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三三話 勧誘

 徳人に渡された法律の資料を読んだ。


 全部読んだ感じ、最初のページにすべてが書いてあった。


 ――――――


『少年ダンジョン探索特別許可法(抜粋)』


——この法律は、未成年者であっても優れた才能を持つ者がパーティーを率いることを認めるため、国会にて新たに制定された。


主な要点

・リーダーとなる者は、政府の試験に合格すること。

・リーダーが仲間を自由に選出できる。

・仲間の安全や行動については、リーダーが責任を負う。


(※君はすでにリーダーの資格を得ているから、後は光莉ちゃんを誘うだけだね)


 ――――――


 重要なのはリーダーを選抜する試験だということ。俺さえ合格すれば光莉や徳人とパーティーを組める。試験を受けるのがメンバー全員でないのはありがたい。


 試験内容は曖昧にされているが、今回は三級ダンジョンを攻略するか、死んでも屈しない心を見せるかの試験だろう。冒険科の最終試験がそのまま出たような感じだ。

 違いは同行者の有無。おそらく、何かしらの制限があったはずだ。例えば五級以下かつ一人という制限などが考えられる。冴先輩はとてつもなく強いが、まだ五級の冒険者だ。


 法の穴もいい所だが、まあ今更その程度で罪悪感はない。


 徳人の資料に書かれている通り、俺が次に取るべき行動は光莉の勧誘だ。


 『白の珈琲』には光莉がいないと成り立たない。逆に言うと、光莉さえいれば成り立つ。


 スマホを取り出して光莉に電話した。休日だということもあり、すぐに繋がった。


『もしもし、佐月……くん?』


 俺が喋る前に光莉から話しかけてきた。急に可愛い声が出てきて、こっちとしては心臓に悪いのだが、そんなことを悟られたら気色悪い人間判定されて傷つく、あくまで冷静に……


「急に連絡して悪い。今、時間大丈夫か?」

『……うん』


 何か覚悟したような強い頷きだった。


「もしかして、新しくできた法律を知っているのか?」

『うん。昼ごろのテレビで見た』


 あの時間ってことはあのカメラのいくつかは生放送されていたのか。


 想定内ではあるが、光莉が知っていたのは好都合だ。


「じゃあ、単刀直入に言おう。俺の仲間になってくれないか?」

『……嬉しい。けど、なんで?』


 この「なんで?」は自信がないときの「なんで?」だ。


「盾を扱える人間で誰よりも才能があると思った。あと、人間性が似ていると思ってな、ほら初対面の時を思い出してくれ」


 光莉の才能。それは方便でしかない。極端な話、今世で才能が開花しなくてもいいとすら思っている。

 その代わり、光莉の芯が前世と違ったら俺は困っていた。


 だが、ダンジョンに迷い込んだ子どもを死ぬ覚悟を持って救いに行ったり、俺を助けに来てくれたあの優しさは一切変わっていなかった。


「だから、俺は光莉になら背中を預けられる。そう思った」

『ありがとう。お父さんに相談してから決める。多分、大丈夫』

「ゆっくり話し合ってくれ。詳しい話は夏休みの合宿でしよう」

『うん』


 電話を切った。


「ふう」


 上手くいくとは思っていたが、想像以上にすんなり進んだ。

 ただ、活動は夏休み中になるだろう。登校義務のない冒険科と違い、今の俺たちは普通の中学生だ。簡単に授業はサボれない。


 あとは合宿までに少し準備をしないとな。


 ――――――


 一週間後、新法の試験に合格した八人が集められた。


 一応、名目は講習会として、もう一つが記者会見の場として集められた。


 流石、中学生でそれなりに武力が認められていることが条件であるお陰か、前世で知っている奴が何人かいる。

 どいつもこいつも、前世では有名パーティーを率いていた諸先輩方だ。


 その中でも飛び抜けて強いとされた人がいる。


「ふふん。君が《英雄》中津佐月くんなのね。私に会えたことを光栄に思うといいのです」


 ハロウィンでしか事の無いでっかい三角棒で魔法使いのコスプレをした小柄な女が話しかけていた。身体は小さいが態度は大きい。

 その後ろには従者らしき猫背だが、それでも2mはありそうな巨大な女と、長細い警棒を携えた背筋が整った女が立っていた。


 この人はかなりのビックネームだ。


「椋月財閥のご令嬢様にお声かけ頂けるなんて光栄です」


 この人は《ほうき星》という二つ名で有名な一個上の先輩、椋月むくづき流星るい


 高破壊力の魔法を広範囲に使う通称『大砲型魔法使い』の頂点に君臨していた先輩だ。


「お嬢さま。この人……怪しいです。なんでお嬢さまの身分を知って」

「そんな些細なことどうでもいいのです。お互いに無駄な探り合いはやめて、さっさと本題を言うべきなのです。中津佐月くん。私の下に付くのです」


 大きな女が椋月に進言していたが、気にすることなく俺を勧誘してきた。


「先輩からのありがたい申し受けですが、お断りします。俺にはもうパーティーがあるので」

「交渉したいのです。ダンジョン攻略での手当とは別に固定給をあげるのです」


 椋月財閥は椋月家を軸とする三大財閥の一つだ。そんなトップのご令嬢の言う『手当』と『固定給』は庶民が思っている以上に高い金額だろう。

 多分だが、一年で平均的な生涯給与を超える額を提示しているはずだ。ただ、俺は金銭では動かない。


「申し訳ありませんが、お金の問題ではないんです」

「お、お金に興味がない!?」


 思っていた以上に慌てふためく椋月に対して、警棒を持った女……いや、こいつは前世で深い関わりがあったから知っている。

 大洲おおす伊代いよ。性根は最悪だが、前世で俺よりも新魔教団を殺した女だ。


 伊代は椋月の肩に手を置いた。


「お嬢。落ち着いてください。彼は特級ダンジョンを攻略したい夢見る少年ですよ。お得意の交渉をしてみてください」

「分かったの」


 前世において伊代は情報を大量に持っていた。敵の異能はもちろんのこと、生活習慣から思想主義まで徹底的に調べ上げることで有名だった。

 今でもその情報収集能力は高く少し前の俺の会見の内容は当たり前に覚えていた。


「私たちのパーティーは強いの。きっと『黒龍』にも勝てるの」

「魔法使いのレベルならそうですね。ただそれ以外はどうですか? 特にそこの――」

「おや。私ですか? もしかして体格で判断していますか? これだから死線武道出身者は」


 俺みたいに対人特化を売りにした冒険者は少ない。

 そんなニッチな競争の中、パーティーの知名度もあって対人最強は俺だと言われることが多かった。


 ただ、そんな俺でも一人だけ、十回に一回、いや二回は負けるなと思う人間がいた。

 それが、目の前の大洲おおす伊代いよという女だ。


 表の最強を俺とするならば、裏の最強は間違いなく伊代だ。


「なら、ちょっと遊ぼうぜ」


 挑発をしてみた。前世の通りなら伊代はプライドが高い。俺みたいな年下の男に煽られれば――


「いいでしょう。少し遊んであげましょう」


 別に戦う必要はない。それといった恨みもないし、俺の害になることはないだろう。

 ただ、伊代とはそれなりに関わりがあった。


「では、お嬢。合図をお願いしま――」

「油断したな」


 椋月に目を向けた所で、俺は松枝の技である『隠者の歩法』で近づいて、指先で首を軽く叩いた。


「……」


 場が静まり返った。


「ひ、卑怯だ」


 大女がそう呟いた。まあ、その感想が普通だろう。

 相手が伊代じゃなければこんなことはしていない。


「……いえ。私が油断していたのが悪いのです。それを抜きにしても彼は強いですよ。かなり戦いなれていました」


 伊代は卑怯だとかそんな次元で考える奴じゃない。

 それに、こいつも隠し持っていたスタンガンに手を伸ばしていた。警棒はブラフ。こいつの戦闘スタイルこそ卑怯の極みだ。


 伊代が椋月に耳打ちを始めた。


「お嬢。やっぱり彼はとんでもない逸材ですよ。早く囲わないと他に取られちゃいますよ」

「ぐぬぬ。切れる手札がないのです」

「ここは私に任せてもらえませんか?」

「案があるの?」

「ええ」


 椋月は何やら考え込む素振りを見せた。


「……なら、全部任せるの」

「ありがとうございます」


 内緒話を終えてから、伊代が俺の前に来た。


「素晴らしい足運びでしたね。報酬はお渡ししますので教えて頂けませんか?」

「報酬はいらない。いくらでも教えてやる」


 元々、そのつもりだった。


 敵の敵は味方といわれるように伊代は新魔教団の信者を殺して回っていた。

 それに前世では仲間を失った後に協力した時期もある。


 前世での礼というよりかは、今回も勝手に働いてもらうために強化しておきたいという気持ちがある。


「では、まずは連絡先を交換しましょうか。SNSは何をやって――」


 伊代がスマホを取り出そうとしたところで、俺たちの間に鎖鎌の文鎮部分が飛んできた。


「楽しそうじゃん! 俺も仲間に入れてくれよ!」


 攻撃をしてきたのは荒々しく髪を尖らせた比較的小柄な男だった。


 俺はその鎖鎌の動きを知っていた。


「いい所に来た」

「あ? それ俺のコトか? あいにく、野郎に興味はねぇよ」


 《肉刈り》のミンチ。新魔教団の幹部だ。


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