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二五話前編-回想 力不足

 徳人が修行に行ってから俺と光莉はダンジョンに向かっていた。


「さっくんは死ぬのは怖くない?」


 珍しく光莉の方から話題を振って来た。


「そんなに怖くはないな。慣れもあるが、俺はその辺の割り切りは出来ているからな」

「すごい。私はダメだった」


 光莉は死ぬことを極端に恐れている。

 高校生のダンジョン攻略はどんどん死んで、何度もトライすることが重要視される中で光莉みたいな人間は入試段階で弾かれる。


 だが、光莉はその力を認められて冒険科にいる。


「じゃあ、光莉が死なないように俺がサポートしてやらないとな」

「うん。さっくんがいてくれるだけで私は強くなれる」


 光莉は戦う度に確実に強くなっていっている。

 同じ等級のダンジョンに入る時も明らかに余裕を感じる動きになっていく。


 それに対して、俺は――


 ダンジョンに辿り着いた。

 今日は四級のダンジョンを攻略する。


 徳人がいた時に一度攻略はしたことがあるが、まだチャレンジするレベルの等級だ。


「行くぞ」

「うん」


 ダンジョン攻略は順調だった。

 俺の火力不足で一体一体に時間が掛かってしまったが、それでも着実に前に進んでいた。


「四級も弱い」

「はあ。はあ。良かった」


 光莉には余裕を感じる。対して俺は全力で戦って息切れがひどい。


「地震?」


 ゆっくり進んでいると、ダンジョンが揺れた。


「まずい変異だ。光莉! 俺の手を離すな!」

「うん!」


 ダンジョンの変異。

 かなり珍しい現象で、年に数回しか発生事例が無い。


 変異中のダンジョンにいる人間は変異に巻き込まれて、現在位置とは違う場所に飛ばされる。


 目が開けられなくなるほどの発光がしたと思った後、俺たちは移動していた。


 通路が見える。

 幸いダンジョンマスターの部屋ではないことは分かった。


「面倒なことになったな。ここは実質一等級だ。今の俺たちでは攻略できないぞ」

「頑張って逃げる」


 光莉に自殺の提案は出来ない。


 とりあえず出口がありそうな方に向かって歩き始めた。


「どうしたものか」


 通路に背を向けた状態で待機している青いオーガがいた。ブルーオーガと言われるそいつは嘉納先生がいた『黒龍』でも倒すのに苦労するような相手だ。足元にも及ばない俺が勝てる相手じゃない。

 魔物は入り口の方角を向くから出口に向かっていることは分かった。


 ただ、オーガに勝てるはずがない。


「俺が囮になるから――」

「やだ」


 こうなった光莉の意見を変えることは出来ない。


「真正面からは受けるな。流せ」

「分かった」


 一体だけならどうにかなるかもしれない。


 背中を向けているオーガに向かって飛び掛かった。


 俺の接近に気付き振り向いて来たが、俺の攻撃の方が早い。


 うなじ付近の背骨に向かって掌底を叩きこんだ。


「チッ!」


 あまり効いていないな。

 俺の腕力ではとてもじゃないが勝てない。


 だが、そのぐらい何度も体験してきた。


 俺は背骨を掴み土台にしてから膝蹴りを顔面に入れてから離脱した。


 一発の威力が足りなりなら手数で攻めるしかない。


「守る」


 俺に反撃をしようとしたオーガの拳を光莉は受け止めた。


「大丈夫か?」

「うん」


 いつもの余裕は感じない。

 これはマズいな。


「一回下がるぞ」


 『白の珈琲』の基本は光莉がタンクとして長時間粘って貰い、残りの二人で削り殺すスタイルだ。


 はっきり言って、光莉の圧倒的な才能に依存した戦い方だ。


 勝つためには火力。いや、敵を一撃で葬れるような圧倒的な決定力が足りていない。


 今なら背中から光莉を光弾で即死させて、ダンジョンから脱出することも……いや、そんなことはしたくない。


「光莉。俺を信じてくれるか?」

「うん」

「じゃあ、今からお前は俺の手足だ。仮に俺が攻撃を受けても勝つための動きをしろ」

「さっくん……分かった」


 この手はもっと光莉と訓練をしてからやりたかった。こんなぶっつけ本番で上手くいくか分からない。


 冴先輩との訓練の一つに全身『オールマイン』で鉱物化した冴先輩を殴り続けるというものがあった。


 当然ながら、人間の拳で鉱物を殴って無事なはずがない。拳の骨は折れるし、痛みの中、少しでも躊躇ったら冴先輩からの拳が飛んでくる。


 俺はダンジョン内での死には耐性があったが、痛みに強い訳じゃない。

 

 あの時、冴先輩に何度殴られたか覚えてはいないが人間というのは学習するものだ。


「さっくん!?」


 俺は敵に突っ込んだ。


 拳は握り続ける。今から、俺の拳は殴る為に存在する棒だ。


 腕の長いオーガは俺が辿り着く前に攻撃を仕掛けて来た。


 俺はその動きを完全に無視してオーガに殴りかかった。


「守る」


 光莉がオーガの腕を叩き落とした。


 俺の拳がオーガの腹部に命中した。当然ながらダメージは微量だろう。

 いつもなら俺はここで引いていた。だが、今は引かない。


 ゴリゴリに近づいてからのインファイト。これが一番火力が出る。

 それに巨漢なオーガにはこの距離では動きづらいだろう。


「さっくん! 守れない!」

「大振りだけ対応しろ! 俺の動きから察してくれ!」


 インファイトの弱点は光莉の防御が入り込む余地がないことだ。


 オーガは間合いに適した細かい打撃をし始めた。

 ジャブにも満たないような打ち方だが、圧倒的な筋量から放たれる打撃は一撃だけでも俺の肉体に響く。


 俺は冴先輩の暴行を受けて打撃の受け方はかなり慣れている。

 打撃のポイントをずらして受けているから、この体格差であっても打ち合える。


 だが、オーガは時々受けられない大振りな攻撃を仕掛けてくることがある。

 その時は俺が少し避ける動作をする。


「守る」


 光莉が防御してくれる。大振りな攻撃は通用しない。


 塵も積もれば山となる。

 弱点となる部位に何度も打撃を叩きこまれたオーガは膝をついた。


「さっくん!!」

「はあはあ」


 やばい。視界が一瞬ぼやけた。


 あと、少し。

 だが、俺の体力も限界寸前だ。


 当然、俺にも塵も積もればは適用される。いくら打点をずらしてもダメージは大きい。

 満身創痍。そう表現するしかない。


 朦朧とする意識の中、握った拳を振るった。


 確実にオーガの頭に有効打が入った。


 オーガは崩れ落ち……なかった。


 俺の首を掴んできた。


「くっ」


 こいつ。打点をずらしてきた。

 長時間の戦闘で魔物が俺の技術を学びやがった。


 ただ。まだ抵抗する手段は残されている。


 徳人に教えて貰った魔法を使ってトドメを――


「さっくんを放せぇぇぇぇ!!!!」


 魔法を使おうとした瞬間。光莉が盾をオーガに押し当てた。


 瞬間。


 オークが通路の壁に叩きつけられた。

 捕まえていた俺を放してしまうほどの圧倒的な力。


 あれだけ頑丈だったオーガは一撃で消えて行った。


「さっくん! 大丈夫!?」


 光莉が倒れた俺を抱きかかえてくれた。


「ああ。歩けるが、少し休憩を――」

「背負う」


 光莉が俺を背負った。体格差があるせいで足が届いてしまっているが、仕方がない。


 今の俺にできることは魔法を使う固定砲台ぐらいだ。

 一匹だけこの命一つで足止めができる。


 光莉に背負われた状態で進んでいく。


「なんであんな無茶な戦い方をしたの?」

「それが俺にできる事だったからだ」

「……ごめん」

「なんで光莉が謝るんだ?」

「わたしが攻撃できれば、さっくんをこんな目に合わせなかった」


 光莉は罪悪感を抱えている。

 確かにさっきの攻撃を無制限にできれば、一級のダンジョンですら余裕だろう。


 だが、俺は光莉の事情を知っている。

 トラウマとなった出来事の具体的内容を聞いた俺は光莉に無理をさせたくなかった。


 それに何より。


「俺の仕事を奪われたら困るな。光莉は強いから。俺は置いて行かれるだろ」


 光莉が日常生活で俺に依存しているのと同じで俺はダンジョンで光莉に依存している。


 きっともう一人じゃ低級のダンジョンすら攻略できない。

 光莉の背中を見ないと、安心して戦えない。


 今は共依存の関係だが、きっと光莉はトラウマを乗り越える日が来る。


 その時、俺が捨てられないか。


「さっくん。大丈夫?」

「悪い。苦しかったよな」

「ううん。もっとぎゅっとしていいよ」


 無意識に背負ってくれている光莉を抱きしめてしまっていた。


 こんなに弱気になって俺らしくない。


「さっくん。いいニュースと悪いニュースがある」

「どうした?」

「いい事は出口が見える事。悪いのが、魔物が二体いる」


 出口付近を守るようにオーガが二体並んでいた。狭い通路によくもまあ二体もいるもんだ。


「光莉。今から俺と約束してくれ。今から出口に向かって走ってくれ。仮に俺がいなくなっても何も考えずに出口に行くんだ」

「……分かった」


 魔法を使った後は体の負荷に耐えられず俺は死ぬ。だが、出口があるなら俺は死んでもいい


 光莉を無事に帰す。それが俺に課せられた使命だ。


「行く」


 光莉が走り始めた。


 かなり距離がある段階で気付かれた。


 問題はない。

 俺の《光弾》は徳人プロ仕込みだ。正確に撃ち込む。


 膝関節に狙いを定めた。

 残弾三。一発しか外せない。


 心臓付近から魔力を引き出す。


 そして、圧力を掛けて――

 魔法を使おうとした瞬間。


「お二方。大丈夫か?」


 オーガの首が床に落ちた。


 今の時代に日本刀を持ち和装に身を包み、長い髪を一つに纏めた大和撫子という言葉が似合いそうな女性が俺たちを助けに来てくれていた。


 これが後に『白の珈琲』のメインアタッカーの『処刑人』となる榎本えのもと松枝まつえとの出会いだった。

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