四話 対人(のみ)最強
部活が活動停止になり、訓練する場所がなくなった。
そこで顧問の先生が下徳高校へ合同訓練という形で場を提供してくれた。
前世の肉体に戻るためには最低でも武道部の持つ医療器具の無償利用が必須だ。部活がなければその特権は使えない。
俺にとって、渡りに船な提案を断ることはできなかった。
下徳高校周辺の土地にはダンジョンが多く出現することから国から『ダンジョン特区』と定められ、武器の持ち運びや一部の法に関して緩和処置が取られている。
いや、逆だな。日本に三つある『ダンジョン特区』に高校がある。
特区内では日本とは思えない武装した高校生たちが周辺を歩いている。
この光景も懐かしいと感じてしまう。三年生になってからは国からの要請もあって別の場所にある高等級のダンジョンや他国のダンジョンを攻略したりで、高校にいる期間は短かった。
懐かしい気持ちに浸るのはこれぐらいでいい。こっから先は仲間がいないと面白くない。
「君が中津だな。俺は嘉納だ。君の顧問から話は聞いている。ついて来てくれ」
「はい」
顔の半分に仮面をつけた怪しいそうなおじさんが出迎えてくれた。だらけた感じのする人だ。
この人は嘉納先生。前世での恩師であり、元プロの冒険者だ。
冒険者という職業はそのほとんどが高校生であり、それ以上の年齢で冒険者をやる人間は激減する。それはダンジョンが未成年は殺さず、大人は容赦なく殺す性質を持つからだ。
かなり高い実力を担保されていることが認められたごく少数のパーティーだけがプロとして大人になっても冒険者として働くことが許される。
そんなプロの中でも、最強と名高い『黒龍』に所属していたのが嘉納先生だ。
俺は武道場に連れてこられた。
だだっ広い畳の部屋に一人。女子生徒がストレッチをしていた。
女性にしては高い背丈と服の上からも分かる隆起した筋肉。傭兵っぽい強そうな美人がそこにいた。
そうか。この人。
今は高校一年生なのか。
「かのっちゃん。その子が例の子?」
「あのなぁ。初対面の人がいる前であだ名呼びは止めてくれ」
「ごめんごめん。で、その子が三十人の武器持ちを圧倒したって子だよね」
「……ああ。そうだ。って、おい! 芽妻。待て」
この女性は『戦闘狂』芽妻 冴先輩。
前世で地獄の修行環境を作ってくれた元凶がこの人だ。
その二つ名に恥じない戦闘狂で、現に先生の制止も聞かず今にも襲い掛かってきそうな形相で俺の方に向かってきている。
「君ぃ。強いんだってね。ちょっとお姉さんと遊ぼうよ」
俺はこの人のことをよく知っている。前世での師匠だ。今の言葉使いが猫被ったものだということも知っている。
「ええ。遊びましょうか」
死線武道の世界大会での優勝経験を持ち、名門と名高い下徳高校武道部を力で乗っ取った化け物。
「おい。お前もやめろ」
俺の方からも近づく。
相手が拳を握っていることは分かっている。確実に殴られる。
それを分かった上で、挨拶の握手を求めるように手を差し出した。
「よろしくお願い――」
俺は顔面を殴られた。予備動作も殴る動作も全く見えなかった。
身体能力の差だ。いくら『先読み』を使ってもこれだけ身体能力に差があると避け切れない。
だが、問題はない。全部予想の範囲内だ。
「うおっ」
殴られると同時に相手の腕を掴み、地面に投げつけた。
それだけでは終わらせず、掴んだ腕を捻り上げ、腕の可動域が狭い方に向けさせる。
この時点で激痛だろうが、俺はダメ押しで、相手の体を踏み込んだ。
ポキッと肩が脱臼する音が響いた。
「そこまでだ」
さらに、手を緩めず顔面に蹴りを入れようとした所で嘉納先生が間に入り止められた。
「クソッ! あと少しで足を折ってやったのに!」
防御している手がダイヤのようになっていた。
《異能》。才能があれば誰でも習得できる魔法とは違い、その個人のみが使える超能力。それが異能だ。
冴先輩の異能は《オールマイン》。肉体を鉱物に置換することができる。
もし、本気で蹴っていれば足の甲は粉砕していただろう。試合では魔法も異能も禁止されているから、試合だったら俺の勝ちだ。
「急にこいつに会わせるべきじゃなかったな。悪いな」
「いえ。俺もやり過ぎました」
「お前は悪くない。芽妻のバカが悪い。おい。謝れ」
傍若無人な冴先輩が謝るなんて行為をするはずがない。俺の知っている冴先輩ならここで俺を一発殴って来るだろう。
「ごめんなさーい。じゃあ、こっからは正式な殴り合い――」
「少し待ってろ。少し中津くんと話さないといけないことがある」
「チッ。しょうがないから肩を治してくる。また遊ぼうぜー」
「えっ。はい」
冴先輩が出て行った。
あの先輩が謝った? ちょっとムカついたと言って俺を殴っていた冴先輩が?
俺の理解が追い付いていなかった。
「悪いな。うちにはあの狂犬一匹しかいないんだ」
「あの一発で強さは分かりました。おそらく、今の俺が勝てるのは10回に2,3回ぐらいでしょうね」
さっきは不意を突けたから簡単に制圧できたが、試合形式で戦えば俺の火力不足で勝つことはできないだろう。ただ、技量的に負けもしない。
「さて、ここからが本題だが。お前は何者だ?」
流石に見る人が見ればあの一瞬の攻防でも俺の技術力の高さは分かるだろう。
人生二周目であることを打ち明けてもいいのか。その話をするのならば、世界が滅亡することも話さないといけない。
仲間たちにはその重責を一緒に背負って貰うつもりだったが、先生に言ってもいいだろうか?
判断に迷っているうちに俺が回答に困っていると思ったのか、質問を続けた。
「質問が悪かったな。お前の技術は圧倒的だ。仮に身体能力が同じなら俺ですらお前の足元にも及ばないだろう。だが、身体能力があまりに釣り合っていない。逆ならまだ知っているが、お前は異常だ。もし、事情があるなら教えてくれないか?」
『事情があるなら教えてくれないか?』 か、この先生は気になったことを直球で投げつけて来るくせに変な所には配慮がある。
ただ、まあ、この人は今も昔も変わらないみたいで少し安心した。
俺が背負っているものを押し付けるわけにはいかない。だが、手伝って貰おう。
「……質問を質問で返して恐縮ですが、俺に冒険者として足りないものってなんだと思いますか?」
俺には致命的な欠陥がある。
「お前の事を詳しく知らないから正確なことは言えないが、身体能力だな。魔物を相手にする能力が足りていない。だが、それは発展途上なだけで、いくらでも巻き返せる」
「そうなんです。俺は人間を相手にする技術はありますが、魔物を相手にする身体能力に欠如があります」
俺は身体能力に恵まれなかった。
前世でも俺単独の実力はせいぜい四級ダンジョンを攻略できるぐらい。武器ありでようやく一級に届くぐらいだ。俺の仲間たちは単独かつ素手で一級ダンジョンを攻略できる能力を持っていた。
俺のレベルはせいぜい今現在最強と言われているパーティーの平均的なレベルだろう。仲間たちが常軌を逸した強さを持っていた。
ただ、対人だけは誰よりも才能があった。俺は相手が人型ならば負けることはない。
「俺の正体の明かし方は分かりません。ただ、俺は冒険者になりたいです。そのために俺に欠けた能力を補なってくれる仲間が必要なんです。仲間の目星を付けた奴が死線武道の全国大会に出るので、俺を連れて行って下さい」
素直に俺が求めるものを提示した。理解してもらおうという気はない。だが、俺が知っている嘉納先生は些細なことを気にするような男じゃない。
「なるほどな。気になる所はいろいろあるが。面白そうだやってみろ。俺ができる範囲で協力してやる。ただ、成功したら、嘉納先生の指導のお陰ですって言うんだぞ」
最後の一言は俗っぽかったが、それでこそ、嘉納先生らしい。
あとは2か月後の大会に向かって努力するだけだ。
あと少し。あと少しで仲間に会える。