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三五話前編-回想 最強二人

「ちょっと強くなって戻ってきたよ」


 『白の珈琲』は榎本さんの加入と徳人の復帰。さらに俺の魔道具『黒の混沌(カオスブラック)』。

 足りなかったピースがすべて揃った。


 光莉の盾を軸に魔物を引きつけ。

 俺が敵の妨害をしつつ、隙も狙って魔道具による一撃を狙い。

 徳人が敵の弱点を突き、機動力を奪う。


 そして……


 ダンジョンマスターの巨大なドラゴンの首が切り落された。


 身を隠した榎本さんが溜めに溜めた必殺の一太刀。


「ま、マジか。一級ダンジョンを攻略できたぞ」


 あまりの驚きに俺の手は震えていた。


「リーダーのお陰だね」

「佐月殿を起点とした完璧なコンビネーションだった。120%の力が出せる」

「帰ろ」


 トップクラスの冒険者と認められる一級ダンジョンの攻略。それすらもこいつらにとっては通過点のような口ぶりだ。


 俺一人だけが感動しているのがバカらしくなってくる。


 ただ、この攻略には余裕があった。

 俺たちは特級ダンジョンすら攻略できる。そう勘違いしてしまいそうなほどの余裕が。


 一級ダンジョンを攻略した日から『白の珈琲』の名は日本中に広がった。


 俺は冒険者として底辺だった。

 それが、今では誰もが羨望の眼差しを向けてくるようなパーティーのリーダーだ。


 ただ、有名になることは決していいことばかりではなかった。


 世間の目もあるが、一番面倒だったのが新魔教団の奴らだ。


 ダンジョンを出てきた瞬間から追いかけ回してきて、突然襲い掛かってくる。


 俺たちのパーティーは当然ながら魔物を相手に戦うことを前提としている。程よく人間の相手ができるのは俺しかいなかった。

 光莉は攻撃できないし、二人が手を出せば流血沙汰となる。必然的に俺が対応した。


 所詮は冒険者になれず、手柄を奪うことしかできない雑魚の集まり。俺一人でも余裕で勝てた。

 むしろ、警察に捕まらない程度に手加減するほうが何倍も手間だった。


「あなた。『白の珈琲』を知っているの?」


 ある日、新魔教団を倒して一息吐いていると、巨大な三角帽子を被ったいかにも魔法使いだと主張するような服装をした女性が話しかけてきた。


 冒険者でこの人の名前を知らない人はいない。


「岩崎第一の椋月先輩……ですよね。俺が『白の珈琲』のリーダーです。何か用ですか?」


 《ほうき星》椋月流星。世界的にみてもトップクラスと言われる魔法使いだ。


 岩崎第一と言えば、世界初の特級の冒険者《死神》がいるからそっちに目が向くことが多いが、この人のパーティーも世界の最上位層に入るレベルだ。


 同じ一級パーティーでも格が違う人だ。


「盾の子がとっても強いって聞いたの。いくらでも払うから欲しいの」


 ……スカウトか。

 あまり事例はないが、他校の生徒を引き抜いて(転校させて)パーティーに入れることがある。


 椋月先輩は魔法使いだ。

 魔法使いが最も求めるのは魔物を後衛に寄せ付けない頑丈な盾だ。


 特に先輩レベルになってくると、前衛に攻撃力なんて必要ないだろう。


 《ほうき星》という異名は放たれた魔法が彗星のごとく強大で、さらに着弾直前に分裂し敵を一掃することから名づけられた。


「申し訳ないですが、譲れません。俺たちは金の関係ではないので」

「……残念なの。じゃあ、諦めるの」


 少し前だったら、光莉がより活躍できる場所に行かせるという理由で提案を受けるか考えただろうが、もうそんな心配はしていない。


 椋月先輩は驚くほどあっさりと引き下がった。

 金で釣ろうとしたのに諦めが良かった。元々、ダメ元だったのだろう。


「合同パーティーなら受けられると思います。もし、一級変異ダンジョンを攻略するときは協力します」

「ありがとうなの。でも……もうそんな機会は来ないの」


 先輩は愛想笑いの表情をした後、顔が見えなくなるほど深く帽子を被って帰っていった。


 なんだろうか。言葉にしずらいな。ちょっと危なげを感じた。

 こう思うのは失礼だが、自分の無力さに打ちひしがれたような。そんな感じだ。


 相手が有名人とは言え、初対面の相手にこれ以上深入りするつもりはなかった。


 ------


 数か月後、光莉とニュースを見ていると衝撃的な速報が流れた。


『著名な冒険者パーティー《流れ星》のメンバーが殺害されました。死体は複数に切り分けられており、新魔教団による犯行とみて、警察は捜査を行っております。被害者には《ほうき星》で著名な椋月流星さんもおり……』


 あの先輩が死んだ?


 少し会話した程度だが、関わりがある人間が死んだ。その衝撃は強かった。


「さっくんどうしたの? 大丈夫?」


 光莉が俺の表情の変化を感じ取ったのか心配そうに見つめてきた。


「大丈夫だ。それにしても物騒な世の中になったな」


 喋ったことがあることは言わなかった。

 光莉にとってはテレビの中の遠い現実だと思ってもらった方がいい。


「まあ、あんな奴らに負ける方が難しいけどな」


 俺は新魔教団の幹部と名乗る奴らも何度も倒したことがある。

 「笑顔笑顔」と煩いピエロ野郎も「夢カワ夢カワ」と煩い自称音楽家の女も倒した。


 どれだけ異能が強かろうと、人間が使う以上は弱点や隙が簡単に分かる。


「さっくんは強い()だもんね。えらいえらい」

「あ、ああ」


 時々、光莉は俺を子ども扱いしてくるようになった。

 馬鹿にするような感じは一切しないが、ちょっと恥ずかしくなる。


 まあ、悲惨な事件は起こったが、俺達にはあまり関係のないことだ。


 新魔教団は魔石を持っている時にしか襲ってこない。この日常には関係ない。

 ……関係ないことだ。


 ------


 その日はいつも通り新魔教団を撃退した。


「なあ、お前らって人を殺すのか?」


 今回は笑顔笑顔と煩い男が来ていた。幹部と名乗っていたし、少し話してみることにした。


「私はみなさんに笑顔になって欲しいだけ。死んじゃったら笑顔になれないじゃないですか」

「ふーん。そうなんだな」


 顔面を蹴り飛ばして気絶させた。

 聞く相手を間違えたみたいだ。ただ、こいつらからは殺意を感じない。


 じゃあ、誰が椋月先輩を殺したのか?


「殺さないのですか?」


 女の声。


 声を掛けられるまで存在に気づけなかった。

 これまでの新魔教団の中で俺の背後を取れた奴はいない。


「誰だ?」


 冷静を装いながら振り返った。


 そこには腰にレイピアを携えた俺より若干低いぐらいの身長の女がいた。

 腰まで伸ばした髪と女性にしては高い身長。中性的な顔立ちで背筋の整い方からして、例えるなら執事のような女だ。


「あなたが見捨てた元《流れ星》の……天使とでも呼んでください」


 表情は変わっていないが、微かながらに敵意を感じた。


「自称天使ってことは、新魔教団の人間か?」


 椋月先輩の《流れ星》の名前を出してはいたが、信用はしていない。


 それよりかは、新魔教団の幹部連中にありがちな異常な自認の方が信用できる。

 俺の背後を取る実力も含めて幹部である可能性を考えた。


「こちらしか質問に答えないのは不公平では?」

「天使サマが人の礼儀に従うのか? まあいい。答えてやるよ。こいつら雑魚に殺す価値はない」


 俺は意図的に煽った。


 この会話から戦闘は始まっている。いかに相手の冷静さを欠かすか。無駄な怒りがある相手ほどやりやすい相手はいない。


「甘いのですね。では私も回答をしましょうか」


 女は俺が倒した新魔教団の一人に近づいた。


 そして、心臓に向かってレイピアを突いた。

 血の噴水が宙を舞う。


「はあ、天使ってそういうことか。死は救済ってことか?」


 冷静な振りをする。なんだこいつ。

 一切の感情を動かすことなく人を殺した。


 あの冴先輩ですら、ダンジョンで俺を殺すときは興奮だったり、ちょっとした躊躇いがあった。なのに、あの女は一切感情を動かさなかった。

 

 こんな奴の相手はできない。


「そんなに動揺して。目の前で人が死ぬのは初めてですか?」

「普通はそうだろ」

「きっとあなたの甘さがお嬢の死を招いたのでしょうね」


 まともに取り合う気はない。


「そうか。俺はそのお嬢とやらも知らないし、責任転嫁をしようとするお前の方が自分に甘いんじゃないか? まあ、お前の相手は俺じゃなくて警察だろうがな」


 警戒をしつつ離れる。


「あなたも私と同じ道を辿らないことを願います。後悔しない選択をしてください」


 女は追いかけては来なかった。


 だが、その日以降、俺が新魔教団を倒すたびに表れて一人殺して、俺に「後悔しない選択をしてください」と言ってきた。そのたびに俺は無視をすることにした。


 ------


 崩壊する世界で、俺たちは怪物たちを討伐に向かおうとしていた。

 しかし、教皇一派が襲ってきた。


 みんな俺を庇って敵の攻撃を受け、そして死んだ。


 教皇は殺した。幹部を何人か取り逃したが、どうでもよかった。


「甘ちゃんでしたね」


 生きる気力すらなくした俺の前にレイピアを持ったあの女が現れた。



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