三一話 最強装備(レプリカ)
週末の昼間前。俺は今、冴先輩と三級ダンジョンにいる。
今日は出会ったときから先輩は不機嫌そうで一言も言葉を発していない。
前世も期限が悪いときは無口になることを知っていたから俺は特に気にすることなく先輩の後ろを歩いている。
三級のダンジョンから現れるオーガを冴先輩が殴って進んでいく。
強い部類に入るオーガたちが一方的に蹂躙されている。異能を使っているとはいえ、やはり圧倒的なパワーを持っている。
「俺が言うのもなんですが、俺がいる意味ってありますか?」
冴先輩には俺が魔物を攻撃できないことを言っていない。わざわざ俺を連れているということは何かしらの役割を期待していると思ったが、ただ先輩が無双している姿を見せられているだけだ。
まあ、もともと背中で語るタイプの人だから、俺への指導の可能性も考えられるが、残念ながら冴先輩の動きは前世のものと比較して劣っている。ここから学べることはない。
「ふう……」
冴先輩は少し息を上げながらも、俺の言葉を無視した。
前世の感覚からすれば、機嫌が悪い日に質問すると拳が返ってくることが多かったから、今の状態が純粋に不機嫌なのか、どうなのか判断できない。
無駄な時間ではあるが、冴先輩に逆らうことはしない。ただ黙って後ろを歩くことにした。
感覚的にダンジョンマスターのいる部屋に近づいている気がする。
本当に攻略するまで、何も教えてくれないのだろうか?
そう思いながら歩いていると、ダンジョンの壁に不自然な窪みがあった。掃除ロッカーぐらいのサイズがあり、俺は確信した。あそこに魔道具が置いてある。
先輩もそれに気づいて一瞥したが、無視して行こうとした。
「先輩。魔道具いらないんですか?」
当然かのように無視された。
三級魔道具は相場にして数千万円の価値がある。それを(おそらくは)プライドで無視するとは流石は冴先輩だ。
先輩は魔道具に興味がないみたいだが、俺は興味がある。もし、盾があれば光莉に使わせたい。
そう思って、俺は窪みを見た。
「なんでここに……」
その装備を見て声が漏れた。
真っ黒い皮手袋。
見間違うはずもない。
「《混沌の黒》。なんで一級魔道具がここに」
手袋を拾った。重さも同じだ。
前世で長い間俺のメイン武器になった一級魔道具《混沌の黒》。
前世では松枝に貰ったが、まさか、一級ダンジョンじゃなくて、こんな所で見つけられるとは……
「早くしろ! 置いてくぞ!」
「はい! すいません」
冴先輩の声で現実に戻された。
今は、冴先輩の背中を追いかけよう。
装備を回収してから走っていった。
——————
ダンジョンマスターのいる部屋までたどり着き、冴先輩が歩みを止めた。
「佐月。あそこの壁を触ってこい」
「分かりました」
口を開いたかと思ったら、ダンジョンマスターのいる部屋の奥に行けと命令された。
ダンジョンマスター、今回は2.5mはある巨大なオーガを通り過ぎないとあの壁に辿り着けない。
まあ、意味なんか考えても無駄だろう。
魔物も人型だし、俺にとっては楽勝な任務だ。
走り出すと、オーガが俺に気づいて、向かってきた。
あいつの一歩は俺の五歩は確実にある。
圧倒的な速度でオーガが突っ込んでくる。身体能力の差は歴然だが、技術が違う。
オーガは腕を大きく振りかぶった。
既に俺の目には拳が振るわれる場所が分かっていた。
ギリギリを狙って避ける。
当たったと思い込んだオーガは拳を振り抜いた。
その拳は空気を殴り、オーガは大きく体勢を崩した。
「こんなもんか」
壁までもう少し、すんでの所でオーガが追い付いてきた。
まだ中学生とはいえ、身体能力の低さには落胆するしかない。
後頭部への一撃。
見る必要はない。
姿勢を低くして躱すと、オーガの拳が壁にめり込んだ。
俺はオーガを無視して壁に触った。
「これでいいですか?」
「ああ、完璧だ」
冴先輩が俺の隣で体をのけ反らせるほど、強く拳を振り上げていた。
俺の目にはその拳の軌道が一足先に見える。
あの拳は壁にめり込んだオーガの腕をへし折って、俺に届く。
あれはオーガへの攻撃じゃない。俺への攻撃だ。
異能でダイヤモンドとなった拳が振り下ろされた。
豆腐を切断するかのようにオーガの腕が千切れ、俺へと向かう。
俺は地面に手を着け、体のバネを使い全身で冴先輩の腕を横から蹴り飛ばした。
その結果、冴先輩の拳は軌道を変えてオーガの胸部に突き刺さった。
「これはアシストしてくれたってことでいいですか?」
オーガは溶けるように消えていった。
俺が原因であっても、他人が攻撃した判定になったみたいだ。思ってもいなかった収穫だ。
ただ、当然ながら俺を殺そうとしていた冴先輩はいい気分ではないみたいだ。
「御託は抜きだ。オレと殺し合いをしろ」
まあ、冴先輩だし、急に殺し合いぐらい要求してくるか。
ダンジョンの中なら、俺も拒否はしない。
「いいですよ。ただ、本気で戦うなら賭けをしませんか?」
冴先輩がどんな心情かは知らないし、興味もない。だが、この状況は悪くない。
「俺が勝ったら、この装備をください」
「じゃあ、お前が負けたら、夏休みと冬休みは家政婦になれ」
「交渉成立ってことで。異能でもなんでも使ってください。僕はこれを使うので」
俺はダンジョンで拾った《混沌の黒》を着けた。
魔道具は着用時に能力の使い方が脳に流れ込んでくる。
「……そう上手くはいかないみたいだ」
装備の情報を感じていると、冴先輩が拳を振るってきた。
砲弾のような拳を正面から受けることは不可能だ。
なら、受けなければいい。
いつものように避けてから、冴先輩の腕を掴んだ。
投げられるが、おそらく……
「やらせねぇぞ」
対策をしてきたのか、投げようとした瞬間に蹴りを叩き込める体勢になっていた。
そうだよな。投げばっかりではいつか対策される。代表的な方法の一つがカウンター。投げの力を利用した反撃は投げを主体とする人間にとっては致命傷だ。
そして、これまでの俺には異能アリの冴先輩を倒すには投げしか選択肢がなかった。
俺が。というよりは、冴先輩の異能は投げによる衝撃以外に強い耐性を持っている。
「先輩の得意なインファイトしましょうか」
先輩の異能にとって最も得意なのは打撃戦だ。
人間の腕力では鉱物を砕くことはできない。逆にこっちの拳がやられる。
拳の硬度を上げることによる火力増大と、絶対的な防御。
打ち合いが始まった。
「相変わらず、打撃が当たっているか分かんなくなる。どんな技を使ってんだ?」
「技じゃありませんよ。あくまで全身で受けているだけで」
腕半分もないぐらいの至近距離で撃ち合っているお陰で冴先輩の攻撃はかなり弱い。
弱いといっても一撃一撃が簡単に骨を折るエネルギーを持っている。
打点をずらしかつ、全身に衝撃を流しているのに半端ない衝撃だ。
だが、それ以上に問題なのが、先輩の固さだ。
どれだけ関節部のような異能の隙間を突いた攻撃であっても、ダメージに至らない。
有効打なら俺の方が圧倒的に多い。
異能と身体能力。俺が欲しかったものを冴先輩は持っている。
だが、今の俺は違う。
分かりやすいように俺は拳を大きく振り上げた。
冴先輩は腕をダイヤにしてガードをしてきた。いや、ガードじゃないな。俺の力を利用して手を折りに来ている。
だが、それが目的だ。
「ストック15。衝撃」
魔道具の力を使った。
瞬間、冴先輩のダイヤになっていた腕が粉砕された。
ガラスの破片のようにダイヤの粉が散る。先輩は何が起こったか分からず距離を取った。
このまま魔道具の正体を明かさないという手もあるが、それよりも俺は確実に勝ちを取りに行く。
「この魔道具は《混沌の黒・レプリカ》と言います。有効打を与えた数だけ力をチャージして、一度に放出します。特徴としてはどれだけ弱い攻撃でもチャージ量は一定で、15回の有効打でダイヤすら砕けるパワーになります。まだ15のストックが残っています」
通常、上位の冒険者たちは一撃の威力を向上させて、魔物を倒す。それは、上位の魔物になるほど一撃が致命的になり、盾役たちの負担を減らすためには早期決着を必要とするためだ。
この装備はそんな一般的な冒険者にとっては使い道のない魔道具だ。その上、三級魔道具ということもあって前世で使ったものよりも威力が大幅に落ちている。
「いいぜ。そうこなくっちゃなぁ!」
先輩が突っ込んでくる。
避けることを許さないタックル。
さっきのダイヤは固い鉱物で衝撃で砕きやすかった。先輩もそれを反省して、今度は全身を鉄に変えていた。
どれだけ強い衝撃でも全身で受ければ大したことはない。鉄ならダイヤみたいに脆性破壊はしにくいと踏んでいるのだろう。
その行動は正解だ。ただ、俺が情報を隠していたことを除けばな。
冴先輩の頭に触れた。一瞬でいい。
「ストック15。電撃」
冴先輩体中から煙を出して、倒れた。
痛みはなかっただろう。
《混沌の黒》は衝撃以外にもあらゆる属性に威力を変換できる。電気はその一つだ。
先輩が死んで消えていった。
「あとは帰るだけ……」
魔石を取りに行こうとしたら、体が崩れ落ちた。
さすがに冴先輩とのインファイトに体が耐えられなかったか。
動けないのなら仕方がない。自殺を――
『あと二回』
頭を打ち付けようとした時に俺は思い出してしまった。
ダンジョンで死んだときに残り回数を言われた。説明されなくても分かる。あれは残りの死亡回数だ。
俺は仲間のために死にたい。
この死は仲間を救うための死じゃない。
死んだら、無傷になるが、魔石を回収すればしばらくは動けない……
選択するまでもない。
芋虫のように地面を這い、魔石を回収した。
光に包まれる。ダンジョンが攻略されてしまった。
……しばらくは病院行きだな。
ダンジョンの外に出たら、そこには大勢の人たちがいた。
何か事件かと思ったが、テレビカメラが俺に向いていることに気づいた。
すべての視線が俺に向いている。何が起きている?
その疑問への回答を持った男が俺に手を差し伸べて来た。
「やあ、リーダー。おめでとう」
川谷徳人。こいつは相変わらず俺の知らない所で驚きの作戦を実行してくる。
「はは。しっかり説明してくれよ」




