二五話後編-回想 力不足
俺が苦戦したオーガをあの和服の女性は一撃で倒した。
今日は力の差を実感させられるな。
仕方がない。ないモノを嘆いていても無駄なだけだ。
「すまない。俺は先に行く。光莉を頼む」
俺は自分の頭に《光弾》を打ち込み自殺をした。
さっきまで立ち上がることすら難しい傷を負っていたが、ダンジョンで死んだら無傷で外に出られる。
ダンジョンを攻略しても重症なら自殺する冒険者も少なくはない。
それだけ、ダンジョンで命というものは軽く見られがちだ。
光莉と女性が出て来た。
「さっくん!」
光莉は俺を見るなり手加減というものを知らない飛びつきをしてくれた。
俺は光莉を受け止めた。
「助かった。俺は――」
「中津殿と笹井殿だな。存じている」
「俺たちを知っているのか?」
自己紹介をしようとしたら名前を言い当てられた。
「……一応、全校生徒の名前は覚えていてだな」
「そうなのか。すごいな。それで、申し訳ないんだが君の名前は?」
「これは失敬。私は榎本松枝という」
どっかで聞いたことがある名前だ。口ぶりからして同じ高校にいるのだろう。
あんな和装の人間を忘れる訳がないんだが。
「榎本さんか。今回は助かった。このお礼は必ずする」
「気にする必要はない。困ったときはお互い様だ」
冒険科の人間にしては珍しい優しい女性だ。
戦う都合上、気性が荒い人が多いから少し珍しく感じる。
「それじゃあ、俺たちは行く。何かあったら協力するから声を掛けてくれ」
命の恩人だが、光莉の前で女性と話すのは良くない。そろそろ光莉がイライラしてくる頃だ。
俺は光莉と一緒に家に帰った。
「さっくんは死ぬのが怖くないの?」
帰り道で光莉が行きと同じような質問をしてきた。
「ああ。今は別に怖くないぞ」
「……も」
光莉は俺から視線を逸らした。
「わたしも死にたい」
「どうした? 急に?」
光莉は俺と組んでから死んだことはない。
あくまで俺の実力に合わせて貰っているから光莉が死ぬ余地がないと言うだけだが、それが何か気になっているみたいだ。
「さっくんが苦しい思いをしたのはわたしのせい。わたしが死ねばさっくんも死ねたのに」
まあ、ダンジョンが変異した時点で自殺を選ぶことは珍しくもない。
わざわざ怪我のリスクを負ってまで死なずに帰るという選択肢を選ぶことはない。
だが、それはあくまで普通の冒険者の話だ。
「俺は光莉に死んで欲しくない。そのためなら痛いのも辛いのも耐えられる。これが回答じゃダメか?」
耳当たりのいい言葉を返した。
本心ではあるが、光莉にとって都合のいい回答を心掛けた。
おそらく、光莉は俺に捨てられることを危惧しているのだろうが、実際は逆だ。
俺が光莉に捨てられる可能性の方が高い。
はっきり言って、光莉の才能は世界でも通用するレベルだ。
異能も魔法も使えない共通点こそあるが、光莉はタンクとして最高の人材。誰だって光莉が欲しいと思う。
特に俺よりも攻撃力が高い奴なんていくらでもいる。それこそ、あの榎本という女性は俺よりも圧倒的に強かった。
もし、榎本と光莉と組めば、最強の盾と剣となるだろう。
他にも俺の代わりなんていくらでもいるだろう。
「さっくんの迷惑になりたくない」
いつもなら、ここら辺で納得してくれるのだが、今日は頑固だ。
「俺は迷惑だと思っていないからな。気にしなくていい」
「うん」
光莉は俺の腕を強く抱きしめた。
不安なんだろう。俺にそれほどの価値があるかは知らないが、光莉は俺に依存している。
俺のやっていることは一人の少女の弱みに付け込んだ最悪のことだ。そのことは理解している。だが、今更どうしようもない。
……自分が嫌になる。
――――――
家に帰ると光莉はシャワーを浴びてからベッドに入ってしまった。
「今日は何が食べたい?」
「……お話がしたい」
「どうした?」
光莉が改まって話があるというなんて珍しい。
「さっくんはあの女をどう思ったの?」
「榎本さんのことか?」
「わたしよりもかっこよくてちゃんと戦える人」
当てつけのように形容詞を付けていた。
光莉は俺に他の女性が近づくことを極端に嫌う。
乗り換えられるとでも思っているのだろうか? 俺にそんな選択肢はないのにな。
だが、光莉の気持ちも何となく分かる。
「あの人は俺よりも強い。もし、光莉の盾があったらもっと輝けると思った」
思っていたことを素直に言った。
俺も光莉に捨てられないか心配になった。
俺は光莉とどこまでも堕ちていく覚悟はしている。だが、光莉が俺じゃない人と一緒に前に進むと決めた時に俺は引き留められるだろうか?
多分、無理だろう。
「完敗だ。俺は榎本さんの下位互換にしかなれない」
「そんなことはない。さっくんは強い」
「光莉は優しいな。でも、俺は弱い」
冴先輩に鍛えて貰ったのに俺は同級生に置いて行かれるレベルのままだった。
それに比べ、光莉や榎本さんは同級生の中。いや、学校全体で見ても周りを置き去りにするレベルの能力を持っている。
「光莉が守ってくれなきゃ。俺は何もできない」
これじゃいつもと立場が逆だ。
俺が光莉の隣にいられる唯一の強みが日常生活でのメンタルの補助だった。
なのに、今はそれすらも光莉の前で崩している。
俺に価値はあるのだろうか?
『卒業させるぞ会』から追放されてから、俺は自分の能力に自信が持てなくなっていた。
技術だけじゃどうにもならない。どれだけ鋭く尖らせても、それが木の枝だったら武器にはならない。
「大丈夫。わたしはさっくんの強さを知っている」
「やめろ! 俺は弱いんだ!」
光莉に対して俺は不安を口にした。
「お前はもっとすごい人の所にいるべき人間なんだ。俺みたいな雑魚じゃなくてな」
「そんなことない。わたしはさっくんと――」
俺が光莉に捨てられない方法。
一番確実な方法を俺は知っていた。
ベッドにいる光莉を押し倒した。
ここで男女の関係になれば、光莉は俺を捨てるという考えは持たなくなる。
カスみたいな考えだが、これ以上に確実な方法は思いつかなかった。
光莉は抵抗していない。もし、本当に嫌だったら俺なんて簡単に払いのけられる。きっと、光莉も嫌がってはいないはずだ。
「いいか?」
言葉での確認を取る。
ムードもなにもないが、俺たちの関係性ならそのぐらいは問題ないだろう。
「――おいで」
光莉は俺の頭を抱きしめ、胸に押し当てた。
柔らかさはあまりないが温かい。この心地良さは事情がなければこのまま寝てしまいたいぐらいだ。
身長が低くて肉付きも良くない。幼い体形は妹みたいな感じがして性的に見ることは難しいが、俺にはこれしか残されていない。
「よしよし」
頭をなでられた。
なんだこれ? 光莉は一体何をしようとしている?
「いい子。いい子」
幼子みたいにあやされている?
さっきまで、こんな感じじゃなかったのに――
「どう?」
「これは何をやっているんだ?」
「? 足りない?」
光莉がまた俺の頭をなで始めた。
俺は妹もいたせいかなでる側だった。だから、なでられることは滅多になかった。
なでられる側の気持ちについて考えたことはあまりなかった。
なんでか分からないが落ち着く。
「ちょっと離してくれ」
気分は悪くはないが、恥ずかしくなって離れようとした。
「ダメ。まだ撫でたりない」
「お……おい」
光莉に背骨を抑えられている。この状態になってしまったら俺がどれだけ抵抗しても意味はない。
結局、俺は何分も何時間も光莉が寝落ちするまでずっとずっと撫でられ続けた。
落ち着きは気持ちよさに代わって、次第に俺は撫でられることに喜びを感じ始めた。
俺が保っていた理性や威厳がひと撫でごとに削られていく。それが分かっていても逃げられない。
こんなことされたら本気で好きになってしまう。
――――――
暗室にモニターが並んでいた。
「はあはあ。二人が結ばれちゃう。佐月くんが取られちゃう。私が先に好きだったのに」
和服に身を包んだ少女が佐月と光莉の空間を除いていた。
呼吸は荒く、指を千切るほどの強さで噛みしめていた。




