三七話 流星
『俺ごとやれ』
確かに俺はそう言った。
それはダンジョン内だから殺しても問題ない威力でいいという意図だった。
少なくとも、俺の狙って魔法を使えという意図ではなかった。
だが、俺の意見は曲解されたらしい。絶対にあの天使が吹き込みやがった。
「《流星群》! なの!」
椋月先輩の魔法が俺をターゲットにやってきた。
拳ほどの隕石が飛んでくる。サイズは想定内だが威力が桁違いだ。
道中にいるレッドマイマイを粉々にしながらも、一切の威力を落とさない。
威力もそうだが、一番の脅威はその数だ。
数百? 数千の弾幕。
あれ一発で上積みの魔法使いによって必殺技なのに、つくづく規格外と言われただけの人だ。
面白い。対人最強と言われた人間として、この攻撃で死んでやるわけにはいかないな!
――――――
焼野原となったダンジョンで俺だけが立っていた。レッドマイマイは粉々になった殻しか存在していない。
「大丈夫なの?」
「ええ。何とか」
先輩が心配しながら駆け寄ってきた。
俺は対人戦のプロだ。
相手が魔法使いであっても人間は人間。負けるわけにはいかない。
「相変わらずの魔力操作ですね。骨の一本ぐらいはいけると思ったのですが」
伊代が俺の小指をつついた。
魔力を外部に出して、第二の手足として使用して隕石を流した。
だが、手数が足りずに自分の手も使った。その時に小指の骨が折れた。
伊代の奴は俺の骨折した指を正確に触ってきた。こいつ……
「あれがダンジョンマスターですか? ただの大きいカタツムリですね」
「詠唱の時間を稼いでほしいの」
「いえ、お嬢はお休みください。あれは我々で仕留めます。行きますよ。館山さん。佐月くん」
伊代が俺たちに戦うように命令してきた。ただ、さっきのこともあり俺は腹が立っていた。
「お前ひとりで十分だろ」
「あれ、もしかしてか弱い乙女を守ってくれないのですか?」
「か弱くねぇだろ。それとも一回死んでおくか?」
俺は怒っている。こいつのせいで骨を折ったのだ。
前世ならダンジョンでの死を気にしたりはしなかったが、今はあと二回しか死ねない。この二回は仲間のためのものだ。
事情を知らないとはいえ、意図的に攻撃された以上は俺だってやり返す権利はあるはずだ。
「おや? やってみます?」
伊代が俺の挑発に乗って、近づいてきた。
年齢差もあってか前世と違い目線が並んだ。
「ふ、二人ともやめるのなの」
一触即発。殺気が漂う。椋月先輩ですら、あたふたすることしかできない。
そんな俺たちの間を壁が埋めた。巨大な図体とそれよりも大きい盾を持った館山先輩だ。
「ま、待って待って。殴るなら私を殴ろ。……ね!」
場違いな発言だったが、俺たちには効果は高かった。
現状、パワーのない俺たちに館山先輩のようにフィジカル全振りの盾役を倒すのは骨が折れる。
「……今だけは協力してやる」
「最初から従ってくだされば楽でしたのに」
「あ?」
「どうしました?」
この女……
クソ。先輩たちの手前。これ以上、感情的になるべきではない。まずは目の前の目的を果たす。
「では、館山さん。力を見せつけてあげてください」
「う、うん」
館山先輩の筋肉が膨張した。
リミッターの解除か。
死を前提とした冒険者をやっていく内に習得する技を中学生のうちに覚えているのか。
五メートルはありそうなレッドマイマイに向かって突っ込んでいった。
人間基準では巨人な館山先輩ですら半分の背丈しかない。そんな絶対的な体格差を館山先輩は感じさせないほど、大きい背中だった。
盾とレッドマイマイの炎のブレスが接触した。
「流石だな」
一瞬だった。レッドマイマイが壁に叩きつけられ、潰れた。異能だろうが、壁に叩きつけられた時にもう一撃を押し込むような一撃が追加で入っていた。
流石は《流れ星》のメンバーだ。こんな化け物もまだいたんだな。
「では帰りましょうか」
伊代がダンジョンの魔石を持って、椋月先輩に渡した。
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まばゆい光から解放されて地上に出た。
しかし、地上でも光に包まれた。
無数のカメラが俺たちに向いている。
鬱陶しいが、これで俺の目標は達成できたといってもいいだろう。
この法律は間違っていない。そういう世間の意見が醸成されていくはずだ。
あとの取材は椋月先輩にお願いしよう。俺は疲れた。流石に防具がない状態で隕石を受けるのは骨が折れた。実際に折れたしな。
俺たちは聖徳太子でもないのに質問が飛び交ってくる。それを無視して、俺は椋月先輩の背中に隠れた。嫌がる俺とは対照的に先輩は自らウキウキと取材陣の前に立ち向かっていく。
本当に目立つのが好きなんだな。俺には理解できない人種だ。
そんな言葉の嵐から身を守っていると、俺に向かって一つ質問が飛んできた。
「楽しかったですか?」
その声は確実に俺の耳に届いた。
質問の内容はどうでも良かった。その声の主に俺の体は反応した。
目線を向けると、そこには真っ赤な髪を束ねていつの時代か知らない茶色のコートを来た探偵のコスプレをした《教皇》がいた。
あの空虚な目は間違いない。
俺の体は勝手に動いていた。
この大衆の前でもいい。すべてを失ってもこの女だけは殺す。
殺意を込め、飛びかかろうと足を折りたたんだ。
一撃。確実に殺す。
――今だ!
「ダメですよ」
伊代の声と共に力が抜け、俺は倒れた。
何をされた?
一瞬の戸惑いの後、俺は何をされたか理解した。
たった一回。撫でられた。
それだけで、殺すために動こうとした体が止まった。
「大丈夫ですか!?」
倒れた俺に向かってカメラが向く。クソ。教皇までの道が塞がれてしまった。
「彼はこのダンジョンで大立ち回りをしてくださいました。今になって疲れが出たのでしょう」
「魔物を集めてくれてすっごく助かったの」
「ですので、取材はまた後日お願いします」
伊代が俺を担ぎ上げた。そして、近くに止めてあった車に乗り込んだ。
――――――
俺の目の前に高級そうな紅茶が差し出された。
「紅茶はお嫌いですか?」
東京の一等地。そこにあるお洒落な雰囲気のカフェに連れ込まれた。
なぜか客はいない。おそらくここは椋月財閥の所有物件なんだろう。
「伊代。お前と二人きりで話したい」
伊代は前世の記憶がある。それにさっきの行動。こいつは教皇と何かしらの関係がある。
俺は問いたださないといけない。
「おや、大胆なお誘いですね。ただ、今はお嬢と交渉してくださいませんか?」
「……なんの取引ですか?」
他の人がいる場所では俺たちの話は出来ない。仕方がない。従ってやる。
どうせ、合同パーティーに関係することだろう。
「単刀直入に言うの。川谷とのパイプが欲しいの」
「俺にそんな立派な人脈はありませんよ」
「徳人くんに会わせて欲しいの」
なんだ? 思っていた内容と全然違った。
「目的はなんですか? パイプとかは知りませんが、徳人は俺の大事な仲間です。少なくとも目的が分からない相手には会わせません」
「それは……」
先輩が視線を逸らした。言いにくい内容なんだろう。
おそらく、川谷家と財閥の関係だろうが、俺が関わる範囲じゃない。
「流星ちゃん。僕のリーダーに用事かな?」
どこからかやってきた徳人が俺の肩を掴んでいた。
俺が気配を感じなかった。とうとう俺の感知をすり抜ける術を身に着けたみたいだな。
どうやら伊代以外は徳人が突然現れたように感じたらしい。
特に椋月先輩の驚くようなリアクションは分かりやすかった。
「の、徳人くん。来ていたの」
「どうしたの? そんなに驚いて。僕がいたらマズかった?」
「ううん。そんなことはないのなの。会えて嬉しいのなの」
大きい帽子をぎゅっと掴みながら、帽子の隙間から徳人を見つめていた。
目に見える動揺。さっきまで、徳人に直接会おうとしていた人の態度とは思えない。ただ後ろめたさとかじゃなくて、こう恥ずかしいといった感情を想起させるような態度。
「はあ。お嬢。落ち着いてください」
俺は隣にいる伊代が若干呆れたようなため息を見て、前世で教えて貰った情報を思い出した。
椋月先輩は徳人のことが好きだったな。
「合同パーティーを組むなら魔法使い同士でお話されてみては?」
伊代がサポートをしている。
まあ、そういうことならば、俺としては協力してもいい。
俺は立ち上がって、徳人を席に座らせた。肩を持っている相手を座らせるぐらい難しいことではない。
「細かい契約とかの話もそっちでやってくれ。頼んだぞ。徳人」
「了解だよ。じゃあ、リーダーは東京観光でも行ってきなよ」
「私がガイドをしましょう。館山さんはお嬢の護衛をお願いしますね」
「えっ。私もそっちに……はい。分かりました」
あまりに早い流れに俺は置いて行かれた。
なんとか伊代が出す無言の圧力に館山先輩が負けたことだけは理解できた。
――――――
ということで、俺と伊代は二人で外に出された。
「まずは指の手当をしましょうか。折れていますよね」
「ああ。お前のせいだがな」
「あら。バレてました?」
伊代の指示によって先輩が俺を巻き込んだ《流星群》を放った。それが原因なのに当の本人は気にする素振りすら見せない。
俺の小指は折れているが、現代医療からすれば大した怪我じゃない。ただそれなりに痛いことには変わりはない。
「平和はいいですね。ベンチもゴミ箱も道端にあるのですから」
駅近くのベンチに俺たちは隣り合って座った。伊代は骨折用の治療ギプスを取り出して、俺の指に装着し、その上から包帯をぐるぐる巻きにした。
「それで、なんであの時、俺を止めた」
いろいろと聞きたいことはあったが、教皇を殺そうとしたときに止めたことを最初に問い詰めた。
今の俺にとって一番重要なのは伊代とあいつの関係だ。そこがはっきりしないと俺たちはまともな会話すらできない。
「佐月くんは、あの人の計画を知っていますか? ああ、知らないし興味もないですよね」
俺が言おうとしたことを先回りして言われた。
「どんな理由があっても関係はない。仮に世界を救う計画なんて言われた所で、俺の行動は変わらない」
「流石の復讐心ですね。では、私の立場ですが今、彼女をやられるのは困ります」
伊代はどんな理由があっても俺が教皇を殺すという前提で話を進めてきた。
そして、交渉の手段として『今』という言葉を使ってきた。理由は聞かない。
「俺もお前と敵対はしたくない。いつまで待てばいい」
「……怪物がこの世からいなくなるまで」
伊代は俺の目をはっきりと見た。
情に訴えかけている。こいつはここまで庇うってことは教皇の存在は世界を救うのにかなり重要になるのだろう。
俺は教皇を元凶のように捉えていたが、伊代はそうではないと訴えている。おそらく、いや、きっと伊代の方が正しいのだろう。
どっちにしろ、この場で俺が答えられるものは一つしかない。
「分かった。善処する。じゃあ、次はそっちの番だ」
俺と伊代は近い立場にいる。
俺は死神と接点がある。伊代にとっては気に入らないはずだ。
「私は佐月くんのように前の時のことは気にしないタイプなので。今が良ければいいじゃないですか? ただ……」
いきなり、抱き着いてきた。
頬がか擦れ合うほどの距離まで近づき……
「一度、愛した男を取られるのは癪に障りますけどね」
頭が揺れるような感触。
伊代が少し離れた。
「また付き合いませんか? またいっぱい撫でてあげますよ」
こいつ。何を考えているんだ?
なにもかもが分からない。
「まあ、すぐには決断できませんよね。分かっています。優柔不断ですもんね。では、今日は私といるとどれだけ楽しいか。デートで教えてあげましょう」
手を引っ張られ、席を立った。




