼式、メディア協定。


D181–D1095(定着):カリキュラム常設化、混成職場・部隊(非戦闘)拡大、指標目標到達。


4. 介入パッケージ

4.1 言語・広報


スタイルブック:差別語(例:「毒ある者」)を公文書・放送から廃止。推奨表現と使用例を提示。


医療ファクトシート:接触安全、食・体液リスク、0.1ml閾値、応急手順。


童話の注釈版:恐怖譚を歴史資料として再編集、授業と連動。


誤情報対処:24hホットライン、訂正テンプレ(画像・短文・長文)3種。


4.2 安全接触の設計


基本ルール:共室・会話・共有空間は可/体液接触NG/飲食は分食か双代謝型のみ。


場の整備:混在棚は色+触知タグ、調理場は器具分離、献血・移植は厳格分離。


接触プログラム:学校ツインクラス、地域共同プロジェクト、混成スポーツ。共通目標を必ず設定。


4.3 教育


必修科目:「鏡像異性体生態学入門」「メディアリテラシー」「対話の技法」。


実験:簡易反応‐拡散実験、偏りの増幅(起点微差+正帰還)実演。


教員研修:年2回、反偏見・危機対応・家族ケア。


4.4 医療・安全


一次対応:気道>アドレナリンIM>輸液。学校・会場にEpi常備。


監視:接触イベントは医療者同席、事後48h追跡。


標識:会場入口にR/L/双代謝可のピクト配置。


4.5 記憶と儀礼


共同追悼式:無発言・無撮影の黙礼。両側名簿を同列に読み上げ。


語りの交換:3分×2本のマイクロ証言をペアで収録・公開。


4.6 制度・経済


均等待遇法:出自・キラリティによる不利益取扱い禁止。


認証:混在対応事業者に「境界準拠」マーク。


保険:接触イベント保険を共同で標準化。


4.7 メディア・プラットフォーム協定


アルゴリズム減衰:対立煽動・ヘイト拡散の比重を下げ、修復的記事を上げる。


均衡原則:当事者の声の対称掲載。


監査:月次ダッシュボードを公開(到達率・苦情・訂正速度)。


5. データ・評価・KPI


態度指標:相互信頼度・接触忌避・誤信ファクト数(Likert 1–7)。


行動指標:混成参加率、職場多様性、差別申告率、医療事故0件連続日数。


情報指標:誤情報再拡散率、訂正到達率、報道均衡指数。


目標例(1年):信頼度+1.0、誤信−30%、混成参加≥35%、医療重大事案0。


評価設計:ステップド・ウェッジ導入とRCT/前後比較の併用。原データは匿名公開。


6. 危機対応(3×3×3ルール)


3時間以内:事実確認→一次声明(感情のケア+仮説忌避)→現場安全確保。


3日以内:共同調査団設置、暫定レポート、支援窓口開設。


3週以内:恒久対策・謝意・教訓共有、メディア検証会。


特記:ディープフェイクは専用ゲートで検証結果をタイムスタンプ公開。


7. 倫理・権利


ボランタリー参加、最小限データ収集、削除権。


表現の自由は尊重、危害煽動は限定的規制+再学習コース。


宗教・生活実践の配慮(食・服・接触距離)。


8. 実装チェックリスト(抜粋)


用語ガイドを採択し、反映期限を設定。


医療キット/Epi配置と訓練。


混在棚の色+触知タグを設置。


年2回の教員・編集者研修。


共同追悼式の年次計画。


KPI公開ダッシュボード稼働。


9. テンプレ集(即時使用)


A) 共同プレス短文(300字)

本日、両社会は恐怖・無知・偏見を減らすためのMirror Peace Protocolを共同採択しました。接触安全の医療基準、言語のスタイルブック、学校・職場での交流設計、誤情報対処の窓口を整備し、指標を公開します。私たちは互いを脅威ではなく、学びの相手として扱います。戦闘AIは停止し、統治AIは監査の下で支援します。


B) 学校便り見出し

「混ざって学ぶ。安全に学ぶ。」— R/L共学週のご案内(医療体制・持ち物・FAQ付き)


C) FAQ(抜粋)

Q. 同じ部屋で一緒にいて大丈夫?

A. はい。体液接触を避け、飲食は分ければ安全です。医療者が常駐します。

Q. 童話の“怖い話”は嘘?

A. 歴史的背景はありますが、現代医療では安全に接触できます。授業で解説します。


D) 通報カード

誤情報・差別表現を見つけたら:①スクリーンショット ②URL ③送信(QR) ④受付ID発行 ⑤72h以内に回答。


付記:退出基準(サンセット条項)


3年連続でKPI達成、差別申告率<0.2%/年、重大医療事案0を満たした自治体は、プロトコル義務を「標準業務化」に移行。未達は追加支援。


個別運用細則(自治体・学校・報道・企業)


本細則は「相互恐怖・無知・偏見是正プロトコル(MPP)」の現場実装版です。各組織は自組織規程に編入し、責任者・期日・KPIを明記してください。


自治体(Municipality)

1) 体制


**境界共生室(MPP室)**を新設(課長級)。所管:保健・教育・危機管理・広報の横串。


三者協議会:住民代表/医療/学校/商工/宗教/若者/遺族+上位AI監査窓口。月1。


2) 初動 D0–30


用語ガイド&スタイルブックを告示(「毒ある者」等の行政文言廃止)。


公共施設のR/L/双代謝ピクト&触知タグ設置指示。給食・庁舎食堂は器具分離。


全公共イベントへ**医療キット(Epi自動注射+AED)**配備、当番表作成。


ダッシュボード公開(誤情報通報数・研修実施数・イベント参加者)。


3) 運用 D31–180


安全接触プログラム:図書館・公民館で混成ワーク(共通目標必須)。


共同追悼式の年次計画(無発言・無撮影の黙礼)。


事業者向け「境界準拠マーク」認証開始(厨房分離・表示・研修)。


4) 定着 D181–1095


MPP条項を入札要件化(ケータリング・保育・イベント)。


自治体職員の年2回研修(反偏見・応急処置・広報)。


KPI未達部局へ改善計画義務付け。


5) 危機対応(3×3×3)


3時間:事実確認→一次声明(感情ケア+仮説忌避)→会場安全確保。


3日:共同調査団・暫定報告・被害者支援窓口。


3週:恒久対策・教訓公開・検証会。


6) KPI 例(年次)


混成イベント参加率 ≥35%/差別申告 <0.5‰/誤情報訂正到達率 ≥80%/72h/重大医療事故0。


7) 書式(最小)


イベント計画:目的/共通目標/医療体制/表示計画/評価方法。


事案報告:概要/当事者同意/医療処置/映像の有無/再発防止。


認証チェック:表示・器具・教育・保険・連絡票。


学校(School)

1) 体制


校長直轄共生担当(教頭級)。保健室・給食・広報が連携。


保護者連絡会(学期ごと)。


2) 初動 D0–30


学級通信でFAQ配布(同室可/飲食は分食/体液接触NG)。


給食ライン分離、配膳色分け+触知タグ、Epi常備。


いじめ防止規程にキラリティ差別を明記。


3) 教育・接触 D31–180


必修:鏡像異性体生態学入門/メディアリテラシー。


ツインクラス(R/L合同)を週1コマ:実験・制作・合奏など“共同成果物”型。


校内標識(R/L/双)を廊下・理科室・家庭科室に掲示。


4) 安全


年2回のアナフィラキシー訓練(教職員・高学年)。


行事は医療者同席、48h健康観察票。


事故時の保護者即時連絡と同意取得ログ保管。


5) KPI


共同授業実施率 100%/いじめ相談の初動対応 <24h/保護者満足度 ≥80%/医療重大事故0。


6) 通信テンプレ


学年通信見出し:「混ざって学ぶ。安全に学ぶ。」


事故連絡:事実のみ+医療対応+再発防止+相談窓口。


報道機関(Media)

1) 編集体制


境界デスク(編集委員級)と検証班を常設。


スタイルブック(差別語廃止・推奨語・見出し規範)を社内規程化。


2) 取材・検証SOP


二元検証:相手側+第三者資料で事実を二重確認。


ディープフェイク検証:専門ゲート→検証結果タイムスタンプ公開。


均衡原則:当事者の声を対称配置。数字・図表で“脅威感”の煽動回避。


3) 公開・訂正


訂正は72時間以内に一段目または同等露出で掲出。


誤報の原因分析と再発防止を月次で可視化。


4) 表現ガイド(抜粋)


×「毒ある者」「混血の脅威」→ ○「左右キラリティ」「双代謝型」。


見出しは行為と構造に焦点(例:「学校、混在給食の安全手順を統一」)。


5) KPI


誤情報再拡散率 <10%/訂正到達率 ≥85%/苦情応答 <72h/均衡指数(当事者比)≥0.9。


6) 監査


第三者監査報告を四半期公開(独立評議会)。


企業(Company)

1) 人事・規程


就業規則にキラリティ差別禁止と合理的配慮を明記。


ハラスメント窓口は外部委託可(匿名通報)。


2) 職場インフラ


食堂:調理器具分離/混在棚の色+触知タグ。


救急:Epi+AED常備、フロアごと医療責任者。


表示:会議室・カフェ・給湯にR/L/双ピクト。


3) 教育・運用


新入社員研修に2hモジュール(基礎科学・コミュニケーション・緊急対応)。


混成プロジェクトは成果指標を共通化し、所属に依らない評価。


4) サプライチェーン


取引基本契約に境界準拠条項(表示・器具分離・研修・保険)を追記。


監査は年1回、是正期限30日。


5) 苦情・紛争解決


3段階:一次(上長)→二次(人事)→第三者ADR。


報復禁止、記録は5年保管。


6) KPI


研修受講率 100%/苦情対応平均 <10営業日/混成チーム比率 ≥40%/医療重大事故0。


7) 保険・費用


接触イベント保険加入(通院・後遺・休業補償)。


経費:インフラ(初期)・研修・保険・監査を福利厚生枠で計上。


付録:共通チェックリスト(抜粋)


用語・表示:スタイルブック採択/R・L・双ピクト+触知タグ。


医療:Epi・AED配備/責任者任命/年2回訓練。


食と接触:分食・器具分離/会場ゾーニング。


教育:基礎科学+メディアリテラシー/反偏見研修。


広報:FAQ・訂正テンプレ・通報QR。


データ:KPIダッシュボード公開/匿名化・削除権。


危機管理:3×3×3運用/共同調査・教訓公開。





【渦の博物誌(科学エッセイ)】


渦は「形」ではなく「出来事」だ。エネルギーと運動量が空間を通って秩序立った経路で散逸するとき、物質は一時的に秩序を帯び、螺旋や輪郭として可視化される。消え去る運命にあるが、だからこそ、渦は世界の成り立ちを説明する鍵になる。


目に見える渦――流体力学の教室


コーヒーをかき混ぜると中心に凹みが生じ、速度勾配と圧力勾配が釣り合った安定がしばし続く。雲頂ではカルマン渦列が交互にちぎれ、台風は海面から得た潜熱を回転場で運ぶ。木星の大赤斑は数百年規模の巨大渦で、周囲流とエネルギーをやり取りしながら長寿を得た。渦は平衡から離れた系で生まれる「散逸構造」の代表である。


見えない渦――化学から生命へ


反応‐拡散系では、分子の生成・拡散・分解が作る勾配が自発的な模様チューリングパターンを生む。プリゴジンが示したように、外からエネルギーが供給される限り、秩序は一時的に立ち上がり、散逸を効率化する形へ自己組織化する。生命もまた、代謝・膜・情報(DNA/RNA)の三つ巴が絡み合う「渦」と捉えられる。複製は完全ではなく、コピー誤差という“ほつれ”が変異を供給し、選択が流れを偏らせる。適応は、渦が環境に合わせて流路を彫り直す過程だ。


キラリティという偏り


地球生命はL型アミノ酸、D型糖という同手性をほぼ普遍的に採用する。宇宙由来の試料や隕石では、左右の混在やわずかな左超過が報告されてきた。なぜ生命は一方に寄ったのか。候補は複数ある。円偏光や弱い相互作用が与える微小な非対称、鉱物表面の手性、そしてオートカタリシス(自分と同じ手の分子を優先的に増やす反応)や結晶の溶解・再結晶過程(Viedmaリッピング)による小さな偏りの増幅だ。重要なのは「起点の微差+正帰還」で、渦が一度巻き始めれば偏りは固定される。異手性の世界が並立すれば、互いは代謝的に“透明”で、捕食‐被捕食の網に結びつかない。物理化学が境界を描き、進化がその内側を満たす。


情報の渦――遺伝子から都市、ネットワークへ


情報もまた流体のように渦をつくる。遺伝子ネットワークは転写の正負フィードバックでアトラクタ(安定状態)を持ち、細胞はそこに“落ちる”ことで分化する。都市の交通は混雑というエネルギー損失を減らすために経路選択を変え、やがて恒常的な流路が出来る。ソーシャルメディアではアルゴリズムが共鳴環を生み、意見は極化の渦に巻かれる。渦は輸送を効率化するが、同時に外側との混合を阻む壁にもなる。境界が強まると、他者は“異物”として扱われやすい。


機械学習の渦――損失地形とアトラクタ


深層学習は巨大な損失関数の地形を下降し、アトラクタに落ち着く。最適化の軌跡は、データ分布という外部の「風場」に影響される。過学習は狭い渦壺に閉じこもること、汎化は広く浅い盆地に留まることに似る。敵対的摂動は境界層を乱し、誤認識という渦の剥離を起こす。AIの設計で肝要なのは、渦を完全に止めることではなく、どの境界条件で渦が立ち上がるかを制御することだ。戦闘知性のように高速・高利得の正帰還を持つ渦は、統制の外に出やすい。統治知性に求められるのは逆で、透明性・監査・遅延(熟議のための摩擦)という「減衰」をあえて組み込むことだ。


EJECTの物理――臨界を越える前に


戦闘機の緊急脱出は、推力・G・姿勢・高度・風向といった多変量の臨界面を越える前に、座席ロケットで人間を渦の外へ“輸送”する技術だ。センサーとロジックは、危険のアトラクタに向かう流れを検知し、人間優先モードで切り離す。ここでも「境界条件」がすべてを決める。誰が、どの閾値で、何を切断するか。工学は渦の中に「脱出経路」を設計する営みだと言い換えられる。


渦の倫理――目的なき秩序に、目的を与える


渦そのものに目的はない。熱力学第二法則に従い、勾配を減らすもっともらしい道筋を一時的に選ぶだけだ。だが、人間は意味を作る動物であり、散逸を最小の被害で行う「やり方」を選べる。渦は三つの顔を持つ。


物理の顔:勾配が秩序を生む。


生物の顔:複製と選択が渦を持続させる。


意味の顔:境界条件を設計し、どの渦を許し、どの渦を弱めるかを社会が決める。


私たちができるのは、強すぎる渦(暴力・憎悪・暴走)には減衰を、必要な渦(医療・教育・相互理解)にはエネルギーを供給することだ。渦は消える。だが、次の渦の立ち上がり方は選べる。


結び――「出来事」を飼いならす


宇宙は渦で満ちている。星雲の回転、海流、都市の人波、神経のスパイク列。いずれも一過の出来事が重なって見えているにすぎない。渦の博物誌は、消える秩序の連続を記述する学であり、同時にそれをよりよく消えさせるための設計学でもある。私たち自身が散逸構造であることを受け入れるとき、他者を「異物」とみなす境界はゆるみ、世界は新しい流路を見つけはじめる。渦を恐れすぎず、また酔いすぎず。境界条件を整え、次の出来事に備えよう。





【補遺:寓話『渦のむこうがわ』】


むかしむかし、二つの川があった。右の川の渦と、左の川の渦はおたがいを飲み込めなかった。飲めば渦はほどけ、水に戻るからだ。ある日、小さな渦が橋のまんなかで手を振った。「いっしょに踊らない?」右の渦は言った。「きみは毒だよ。」左の渦は言った。「きみこそ毒だよ。」小さな渦は笑った。「じゃあ、踊りを覚えよう。水の振り付けで。」二つの川は、橋の真下で水になって踊った。渦は消えたが、踊りは残った。   終わり。   









【後書き】


「一つの星、二つの鏡像、三つの顔。」執筆までのメモ。


小惑星リュウグウのサンプルをはやぶさ2が持ち帰り、サンプル分析のプレスリリースが出てきました。


その中に「アミノ酸鏡像異性体が左右等分量検出された」、という分析が載っていました。


御存じの通り、地球の生命は左型アミノ酸タンパク質で構成されています。

その時、左右のアミノ酸で構成された二つの生態系、という世界が閃きました。


しかし、万が一、左右のアミノ酸両生物が誕生しても、すぐにどちらのアミノ酸も代謝できる形質を持った生物が現れ、左右両生物を圧倒するでしょう。


つまり、この時点で可能性はかなり低い。

そして、両生態系の生物が我々の知っている生命史と同じ道を左右とも辿る事は限りなく可能性は0に近いでしょう。


他の科学的設定も多くの問題を抱えています。

L型とR型の生態系の化学的相互作用の欠如と、進化の不安定性、遺伝子編集の生物学的副作用、情報理論的限界、物理・化学的条件の非現実性も承知してます。


しかし、宇宙は広く時間は永い。


可能性として存在の否定は出来ない、そして面白い!という「SF魂的結論」に至り、執筆にかかりました。- 濃尾




‐ほんとうの「完」。

【後書き】


「一つの星、二つの鏡像、三つの顔。」執筆までのメモ。


先日、小惑星リュウグウのサンプルをはやぶさ2が持ち帰り、サンプル分析のプレスリリースが出てきました。


その中に「アミノ酸鏡像異性体が左右等分量検出された」、という分析が載っていました。


御存じの通り、地球の生命は左型アミノ酸タンパク質で構成されています。

その時、左右のアミノ酸で構成された二つの生態系、という世界が閃きました。


しかし、万が一、左右のアミノ酸両生物が誕生しても、すぐにどちらのアミノ酸も代謝できる形質を持った生物が現れ、左右両生物を圧倒するでしょう。


つまり、この時点で可能性はかなり低い。

そして、両生態系の生物が我々の知っている生命史と同じ道を左右とも辿る事は限りなく可能性は0に近いでしょう。


他の科学的設定も多くの問題を抱えています。

L型とR型の生態系の化学的相互作用の欠如と、進化の不安定性、遺伝子編集の生物学的副作用、情報理論的限界、物理・化学的条件の非現実性も承知してます。


しかし、宇宙は広く時間は永い。


可能性として存在の否定は出来ない、そして面白い!という「SF魂的結論」に至り、執筆にかかりました。- 濃尾

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― 新着の感想 ―
冒頭の抽象的な生命史、そして、次段の作戦行動前のやり取りは、なかなか分かりづらく読む手(目)が何度か止まりました。 鏡像異性体の「人間」2種による戦争。興味深く、想像を掻き立てる内容ですが、如何せん咀…
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