二六話 死神と友達
登校しようと家を出ると、一人の少女が玄関前で待っていた。
「さっくん。おはよー!」
銀髪を揺らしながら俺に挨拶をしてくる。まるで、そこにいるのが当たり前のような態度だ。
あいつは死神。昨日、俺のいる中学校に転校してきた。
「いつからそこにいた?」
「ずっとだよ。私は寝なくても大丈夫だから。ねっ。登校しよ」
一晩中いたのか。相手が普通の人間だったら俺も恐怖を感じていただろうが、相手は死神。俺の常識で測れるような奴じゃない。
それに、盗聴器やらGPSなんかを仕掛けられるよりも、こうやってフィジカル的なストーキングの方がいくぶかマシだ。
「俺はこの時間に出る。もし、一緒に登校したいならそのぐらいに来てくれ」
「うん! ありがとう!」
昨日までの俺だったらこいつを適当にあしらっていた。だが、昨晩。事情が変わった。
教皇が光莉に接近した。
教皇は前世で仲間を殺したカス野郎だ。
光莉を人質にするつもりはなさそうな口ぶりだったが、いつどうなるかは分からない。
その時に俺には交渉の材料が一切ない。
今の俺は無防備な状態で頭に銃を突き付けられた状態だ。そんな状態なら、相手の要求を一方的に飲むしかない。
だから、俺も使えるが分からないが武器を持つ必要がある。
それがこの死神と言われる清水テラだ。
こいつは強い。比較はしにくいが、世界を滅ぼした怪物たちと同等かそれ以上の戦力を単独で保有している。
ほとんど初対面の状態なのに俺に懐いているし、扱いも簡単な部類だ。
前世での光莉より、地雷が分かりやすく無条件で爆発するような感じではない。
だが、死神は新魔教団のトップ三神聖の一人だ。つまり、ゴリゴリの敵だ。
こうして一緒に登校していること自体が異常なのだが、あいつら三神聖の奴らを理解しようとしてはいけない。
「昨日は急に家に行ってごめんね」
「びっくりはしたが、気にしてはいない」
「ありがとう。お詫びに今日は私の家に招待するね」
テラの家に行くと昨日言ったが、またいつかという延々に伸ばせる便利ワードを使っていた。あの時は行く気は微塵もなかったが、今は違う。
「いいのか?」
「うん! 引っ越し作業中で何もないけど、友達なら大丈夫だよね」
テラはやけに友達という言葉を使いたがる。
正直、こんな急接近してきた理由が『友達になりたいから』は理解に苦しむ。それなら、まだ男女間の一目惚れと言われた方が納得がいく。
「あっ。そういえば、昨日、あの男の人とゲームをしていたよね。用意しておくね」
昨日、錦と遊んだが、その時のことがバレている。
俺は他人の視線に敏感だが、何も感じなかった。隠れる能力が相当高いのだろう。
テラが持つ《死神》の異能は前世を含めて何度か見たことがあるが、能力の詳細については知らない。ただただ強い。俺の目にはその程度しか分からなかった。
「テラさんの能力を教えてくれないか?」
はぐらかされることを前提に俺は聞いてみた。
テラは何か悩んだ素振りを見せた後に、口を開いた。
「……えっとね。お友達なら教えてもいいかな。あそこのトンボさんを見てて」
テラは田んぼを飛び回っているトンボたちの方を指差した。
「私の能力は魂を貰えるんだ」
そういうと、トンボから小さな光球が出てきてテラの手元に移動していきた。
光球を奪われてトンボは地面に落ちた。
あの光っている球がテラの言う魂か。あれが抜かれた瞬間、トンボは動かなくなった。
「それでね。肉体が無事なうちは魂を戻してあげると、復活するんだー」
光がトンボに戻ると、また飛び始めた。
「魂を取るのに条件はあるのか?」
俺は欲張って聞いてみた。
トンボの魂を取った時は、触れることすらしていなかった。おそらく何かしらの条件があるはずだ。
相手までの距離や魔力で抵抗できるとかの弱点は必ずあるに決まっている。
もし、無条件なら生命体である限り死神に勝つことは不可能だ。
「ないよ。でも、安心して。さっくんの魂は肉体が壊れるまで奪ったりしないからね」
無条件だと!?
敵である死神の言葉をすべて信じる気はないが、もし、距離も関係なく抵抗も出来ないとなると、こいつは間違いなく最強の存在だろう。
「……怖くなっちゃった?」
テラが不安そうに俺を見つめて来た。
怖いか怖くないか。
人を簡単に殺せる異能は当然、怖い。だが、目の前の少女にそれほど恐怖は感じない。
「俺がそんなので怖がると思ったか? テラさんは節度を持っている。どれだけ恐ろしい能力でも個人的な感情でその力を振るわない相手だと分かっていれば怖くはない」
俺は逆に《死神》の能力を知ったおかげで、テラへの恐怖が薄くなった。
前世を含めて、死神は魂を奪う能力を使ったことはなかった。
いつだって、鎌を振り回して戦っていた。
これは俺の勝手な妄想だが、あんな強すぎる能力を持っている人間が正常なはずがない。
仮に死神の言う通り、すべての生命に対して特攻のある能力を持っているのならば、一時の衝動ですべてをぶっ壊す可能性だってある。
「やっぱり、さっくんは死が怖くないんだね! だから、受け入れられるんだよね?」
俺の話を聞いていないような言葉が返ってきた。
俺が言った話は、あくまでも刃物は怖いが持っている相手が料理人だと分かれば怖くはないのと同じ理論だ。恐怖をむやみに振り回さないと分かっていれば、怖くはない。
「死ぬのは怖いぞ」
あくまで俺は割り切りができるだけであり、生き返れない死には恐怖を感じている。
「なら、私は思っただけで人を殺せるんだよ。さっくんだって殺しちゃうかもしれないんだよ」
強大な力を持つということは、誰にも理解されない苦労を抱える羽目になる。
正直、死神の抱える悩みを俺は共感できない。だが、理解してやることはできる。
「殺せるもんなら殺してみろ。俺ひとりの命でお前が満足してくれるならこの命も価値があるからな」
軽口を言う様に俺の覚悟を伝えた。
理由は知らないが、死神は俺を大事に思っている。
憶測になるが、死神が俺を殺せば、それ以上能力は使えなくなる。
《死神》の異能を最も恐れているのはその所有者のテラだろう。能力の説明とはいえ、トンボですら魂を還していた。
死神は新魔教団の人間でありながら、人類にも怪物にも敵対しなかった。それが、本人の優しさ故だとしたら納得がいく。
「テラさんは優しいってことは分かっている」
「昨日会ったばかりなのに分かるの?」
それをお前が言うかと言いたくなるが、確かに俺は前世でのテラの動きを少し知っているからそう判断できた。
前世のことを仲間以外に言うつもりはない。誤魔化すか。
「徳人ほどじゃないが、俺には人を見る目があるからな」
「すごーい。じゃあ、私が秘密を教えたからさっくんも秘密を教えて?」
テラの言う秘密は異能の事か。
それを教えた対価に俺の能力も開示しろ……か。
交渉としては正当だろう。だが、俺に明かすような能力はない。
悩んでいると、テラは恥ずかしそうに視線を逸らして、聞いて来た。
「え、えっとね。すっ。す。好きなタイプってあるかな?」
好きなタイプ? 主語が掴みずらいが、おそらくこのタイミングで聞いて来たということは戦闘に関することだろう。
(戦うのに)好きな(相手の)タイプを聞いて来たのだろう。
「俺は人型がタイプだ。両手と両足があって、急に腹部から手が生えてこないような奴なら誰でもいい」
「す、すごい範囲だね」
「ああ。どんな相手でも俺はいける」
魔物であっても人型なら俺は有利に戦える。魔物に攻撃できないという制約こそあるが、人型ならば簡単に翻弄できる。
「わ、私もいけるの?」
「ああ。肉弾戦ならな」
異能を使われれば防御用の魔道具がなければ勝負にすらならないだろう。
だが、相手が特級魔道具の『死神の鎌』を持っていようと正面戦闘ならまだ戦える。
「そ、そうなんだ。えへへ。嬉しいな」
前世で死神が戦っている様子を見ていたことがあるが、こいつは普通に強い。その異常な異能も相まって、対等に戦えるような相手はいなかっただろう。
徳人みたいに対等な戦いをしてみたいという欲求があるのかもしれない。
「成長して装備も整ったら俺と遊ぼうぜ」
「あ、遊ぶ!?」
「嫌ならいいが」
「いやっ! あ、あの。いいよ。私も興味がある。えっと。そういう友達関係もあるもんね」
ライバル関係というのも友達と言えば友達だろう。
反応がちょっと大げさな気がするが、まあいいか。




