三四話 同業者
合格した八人に新魔教団の人間がいない保証はどこにもなかった。
教団のメンバーは基本的に対人特化の異能を持っていることが多い。だが、一部、ダンジョンでの活動に適した能力を持つ奴がいる。
そのうちの一人が、目の前にいる《肉刈り》のミンチ。
「来いよ。特別にお前とも遊んでやる」
「あ? だから野郎に興味はねぇ――」
俺はミンチに向かって走り出した。
あいつの武器は鎖鎌。中・近距離に攻撃手段を持つ優れた武器だ。
「来んじゃねぇ!」
鎖から伸びた文鎮の部分が回転のち投げ飛ばされた。
俺の目をもってしても目視はできない。だが、問題はない。
「その程度じゃ当たらないぞ」
いくら早かろうと、人間が投げるモノ。投げた相手の手元や目線を見れば簡単に攻撃場所が分かる。
はっきり言って、スマイルズよりも単調な攻撃しかできないミンチは俺にとっては弱い幹部筆頭だ。
「幽霊かよ。クソが! もう知らねぇぞ!」
鎌の部分が天井に接するほど大きく振り下ろされた。
異能を使うな。
ミンチは《回転殴打》と呼ばれる、武器を振り回した分だけ衝撃波を放つ異能を持っている。
あの感じは俺がどんな回避をしようとも地面に刺さった爆風で吹き飛ばせるほどだろう。
ただ、俺は《回転殴打》の弱点を知っている。
「何!? 掴みやがった? 音速を超えているんだぞ」
威力を開放するときに能力者がある程度、着地地点を予測できていないと力を開放できない。
今回みたいに地面に刺さると思っていたところを掴まると能力は発動できない。
「俺にもその玩具を貸してくれよ」
掴んだ鎌を引っ張る。
「その程度の力じゃ。武器は奪えな――」
綱引きをしているわけじゃない。ちょっと力を捻じ曲げれば。
「うお」
鎖に体のバランスを奪われたミンチが倒れた。
そして、本能的に鎖を離した。まあ、あのまま掴んでいたら、もっと遊んでやれたがまあいい。
「雑魚のくせにいい武器使っているな」
「返せ!」
……へぇ。これは魔道具だ。
三級魔道具《肉曳の鎖鎌》。値段にするなら数千万はする。少し振り回してみるか。
「風切り音がしません。武器も扱えるのですね」
伊代が隣に立っていた。
敵に集中していたとはいえ、気づかなかった。
ミンチとの戦闘で使った歩法も併せた上で、一回だけ見せた松枝の『隠者の歩法』を自身のものにしたのだろう。
「ああ。多少はな」
強がりつつも返事をした。
「彼をどうするおつもりですか? とても強い殺気を出していますが」
「決まっている」
鎌を振り下ろした。
「武器を振り回すと危ないから気を付けろよ」
ミンチの眼前に鎌が刺さった。
新魔教団の連中には容赦しない。特に幹部連中は必ず殺す。
当然、ミンチも殺すつもりだ。だが、それは今じゃない。
こいつは幹部のくせに対人戦闘はそれほど強くはない。俺じゃなくとも十分に対応できる。
スマイルズみたいに精神系の異能でもないし、早急に殺すはない。
それに、今は外に報道陣が待ち構える大衆のいる場だ。ここで殺すメリットは少ない。
「それで、連絡先の交換だったな」
「すでに交換させていただきました。それにしても便利な歩法ですね」
俺のスマホを伊代が持っていた。
ポケットに入れていたスマホが盗られていた。歩法だけじゃない。他の技術も含めて俺ですら分からない動きをしている。
油断一つで負ける可能性があるのは三神聖を除けばこいつぐらいだろう。
ただ、それはいいとして、俺の連絡先を見たということはスマホのロックを解除したということだ。
徳人なら分かっていても仕方がないと思えたが、なんでこいつが知っている?
「おや、パスワードですか? それは……」
伊代が俺の耳に顔を近づけた。
「好きな方の誕生日……ですよね。以外にロマンチックな一面もあるのですね」
《情報屋》。こいつの元の二つ名を思い出した。
「脅しのつもりか?」
「いえいえ。そんな物騒なことはしませんよ。私は天使ですから」
「まあいい。内緒にしてくれ」
こいつは自分を天使だと本気で思っているタイプの異常者だ。自認がなんだろうと別にそこはどうでもいい。
それとは違う。なんだか、違和感を覚えた。
あまりに俺に詳しすぎるし、歩法の習得からアレンジまでが早すぎる。
「これから説明会を始めます。参加者は席に着いてください」
講義室に職員らしき人物が入ってきた。
一瞬、倒れたミンチを見ていたが、面倒ごとになると察してみなかったことにしていた。
「お友達がいらっしゃらないようでしたら、我々と一緒に受けますか?」
「……まあ、一緒に受ける相手はいないな。分かった。一緒に受けようか」
この場にいる人たちは全員俺よりも年上だ。
死線武道で戦った人もいるが、一瞬で倒してしまったからあまり接点もない。
広めの会議室に通された。テレビカメラや記者が俺たちを撮っている。
俺たちは前列に座った。
「少し気になったのですが、私にはため口でお嬢や館山さんには敬語ですよね?」
座った途端に伊代が聞いてきた。
「別に理由なんかない。嫌なら敬語を使ってやってもいいが?」
「もしかして私は舐められていますか?」
「ああ」
舐めるというか。こいつに敬語を使うのが気色悪いから使っていないだけだ。
「私も友達だと思って気楽に話してもいいのです」
「わ、私もお願いします。さっきは無礼なこといってごめんなさい」
伊代との会話に二人が入ってきた。
「勘弁してくださいよ。俺が椋月のご令嬢に舐めた態度を取れるわけないじゃないですか」
「嫌なの。嫌なの。友達欲しいの」
年上のくせに子どものように駄々を捏ねている。
カメラの方がその姿から必死に目を背けていた。それもそうだ。椋月はマスコミ業界に強い影響力を持つ。そのご令嬢のみっともない姿を放送しようものならカメラマンの首が飛びかねない。
仲良くなるつもりはなかったが、仕方がない。こっちが粘っても面倒になるだけだ。
「はいはい。分かったから。少し黙ってろ」
「友達なの。嬉しいの」
機嫌がよくなったみたいで、うるさくなくなった。
「はじめまして、自己紹介をしていなかったよね。私は館山盾子。冴さんって元気にしているかな?」
「先輩は。まあ、元気だと思います」
冴先輩とはあの日以降連絡を取っていない。俺が練習をしに行ってもダンジョンに籠っていることが多く、会えていない。
「よかった。冴さんにはお世話になったから。あの人のパンチって楽しいからまた会いたいなーって思っていたから。今度、下徳に行ってもいいかな?」
「俺は下徳の人間じゃないのでなんとも言えないですが、冴先輩なら大丈夫だと思いますよ」
冴先輩の攻撃を『楽しい』と表現するのはちょっと、いやかなりの異常者だ。
「あっ。もしよかったらでいいんだけど、中津くんの打撃も受けてみたいな。遠慮しないでいいから打ってみて」
館山さんがこっちに手を広げた。女性なのにかなり大きい手をしている。
ちょっと、困ったな。
座った体勢から打つのはいいが、大した威力は出せない。
俺は技術で貧弱なパワーを誤魔化すタイプの戦闘者だ。これが戦いならば、広がった指を折ったりできるが、今回は相手の掌に一撃を与えることしかできない。
いくら身体を上手に扱っても、純粋な威力はそれほど変わらない。
ここで打ち込めば、俺の弱点はすぐにばれるだろう。
「館山さん。佐月くんが困っていますよ」
「あっ。ごめん」
伊代の奴がフォローをしてくれた。
いや、待て。この性悪女がここで終わるはずがない。
「きっと貴方程度を殺さずセーブするのが難しいのですよ」
なに言ってんだ。こいつ。
「こ、殺す? ヒッ。ヒッ――」
館山さんが手を引っ込めて息を荒くし始めた。なんだか恍惚としているし、怖い。
「お前のパーティーは変人しかいないのか?」
「それはお互い様ですよね。《英雄》さん」
俺はテレビにも出ていて、情報統制もできていないから調べられるのは仕方がない。だが、仲間に言及してきた。
徳人のことが知られているのはいい。あいつは試験の時に俺の仲間であることを明言したし、椋月の中枢近くの人間ならば、徳人の立場や異常性について知っていも不思議じゃない。
一番問題なのが、光莉だ。仮に俺がスカウトしたという情報が漏れていたとして、光莉の異常性については誰も知らないはずだ。
変人と言われるレベルだったのは前世での話で、今回はそれほど異常性は持っていないはずだ。
他の誰かの言葉だったら、ここまで疑う必要はなかった。だが、伊代の口から出された言葉は警戒しないといけない。
これまでの会話で俺はありえない考察を立ててしまった。
「どうされました?」
「なあ、もしかして、お前も……」
「説明会を始めます。お静かに願います」
——伊代も回帰してきたのか?
説明会の間はその疑問が頭を支配して、あまり説明が頭に入らなかった。




