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三九話 瞬殺

 近くにあった三級ダンジョンを入ってすぐの場所で俺たちは向かい合った。


「こっちは魔法を使うぞ。卑怯とは言わないよな」

「ああ。異能だろうが魔道具だろうが使いたいなら使えばいい」


 俺たち。いや、俺に喧嘩を売った二人組。この姉弟のことは少し覚えている。


 パーティー名《双狼そうろう》。双子の姉弟の連携が有名な一級パーティーだ。

 弟が拳に魔法を纏わせる魔拳まけんと呼ばれる珍しい技術を使い近接を担い。姉が貫通力の高い魔法で遠距離を制する。


「姉ちゃん。俺が注意を引くから俺ごとやれ」

「まかせなさい」


 俺の一つ上の代では椋月先輩の《流れ星》に迫るパーティーの一つと言われていた。まだ中学生とはいえ油断できる相手ではない。


 だが、それでも俺は負けることはおろか怪我をする気もしなかった。

 まあ、隣にいる天使サマのお陰ではある。俺たちは対人特化で場数も踏んできた。人間相手に負ける気はしない。


「いつでもどうぞ」

「うし。やってやるぞ!」


 弟が自らの拳を打ち合わせた。すると、炎が腕を包んだ。魔法を纏ったな。


「今回は負けねぇぞ!」


 炎を纏った拳が迫ってくる。


 ああ。そういえば、死線武道の全国大会で戦ったな。一撃で沈めたからあまり記憶はなかったが、あっちは強く覚えているらしい。


「実力の差は分かっているはずなのに健気だな」


 炎を纏った所で人間が放つ以上は俺には通用しない。

 連撃を余裕をもって避ける。


「避けてばっかりじゃ、俺に勝てねぇぞ。それに今に姉ちゃんの魔法が――」


 後方で魔法を打とうとしていた姉の魔力の動きが完全に止まった。


「その姉は今、死んだぞ」


 指摘すると、弟は振り返った。


 そこには伊代に心臓を貫かれた姉の姿があった。

 伊代の行動を見ていなかった。それが敗因だ。


「えっ」

「安心しろ。すぐにお前もあっちに送ってやる」


 弟の頭と顎を掴み、回すことで首の頚椎を外した。


「恥じることはない。俺一人なら負けていたかもな」


 二人が死に消えていった。


「どうでした?」

「さすがは一級に上り詰める先輩たちだ。かなり強かった」


 結果だけを見れば瞬殺だったが、俺は弟への攻撃が出来ていなかった。両手に魔法を纏われるだけで、反撃の幅がかなり狭まった。

 当然ながら、純粋な戦闘能力の高さやある種の野性的な感覚による回避能力も高かった。


 倒す方法はあるが、今回は無駄に手札を明かさないために伊代の奇襲を利用した。


「私の方もあと少しで心臓を外されていました。やはり上位層は強いですね」

「ギリギリで気づかれたんだな。あの姉弟はセンスの塊だな。それで、あの二人は殺しておいた方がいいのか?」


 俺は他のパーティーが教団側に着いたのか、人類の味方になったかを知らない。


「いえ。彼らは至って善良ですよ」

「ならいい」

「ちなみにその殺すという判定はどのようにされているのですか?」


 俺が殺すと決めている相手は決まっている。


「仲間を殺した奴。こいつらは何があっても殺す。それとそいつらにくみする奴。だから、教団の幹部は殺すつもりだ」

「では、教皇を殺さないようにと言った私はその対象ですか?」


 確かに伊代は『怪物を殺すまで教皇を殺さないで欲しい』という意図のお願いを言っていた。


「それはお互い様だ。俺も今、死神を殺されたら困る。それに、伊代と敵対したくない」

「なぜ、私と敵対したくないのですか?」

「そりゃあ、まあ……」


 仮に伊代が教皇を庇ったとして、俺は伊代を殺せるだろうか?

 多分、無理だろう。


 伊代を敵に回したくないのは、敵にすると厄介すぎるからだと思っていた。ただ、そうならば、教皇ごと殺せる場面になったときに躊躇う意味がない。


 ただ、一つ理由があるとすれば。


「……好きだから」


 極限状態だったとはいえ、俺たちは付き合っていた時期もあった。一週間とはいえそれなりのこと……いや、かなり異常なこともしたし、俺は伊代のことを一人の異性として意識している。

 光莉を想う気持ちは変わらないが、伊代への気持ちも変わる訳じゃない。


「上手く聞こえませんでしたが、また考えが整理出来たら、ぜひ教えてください。ちなみに私も佐月くんとは敵対したくありません。まあ、仮に死神と結婚するなんて言ったらちょっと考えますが」

「それはないから安心しろ」


 死神は俺にとって駒に過ぎない。教皇への脅しの道具として、友達のような関係を維持できればそれでいい。


 それに俺は結婚だとかを考える年齢になる前に死ぬつもりだ。


「それは良かったです。では、デートの続きをしましょうか」


 伊代が俺の腕を抱いた。


「……そうだな」


 好きという気持ちを自覚させられてから、密着に対して意識してしまったが、それを悟られないように繕った。


 ダンジョンから出ると俺たちが殺した姉弟が待っていた。


「ま、負けました」


 弟が口を開いた。戦う前の威勢は感じられない。

 試験に合格しているとはいえ、死んだことに対してかなり疲弊しているみたいだな。


 いつか慣れるだろう。その点は心配していない。ただ、戦闘中に少し気になることがあった。


「そうだ。姉の方の魔法なんだが、魔力の流れが少しいびつになっていた。特に肩あたりが問題だ。異能の影響かは知らないが、直した方が詠唱速度が上がると思うぞ」


 魔法については感覚的に分かる。

 徳人による死を前提とした教育のおかげで、敵が使う魔力の流れから魔法が発動するタイミングまで分かる。


 一流の魔法使いは魔力がよどみなくスムーズに流れて魔法を発動する。それに対して魔力量やセンスにものを言わせるような二流の魔法使いは体の中で魔力を乱してしまい本来の力を発揮できないことが多い。


 投球において乱れたフォームでは、筋量がいくらあってもその力のほとんどが無駄になるように、少しの改善で飛躍的に上昇する力ならば指摘してやった方がいい。


「どうすれば直せる?」

「やり方はいろいろあるが、ちょっと肩を借りるぞ」


 理論的なことは俺には分からない。だが、感覚なら伝えられる。


 魔力を流し、相手の魔力を支配する。徳人ほど上手くは支配できないが、そんなに難しいことじゃない。


「今から魔力を流す。問題がある場所を重点的にやるから意識しろ」

「そんなことが出来るわけがな――」


 これまで間違った循環をしてきた魔力たちを正しい方向に流していく。

 主に手から魔法を放っていた影響か上半身あたりの淀みが酷い。それに、上半身だけを使っていて非常にもったいない。折角だし、全身で魔力を使えるように指導しよう。


「おおお。なんだこれ。すげぇしっくりくる」


 魔力を動きを感じ取ったみたいだ。最適かどうかは知らないが、まだマシな魔力運用ができるようになるだろう。

 ただ、この流れをマスターできるようになるまでにはそれなりに時間が掛かるはずだ――


「試し打ちをさせてくれ」


 姉が俺から離れて、ダンジョンの入り口に向かって手を向けた。


 魔力の流れは投球フォームに例えられることがある。

 一度癖づいたものはなかなか修正しにくいことから、そう言われていた。俺みたいに元から完璧なやり方を教えて貰っていたら苦労することはないが、修正には数年を要するほど深刻な問題だ。


 普通なら俺が教えた感覚をマスターすることなんて出来ずに、いつもの魔力の流れに戻る。何度も何度も繰り返すことによってようやく修正できる。


「《白炎砲ホワイトキャノン》」


 腕のような太いレーザーがダンジョンに向かって放たれた。


 一瞬で着弾し、爆風の風がダンジョンから漏れ出た。

 直視できないほどの暴風に俺は咄嗟に目をガードした。


 嘘だろ。


 あの一瞬で魔力の流れを修正しやがった。


「すげぇな。早く撃てるし強ぇ!」

「はは。それは良かった」


 これが世にいう『天才』というものだろう。才能の差を感じた。

 俺の反応は若干の呆れも混じっている。


「ありがとう! これでもっと強くなれる!」


 姉が俺の手を掴んだ。


「なあ、今後は師匠って呼ばせてくれ」

「好きに呼んでくれ」

「っしゃ」


 何かしら喜んでいるが、まあ教えた側としては喜んでもらって何よりと思うしかない。


「おお! すげぇ! 拳の威力が上がった!」


 弟の方の声が聞こえた。

 あっちは伊代が何かしらアドバイスをしたらしい。


「踏み込みと構えを少し改善するだけでここまで変わるなんて!」


 拳のキレだけじゃない。纏った炎の威力まで上がっている。拳の威力が魔法に直結するタイプの異能だろう。


 この姉弟はとんでもない逸材だ。


「まあ、同じ冒険者として高めあえたのなら良かった。じゃあ、俺たちはこれで」


 俺としては気になった所を指摘しただけだが、それで実力の向上に繋がったのならそれでいい。俺としても合格者が強くなって実績を残してくれた方が法律がいい方向に評価されるだろうからメリットはある。


「……で、なんでお前たちがいるんだ?」


 俺たちが別の場所に行こうとすると、あの姉弟がついてくるようになった。


「師匠にあれだけのことをして貰って、タダで帰す訳にはいかないだろ? この辺りにはちょっと顔がくから礼をさせてくれよ」


 顔がく? 個人商店街とかなら分かるが、ここは商業施設だぞ?

 俺が分からずにいると伊代が補足を入れてくれた。


波狼なみろう家は白陽財閥のナンバー2ですよ。関東は白陽のテリトリーなので、彼らの顔が利くという話は本当でしょうね」


 白陽財閥か。確か、川谷家が実質的に支配している財閥だったな。前世では関わったことのない財閥だ。


「姉さんは俺たちのことを知っているんですね」

「ええ。お姉さんの方は今年の魔法競技大会で準優勝をしたことも存じていますよ。ああ、その時の優勝者はうちの椋月お嬢様でしたね」

「チッ。そうだよ。だが、次は負けねぇ。師匠がいるからな」


 うちの天使サマは人を煽ることが好きだ。いつも、余計な一言を言う。姉の方は少しイラつきながらも、冷静に対応していた。

 俺に期待されても困るのだが、教えた手前、拒否しにくい。話を戻すべきだな。


「それで、顔が利くって言っても何をしてくれるんだ? 俺たちはただ室内スポーツをしたいだけだが」

「俺たちがいれば、VIP対応で備品は新品。当然待ち時間もないっすよ」

「すごいな」

「任せてください。ねえさんたちに不自由はさせませんから」


 デートという口実は崩れてしまうが、ここからは遊ぶことがメインだ。人数が増えた方が楽しいはずだ。


 ------


「また遊びに来てください!」

「師匠。次は絶対に負けねえからな」


 弟の方、竜也たつやと姉の菜々美(ななみ)と別れた。

 二人とも俺がボコボコにしてやった。前世ではそれなりにスポーツはやっていたからな。


 遊び終えたころには夕日が町を赤く染めていた。


 俺が宿泊しているホテルまで歩いた。


「これでお別れですね」

「そうだな。……今日は楽しかった」

「ええ。私も楽しかったですよ」


 言葉が詰まる。まだ、何か言いたいことがあるはずなのに言葉にできない。

 互いにそう思っているのか、少し無言で見つめあう時間ができた。


 少しの間をおいて、伊代が抱き着いてきた。顔を隠すように俺の胸に顔をうずめた。


「私は……佐月くんのことが好きです」


 今日のデートは明らかに異性として俺を意識していた。

 伊代は嘘の天才だが、今日の態度は嘘じゃなかった。本心から俺のことを好きだという気持ちを感じた。


 俺も伊代のことが好きだという自覚がある。ただ、俺は伊代に想いを伝えるつもりはない。

 光莉が生きている限り、俺が一番愛しているのは光莉だ。この浮気は俺の中では認めちゃいけない。


 俺は無言で伊代を抱きしめ返し、頭を撫でた。せめてもの謝罪だ。


「ずるいじゃないですか。貴方が私じゃない女のことを愛していること。私、知ってますからね」

「ああ」


 好きという気持ちは本物だ。

 もしも、光莉がこの世にいなければこのまま伊代と人生を共にしたいと言っていたかもしれない。


「私にとって貴方はお嬢と並ぶぐらい大事な人です。できれば私の隣にいて欲しいですが、私は天使なので人の幸せを願えます。ただ、今は――」


 伊代がキスをしてきた。動きは予測できていた。避けようと思えば避けれた。それなのに俺は受け入れた。


「勘違いしないでくださいね。私の願いは大事な人たちの幸せです。私が幸せになる気はないです」


 自分が幸せになる気はない……か。


「改めて、今日は楽しかったです。また、デートしましょうね」

「ああ。また」


 呆気に取られる俺に対して伊代は淡々と帰っていった。


 その日の夜。俺は何も考えられなかった。



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