三二話 少年ダンジョン探索特別許可法
徳人に支えられながら俺はインタビューを受けることになった。
「ダンジョン攻略おめでとうございます。今の気分はどうですか?」
「これは何の集まりですか?」
「そうでした。新たに制定された法律はご存じですか?」
新たに成立された法律? 俺に聞かれても分からない。
助けを求めるように徳人に視線を向けた。
「少年ダンジョン探索特別許可法。まあ、簡単に言うと、15歳以下でも強い人にダンジョンを攻略する権利を渡しましょうって法律が決まってね。その最初の適用者がリーダーってこと」
「ん? ああ。なるほど?」
これまで、冒険科に所属する人間以外が五等級を超えるダンジョンに攻略目的で入ることは法律で禁止されていた。
それは先進国として、判断能力が足りない未成年を無理やりダンジョンに入れることを防ぐことを目的としていた。
いきなりカメラを向けられて動揺してしまったが、徳人の考えた計画ならば俺は乗るだけだ。
「よっしゃあ!」
喜びのような声と共にソフトボール大の魔石をカメラに見せつけた。
そしてそのまま気絶するフリをした。
俺がどうこう喋るよりも徳人に任せた方がいいと判断して、とりあえず「冒険者になりたい」という意思を見せつけるだけ見せつけた。
「流石の彼もダメージが大きいみたいです。彼への取材はまた後日にお願いします」
「あなたはどういった関係ですか?」
女性キャスターが徳人にマイクを向けた。
「ああ。自己紹介をしないとね。僕は川谷徳人。彼の魔法使いさ」
「魔法使い……ですか?」
「そうだね。詳しい話はまた後日にね。《インビジブル》」
「き、消えた!」
徳人が透明になる魔法を使った。
取材陣が慌てふためく中、徳人は俺を背負って、人混みから離脱した。
「説明してくれるよな」
俺たちを探す気配がなくなった所で俺は徳人を問い詰めた。
「僕が手引きしたのは分かっているみたいだね。ここで説明しないって言ったらどうする?」
「まあ別に。それがお前が思う最善なら俺は深くは聞かない」
前世ではそんな法律はなかった。
法律の改定となると間違いなく川谷の力が関わっている。
法については後から調べれば分かるだろう。説明しないという徳人の判断を疑ったりはしない。
「不思議だなぁ。僕のやろうとしている事は全肯定ってこと?」
「ああ。概ねな」
「なんだか気味が悪いね。信者って感じじゃないのに命を懸けるぐらい僕に盲目的になるなんて」
「それが俺にとっての『仲間』ってもんだ」
「ふーん。言語化するなら信用や信頼ってカンジかな?」
ダンジョンの中では仲間同士で命を預け合う。生き返ることを前提に戦っている奴らも多いが、強いパーティーになるほど、命を大事にする。その上で、仲間のために命を捨てる事を躊躇わない。
前世分の経験がある俺にとってはそれほど変な感じはしないのだが、パーティープレイをしたことがない今の徳人にはこの感覚が「気味が悪い」らしい。
悪口にも聞こえるが、徳人は悪感情であっても興味があるということ自体が貴重であり、どちらかと言えば気味が悪いは誉め言葉の部類だろう。
「表情には出てないけど、その感情を向けるのは今は僕ぐらいにしておきなよ。光莉ちゃんにバレたら大変だよ」
「……善処する」
もう手遅れな感じはするが、光莉には気味が悪いところを見せたくはない。これは仲間ではなく一人の男としてのプライドだ。
「それで、法律の話だね。さっきも言ったけど、僕らが合法的にダンジョンに潜る為の法律だよ」
「俺たちが?」
「高校まで待てないし、リーダーが高校に入れるかも分からないからね」
俺はおそらく冒険科の入試を突破できない。魔物に攻撃できない以上仕方のないことだが、俺の活動の一番のネックと言ってもいい。
「だから、正式に裏口入学しちゃおうってワケ。調べれば分かると思うけど、この制度を使えば、冒険科の受験を免除することも可能なんだよね」
「じゃあ、俺は高校に入れるのか?」
「条件はあるけどね」
高校入学。半ば諦めていた。
「流石、徳人だな」
「どうも。今は休みなよ。リーダーは痛みを感じていないみたいだけど、重体だよ」
「ああ? そうさせて貰おうか」
それほど痛くはないが、全身のいろんな骨が折れていてダンジョン外ではかなりの重体だ。
俺は徳人の背に身を預けて意識を落とした。
――――――
目を開けると、下徳高校の保健室だった。
時間はそれほど経っていないみたいで、顔に夕焼けが差し込んできた。
「起きたか」
「冴先輩」
徳人がいると思っていたら、冴先輩が待っていた。
試合じゃなく殺し合いをした後でちょっと気まずい。
「……お前は何者なんだ?」
少しの静寂の後。冴先輩らしくない少し控えめな態度で質問してきた。
何者か? 難しい問いだなと思いつつも、冴先輩にそんな質問をされることに驚いてしまった。
俺の知っている冴先輩ならそんな些細なことを聞くようなことはしないからだ。
「生意気言いますが、俺が何者かというのは先輩にとって気になることなんですか?」
反抗的な回答をした以上は殴られる覚悟はある。だが、俺のことをいちいち気にするような先輩の姿を見たくなかった。
「最初会った時、オレはお前をただの天才だと思っていた。体は弱いが技術は一級品。オレとは真逆の少し欠けた天才。それだけなら別にお前の正体なんてどうでもよかった」
冴先輩にとって俺の戦闘力にはあまり興味はなかったのだろう。ただのいい殴り相手ぐらいという認識だったはずだ。
前世もほとんどはそんな感じだった。
「だがよ。あのクソテロリストと戦っていたお前の姿を見た時。オレはビビッてしまった」
クソテロリスト……『スマイルズ』の時だろう。あの時は殺気を抑えたりしなかった。冴先輩は瀕死でギリギリ息を保っている状態だったが、あの殺気を感じ取ったみたいだ。
「オレも冒険科の人間だ。死への耐性はあるつもりだ。だが、お前の殺気には恐怖を感じた。あの時は未熟さだと思って、今日はそれを確かめるために殺し合った」
ダンジョンでの殺し合いはかなり急だったが、冴先輩なりに俺を見極めようとしていたのだろう。
「だが、お前は殺気の一つも出さずにオレを殺した。いつもと同じ……まるで作業のようにな」
作業のように……か。
それは、装備のチェックもあったが、それがいつもの俺の戦い方だ。
逆にスマイルズの時が異常だっただけで、普段の戦闘に感情を込めることはない。
「はっきり言って気色が悪い。このもやもやを解決する答えを言え」
喋っていくうちに感情の整理がついたのか最後は冴先輩らしい質問になった。これなら俺も答えやすい。
「俺は復讐がしたいんです。仮にこの身が滅びたとしても」
新魔教団と怪物ども。俺の大事な仲間たちを殺した奴らは必ず殺す。
そのためならどこまでも堕ちていける。どんなに卑劣で下劣なやり方だって使う覚悟がある。
「そうだった……のか。少し照れるじゃねえか。まあ、分かった。その。疑って悪かったな」
先輩は俺の頭を撫でた後に出て行った。
顔を逸らしていて表情が見えなかったが、怒ってはいなかった。
何か噛み合っていない気がするが、まあいいか。冴先輩の言動にいちいち意味を求めても疲れるだけだ。
「――いるんだろ。いくらお前でも無駄だぞ」
「やっぱりバレちゃったか」
ベッドの下から徳人が転がり出て来た。
どこにいるかまでは分からなかったが、俺が仲間の気配を感じ取れないわけがない。
「っで、なんで恋愛クソボケムーブをかましたの?」
「恋愛? 何を言っているんだ? 光莉はここにはいないだろ?」
「うわー。最低な男だ。僕の目がなくても未来の修羅場まで見えちゃうよ」
俺が光莉以外に恋愛感情を抱くことがないことぐらい徳人の目なら分かり切っているだろうに、変なことを言ってくる。
「いやぁ。面白いものが見れて良かった。じゃあ、これ法律の資料を分かりやすくしたモノだから読んでおいて」
「お前の口から説明してくれないのか?」
「そうしたかったけど……ちょっと面倒ごとが立て込んでてね」
徳人は薄い冊子を渡してから保健室から出て行った。
今日は他人に振り回された気がする。だが、ダンジョンに入場する権利と装備が手に入りすべてが上手くいった。
これで、新魔教団の戦闘系の幹部とも戦える。




