三八話 デート
俺は伊代と東京でデートをすることになった。
前世で二人で殺戮を繰り返したこともあって、俺としてはあまり乗り気ではなかった。
こいつと一緒に出掛けると罪悪感が湧いてくる。
ただ、伊代はそんなことを意に介することなく俺の手を引っ張る。
クールな感じのする伊代だが、その手は小さくそして意外にも温かい。人の血が流れてなさそうな天使サマとはいえ、体温はあるらしい。
「まずは学生服からお着替えをしましょう。安心してください。服は選んであげますので」
そのまま、お洒落で煌びやかな福屋に入っていった。前世を含めても入ったことのないような店に俺は少し萎縮してしまった。
「おや、こういう所は初めてですか?」
「ああ。服に金を使う意味が分からなくてな」
「見た目のほとんどを構成するものが服ですよ。私にもっとかっこいい佐月くんを見せてください」
服は頑丈で奇抜じゃなければそれでいい。
前世で『白の珈琲』のメンバーで言えば徳人以外はファッションについて興味がなかった。特に防具系の魔道具を手に入れてからはそれだけを着ていたからより無頓着になっていた。
「ちょっと今の身長では背伸びぎみですが、大人な恰好にしましょうか。上はこれで、下はこれで。靴はこれがよさそうですね。サイズは大丈夫だとは思いますが試着をしてみてください」
「……はあ。まあいいか」
振り回されているが、楽しそうな伊代に押され、俺は試着室に入った。
他はいいが、ズボンは少し動きにくく感じる。まあ、スーツとかに比べれば許容の範囲内ではあるが、戦闘に若干の支障が出るだろう。
それに、夏なのにジャケット? Tシャツの上に羽織る意味がよく分からないが、まあ選んで貰った以上は着る。
「こんな感じだが、どうだ?」
「いいですね。かっこいいですよ。やっぱり、サイズは大丈夫そうですね。では、次は髪を整えに行きますよ」
「俺はこんな高そうな服を買うお金を持っていないぞ」
「もう会計は済ませているのでご安心を」
もう会計を済ませた?
これ、いくらするんだ? 値札を見ようと服を探したが、どこにも値札がなかった。
「あ、あの」
店員さんが話しかけてきた。
「店のモデル写真を撮らせて貰ってもいいですか?」
「も、モデル写真?」
「いいですね。折角ですし、写真に残して貰いましょう。髪のセットをしてあげたいのですが、いいですか」
「もちろんです! 彼女さんもお撮りしましょうか?」
「いえ、私はいいので、彼をかっこよく撮ってあげてください」
伊代が俺の両肩を掴んだ。
はあ、頼んでもないとはいえ服を買ってもらった手前断れない。まあ、写真を撮られるぐらいならいいか。
髪をセットするために鏡の前に座らされた。
「男性の髪を触る機会はなかったので、上手くできるかは分かりませんが、佐月くんをよりかっこいい姿に造形してあげますね」
髪をセットするというのもあまり馴染みはないが、無縁ではなかった。
一応、最強のパーティーの一員として身だしなみを整えないといけないときは徳人に軽くセットしてもらっていた。
「どうですか?」
「いいんじゃないか? べたべたになってないし、髪がまとまっている」
伊代のセットが上手いのかは分からないが、俺が一人でやろうとした時に髪をべちゃべちゃにして徳人に笑われたことがある。それに比べれば全然上手くいっている。
「彼氏さん。とってもかっこよくなってますよ。服のセンスも素晴らしいですし、もしかして彼女さんはモデルやスタイリストだったりしませんか?」
「いえいえ。プロの方々には敵いませんよ。彼の素体がいいだけですよ」
「確かに彼氏さんは何もしなくてもかっこいいですが、それを十分に理解されていないとここまで引き立てることはできませんよ」
「お褒めいただき光栄です。では、私の彼をかっこよくとってくださいね」
「お任せください!」
そのあと、いろいろなポーズを取らされて、写真を撮られた。
店員の女性はボディビルの大会を彷彿とさせる褒め殺しをしながら撮影をしてくれていたが、案外楽しかった。
「ありがとうございました!」
撮影が終わって店を出た。店員さんが店頭で深々と頭を下げていてちょっと気の毒に思ったが、あまり気にせず町に繰り出した。
「どうでした?」
「……まあ、楽しかった。褒められるって気分がいいんだな」
「良かったです」
伊代は再び俺の手を握った。ただ、今度は誘導するなどの意図は感じず、ただ握ってきただけだった。
「次は映画を見ましょう。モチモチもっちーの映画がやっているんですよ」
「もっちーの? って、ああ。この時期だったな」
俺にはこれといった趣味はないのだが、唯一好きなアニメがある。それがモチモチもっちーという。まあ言ってしまえば幼児向けのキャラクターだ。
幼児向けといっても、ストーリーはちょっと重めで、主人公の餅のもっちーが誰にも負けない粘り強さを持つことを夢にいろいろ頑張るのだが、それはつぶされ続けるということであり――
とまあ、見方によってはちょっとダークに感じるほのぼの日常劇だ。
「伝説の映画第一弾。一緒に見た保護者を号泣させたで知られているあの映画が今やっているのか」
「ええ。丁度、今日上映ですよ」
非常に見に行きたい。
前世でも、行きたいとは思っていたが、中学生男子が一人で見に行くのはハードルが高いし、妹の由宇はもっちーに興味がない。
「すでに前売り券は確保しています。しかも……左最後列ですよ」
伊代が耳打ちをしてきた。
「左。最後列」
な、なんということだ。
左。後ろ。これが意味することは、黒黒もっちー。俺が一番推しているキャラの定位置じゃないか。黒黒もっちーはもっちーの友達なのだが、その餅とは思えない見た目をしている。本人はとても優しい性格をしていて、自身の怖さでびっくりされないように常に左の壁の角にいるのだ。
俺は、彼の献身性と周りが黒黒もっちーを受け入れる優しい世界観が好きでモチモチもっちーの世界に見入ったといっても過言じゃない。
「映画館はどこだ?」
「あそこのモール内にありますよ」
「早く行こう」
俺の頭はもっちーでいっぱいだった。
映画館のあるモールに入ってから、俺は映画館を探して歩き回っていた。
「どこだ。どこに映画館があるんだ」
東京の施設は迷路のように入り組んでおり、もともと方向音痴で運もない俺には映画館すら見つけることができなかった。
「ふふ。焦っちゃって周りが見えていないみたいですね」
「す、すまない」
「いいですよ。開演までは余裕がありますから、ゆっくり行きましょう。ほら、まずは案内板から」
そう言うと、伊代は俺の腕を抱き寄せてからエレベーター近くの施設の案内板を指さした。
「その手があったな」
密着していることを今更気にするような仲じゃない。それにチケットや座席を買ってくれたのにも関わらず勝手に進んで迷子になった罪悪感の方が強くて、拒絶する言葉を言い出せなかった。
そうして、一歩一歩正しい道を進んで俺たちはようやく映画館に辿り着いた。
映画館特有のポップコーンの匂いが嗅覚を刺激した。この匂いで思い出した。確か、伊代はポップコーンが好きだったはずだ。
「せめて、ポップコーン代は出させてくれ」
「え! いいのですか?」
「ああ。逆にこれだけで申し訳ないが」
ポップコーンの列に並ぶ。
「覚えていてくれたのですね」
「まあな。味も塩だけだったよな。キャラメルは邪道。だろ」
「貴方に記憶してもらうのは嬉しいです」
俺の腕を抱く力が強くなった。
まあ、この際、気にしないことにした。強く握られたといっても光莉みたいに骨を折られる感じは一切しない。
「塩で。特大サイズをお願いします」
「もっちーの容器でお願いします。特大サイズには黒黒もっちーがいますよ」
「そうなのか」
ドリンクも買ってから俺たちは映画を見た。
そのあと、近くのカフェでおやつとコーヒーを頼んだ。
「あー。今、俺すごい顔をしているな。見ないでくれ」
対面に座る伊代はニコニコしながら俺を見つめていた。
「だって、あのシーンはずるいだろ」
「ええ」
「もっちーかっこよすきだし、黒黒もすごい活躍しててさ――」
一緒に見ていたから、どのシーンが良かったか共有できる。
しばらく感動のせいか、俺が一方的に話してしまった。話を振らないとな。
「伊代はどこが良かった?」
「実は私は天使もっちーが推しなんですよ。最後のほうにちらっと出てきましたが、それがとても可愛かったです」
「天使もっちーか」
天使もっちーはレアキャラだ。原作にはほとんど出てこなかった。天使もっちーは舞台装置的な役割をこなし、もっちーたちがどうしようもないときにすべてを解決してくれるチートキャラだ。
今回は最後に崩壊するカビの世界を隔離し、崩壊を防いでいた。二度とカビの世界とは繋がれなくなったが、もっちーと友達になったカビ助も救われることになった。
「私もあの様にすべてを解決できるようになりたいです」
「確かに天使もっちーのお陰で優しい世界が守られているな」
「分かりますか?」
「ああ。俺も天使もっちーは好きだ。ただ、公式からの供給が少なく過ぎてちょっと可哀そうだが」
天使もっちーは極端に登場回数が少ない。黒黒もっちーもかなり登場回数が少ない脇役ポジションだが、一定層の人気からか最低限の供給はある。それに比べて天使もっちーの登場回数は両手で数えられるぐらいだ。
「天使はそう易々と姿を現さないからいいのです」
「俺はもっと見たいけどな。自称天使と違って、本物ならな」
少し茶化すようなことを言ってみた。
前世の伊代は自身のことを天使と自称していた。あの時は会うたびに人を殺していって不吉な奴だった。
「今の私は佐月くんの天使になれていますか?」
「……ああ」
午前中はダンジョンだったり、教皇の件でいろいろ思う所があったが、こうやって一緒にいて俺は楽しいと思っている。
天使の定義は知らないが、一緒にいたい相手ということは間違いない。
「かわいいですね。もう少し付き合ってくださいますか?」
「その手には乗らないぞ。ただ、デートの続きはしようか」
前世では会話の流れに潜んでいた『付き合う』という言葉に対して肯定してしまい、付き合うことになった。あの時は光莉も死んでいたからそのまま付き合ったが、今はその気はない。
「では、次はボウリングとバッティングに行きましょうか」
「おっいいな。俺はスポーツの大半は得意なんだ」
「楽しみにしていますね。会計は私が出しますね。お嬢から予算は貰っているので」
どんな理由で予算が下りているのか気になったが、聞かないことにした。こっちは徳人を差し出したんだ。このぐらい楽しんでも文句はないはずだ。
次の施設に向かっていると声を掛けられた。
「英雄さんよぉ。俺たち姉弟と遊ぼうぜ」
「ダンジョンはあそこにある」
見覚えがある顔だ。確か、今日の講習会に合格者として参加していたはずだ。
ただ、ちょっと記憶が曖昧だ。伊代にアイコンタクトを取った。
「波狼姉弟です。《破滅光》の姉と《魔拳》の弟の二人組で未成年者の冒険者です」
「まあ、少しぐらいは遊んでやるか」
喧嘩を売られた。別に買うまでもないものだが、二対二で丁度いい。これぐらいはデートの一環に収まる。




