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三十話-回想 魔道具漁り

 変異ダンジョンに巻き込まれて以降、《白の珈琲》としての活動は休止した。


「いってらっしゃい」


 光莉に見送られて俺は一人でダンジョンへ向かった。


 俺にはパワーが足りない。

 おそらく、努力をしても光莉のような怪力にはなれず、近接戦闘者として足を引っ張るだけの存在になるだろう。


 俺の戦闘力。このネックさえ解消できれば、《白の珈琲》は更なる飛躍ができる。それは他でもない俺自身が一番理解している。


 そこで、俺は嘉納先生になんの捻りもなく相談した。


「どうやったら、俺は強くなれますか?」


 答えなんてないことは分かりきっている。ダメで元々だ。


「強くか。普通の奴なら筋トレしろなんて言えるが、お前の場合はそんな次元じゃないよな」

「……はい」

「じゃあ、もう道具に頼るしかないよな」


 道具。魔道具の事を言っているのだろう。

 通常、力のない人間は武器を使う。当たり前だが、拳よりもナイフで突き刺した方がダメージが大きい。人間として武器を使わないのは普通じゃ考えられない。


 だが、俺は例外だった。


 冴先輩との訓練で素手での戦いに慣れてしまったせいか、武器を使った方が明らかに攻撃力が低くなる。学校にある計測器で測ったし、俺の体感としても武器を使うよりも素手の方が戦いやすい。


「でも、魔道具を買う余裕はないです」


 ダンジョンに現れる魔道具は冒険者の必需品だ。だが、魔道具のあるダンジョンは珍しく、買おうと思っても法外な値段がする。


「うーん。冒険科の教師としては勧めちゃいけないんだが。魔道具漁りがオススメだぞ。俺たちだってやったしな」


 魔道具漁りはダンジョン攻略を目的としたものではなく魔道具を探す為にダンジョンに潜ることを言う。

 国としては推奨していない行為で、違法ではないがマナー違反だ。


 そんな行為を先生が。いや、あの『黒龍』がやっていたという。


「お前なら転売なんて小賢しいことはしないだろ。使える魔道具だけを取っていけ。しばらく三級ダンジョンまで行けるように申請しておくから、好きにやってみろ」

「ありがとうございます」


 まさか、俺が魔道具漁りをすることになるとは。

 だが、光莉の隣に立つためなら恥やプライドなんて簡単に捨てられる。


 欲しい装備の種類には目星を付けている。


「斧。外れか」


 俺に必要な手袋型の武器と光莉が使う大きな盾。

 それ以外の剣や斧タイプの魔道具は外れだ。需要は高く売ればそれなりの金になって目当ての装備を買えるかもしれないが、それはしない約束だ。


 武器を置いてから別のダンジョンに向かった。


 ――――――


「上手くいかねぇな」


 昼過ぎ。次のダンジョンに行く前に俺は一人公園のベンチで休んでいた。

 一週間で三級ダンジョンに十数回ったが、目当ての装備が見つからない。


 あまりに運がない。だが、諦める訳にはいかない。


 そろそろ行こうと思った所で、和服姿の女性が俺の姿を見つけて近寄って来た。

 

「中津殿。奇遇だな。隣。よろしいだろうか?」

「榎本さんか。勿論、いいぞ」


 変異ダンジョンの時に俺を助けてくれた榎本さんだ。

 後で聞いたが、彼女は強いだけではなく生徒会に所属するほどの優等生らしい。同級生らしいが立っているステージの違いを感じさせる。


「笹井殿はどちらに?」

「家で休んでいるよ。何が用があるなら呼んでくるが?」

「いや、中津殿が一人で珍しいと思った次第で」

「そうか」

「……」


 気まずい無言の時が流れる。

 あまり接点がないから、話すことも少ない。


「……最近、魔道具を探している様にみえる」


 俺が魔道具漁りをしていることを知っているのは嘉納先生と光莉しかいない。

 まあ、俺が身の丈に合わないダンジョンに単身で突撃する姿を見たことがあれば、想像はつくか。


「ああ。手袋のように俺の動きを阻害しない魔道具が欲しくてな」

「手袋型。それならば、偶然見つけたものがある」


 榎本さんは胸元から真っ黒い手袋を取り出した。


「それは?」

「一級魔道具《混沌の黒(カオスブラック)》というものらしい」


 探し求めていた手袋型の魔道具。それも一級。どんな能力があるか知らないが、ずっと見つからなかったものだ。

 目の前に俺の欲しているモノがある。


「私にはこの刀がある。他の魔道具はいらない。だから、中津殿に譲ってもいい」


 当然、欲しい。だが、他人から装備を譲ってもらうことには抵抗がある。


「それは助かるが、俺には対価を払えない」


 この前も助けて貰った上に、この装備を貰うなんてことは出来ない。


「対価……で、では、私をパーティーに入れてくれないだろうか?」

「《白の珈琲》にか? ちょっと待ってくれ。俺たちは五等級のパーティーだが、榎本さんは俺たちも上の人だろ?」


 一度だけだったが、榎本さんの太刀筋は俺たちとは格が違う。戦闘力なら三級の冴先輩と互角と言ってもいいレベルだ。


 そんな人間がわざわざ格下の俺たちのパーティーに入りたがる理由が分からなかった。


「将来性。とでも言おうか。私は父上。元《黒龍》の榎本刀夜を超えたい」


 黒龍の事は知っている。榎本刀夜は黒龍のリーダーで和服を纏っていて侍みたいな人だった。

 榎本さんはそんな人の娘だったのか。いろいろ気になる事はあるが今はどうでもいい。


「俺たちが黒龍を超えられると思っているのか?」

「分からない。でも、それは中津殿次第であろう。これは置いていく。いい返事を期待している」


 魔道具をベンチに置いてから榎本さんが立ち上がった。


「おい。待て。俺が持ち逃げするかもしれないだろ?」

「……ずっと見ている」


 俺への信用というよりかは、逃げられるものなら逃げてみろと言った具合だろう。

 当然ながら、不義理をするつもりはない。もしパーティーに入れないという選択肢を取ることになったら、ちゃんと装備は返そう。


 だが、俺たちが嘉納先生がいた最強のパーティー『黒龍』を超えられかもしれない。その言葉に俺はワクワクしてしまった。


 とにかく、まずは光莉に相談しなければ。


 ――――――


「おかえり」


 部屋に戻ると、光莉が玄関まで来てくれた。エプロンを着ていて料理をしていたみたいだ。


 光莉は俺がいない間は家事をやっている。光莉に撫でられたあの日以降、積極的に料理や洗濯をするようになった。


「今日は早い。どうしたの?」

「ちょっと相談があってな」


 榎本さんから貰った魔道具の手袋を見せた。


「よかったね。見つかって。お疲れ」


 光莉は小さい手を伸ばして俺を撫でようとした。その手に向かって俺は頭を下げたい衝動に駆られたが、踏みとどまった。


「これは俺が見つけたわけじゃないんだ。榎本さんがくれたんだ」

「えのもと? だ、誰?」

「この前助けてくれた、あの和服の人だ」


 俺以外に興味を持たない光莉であっても、あの和服は覚えていたらしく、何かを察して俺を見つめて来た。おそらく、光莉は俺が言おうとしていることよりももっと悪いことを考えている。


 事情を説明する前に俺は光莉を抱きしめた。


「安心してくれ。俺は何があっても光莉と一緒だ」


 光莉の体が震えている。


 装備を渡す条件として、光莉を捨てて榎本さんとパーティーを組むみたいなことを考えていたのだろう。そして、きっとさらに飛躍して男女の関係まで妄想してしまうほどに。


「ほんとに?」

「ああ。死ぬ以外で光莉と離れたりなんかしない」


 あの日以降、俺にとって光莉は仲間以上の存在になった。

 だから、光莉が嫌がるなら迷うことなく装備を捨てる覚悟がある。


 落ち着いた当たりで椅子に座って話すことにした。


「それでな。この装備を貰う対価として榎本さんをうちのパーティーに入れようと思うんだ」

「……さっくんに任せる」


 興味がなかった徳人が加入した時とは違い、感情がある言い方だった。


「そうだな……まずは俺の意見を言おうか」


 俺は光莉の本音が知りたいが、その前に俺の考えを言うことにした。


「正直言って、乗り気じゃない。だって、あいつは俺とポジションが重なるし、性能では俺の上位互換だ」


 榎本さんは俺より強いそれは疑いようもない事実。


「だが、光莉とあそこまで連携できるのは俺しかいない。それだけは自信を持って言える」


 《白の珈琲》は現状、光莉の盾を軸にしたパーティーで今後もそうあり続けるだろう。

 だから、光莉との連携がこのパーティーの重要点であると言い切れる。俺はその重要な一点だけは誰にも負けない。


「徳人みたいに勝手に連携を取れるような魔法使いならいいが、接近戦じゃそうはいかない。だから、まあ、俺個人としては榎本さんの加入には乗り気じゃない」

「さっくんが嫌なら断る?」

「でもな――」


 光莉も乗り気じゃないだろう。でも、それでも俺は言葉を続けることにした。


「榎本さんにはあの『黒龍』を超えるっていう夢があった」


 不可能と言われてしまう目標を彼女は堂々と言っていた。そして、俺達にはそのポテンシャルがあると言っていた。


「俺には先輩と約束した『先輩を超える冒険者』になるっていう目標がある。でも、それはパーティーとしての目標じゃない俺個人の目標だ」


 冴先輩との約束。俺が冒険者をする上での目標は今でもあの人だ。


「でも、想像しちまったんだ。落ちこぼれだった俺たちが最強になって、誰もが羨む存在になるのが」


 俺は承認欲求が強いわけじゃない。せいぜい人並だ。それでも、最強という言葉に憧れがある。

 『卒業させるぞ会』を追放されてから考えもしなくなったその言葉に俺は再び焚きつけられた。


「俺は世界最強を目指したい。光莉をいじめた兄たちも無関心だった父親も全部間違っていたって結果で伝えてやろうぜ」

「うん!」


 光莉は力強く賛同してくれた。


「そのためには遠回りをする時間はない。榎本さんは俺たちよりも先を行っている。彼女がいれば俺たちはより早く強くなれる。だから、頼む。榎本さんの加入を認めてくれないか?」


 自分でも説得できていたか分からない。だが、光莉は少し考えてから俺の方を向いた。


「わたしはさっくんの指示に従う。でも……」


 光莉の目が少し鋭くなったように感じた。


「リーダーはさっくんじゃなきゃ嫌。わたしはさっくん以外の下にはいたくない」


 俺がリーダーであること。光莉はその条件を教えてくれた。今まで通りではあるが、光莉にとっては重要なことなんだろう。俺の答えは決まっている。


「ああ。分かった。その条件は絶対に守るよ」


 光莉は納得して首を縦に振ってくれた。


 あとは徳人に聞かないといけないが、あいつは特に口出しをしてこないだろう。

 暫定的だが、これで榎本さんの加入を受けれることができる。


 今日の夜に徳人に確認を取ってから、明日には榎本さんに会いに行ってーー


「パーティー加入への承諾。感謝する。中津殿をリーダーとする条件は飲ませて頂く」


 机の隣に榎本さんが立っていた。

 いつからそこにいた? 全く気付かなかったぞ。それになんでここを知っている!?


 ……だが、ここで慌てる訳にはいかない。光莉が不安に感じてしまうだろう。


「聞いていた通りだ。これからよろしく頼む」


 ちょっと不気味だが、新しい武器と仲間を手に入れることができた。



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