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二九話 死神の誕生

 豪邸の中には和服の女性使用人たちが数人いた。

 時代にそぐわない和服から刀夜や松枝を思い出した。


「この子たちは死神の信奉者たちだよ。一族単位で死神を信奉しているんだって」

「一族か」


 テラの実年齢は分からないが、見た目で言えば俺とそう変わらないはずだ。なら、たった数年でどこかの一族を支配下に置いたと考えるのは少し不自然だ。


 それにテラの口調で言えば、死神の信奉者と言うよりかはテラの信奉者と言いそうだが、そこをあえて死神という言葉を使った。

 それに入り口での話を加味すると推察ができる。


「死神の()()()信奉者がいるんだな」

「すごい! よく分かったね」


 死神の異能は他の異能と違い特別だ。

 強すぎるというのはそうだが、一つの異能に能力を内包し過ぎている。


 教皇の奴もそうだが、三神聖の異能は普通じゃない。


「じゃあ、お話するね。死神がこの世界に来た話。あれは今から千年ぐらい前――」


 ――――――


 平安時代と呼ばれる時代。

 陰陽師と言われる司祭職の組織があった。陰陽師は今でいうところの魔法使いと同じ能力を持っていた。


 彼らの目的は魑魅魍魎の討伐……ではなく《厄災》と言われる異能を持つ人間の討伐だった。


 《疫病》《飢饉》《洪水》《地震》《降灰》《狂気》《沈黙》

 この七つの異能を《厄災》と呼んだ。


 異能を持つ人間は巧妙に正体を隠し、人類を蝕んだ。

 異能によって引き起こされた災害を抑える為に陰陽師たちは奔走していた。


 しかし、どれだけ災害による被害を抑えようとしても根本は一切解決しない。

 数十年に一度、異能持ちの人間を殺すことができるが数年も経たずに別人に異能が乗り移った。


 平安末期。とうとうみやこにまで厄災の手が伸びた。


 絶体絶命の陰陽師たちはその時に禁術に手を出した。


 《厄災》の上位存在と考えられていた《死》を呼び寄せることによって敵を倒そうとした。毒を持って毒を制する。そんな考えだった。


 生贄を用いた死神の召喚。


 各地から万を超える生贄を集め、儀式が行われていた。

 儀式の中心となったのは、当時、陰陽師の中でそれなりの地位にいた川谷一族の令嬢だった。


 結果。生贄全員の命と引き換えに死神が降臨した。

 生贄の中心となった少女の体を依り代にしてこの世界に降り立ったのだ。


 死神の登場と共に都を襲っていた災害はピタリと止まった。


 《厄災》の異能持ちは生きていたが、死神への攻撃を本能が恐れ、逃げていた。


 死神の能力を得た少女は《厄災》を追い詰め、異能ごと殺した。


 世界は平和になったが、多くの人間が死神の力を恐れた。

 しかし、少女は高い知能を持っていた。死神の力だけではなく、人間の権力を手中に収めていた。


 《厄災》の討伐の過程において川谷一族を帝すら支配する裏の支配者にまで押し上げた。


 死神を宿した少女は老化によりこの世を去った。

 しかし、異能はこの世界に残ったままだった。


 死神としての前世の記憶を持った状態で赤子に宿っていた。


 死神は暗殺を生業とする忍者の一族の元に産まれた。


 ――――――


「それでね。テラは何度も生まれ変わったの。ここの人たちは二人目のテラが従者にしたんだよね。それからは生まれ変わる度にお世話して貰っているんだって」


 テラの話を鵜呑みにするのなら、目の前の少女は実は千歳ぐらいの年齢になる訳だが、とてもじゃないが、そんな成熟したような精神性は感じない。


「記憶があるが、人格は持ち越していない。っていう認識でいいか?」

「うん!」


 テラの年齢は見た目通りで、保持している記憶だけが千年分という事になるらしい。死神の記憶を映画で見たような感覚だろう。

 人格形成に記憶が影響しないことはないだろうが、見た感じ影響は小さいだろう。


 死神の能力を持った人間の意思ではなく、異能そのものが転生を繰り返している。特殊な生い立ちを持つ異能ではあるが、異能自体に意思があるのか。


 一回目の転生においても既に厄災は存在しなかった。とっくの昔に死神としての役割が終わったのにも関わらず、なぜ現世に残っているのか?


「死神の役目は厄災の対処。現代に厄災の異能なんて存在しないだろ。転生する目的が分からないな。テラはその死神の異能の考えは分かるのか?」

「ううん。知らないよ」


 回答が出来なかったことに対する申し訳なさを感じさせつつも、それ以上にテラが顔をうつむかせて少し悲しそうな顔をした。


「ほんとはね。こんな力。要らないの。だって、普通にお喋りすら出来ないんだよ」


 必死に感情を抑えているみたいだったが、声の震えから切実さを感じる。


 ふと、顧問の先生に話しかけた時に見た光景を思い出した。

 強い感情すらない言葉だったのにも関わらず屈強な大人が圧倒されていた。


 俺は何も感じないが、テラに意識を向けられて話しかけられると普通の人間は恐怖を感じてしまうらしい。それほど死神の力は強大ということだ。


「だからね。さっくんは初めての友達なんだよ!」


 『初めての』。俺はそこに引っかかった。

 死神には仲間がいるはずだ。俺よりもずっと死神の立場に近い存在。


「教皇とは友達じゃないのか?」


 新魔教団のトップ三神聖。特級ダンジョン内で死神と教皇は行動を共にしていた。

 俺は教皇に恨みがある。テラにとって教皇の奴はどんな存在なのか。俺にとってはそれが一番重要だった。


「教皇ちゃん? あの子はね。うーん。お仕事仲間? 優秀な後輩って感じだよ」

「お仕事仲間? 後輩? 新魔教団のことか?」

「えーとね。死神に厄災を討伐するって使命があったのと同じで教皇ちゃんはダンジョンの管理が使命っぽくてね」


 ダンジョンの管理?

 俺の宿敵である怪物たちの管理ということだろうか?


 知りたいことが一気に増えたが、話し方的にテラも詳しくは知らないみたいだ。


「なるほど。分かった。死神の能力も大変だな」

「聞いてくれてありがとう」

「こっちこそ、面白い話をありがとう」


 今までも何となく感じていたがこの話で確信できた。

 死神は敵じゃない。


 俺と敵対する可能性があるのは仲間かダンジョンと関係している人間だ。

 過去の話を聞いても死神はダンジョンとは無関係だった。


 それに俺の一番の敵である教皇ともそれほど親密ではないらしい。無条件で手を貸すことはない。

 なんなら教皇への脅しとして使用することも難しくないだろう。


「次はさっくんの番だね。なんで教皇ちゃんを殺したいの?」


 俺が教皇を殺したい理由。簡単だ。


「あいつが俺の『仲間を殺した』からだ」

『禁止ワードです』


 目の前にウィンドウが表示された。

 回帰した制約か俺は前世で起こったことを口外することができない。


 死神にどう聞こえたのか。テラに視線を向けると、俺じゃなくて別の場所に視線が向いていた。


「《世界せかい》ちゃんだ!」


 テラは俺の目の前に出ているウィンドウを掴んだ。


「これが見えているのか?」

「うん! だって、これは世界ちゃんの能力だもん」


 テラが嘘を言うとは思えない。

 だが、《世界》なんて存在を俺は知らない。


「その世界っていうのはなんなんだ?」

「あっ。えっと。テラも詳しくはないんだけどね。この世界そのものみたいな子なんだ」

「世界そのもの……なるほど。分かった」


 言葉の意味が分からなかったが、世界の意思を宿した存在だろう。

 回帰を引き起こした存在。それがこの世界そのものならば納得がいく。


 おそらく、テラの持っている情報を引き出せば世界について多くのことが知れる。

 それでも俺は深く聞こうとは思わなかった。


 徳人がウィンドウの正体を知った所で俺に得はないと言っていた。


 俺は自分の興味よりも仲間の忠告を優先する。


「この通り、俺は教皇を殺したい理由を言えない。すまないな」

「そうなんだね。世界ちゃんが関わっているなら仕方がないよ」


 死神ですらどうこうすることはできないみたいだ。それだけ世界とやらは強大な存在なんだろう。


「でも、世界ちゃんが関わっているってことはさっくんは大切な使命を背負っているんだね」

「使命? ああ、そう言われればそうだな」


 俺を回帰させた奴の名前が世界とかいう壮大な名前であることを真に受ければいろんな考察ができる。


 回帰させた奴の目的は『世界の破滅の防止』で間違いないはずだ。

 なぜパーティー最弱の俺なのか、なんでダンジョンの魔物を攻撃出来ないのか。不可解な点は残るが完全なる未知からは前進した。


「そんな大変なさっくんにも休息は必要だから今日は遊ぼうね。最新のゲームもあるよ」


 その後は特に深い話もしないまま普通に遊んだ。

 最新といっても前世でやっていたゲームだったお陰かテラからは『上手だね』って言われ続けた。


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