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七話 トッププロ冒険者の実力

 変異したダンジョンに子どもを助けに来た俺たちを高校の先生である嘉納先生が助けに来てくれた。


「佐月。お前が怪我するなんて珍しいな。死んでおくか?」

「そうですね」


 確かに、叩きつけられた時に頭から血が出ているし、掴まれた時のダメージは全身に響いている。

 死ねば無傷で外に出られる。ここは一回、死んでおこう。


「おい。ちょっと待て」


 壁に頭を打ち付けて死のうと思ったら止められた。ダンジョンで負った怪我を治すのには死ぬのが一番早い。それは前世の嘉納先生も言っていたはずだ。


「いくら無傷で戻れると言っても、中学生がそう簡単に死ぬ必要はないだろう」

「? はあ。そうですか」

「前々から変だと思っていたが……まあいい。ここからなら、ダンジョンを攻略した方が早いだろう。ちょっと待ってろ」


 嘉納先生はダンジョンマスター部屋で暴れる異形のオーガに対して何一つ怯むことなく前に進んでいった。落ち着き過ぎていて、まるで、行きつけのカフェにでも行くかのような足取りだ。


 相手は実質二等級ダンジョンマスターの力がある。


 二等級ダンジョンを攻略できるパーティーは世界でも百は超えない。そんな相手を前にこんな態度ができるのは今はこの人ぐらいしか知らない。


「どけ」


 一発の蹴りで入り口前にいたオーガは反対の壁に吹っ飛ばされた。

 これがトップの冒険者に求められる純粋な身体能力。前世の俺はこんな力はなかった。


 ダメージを負ったオーガは悶えた後、全身から粘液を出し始めた。スライムのように人体を溶かす成分があるのかダンジョンの床から煙が出ていた。


「粘液か。キモイな。これだから変異ダンジョンは嫌いなんだよ」


 背中にある鉄パイプらしき物を取り出した。


 あれは一級魔道具の『業魔の円管』。嘉納先生を象徴する魔道具だ。


 魔道具は稀にダンジョンに落ちている防武具で、人知を超えた能力を持つ。


 前世で俺の仲間が使っていた魔道具を挙げると、特級魔道具の敵の攻撃を必ず受ける盾『白百合の大盾』や準特級の陰に溶け込むことが出来るようになる刀『隠者の太刀』なんていうものもある。


 魔道具は見つけられたダンジョンの等級に合わせて等級が決められ、能力の強さや特殊性はその等級に強い相関を受ける。


 そして、嘉納先生が使っている鉄パイプっぽい魔道具の能力は単純明快だ。


「あの鉄パイプは折れないし、曲がらない。たったそれだけ。なのにあんなことは出来るのは身体能力の差だな」

「すごい」


 特殊な能力は一切ない重さも鉄パイプと変わらない。その代わり、異常なまでの硬度を持ち、どんな攻撃でも曲がらない。


 粘液を出し、物理攻撃から身を守ろうとしたオーガだったが、嘉納先生の攻撃からその身を守る事すらできず、一方的に殴られて死んだ。


 ダンジョンマスターが死んだことで、部屋の中央から台座と魔石が現れた。


 魔石の大きさは拳ほどで、あれだけで数千万の値段がする。


「おっ。ラッキー。ボーナスゲット。旅行先だし、ねえちゃんの店で遊べるな」


 嘉納先生はご機嫌な表情で魔石を回収した。


 魔石が回収されると同時に俺たちはダンジョンがあった場所まで転移させられた。


「よかった!」


 ダンジョンの消失と無傷の子どもを見て母親が飛びついてきた。


「ありがとうございます。このお礼は必ずいたします」

「俺たちは当然のことをしただけです。お子さんは怖い思いをしたと思うのでメンタルケアを優先してあげてください」


 前世の癖か先生すら差し置いて俺が全部対応してしまった。


「おねーちゃん。ありがとう」


 子どもが光莉にお礼を言った。


 光莉は無表情だが、俺には喜んでいることが分かる。


「良かったな。あの子が元気そうで。お前のお陰だ」


 つい癖で、俺は光莉を撫でてしまった。

 前世では何かをする度に撫でいたからついやってしまった。だが、そんな言い訳は通じない。


「すまない」


 素直に謝罪した。


 あっちからしたら俺は初対面の男だ。いきなり頭を撫でられると困惑するだろう。


「……別に。気にしない。あなたもお疲れ」


 光莉は何もなかったかのように武道館に戻っていった。

 ……怒ってはいないな。良かった。


「おいおい。もしかして、お前の会いたい子っていうのはあの子か? 意外だな。もっと強い男だと思っていたぞ。ああいう可愛い女の子だったとはなぁ~」


 先生が弄られたが、完全に無視をする。


「助けてくれてありがとうございます」

「気にするなって。俺だってボーナスゲットできたしな。さてと、その怪我で大会に出るつもりか?」


 俺の体はかなりボロボロになっている。骨折はしていないが、出血している箇所からは血がにじみ出ている。


「出ますよ。仮に両腕をもがれようとも俺に勝てる奴はいませんから」

「そうか。まあ、ちょっと大会側に事情を説明して、最終試合にしてやるからそれまで医務室で休んでいろ」


 そうして、俺の対戦カードは最終試合に固定された。


 俺の試合が始まるのは夕方の六時間後。今の医療技術なら少し怪我が残るぐらいだろう。問題ない。

 医務室に行く前に群衆の中から、視線を感じた。普通の視線じゃない。


「この視線は……もしかしてあいつか?」


 観察というレベルを超えた、まるでスキャンでもされているような視線だ。


 かなり離れている状態でこんな視線を送れるのはあいつしかいない。


 運がいい。光莉とはこの大会で会えることを知っていたが、残りの二人についてはよく分からなかった。だが、一人が偶然。この場にいてくれた。


 天才中の天才であり、日本を裏で牛耳るフィクサーと呼ばれる川谷かわたに一族の直系。

 『白の珈琲』の魔法使い。『光弾の貴公子』川谷徳人。


 あいつの目は特別製だ。俺を見たということはかなりの情報を得ているはずだ。俺からは接触しない。俺を見れば必ずあっちから接触してくる。


 この、死線武道大会は俺が思っていたよりも重要な戦いになりそうだな。


 ――――――


 医務室に冴先輩が押しかけて来た。


「バカだなー。自分の実力を顧みず、人助けってか? それは愚者っていうんだぞ」

「そうですね。それで、先輩は試合に出ないんですか?」

「全員お前より雑魚そうだからパス。もっと刺激的な戦いをしてぇんだけどな」


 相変わらず、この人は戦闘狂だ。人格は褒められたものじゃないか、こうして裏表がない感じは俺は好きだ。


「対戦表をくれませんか?」

「ん? ああ。ほら。さっき掲示されていたぞ」

 

 全試合のトーナメント表を渡してくれた。全国大会はトーナメント式で行われる。


 死線武道は基本的に年齢によって階級が分かれている。

 中学生の部では男女別や学年別の他に「無差別級」がある。これは中学生なら男女も学年も関係ない階級になる。


 俺が出場するのは中学生無差別級。光莉とは二回戦の最終試合に戦うことになった。


 さっきまではこれだけの情報で十分だったが、俺は他のトーナメントの出場者も確認した。

 徳人がこの会場にいるのなら、確実に出場してくるだろう。今時点のあいつは伊達や酔狂でこういう試合に出るような奴だった。


 あいつほどの男なら、出る試合は大体分かる。


「アンダー18(エイティーン)無差別級か」


 あいつらしい。アンダー18無差別級はその名の通り、18歳以下の人間なら誰でも参加できる階級であり、俺たち中学生が参加できる中で一番レベルが高い。だが、まず中学生が参加することはなく、絶対的な王者みたいなやつが出るぐらいだ。


「どうした?」


 俺の言葉に冴先輩が反応した。

 確か、冴先輩もアンダー18無差別級に出場するんだったな。


「この選手は強いですよ」

「川谷? 知らない奴だな。お前よりも強いのか?」

「今の俺よりは強いでしょうね」


 恐らく、試合で戦うと俺は徳人に勝てない。というのも、俺はあいつの下位互換にしかなれない。

 天才中の天才の徳人は俺の得意分野である対人戦においても才能を発揮する。俺も天才の部類ではあるが、あいつの成長速度の前では前世の分を合わせてもあっという間に飲まれるだろう。


 そうだな。戦った場合。三分持てばいい方だろう。


「じゃあ、オレも出てみるか」

「先輩の意思を尊重しますよ」


 徳人もまだ中学生で体は完成されていない。冴先輩ならフィジカルで徳人に勝てるかもしれない。


「なあなあ。もし、オレが勝ったら。オレの家に来いよ。そうすれば訓練も楽にできるだろ?」

「嫌ですよ。……ただ、まあ考えてもいいですよ」


 先輩は俺を弟みたいに扱っているように感じる。


 前世では奴隷だったが、今回は立場が違う。

 俺はあくまで他の中学校からやってきた合同練習生であり、一応外部のお客さんだ。あの冴先輩であっても俺を奴隷扱いはしにくい。


 ただ、粗雑な先輩が俺を優しく扱うこともできず、辿り着いたのが弟扱い。まあ、姉がいる家で弟は大抵人権がないと聞いたことがある。

 少し物足りなさを覚えるが、この関係は心地よく感じる。


「言ったな! 絶対だぞ。破ったら、コテンパンにしてやるからな」

「あくまで考えるだけで……」


 冴先輩は俺の話を聞かずに出て行った。

 前世と比べて顔の傷はないが、あの人はちっとも変わらないな。



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