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四二話中編-side 教皇の半月

 光莉の家に教皇が泊まることになった。


 男四の女一の家庭に新たに女性が入ってくるということもあり、家事をする父親は慌てていた。


「すみません。少し部屋の掃除が終わってなくて」

「ご心配なく。私は家事については一通りできるので。あとで掃除をしましょう」


 教皇は家に着くなり、家中を歩き始めた。

 父親は光莉が付いていることを見て、一部の部屋の片づけに走った。


「道場が併設されているのですね」

「うん。笹井流の道場」

「鉄製の盾。もしや、警察と関係のある流派ですか?」


 光莉の背丈よりも大きい盾が道場に飾られていた。


「警察? これはお母さんが使っていた盾。確かにお母さんが生きていた頃は警察の人がよく来てた。先生はなんで知っているの?」

「いえ。ずっと昔にあれに似た盾を見た記憶がありまして……お母様は警察だったのですか?」

「うん」


 光莉は盾を見つめていた。


「お母さんは元冒険者で、異能犯罪の警察官だった。とっても優しくて。とっても強かった」


 教皇は盾に興味を示していた。


(特殊異能対策課。異能課ですか。あれは魔道具ではなくただの鉄。でしたら、盾を強化する異能。いえ、異能課の盾使いであれば、一人いましたね)


 記憶の奥を掘り返し、その人物を思い出した。


「……《大気の衣(アースケープ)》。佐紀さき祈里(いのり)


 苗字が違ったが、教皇は頭に浮かんだ人物の名前を挙げた。


「なんで知っているの? お母さんの名前」

「なるほど。光莉さんは彼女の娘だったのですね。私が彼女を知っているのは端的に言うと、元同僚だからです」

「同僚? でも先生はまだ大学生のはず」

「高校生の時の話ですよ。内緒ですが、私は特別な異能を持っています。その影響です」

「ほんと!」


 思いもよらぬ所で母親の知り合いに出会い、光莉は興奮していた。


 教皇の両肩を挟むように掴んだ。


「職場でのお母さんってどんなのだったの? どんなことをしていたの!?」

「お答えしたいのは山々ですが、守秘義務がありまして……」


 光莉に揺さぶられながらも教皇は回答を拒否した。


「ごめん……なさい。お母さん。仕事のことはお父さんにも話してなかったから」

「……これは独り言になりますが、彼女は間違いなく大勢を救った英雄です。どんな攻撃からも仲間を守り、勇敢に戦いました。そして、誰よりも家族を愛する。尊敬されるべき人物でした」


 具体性のないその言葉の真偽は光莉には分からなかった。

 ただ、母親が仲間からそう評価されていたという事実が嬉しかった。


「ありがとう。先生のお陰で少しだけあったお母さんへの未練がなくなった」

「未練……ですか。では、私には家庭での祈里さんを教えてくれませんか?」

「うん! まずはお母さんの部屋に案内する」


 光莉は教皇の手を掴み、ある一室へと案内した。

 そこは大きな机と本棚があること以外は何の変哲もない部屋だった。


 光莉は興奮気味に母親のことについて話し始めた。


「お母さんはすっごく料理が上手で。これがレシピノート」

「読ませて貰っても?」

「うん。でも、これ通りに作ってもお母さんの味にならない」


 光莉はノートを差し出した。教皇はペラペラと流し読みのように内容を見ていた。


(暗号規則はなし。本当にただのレシピ本のように見えますが……几帳面な彼女らしくない部分もある)


 教皇は気になったページを光莉に見せた。


「このカレーのレシピですが、塩と砂糖の文量が何度も修正されています。他のレシピも修正している部分は多いですが、これだけ、修正前の数字がいびつです。それに各調整において足して100になるようにされています。心当たりはありますか?」


 何度も訂正の横線が入った数量を指さした。


「? カレーは食べたことがない。お母さんはシチューの方が好きだから」

「そうなのですね。祈里さんは料理の研究がお好きだったんですね」


 教皇は流れを変えた。


「うん。とっても料理上手」

「素晴らしいですね。では、提案なのですが、レシピのいくつかを再現させてくれませんか?」

「いいの?」

「ええ。料理には自信がありますので。これは少し預かっておきますね」


 教皇はノートを閉じた。


「ありがとう。あっ。そろそろ訓練の時間。行ってくる」


 光莉が部屋から出て行った。


(私の予想が正しければ、彼女は身に余る行動をしてしまっていたみたいですね。それで消された。私も身を引き締めないといけませんね)


 教皇はそのノートを持って台所に向かっていった。


 ------


 訓練が終わり、光莉は誰もいない道場に残っていた。


 その手に握られていたのは携帯であり、連絡帳が開かれていた。


「ふう」


 一呼吸おいてから、光莉は電話を掛けた。

 電話は一コール後にすぐに繋がった。


『はい。中津です』


 着信先は佐月だった。

 光莉はゆっくりと口を開いた。


「もしもし。笹井です。中津佐月さんの電話で間違いないですか?」


 常識のない人間だと思われないように丁寧に答えた。


『はい』

「良かった。先日はありがとう」


 変なことを口走らないように要件から先に伝えた。

 光莉は死線武道の全国大会の時から、諸々のお礼を伝えるつもりだった。考えに考えた結果、平日の部活が終わっているであろう時間に掛けた。


『気にしないでくれ。とにかく、元気そうでよかった』


 言葉が足りないはずながらも、佐月には伝わっていたような反応が返ってきた。


 会話の内容がなくなった。光莉は会話を止めないために咄嗟に適当な質問をした。


「中津くんは元気?」

『ああ。あと、俺の事は佐月って呼んでくれ。こっちも光莉って呼ぶからさ』


 その要求に光莉は少し動揺した。

 自分自身が光莉と名前を呼ぶように言っていることから、佐月の提案を断れなかった。大会のあった日は兄と区別するために名前を呼ばせていたが、相手が望むのならば名前呼びにすべきだと受け入れた。


 しかし、思っていた以上に異性。しかも意識をしている相手の名前を呼ぶのに光莉は苦戦した。


「……さつき」


 前に自分のことを呼び捨てにしてほしいといった手前、呼び捨てにしようとしたが、光莉の中でそれは難しかった。


「……くん」


 恥ずかしさから、最後に敬称をつけた。

 光莉は日和った自身に対して電話越しながらも身を縮こまらせ赤面していた。


『なんだ?』

「……」


 からかうような返答に名前を呼ぶだけで緊張してしまったことが、バレてしまったと確信した。


『光莉? 大丈夫か?』


 名前を呼ぶだけで赤面する自分に対し、佐月は呼びなれたかのように名前を呼びかかけた。あまりの差に戸惑いつつも、光莉は会話を取り繕ろおうとした。


「う。うん。大丈夫。佐月……くんは今から食事?」

『ああ。光莉の方は今どうなんだ?』


 光莉は、周りにいい匂いが立ち込めていることに気づいた。


「練習が終わった。今からご飯」

『もう練習を再開しているのか。すごいな。体は大丈夫でも精神が落ち着くまでは無理はするなよ』


 褒められながらも心配されたことが少し嬉しかった。


「大丈夫。佐月くんに追いつくって目標ができたから。今は武道も楽しい」

『そう言って貰えると助かる』


 『助かる』という言葉に少し違和感を覚えたが、電話口ということもあり光莉は気にしないことにした。


「じゃあ、そろそろ――」


 これ以上、会話を繕ってボロを見せるわけにはいかないと考えた光莉は会話を打ち切ろうとした。その時、受話器越しに一人の女性の声が聞こえた。


『おにーちゃん。早くご飯たべよー』


 幼い少女の声が聞こえた。光莉は無意識に膠着しかけたが、兄という言葉ですぐに少女の正体に気づき胸を撫で下ろした。


「妹さん?」

『ああ。ちょっと待ってくれ』


 布擦れの音が受話器越しに伝わった


『これが俺の妹の由宇』


 佐月側のカメラがOnになり、光莉の携帯に映像が映し出された。


 そこには佐月に抱きかかえられた天使のように可愛らしい少女がいた。くせ毛により自然とウェーブの掛かった髪と威圧感を一切感じない少し垂れた目。 


「かわいい」


 まるで可愛さを詰め込んだようなその姿に光莉は思わず呟いた。


『そうだろ。俺の妹は可愛いんだ』

『……彼女さんー? お顔みせてー』

『ちょっと由宇! すまない』


 光莉はこの会話で混乱しかけた。


 妹に対して自分の事を彼女と紹介したのか?

 自分じゃないとするならば、他に彼女がいることを妹にほのめかしているのか?


 いろいろと疑いたくなるような情報を与えられた光莉はひとまず考えるのを先回しにし、由宇に要求された顔を見せることにした。


「ちょっと待ってて――」


 しかし、思考を追いやれずカメラを付けるための操作を焦って押してしまった。


『わあー。かわいいー』


 画面のほとんどが顔に埋まってしまっていたが、光莉はそれに気付けなかった。


「由宇ちゃん。私の名前は笹井光莉です」

『ユウだよー』


 手を振る由宇に対して、光莉も手を振り返したがアップされたカメラには映っていなかった。その光景を見て佐月は表情を緩ませていたが、光莉は見ていなかった。


「光莉さん。お電話ですか?」


 教皇が光莉に話しかけた。

 質問された光莉は振り返り、大きくうなずいて返答した。


 その一瞬で佐月はカメラを切っていた。


「おや、恥ずかしがりですか?」

「先生は佐月くんのことを知っているのですか?」


 光莉は教皇が佐月と知り合いだと聞いていたが、具体的な関係までは知らなかった。

 そこで、この場。一瞬で真偽が明らかとなる場面で聞いた。


「ええ。以前、お会いしたことがあります」


 教皇はカメラの奥にいる佐月に視線を合わせようとじっと見つめていた。


『……なんであなたが光莉の所にいるんですか?』

「教育実習です。お伝えしていませんでしたが、私は大学生ですので」


 知り合いと言うには若干よそよそしい会話だったが、光莉は疑っていなかった。


『そうですか。じゃあ、俺はそろそろ行かないといけないので』

「それではまたお話しましょう」


 電話が切れた。光莉は名残惜しそうに携帯を見ていた。


「光莉さん。ご飯ができましたよ」

「うん……」


 何かを言いたそうにしていた光莉だったが、言葉を伝えることはなかった。



 ――――――


 食事と入浴を済ませ、光莉はベッドに入っていた。


(佐月くんに彼女はいるの?)


 由宇が放った一言をずっと引きずっていた。


(川谷は何か知っている? でも、そんなに仲良くないし聞けない)


 連絡帳に書かれた川谷の文字を見ていた。

 しかし、聞く勇気はなかった。


 携帯を閉じようとした時、着信音が響いた。


 川谷と書かれたその画面に驚きつつも、電話に出た。


「もしもし、笹井です」

『光莉ちゃん久しぶり。川谷……って説明するまでもないね。リーダーにはもう電話した?』


 電話越しの馴れ馴れしい態度に眉を潜めながらも、光莉は冷静に対応しようとしていた。


「した」

『良かった良かった。リーダーは光莉ちゃんと話すのを楽しみにしていたからね』

「ほんと?」

『そりゃ勿論。だって、目覚めて最初に考えていたが光莉ちゃんの無事だったぐらいだからね』


 その軽さを持った言葉が本当だとは思えなかったが、内心喜んでいた。


『あっ。本題に入るけど、そっちに九重さんがいるでしょ?』

「先生のこと?」

『そうそう。ちょっと不思議な人だけど迷惑かけてないかな?』

「迷惑? むしろ助けて貰った」


 話し方からして、知り合いだと思った光莉は失礼なことを言う徳人を詰めるように言い放った。


『ならいいんだ。もし、君に何かがあったらリーダーが悲しむからね』

「佐月くんは私のことをどう思っているの?」


 自分と佐月のことに言及した流れで、光莉は聞きたかったことを聞いた。

 その質問を受け、徳人は大きなため息を付いてから回答を始めた。


『こっちも同類か。誰がどう見たって好きに決まっているだろ。当然、ライクじゃなくてラブね。さっさと付き合いなよ』

「騙されない」


 怒るように語る徳人だったが、あまりに自分にとって都合のいい話であり、信じる気にもなれなかった。


『はいはい。そーですか。じゃあ、先に言っちゃうけど、リーダーは必ず君をパーティーに誘う。どれだけ、君よりも優れた人がいたとしてもね』

「パーティー?」

『そのことは近いうちに分かるよ。じゃあ、そろそろ切るね』


 徳人の言っていることが意味が分からず首を傾げたが、電話が終わる流れになっていることから最後に聞きたいことを聞こうとした。


「待って! 佐月くんは……ううん。ごめん」

『見なくても聞きたいことは分かったよ。そうだね。彼の言葉を思い出して、彼の求める人物になりなよ。じゃあね。また』


 電話が切れた。


 それを見計らったかのように教皇が光莉の部屋にやってきた。


「川谷徳人さんですか?」

「うん。先生の知り合い?」

「はい。以前、家庭教師をしたことがありまして。彼はとっても優秀でした」


 優秀という言葉を聞き、冴と徳人の戦いを思い出した。


「佐月くんの仲間ならあれぐらい強くないといけない。でも、私は弱い。佐月くんにも川谷にも届かない」


 それは劣等感だった。

 『目指したい存在(佐月)』とその『隣にいる存在(徳人)』。そこまでのあまりの距離に胸の中がもやもやとしてた。


「強さ……ですか。それって本当に必要ですか?」

「だって、じゃないと佐月くんみたいになれない」

「目的を履き違えていませんか?」


 考えることを促すような問いかけに光莉は頭をかしげた。

 その様子を見て教皇は補足を重ねる。


「仮に祈里さんや佐月さんが弱かったとして、あなたは失望しますか?」

「しない」

「憧れというのは素晴らしい思想です。しかし、妄信はその憧れを間違えて捉える原因になります。では、表現を変えてもう一度問いましょう。あなたの目標は何ですか?」


 圧倒的な暴力。それは兄たちも持っていた。前はその強さと自分に対する優しさから尊敬していた。しかし、現実は違った。

 兄たちは周りに迷惑を掛け、反省もしないようなゴミのような人間だった。


 それに対し、母親や佐月は強かったが、その力を正しい事に使っていた。その拳に迷いはなかった。


 その手で撫でられた時。何よりも大きく暖かく。そして、なにより嬉しかった。


「強くなりたい。私もお母さんや佐月みたいに人を撫でられるぐらいに」

「撫でる……ですか。いいと思いますよ。少なくともさっきよりはずっと」


 抱えていた劣等感が薄れていく。

 距離は何一つ変わっていなかったが、本当に目指したい本心に気づいた光莉にとってその距離は成長の余地だった。



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