四二話後編-side 教皇の半月
新たにダンジョンに入場可能な年齢が引き下げられる法律が制定された。
その最初の適用者である中津佐月がメンバーとして選んだのは魔法使いの徳人ともう一人。
「光莉さん。おめでとうございます」
「まだスタートライン。慢心しない」
光莉は佐月の勧誘を受けた後にも訓練をしていた。
斜めに設置された座席に座り、重りのついた板を押し上げるタイプの足を鍛えるための器具を使っていた。 重りとして使われるバーベルは鉄製の棒が捻じ切れそうなほどの重量である。
500kgは優に超えるそのバーベルを光莉は訓練の基本とおり、特筆すべきは数週間前はこれの半分の重さで訓練をしていたことだ。
「光莉。最近、練習熱心なのはいいが、さすがにハードワークすぎないか?」
訓練に付き添っていた父親が心配そうな視線を向けた。
「佐月くんは私の力に期待してくれている。もっとやらないとダメ」
言葉を返しながら訓練を続けていた。
「正直、俺は反対だ。あのガキ……中津くんは強いが、冒険者はそんなに甘い世界じゃない」
「大丈夫」
たった一言の返答。その姿を見て父親は一人の人物を思い出した。
「……本当に母さんに似てきたな。認めたくはないが、俺が何を言っても曲げないんだろ。父親として応援している」
そう言いながらも、『娘を絶対に渡さないぞ』と別方向に強い意志を持っていた。
「全く。中津と名前が付く奴に碌な奴はいねぇな。兄たちの様子を見てくる。くれぐれも無理だけはするなよ」
「うん」
父親が道場から出て行った。
「昼間からずっと携帯を見続けていたとは思えないほど冷静ですね」
「きっと、頑張れば佐月くんはもっと褒めてくれる」
表情を変えずに訓練をする光莉だったが、動きは嬉しさを表現するかのように軽快で余計な力までも込められていた。
(あれから、佐月さんへの恋心を煽りすぎましたね)
光莉に対して異能を使わずにここまで恋心を育て上げた本人が一番困惑していた。
精神的な変化は肉体にも表れており、これまで成長を留めていた壁を取っ払ったかのような成長を見せていた。
「私が佐月くんの背中を守る」
「少し休憩しましょう。薬です」
「まだやれる」
目は血走り、呼吸は異常なほど荒くなっている。
素人目に見ても、明らかなオーバーワークだった。
教皇の静止すらも聞かない。それはランナーズハイのような脳内麻薬の過剰分泌を引き起こしており、痛みすらほとんど感じていなかったためである。
この日以降、光莉は日に一度はこのような状態になっていた。
本人の気持ちとは裏腹に肉体に生じたストレスは光莉の髪を徐々に白く染めていった。
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試験に合格したリーダーたちの講習会。それはほとんどのテレビ局で特集が組まれるほどの熱狂を孕んでいた。
光莉は道場にテレビを持ち込み、訓練をしながらテレビを見ていた。
講習会が始まるまでの間。法律の意義や賛否など、光莉にとってはどうでもいい情報を聞き流していた。
『次世代を率いるリーダーたちが入室したみたいです。中継に移します』
訓練をしていた光莉の手が止まった。
「かっこいい」
佐月の姿が映った瞬間にそう呟いていた。
リーダーたちが席に座った。
前列に座る佐月にカメラが集中した。
その両サイドに映る女性たち。そして、その三人と佐月が楽しそうに話していた。
『た、ただいま。音声が乱れております。大変申し訳ございません。講習会が始まるまでには戻る予定です』
光莉の中で、一番に目が行ったのは館山盾子だった。
(あの人も冒険者になったんだ)
死線武道の中学生の部にて一年生ながら春夏秋冬の全国大会を優勝した化け物。
光莉は館山に勝つために春の大会で対策研究をしてきた。
なぜか大会にはいなかったが、その化け物っぷりは脳裏に焼き付いていた。
そして、そんな人物と佐月が仲良く話している。
他の二人も館山並の実力を持つことは容易に想像がついた。
光莉は無意識に拳を握りしめていた。
説明会の間。佐月の姿を見ながらもトレーニングを続けていた。
説明会が終わり、記者会見の時間になった。
テレビ局は各リーダーたちへの配信をネット配信に切り替えて、テレビに映すのは佐月のみとしていた。
当然ながら、光莉は筋トレ器具をすべて置き、テレビを食い入るように見ていた。
しかし、入室してきたのは佐月だけではなく女性三人組も一緒だった。
そして、明らかに佐月を取り囲むように密着していた。
表情は変わらなかったが、内心苛つきながら映像を見ていた。
ほとんど椋月へのインタビューであったが、記者の一人が佐月へ質問を飛ばした。
『中津さん。パーティーを組む予定を教えてください』
自分の名前が呼ばれるかもしれない。ドキドキしながら画面を見ていた。
『今の所、打診している人が二人います。一人は魔法使いの川谷という男です。俺が試験を受けたときに来てくれていたので、ご存じかもしれませんが。あと、一人はまだ確定していないので名前は伏せますが盾役の女性です』
「なんで。名前を言ってくれない?」
佐月は光莉のプライバシーを守るために名前を上げなかった。
しかし、それが不安を駆り立てた。
勧誘は受けていたが、それは公式的なものではなかった。盾役の女性。隣にいる館山のような存在を思い浮かべるのが普通。
少なくとも、自分のような高身長ではない人間を想像はしない。
そして、光莉を追い詰めるようなことが起きた。
『一般的なパーティーは四人ですが、もう一人のご予定はありますか?』
『まだ、誰がとは考えていません。ただ、気配を消して魔物の命を狙うような暗殺者を――』
佐月の背後から少女が乗っかかるように抱き着いた。
真っ白い髪と白い肌。真っ赤な目に小さい体。弱く守ってあげたくなるようなその容姿に恐れを抱いた。自身の上位互換のような少女。それが佐月に抱き着いた。
『わ、わたしは。さ、さっくんのお友達です!』
不審者であることを祈る光莉だったが、佐月の答えは残酷だった。
『この子は友達ですが、仲間候補です。こう見えて純粋に強いので』
光莉は道場の畳を思いっきり殴りつけた。
その時、家が物理的に揺れた。
「……私のほうが強い」
そう呟いてから、部屋を出て自室に戻った。
自身が冷静でないことを理解した上で何も見ずに自室の隅で頭を抱えていた。
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説明会があった日に教皇は東京に滞在していた。
太陽が昇り切らない早朝。ホテルのラウンジで徳人と対面していた。
「相変わらず、この町は人が多いですね。徳人くんもそう思いますよね」
「この日に来るってことはリーダーに会いに来たということでいいかな?」
事情を聞かされていなかった徳人は適当な推論を教皇に投げつけた。
「結果としてみればそうですが、過程はそうではありません」
「リーダーに近い人間に会いに来たってことだね。もっと分かりやすく言ってほしいものだね」
悪態を吐く徳人だったが、内心焦っていた。
(教皇を呼び出せる存在。死神あるいは……)
今から現れるであろう教皇と並びうる存在に若干の恐怖を覚えた。
二つの足音が近づいてきた。
「先生。いや、教皇さん。お久しぶりです」
「みんな元気にしてたかー?」
一人は伊代だった。長い髪を一切揺らすことなく歩き、一礼をした。
そして、もう一人。金髪の背の低い幼児がいた。サングラスをしてハワイアンな恰好をしており、言葉使いも陽気な感じを出していた。
徳人は伊代のことは知っていたが、もう一人の方は知らなかった。
その目を使って、その少女を観察しようと見開いた。
「あ……」
得体のしれない相手への軽率な行動。それは間違いだと気づいたころには遅かった。
脳内に流れ込んでくる莫大な情報に負け、何一つ思考することができなくなっていた。
「君は目が良すぎる。死神も面倒なことをしてくれたねぇ。まあいいや。『私の中身は見えない』」
少女が言い放つと徳人は膝を着いた。
「はあはあ。一体、僕は何を――」
「君は一秒を体験したんだ。この世界のありとあらゆる存在のね」
「せ、世界。じゃあ、君は」
「《世界》。君らの言い方ではそれが分かりやすいだろう」
徳人は土下座をするように倒れた。そして、自分が居てはいけない雰囲気を感じ取り逃げる準備をしていた。
「僕は一回寝ます。後はご自由に」
「それはすまないな」
徳人は自ら意識を手放した。周りの情報を完全にシャットアウトすることで逃げたのだ。
「さて、教皇。君に頼みがある」
「なんでしょうか?」
嫌な予感から眉をしかめた。
「計画を早めたい」
教皇はその言葉を予見していた。
「なぜですか? このペースでも順調だとは思いますが」
「片割れが動こうとしている。我々は奴に負けるわけにはいけない」
「もう一人の《世界》ですか。お会いしたことはありませんが、どうしたのでしょうか?」
「あれは私と近いことをしている。例えば、伊代のような存在が近くにいるはずだ」
伊代の存在を例に出され、教皇は一人の存在を思い出した。
「回帰者ですか。では中津佐月の周辺に《世界》がいるということですか?」
自身が狙っている存在である中津佐月。疑念の段階だった回帰者であることを世界の言葉で確定に変わった。そして、頭の中で周辺人物から世界の候補を何人か想起しようとしていたが、すぐに思考を止めた。
「それ以上考えない方がいい。君といえど消されるぞ」
「分かっています。それで、具体的にどう計画を早めればよいのですか?」
「仔細は任せる。本来なら六年後の予定だったが、三年にして欲しい」
たった一言で期限を半分に減らされ、教皇は困惑していた。
それでもできるのは目を瞑り、は微かな抵抗の意思を見せることだけだった。
「……分かりました。必ずや三年以内に。計画を成し遂げましょう」
「無茶を言ってすまないな。もうやり直しはできない。再度言うが、我々は負けてはならない。全生命体のためにも……な」
少女が虚空に消えた。
「伊代さん」
この場で会話ができる人物は残り一人しかいない。ただ佐月の存在を示唆するために連れてこられた伊代から情報を聞くために呼び止めた。
それに対して伊代は笑顔を見せながら、牽制をするように口を開いた。
「先にお伝えしておきますが、私は中津佐月を不幸に落とす行為は絶対にしません」
「そんなことは頼みません。ただ、一つだけお願いです。この世界のために動いてください」
伊代は首を傾げ、そして笑顔で回答する。
「嫌です」
「……ご理由をお聞かせ願いますか?」
「私はお嬢と佐月くんの二人の幸せにしか興味がありませんので」
伊代は歩いて出て行った。
残された教皇は椅子に座り、深呼吸をして呼吸を整えた。
「みなさんエゴイストですね。ただ、私は正義を成すだけです」
独り言として放った決意。その言葉だけを徳人は聞いていた。
(さーて。どっち側に付くのが面白いかな? まだ楽しめそうだ)




