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三話 他人を踏みにじる勇気

 俺は入部初日で先輩を全員打ちのめした。


「お前。やりすぎだぞ」


 顧問にそう言われた。

 言葉の真意は分からないが、俺を叱るという雰囲気ではない。


「やりすぎた自覚はあります。ただ、こうでもしないと新人戦には出られませんよね」


 新入部員にやられた先輩たちの中にはプライドを折られて死線武道を辞める人もいるだろう。俺がいなければ、前世で輝かしい活動をした奴もいたかもしれない。


 俺は人生二周目であり、先輩たちより年上だ。他人の人生を狂わせた言い訳をするつもりはない。


 俺がもっと強ければ、誰の人生も狂わせないようにこっそり特級ダンジョンを攻略できた。

 だが、俺は弱い。だから、手段は選んでいられない。


「お前がそう思うのなら、今はそれでいい。なんで、死線武道をやろうと思ったんだ?」

「全国大会に行くためです」

「全国か。お前ほど強かったら普通は冒険者になりたいって言うと思うんだが、なんで途中過程の全国大会なんだ?」

「……」


 俺の計画を話すべきか。いや、名前も覚えていない顧問相手に言うことじゃない。ぼかして伝えるか。


「全国大会でどうしても戦いたい奴がいるんで。俺はそのためだけに死線武道をやっています」

「なるほどな。あえて誰かは聞かないが、ライバルがいるんだな。なあ、それはそれとして、冒険者に興味はあるか?」

「……あります」


 冒険者になるためには日本に三校しかない冒険科を有する高校に入学する必要がある。入学できなければ許可が必要になる六級以上のダンジョンに入ることができない。

 入試難易度はかなり高く、戦闘力は勿論のこと死に対する素質が求められる。


 二周目の俺にしてみれば入試は簡単にパスできる。

 だが、今の俺はダンジョンの魔物に攻撃が出来ない。冒険科に入るのは現実的には不可能に近いだろう。


 入学は半ば諦めているが、それでも何か手立てがあれば聞いてみたい。


「そうかそうか。なら、今度、下徳しもよしの冒険科に務めている先生に知り合いがいるから、連れてきてやる。仮面を着けていて変な奴だが、いい奴だからきっとお前の役に立つはずだぞ」

「ありがとうございます」


 下徳は俺が通っていた高校だ。当然ながら、特徴的な先生については覚えている。


 仮面の男は嘉納先生しかいない。

 あの人はいい人だ。俺のパーティー『白の珈琲』があったのも嘉納先生のお陰と言っても過言じゃない。あの人は俺たちを引き合わせてくれて、その後の支援も色々してくれた。


 最期は市民を怪物から守るために戦死したと聞いた。


 まさか、嘉納先生に会えることになるとは思ってもいなかった。あの人なら、俺の計画を話してもいいかもしれない。


「くれぐれも諦めるんじゃないぞ」

「ええ。俺は諦めが悪いんで」


 ――――――


 部活終わりに俺は錦と帰っていた。他愛のない話をするいつもの下校道。いや錦にとっては初めての下校道か。武道部であったことを根掘り葉掘り聞かれていた。


「すごい奴とは思っていたが、そんなにできる奴だったとは……ん? 佐月。どうしたんだ?」


 複数の敵意のある視線を感じた。

 やっぱり来たか。


「錦。先に帰っていろ」

「えっ? もっと、先輩たちをボコボコにした話を聞きたいんだが」

「いいから帰れ!」

「ああ。そこまで言うなら分かった」


 予想はしていたが、複数の生徒が俺を付け狙っていた。敵意の籠った視線が俺の神経を逆撫でする。新魔教団を含めこういう奴らと関わって来た期間が長すぎて、視線には敏感になっている。


 この程度の襲撃なら前世で慣れ切っている。


 錦と別れた後、わざと街灯の光がギリギリ届く山を登り、スマホを録画モードにして胸ポケットに入れた。


「出て来いよ」

「俺たちの要件は分かっているよな」


 武器を持ったガタイのいい男たちが現れた。こいつらは武道部の先輩たちと他校の制服の仲間? たちだろう。ざっと三十人はいる。


「いえ。なんの用でしょうか?」

「お前が調子に乗ったのが悪いんだ」

「なんで武器を持っているんですか?」

「お前が二度と歯向かいたくないと思ってもらうためだ!」


 ……言葉の証拠はこのぐらいでいいか。


 あとは先制攻撃を譲れば、俺の正当防衛の証拠としては十分だろう。


 中学生がここまでするとは驚きだが、前世でもうちの中学の武道部はいい噂はなかった。武『道』と名乗るのは止めておいた方がいいんじゃないか?


「当たらねえ」

「囲め!囲め!」


 俺には対人において有利な能力が三つある。

 一つは、『先読み』の技術。相手の動きが未来予知の様に分かる。囲まれた時でも相手の動きは全方位分かる。


「すり抜ける。こいつ本当に人間か!?」


 紙一重で躱しているせいか、相手は攻撃がすり抜けたと勘違いしている。


 さてと、音声も証拠になるだろうから、変なことを言われる前にそろそろ反撃をするか。


 二つ目の能力は『弱点看破』。相手の弱点がポインターで示されたかのように分かる。

 人体としての弱点は当然の事。動きがある場合の最適なカウンターの位置まで分かる。


「ぐはっ」


 最小限の力で優しく倒していく。あくまで専守防衛。

 ほとんどは相手の力を使ったカウンターで倒していった。


「ば、化け物……」


 最後の一人が怯えながら尻餅をついた。


「この程度で化け物と呼ばれるなんてな。それだけお前がちっぽけな世界で威張っていたということだろ」

「ふざけるな! こうなったら、おじさんから貰ったこれで――」


 男は銃を取り出した。

 手が震えているし、銃を他人に向けるのは初めてみたいだな。俺にとってはその道具は脅しにすらならない。


「最近は中学生でも銃を持てるのか。この時代はまだ銃刀法が適応されるはずなんだが」

「しっ! 死ねッ!」


 放たれた銃弾は動かずとも当たらず、近くの木に当たった。


 馬鹿だな。銃は相手を殺せる一撃必殺の武器じゃない。

 俺が思うに銃以上に使い手の実力が必要なものはない。


 前世で何度も銃口を向けられた経験はある。特に新魔教団のカスどもは銃の扱いに長けていたが、俺に有効打を与えたことはない。


「クソッ! 死ね! 死ね!」


 銃弾を乱射してきた。素人とはいえ、何発も打てば俺に当たる弾もあった。


 カチッカチッと弾倉が尽きたことを伝える音が夕暮れに響いた。


「なんで、効かないんだ!?」


 弾丸が命中しても俺は出血すらしていない。


「そんなの簡単だろ。()()で銃弾を受けて、流せばいいだけだ」


 三つ目『魔力の精密操作』。俺は魔力の扱いが上手い。魔力は本来魔法を使うためにある。だが、詳しく知らないが、魔力を使って簡単な防御と攻撃ができる

 ただ、ガラスよりももろく子どものパンチで壊れる程度のものだが、技術があれば銃弾は防げる。


「は? 何を言って――」


 余計なことを言ってしまったな。証拠の動画として使用する時に俺に変な疑いが掛かってしまう。

 自分が何か口を滑らす前に男に石を投げ、気絶させた。


 適当な一人の携帯を奪い、110番を掛けた。


「事件なんですけど、不良っぽい人たちが山の中で乱闘してて。銃なんかもあります。場所は中学校の近くの山で。あっ。見つかったので逃げます!」


 一方的に話した後、使った携帯を山の奥に向かって投げた。

 これで警察は少しは早く来るだろう。


 俺は被害者で証拠もあるが、警察がどう判断するかは運もある。


「はあ、こっからが面倒なんだよな」


 一応証拠はあるが、どのみち警察への事情聴取だったりなんだりで面倒な事になる。


 戦わず逃げることもできたが、あまりいい手ではない。


 だが、この手のヤカラは逃げた所でより面倒になるだけで、関わって来た端からボコることが一番労力が掛からない対処方だと俺は知っている。


 『白の珈琲』にいた時は魔法使いが俗に言う権力者の息子だったから、いろいろ楽だったが、しばらくは面倒ごとになるかもしれないな。


 ――――――


 やって来た警察に捕まり、俺は事情聴取を受けることになった。

 証拠になる映像も渡したし、俺を拘束する意味も分からない。ただ、これは警察のお約束事で前世でも何回もこういうことはあった。


「なんでこんなことをしたんだい?」

「俺にも分からなくて。ただ、いきなり襲われて……」

「確かに映像を見てみると、君に非はないみたいだね」


 今回の警察官は当たりの部類だ。被害者に寄り添ってちゃんと話を聞いてくれる。運が悪いと、聴取を尋問や拷問と勘違いして無駄に詰めて来るような奴もいる。

 この手のちゃんと話を聞いてくれるタイプが相手の場合は被害者ぶっていると、無駄に詰められることはない。


「少し話は変わるのだが、銃弾を受けた時に言っていた言葉だが」

「すいません。実は一発も当たってなくて。かっこつけただけです。ほら、怪我をしてないですよね。普通。人間が銃弾が当たったら無事じゃないですよ」

「……それならいいんだ」


 やっぱり銃弾について突っ込まれた。だが、おびえたフリが効いているのか深いことは聞かれなかった。


 そのあと、俺を襲った奴らとの関係だったり、諸事情を聞かれたが適切に答えた。


 結果として、俺に対する処分は保留となり、帰宅が許された。ほとんど無罪が確定しているときの処置だ。


 俺を襲った奴らはしばらくは出られないそうだ。銃が見つかった以上は未成年でもそれなりの罪に問われるだろう。


 銃か。俺が冒険者だったときに襲ってきた新魔教団の奴らが普通に使っていたな。今はまだ世界が混乱している訳でもないのにこんな場所で中学生が持っているのはあいつらが関係しているかもな。

 ただ、そこら辺は警察の仕事だ。俺はまだ関わる必要はない。


 家に帰ると、親は俺を心配していたが、妹はいつもと変わらなかった。


 ――――――


「佐月! 大丈夫なのか!?」


 朝の登校中。

 見知った男が大きな体をゆっさゆっさと揺らして俺に詰め寄って来た。


 錦はかなり慌てた様子だ。俺の事を心配してくれているのだろう。ここは少し安心させないとな。


「ああ。言っただろう。俺は強いからな」


 キザっぽくてあまり言いたくはないが、人々を安心させるのは弱々しい態度ではなく傲慢な態度だ。


「バカ! 俺たちをもっと頼れ! お前が全部背負う必要はないだろう!」


 全部背負うな……か。

 前世で仲間が死んだ後、俺は全部背負っていた。誰にも俺の責任を押し付ける気はない。


「運動も出来ないお前には何もできないだろ。だから――」

「できるできないじゃない! やるんだよ!」


 俺の言葉に錦が被せて来た。

 『できるできないじゃない! やるんだよ!』は、前世の俺が死ぬ直前に叫んだな。


 まさか、錦の口から同じ言葉が出るとは思わなかった。


 仲間とは違うが、錦は俺と似た気質を持つ友達だ。

 前世では高校入学後から疎遠になってしまったが、今回はもう少し上手くやろう。


「どんな奴が相手でもお前の友達だからな。友達なんだからいつでも頼ってくれ」

「……ああ。駄目そうになったらお前を頼るよ」


 俺には仲間たちしかいないと思っていたが、こんな身近にも支えてくれようとしている奴もいたんだな。


「おう。任せとけ」


 頼りなさそうな胸に拳を当てた。


「よし。お前の安否も確認できたし、こっからがメインだ。ちょっと待ってろ」


 錦が道の角に向かって行った。

 そして、数十人の見知らぬ中学生がやってきた。同級生ではなく先輩たちだ。


 敵意は感じない。


「この人たちは?」

「お前に救われた人たちだ」


 俺が救った? 何のことだ? 前世はともかく、今は誰かを助けた覚えはないが……


「中津くんが武道部の連中を倒してくれたんだよね」

「ああ。そうだが」

「あいつらを倒してくれてありがとうございます。私たち、ずっと脅されてて」


 次々とお礼の言葉が並べられた。

 仲間以外にありがとうと言われたのはいつぶりだろうか。世界が終わる前は俺たちに向けられたのは配慮のない期待と逆恨みのような憎悪ぐらいだった。


「礼はいらない。俺は俺のやることをやっているだけだ」


 少しむずかゆい気持ちを抑えて、俺は登校した。


 仲間たちのために誰かの人生を犠牲にすることは仕方がないが、こういうまっとうに生きている人の人生はなるべく崩したくはないな。


 人生二周目で俺は何人もの人生を押しのけてしまうだろう。なら、せめて悪人を潰して善人を助けるようなことを……


 いや、そんな変に高尚な思想は俺には合わない。俺にとって都合のいい人はなるべく守る。都合の悪い奴は倒す。


 建前であっても絶対に世界を救わないと誰も報われない。

 そんな重責を背負っていることを忘れてはいけない。


 ――――――


 授業が終わり。

 部室に行くと、張り紙が貼ってあった。


『武道部は活動休止とする』


 なるほど、流石に問題になってしまったか。先輩たちが後輩を襲ったこともそうだが、警察のお世話になっていることがかなり響いているのだろう。


「中津。昨日は災難だったな。すまなかった。俺の監督不行届だった」


 顧問の先生が俺の顔を見て深く頭を下げた。

 おそらく、昨日の件が原因で対応に追われているんだろうか、少しやつれている。


 土下座でもしたそうに顔をうつむかせているが、俺はそれを望んではない。子供の可愛いじゃれ合い程度はなんとも思わない。

 それに、この人だって被害者だ。俺がこの人を非難する必要はない。


「俺にとっては災難でもなんでもないですよ。ただ、練習が出来ないのは悲しいですね。あと、部活が休止になって春の大会に出られないのは困るんですが」


 部活が活動停止になることまでは想像していたが、それがどれぐらい長引くか。流石に銃なんかが出てきてしまった以上はそれなりの時間は必要になるだろう。

 ただ、二か月後の大会に出られないのだけは困る。あの大会に出られなければ俺の目標は達成できない。


 春の大会にはパーティーメンバーの一人が出る。

 あの大会で優勝したことが原因であいつは疎まれ、精神を病んでいった。


 俺はあいつが優勝するのを阻止しないといけない。


「そうだな。大会の件は安心しろ。俺個人が持っている出場枠で出してやる」


 死線武道は学校だけじゃなくて民間の道場等からも出場者を出すことができる。先生が個人として道場を持っているならば、学校を通さなくても出場できる。


「あと、練習についてなんだが、これはご両親とも話し合って欲しいんだが、下徳しもよし高校で訓練する気はないか?」

「下徳ですか? ……考えておきます」


 俺の母校である下徳しもよし高校は電車で一時間掛かるぐらいの距離感だ。部活として通おうと思えば、不可能じゃない距離だろう。


「追い込むようで悪いが、この提案はお前の身を守ることにも役立つ。お前が昨日倒した奴らの仲間がこの付近にいるかもしれないからな」

「はあ。そうですね。何人来ようとも問題はないですが、これ以上警察のお世話になりたくはないですから」

「生意気な発言だな。だが、その様子なら問題なさそうだ。あっちには俺から言っておく。覚悟を決めたら教えてくれ」


 悪くない流れだ。


 俺が大会に出る為には先輩たちの出場枠を奪う必要があった。だから、初日からあんな暴れ方をした。もっとやり方はあっただろうが、三年生を優先的に出すとか方針が分からなかったからこうするしかなかった。

 だが、その結果、二日で俺が大会に出場することが確定した。


 面倒な問題は抱えてしまったが、新魔教団の奴らに追われ続けた日々に比べれば全然マシだ。


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