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五話-回想 追放された日

5話ごとに回帰する前の佐月の物語である回想話があります。

 昔から錦の奴に運動神経がいいとおだてられたせいか、なんとなく腕っぷしに自信があった。武道部に入っていたとかではなかったが、記念受験のつもりで下徳高校冒険科を受験した。


 この時は別に冒険者になりたい目的や信念は特になかった。受験実績だけでも就活で使えるだろうし、せいぜい実入りがいいならやってみたいと思ったぐらいだ。


 倍率は100倍ぐらいで受かるはずはないと思っていた。しかし、この時、俺は他の人よりもある一点だけは飛び抜けて優れていたことを知った。


 最終試験は攻略できないレベルのダンジョンに挑み続けるというものだった。最後の難関に残った受験生のほとんどは戦闘経験が豊富で、明らかに俺よりも強かった。だが、その多くが死ぬことに耐えきれず、最終試験で入学を諦めた。


 それに対して、俺は死に対する恐怖心が薄かった。死ぬときの痛みはとんでもないが、結果として無傷ならば問題はない。その程度としか思わなかった。


 誰よりも割り切りが出来ていた。そのお陰で最終試験で今までの遅れをカバーし、合格することができた。


 そうして冒険科に入学することになった。


 新入生は先輩のパーティーに所属することが一般的で、半年は下積みをする。俺もノウハウを教えてくれる先輩を探していた。


 だが、俺の能力は最下位付近で更に『異能』を持ち合わせていない。そんな奴を入れてくれる人はいなかった。この日も先輩にパーティー加入を申し込んでみた。


「申し訳ないね。ただ親切心なんだけど、君の能力では長くは持たないよ。ソロでかあぶれた新入生でパーティーを組むしかないんじゃない? いや、一人だけ君みたいな人でもいい人っていう先輩はいたね」


 加入を断られた時、多くの人がある人物の名前を出した。


芽妻(めずま )先輩。実力()()は確かな人だ」


 それが、芽妻(めずま )先輩だった。3年生ですら先輩というその人は一年留年している。ダンジョンの都合上。留年してはいけないはずだが、実力はあるから留年が許されていると俺は聞いた。


 留年する人がまともな人なわけがない。

 勧めてくれた先輩たちは勧めたくせに口を揃えて止めておけと言っていた。今日の先輩は意図的なのか、一切警告を言うことすらなかった。


 噂では加入した新入生をいじめており、全員すぐに辞めたと聞いた。これまでの話から人物像を考えるとは実力は確かだが、素行に問題がある。そんな人だ。


 下積みは平穏にやりたいと思っていたが、どうやら俺に選択肢は残されていないみたいだ。


 芽妻(めずま )先輩は武道場にいる。その情報だけを頼りに俺は武道場に向かった。


「た、助け――」


 武道場の入り口に近づくと、同級生らしき男が扉から出て来た。そして、そのまま気を失い階段を転がった。

 どこかにいた保健委員が男を運んで行った。ずっとマークされていたのか。それほどヤバいということなんだろう。


 帰りたい気持ちでいっぱいだが、まだ逃げるには早い。やるだけやってみよう。そんな気持ちで武道館に入った。


「あなたが、芽妻(めずま )先輩ですね」

「ああ。そうだ」


 まるで、傭兵のような筋肉と顔の傷が目立つ怖そうな女性が立っていた。かっこいい系の美人なんだが、それ以上に手にはさっきの男のものらしき返り血で染まっていることに視線が行く。


「俺は中津佐月と言います。単刀直入に言います。俺をパーティに入れて下さい」

「いいぜ。お前は面白そうだ。奴隷として頑張ってくれよ」


 この時、俺は体育会系における『後輩』の立場にいかに人権がないか知らなかった。


 ――――――


 地獄の半年が始まった。


「ちょっとイライラするから殴らせろ」

「よう。中津! 殴り会おうぜ」


 都合のいいサンドバッグや技の練習台にさせられたり……


「おい。先輩が呼んだら授業なんてサボって早く来い!」

「オレの家の掃除とゴミ捨てをしておけ」


 俺の生活すら侵略してくるようになった。

 ただ、俺はこれが普通と思って耐えた。


 先輩がなんで留年しているか分かった気がする。この人は高校で後輩をイジメるのが趣味なんだ。


 ただ、こんな地獄のにも仲間は増えた。入学して数か月で他のパーティーでやっていけず藁にも縋る思いで芽妻先輩の元に同士が集まって来た。


 俺が入ってから十人入って来て、しごきに耐えられず三人だけ残った。残った奴隷の俺たちは『芽妻先輩を絶対に卒業させる会』。通称『卒業させるぞ会』を結成して地獄に耐え続けた。


「佐月! オレの家にゴキブリが出たぞ。早く。掃除しにこい!」

「佐月。人の壊し方が気にならないか?」

「なあ、金は出すから毎日料理作りにこいよ。あと、オレのことは冴って呼べ」

「もう、面倒だから佐月はオレの家で寝泊まりしろよ。いいだろ。いや、命令じゃないが」

「マッサージしろ! 佐月でいい。お前らへたくそだからな」


 明らかに俺の役割がパシリ方面に寄り始めたことは変な気持ちだったが、芽妻先輩をおだてることで、卒業に必要なダンジョン攻略を行った。


 半年かけて俺たちはとうとう、卒業に必要な五等級ダンジョンを攻略した。


 はっきり言って、先輩の能力なら楽勝でクリアできたレベルだったが、俺たち奴隷たちが何度も死にながら特攻し続けながらダンジョンを攻略した。


「もう二年は()()()と思ったんだけどな……だが、お前ら、よくやってくれた」

「「「「ありがとうございました!」」」」


 『卒業させるぞ会』のメンバーはこの半年で成長した。地獄のような毎日だったが、終わってしまえば感謝の方がギリギリ勝った。


 照れくさいのか先輩が滅多に見せない照れた表情をしてくれた。


「ああ。その、佐月。夜にまた家に来てくれるか?」

「? はい。俺だけですか?」

「ああ。お前には世話になったし、少し渡したいものがあるんだ」


 嫌な予感がするが、これまでの生活で調教されきった俺に断るという選択肢はなかった。


 ダンジョンを攻略した日、『卒業させるぞ会』で集まった。


「「「「よっしゃー!!」」」」


 先輩の卒業が確定し、俺たちは開放されたことを祝う打ち上げをした。


「リーダー。乾杯の音頭を取ってくれよ」

「ああ」


 最古参の奴隷である俺はみんなからリーダーと呼ばれていた。先輩が嫌っている甘い炭酸ジュース缶を持ち上げた。


「地獄からの解放とこれからの俺たちの活躍を祈って乾杯!」

「「「乾杯」」」


 地獄に一緒にいたお陰でこいつらとの絆は強固になった。その絆と連携を生かして俺たちはパーティーを組むことにしていた。


 俺たちはあの地獄を耐え抜いたんだ。きっと、上位の冒険者になれる。その確信はあったし、仮に鳴かず飛ばずでも、楽しい高校生活になるはずだ。


 その日の夜。先輩の家に行った。


「今日はお疲れだったな」

「いえ。全員での勝利です」

「そうか。お前ら仲間意識は強いんだよな。よし、今日は飲むぞ」


 先輩は甘いものを嫌っており、コーヒー系のものばっかり飲む。俺たちもその趣味に付き合わされており、甘い物を飲んだことがバレた日は命令が二割増しぐらいになる。


「冴先輩。これ」


 先輩が冷蔵庫から取り出したのはコーヒーではなく、ビール缶だった。


「勘違いすんなよ。オレだって初めて飲む。ただ、最初はお前とが良かったんだ」

「……はあ。俺に拒否権なんてないんですから」


 冒険科の生徒はアルコールの摂取が認められている。死んで壊れかけの精神を紛らわせることを目的にアルコールを摂取する人も多い。

 ただ、先輩も俺も初めて飲むから少し緊張がある。


 恐る恐る。缶を傾けた。


「まっず! なあ、佐月。これの何がいいんだ?」

「確かに不味いっすね」

「ちょい。お前のも飲ませろ。うげっ。まずいな」


 缶を奪われたが、いつもこんな感じだから気にしたりはしない。


「確か、煮込み料理に酒を入れるとおいしいみたいなこと聞いたことあるんで。作りましょうか?」

「さすが、佐月だな。よし、肉を買いに行くぞ! 高いやつだぞ!」


 特に目的もなく入った冒険科で、先輩たちから拒絶され、最後の砦として冴先輩の元で修行できた。あの頃は辛かったが、今思い返せば面白かった。


「冴先輩。俺――」

「な、なんだ? 改まって?」


 先輩が顔を赤くしている。

 意外だな。見た目からは酒豪っぽいのに一、二口で酔ってしまうなんて。


「この半年、楽しかったです」

「……ああ。オレも楽しかったぜ」


 鬼みたいだと思っていた先輩でも、こんな感じで笑うと可愛いんだな。


「お前らパーティー組むんだってな」

「はい。先輩のお陰です」

「これは言おうか迷っていたんだが……今更、遠慮する仲じゃないもんな」


 先輩が俺の肩を掴んだ。


「お前。冒険者に向いてないぞ」

「えっ?」

「お前は対人戦は強い。同じ身体能力ならお前に勝てる奴をオレは知らない。だけどな、お前は身体能力に欠陥がある」


 身体能力の欠陥。

 俺も理解はしている。魔物は技術じゃなくて力か魔法の火力殺す。俺には圧倒的に力が足りない。


 武器を使っても基本的な火力は変わらず、俺レベルになると素手の方が攻撃力が高かった。


 俺には人を相手にする才能はあるが、魔物を相手にする才能はない。

 

「欠陥があっても俺は俺なりに頑張りますよ」

「そうだな。佐月ならできるかもしれないかもな。ただな……そうだ! オレ。プロの冒険者になるわ。もし、佐月が頑張って頑張ってそれでもダメだったら、オレのサポーターになれよ。勿論、日ごろの世話もお前がやるんだぞ」


 この言葉は先輩なりの優しさだ。先輩らしくはないが、半年の地獄の末に得られた優しさだと思うと感慨深い。


「じゃあ、俺は先輩を超える冒険者になります。そうしたら、逆に先輩が俺のサポーターになって貰うかもしれないっすね」

「ははは! バカか!? プロポーズだぞ? 今の言葉。取り消すんじゃないぞ!」


 俺は恩を返すという意味も込めて先輩を超えたい。


 新たな目標。

 他の奴らが持つ強い信念に比べたら小さなモノかもしれないが、俺の人生の中で初めて本気で達成したいと思える目標が出来た。


 このパーティーで成り上がってやる。


 ――――――


 半年後。


「佐月。悪いが、お前はパーティーから抜けてくれ」

「ああ。分かった。今まで世話になった」


 俺はパーティーを追放された。


 先輩が忠告してくれた通り、俺には力が足りなかった。

 単騎で魔物を倒せず、手柄が挙げられず俺は置いて行かれた。


 抜けることに文句はない。いや、むしろ俺から抜けるべきだった。

 冴先輩に鍛えて貰ってなかったら、すぐに諦めていた。だけど、どうしても自分の欠陥を見られなかった。その結果、仲間に追放を言い渡されるまで粘ってしまった。


 帰ろうとしたら、担任の嘉納先生とすれ違った。


「話は聞いたぞ。諦めるのか?」

「いえ。しばらくはソロで頑張ります」

「そうか。諦めてないなら、一人いい人材がいる。ちょっとワケありだが、紹介してやるよ」


 そうして、俺は最強のパーティーである『白の珈琲』の最初のメンバーである『白盾』と出会うことになった。



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