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四十話 やらかし

 俺はホテルに戻ってからペットボトルを落としたり、歯磨きで喉を突いたりと、上の空になっていた。


 仲間の幸せ。それが俺の生きる目的だ。

 そこに俺の幸せは含まれていない。それは仲間のために命を懸ける時に迷わないための選択だ。


 仲間の幸せに邪魔となる存在を俺は殺してでも排除する覚悟がある。だから、前世で光莉と徳人を殺した教皇とその一派はどんなことがあっても殺す。


 仲間の為という名分さえあれば、俺は悪魔にだってなれる。全人類を殺しても仲間の命が守れるならそれでいい。


 そうだ。俺には光莉と徳人と松枝がいればいい。『白の珈琲』のメンバーがいれば俺はそれで幸せだ。


 なのに……


 今、俺の中には伊代の存在が大きく映っている。

 仲間以外の存在を大事に思ってしまう自分に強い嫌悪感を覚えた。


 俺がやっていることは本当に正しいのだろうか?


 伊代は前世の恨みを割り切っている。死神を見ても動揺こそしていたが、俺のように飛び掛かるようなことはしなかった。


 あいつの方が大人なんだろう。

 俺の立ち回り次第では、教皇と敵対することなく穏便に暮らせるかもしれない。


 最低でも特級ダンジョンの怪物どもが世界に這い出てくるまではこの世界は平和だ。


 俺が下手に引っ搔き回して、世界の滅亡や仲間の死を早めてしまっているんじゃないか?

 ああ! ダメだ。俺が一人で考えても碌なことにはならない。そんなこと前世からよく分かっていたことだ。


 今の俺には優秀な仲間がいるじゃないか。迷ったら相談すればいい。


 徳人に電話を掛けると、すぐに出た。


『やあ、リーダー。デートは楽しかったかい?』

「ああ」

『なんだか元気がないね。もしかして、性的なことでもやっちゃったのかい?』


 徳人に対して回りくどい説明はいらない。俺が聞きたいことを直球に聞く。


「俺はこのまま進んで、お前は幸せになれるか?」

『……ああ。なるほど。道に迷っていることに気づいたんだね』


 道に迷っていることに気づいた? 説明を求める前に徳人は言葉を続けた。


『仮に未来のことをすべて知っていても、それだけで正しい道に進めるはずがないんだよ。だって、ゴールが決まってないんだからね』

「ゴールが決まっていない? そんなはずはない。俺は……」


 仲間の幸せのために頑張っている。その言葉を徳人に言えなかった。だが、徳人には俺が言おうとしていたことがお見通しだったらしい。


『僕を含むパーティーメンバーの幸せ。でも、その中にリーダーの幸せはないんだよね』

「……ああ」

『それは矛盾しているよ。ゴールとして成立していないんだ』


 矛盾している? 俺は仲間のためなら死ぬ覚悟だってある。それでも叶えられない無謀な夢なのだろうか?


『勘違いして欲しくないな。僕も光莉ちゃんもリーダーのことが好きだよ。そんなリーダーが自分のために不幸せになろうとしている姿を見て嬉しいと思う?』

「不幸せなんかじゃ……」

『スマイルズとの戦い。覚えているかい?』


 スマイルズ戦。俺はあの時、未来で邪魔になるスマイルズを殺した。そのために命を削って魔法を使った。


『光莉ちゃんはすごい罪悪感を感じていたよ。自分たちの兄を庇ってこんな怪我を負わせてしまったって。君が自分の不幸に鈍感なせいで君の大事な人が傷ついたんだ』


 すべてを見通す目を持つ徳人が他人の感情を語るときは、それは本人の言葉以上に信憑性のある言葉になる。

 光莉が俺のせいで傷ついたのは間違いない。


『自己満足が悪いとは言わないよ。ただ、ゴールが幸せなら一緒に幸せになるべきだ。それにもっと僕を使いなよ』

「俺が使うよりも、徳人が動いた方が物事は上手くいくだろ」

『そうだろうね。ただ、間違ったっていいんだよ。間違えた道だって、無駄じゃない。未来を知っている君だからこそ、その無駄が大事なはずだよ』


 間違え。無駄。

 絶望的な未来を知っている俺はそれを極端に恐れていた。一歩間違えれば世界の滅亡を早めるかもしれない。世界が滅亡すれば仲間の幸せなんてやってこない。


「俺は間違えられない。でも、俺は徳人みたいに賢くないし、光莉みたいに力で運命を変えられない。だから、俺は正しいと思い込んで行動するしかないんだ。じゃないと、この責任に耐えられない」


 教皇への復讐が正しいことなのか。正直、分かっていない。

 世界を滅ぼす怪物を信仰している以上は敵対することになるが、今はまだそんな宗教ではない。


 本当に正しいのか。断言することはできないが、無理やり断言するしかない。


「やっぱり、俺のやり方じゃあ駄目なのか?」

『あえて、答えないでおくよ。それは君が一番よく分かっているでしょ?』


 仲間のために死ぬ。俺の本当のゴールはそこだ。

 誰にも言えない。本当の復讐相手。


「俺は俺自身が一番許せないんだ」


 俺はいつだって、俺だけじゃ何も成し遂げようとは思ったことがなかった。


 冒険者になったのは錦に勧められたから。

 冴先輩の下に入ったのもそこ以外に行く場所がなかったから。

 光莉や徳人と組んだのも先生から紹介されたから。

 松枝がパーティーに入ったのは本人の自主的だった。

 役に立たないと知っておきながら『白の珈琲』にいたのは、俺がいないと仲間が不幸になるから。

 市民を巻き込んで教団の奴らを殺したのは伊代に背中を押されたから。


 俺の人生は周りに振り回されてばっかりだった。いや、違うな。


「何もない。空っぽな自分が。それを愛してくれる仲間たちに罪悪感があったんだ」


 空っぽ。空虚。

 俺の軸は全部周りだった。


 それはきっと有難いことなんだろう。


『傲慢だね』


 徳人は俺の感情を一言で表した。


「そうだな」


 その言葉はしっくり来た。

 傲慢。自分を高貴な何かと勘違いして周りを見下す様。


『嬉しいな。ようやく、僕と同じような人に会えた。願わくば、今、この場で君の姿をみたいよ』


 今の徳人と同じということはかなり酷い状態なのだろう。


「よく分かった。俺は間違っていた訳じゃない。その道を歩く自分自身を見失っていたんだ」

『地図やコンパスがあっても、現在地を理解していないと迷うからね』


 俺は間違ってなんかいない。いや、仮に間違っていたとしても徳人が正しい方角に修正してくれる。こいつにはそれだけの力がある。

 仮に進むのが困難な茨の道でも、光莉が平らに踏み荒らしてくれる。

 一寸先が闇であっても、松枝が先を調べてくれる。


 そして、俺は――


「俺はみんなを導く。『白の珈琲』は四人で一つだ」


 俺の役目はみんなをまとめ一歩を踏み出すこと。最強だが個性が強い三人を繋げ、そして歩みを共にする。


『そうだね。死ぬときはみんな一緒って感じだね。リーダーは一人じゃないんだから』


 仲間は俺の信仰対象だった。そうみれば、根は新魔教団と変わらないのかもしれない。

 空っぽの自分に何か価値を付けようとした結果、『仲間のために』という言葉を都合よく使っていた。


 仲間を信仰する気持ちは変わらない。だが、一つだけ違うとするなら。


「ありがとう。徳人。俺も幸せになりたい。手伝ってくれるか?」

『いいよ。君を幸せにできるように頑張るよ。だから、リーダーも僕を幸せにしてみせてよ』

「俺にできることなら」


 やっぱり、徳人に相談して良かった。


 伊代と別れていてから感じていたモヤモヤが晴れたような気がする。


「それで、そっちはどうだったんだ? 椋月先輩とは」


 俺の話題は切って、徳人の話に変えた。


『ああ。流星ちゃんね。幼少期にちょっと優しくしただけのに、惚れられちゃって。モテるって困っちゃうよね。あっ。結局リーダーの方はどうだったの?』

「手を繋いだし、キスもした」


 客観的にみてあれは恋人とのデートだった。


『ひょえー。すごいね。大洲さんのことは少し知っているけど、流星ちゃん好きのレズでしょ? 一目見たときにリーダーのことを大好きなお嬢様と同じぐらい愛していたから、もしやと思ったけど、もうそこまでやったんだ』

「まあな」

『それで、大洲さんと光莉ちゃんのどっちの方が好きなの?』


 好きという概念を比べるのは俺の趣味じゃないが、徳人が気になるなら答えてやる。


「比べるまでもない。光莉の方が好きだ」

『ふーん。じゃあさ。光莉ちゃんとはそういうことはしないの?』


 伊代としたことを光莉と……

 あの性癖の擦りつけ合いを光莉と……


「や、やりたいが、そんなことはできない」


 ふと前世を思い出してしまった。

 まあ、あの時は極限状態だったし、ノーカンとしておこう。


『なんで、光莉ちゃん相手にはこうも奥手なんだか。サポートはしてあげるけど、最後はリーダーの気持ちをちゃんと伝えなよ』

「あ、ああ」


 なんで説教されているか分からないが、不快な感じはしない。


『そろそろ次の予定が始まりそうだ。ごめんね。この続きはまた話そう』

「ああ。今日は助かった」

『どういたしまして。じゃあ、またね』


 電話が切れた。


 そうだよな。俺は光莉が好きなんだから、光莉にアプローチするべきなんだ。


 なら、今から光莉に電話を……


「ねえ、さっくん」


 少女の声が聞こえた。

 今現在、俺のことをさっくんと呼ぶ女性は一人しかいない。


「テラか」

「わたし、ずっと待ってたのに」

「あっ」


 やらかした。

 

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