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二四話-Side スマイルズ

「異能を持つ人間には危険度に応じてランクが付けられる。お前ら収容者は危険度がAを超える洗脳系の能力者だ」


 男は演台に立つ軍服の女性を見て、そこが走馬灯であると確信した。


 自身の体は十代前半ほどであり、男にとってはあまりに小さいと感じる大きさだった。


「お前らの腐った性根を叩き直し、国のために働く兵士になってもらう。お前らに笑顔は必要ない」


 周りには自身よりも小さい。それこそ幼児とも呼べそうな幼子を含め、数十人が整列させられている。全員の首に光り輝く首輪が着いている。


「うわーん。ママー!」

「お家に帰りたいよー!」


 子供たちが泣き出す。


「黙れ!」


 女性がボタンを押すと泣いていた子どもとその周辺の子どもたちがもがき苦しみ始めた。


「な、なんで」

「お前らは家族だ。一人が間違いを犯したら連帯責任なのは当然だろう」


 支離滅裂な言い分であったが、誰も反抗はしなかった。


 その日から訓練と称した拷問が始まった。


 毎朝、鏡の前で自身の存在を否定するような言葉を吐きかける。

 穴を掘っては埋めるを何度も繰り返す。

 棺桶のような狭い箱で睡眠させ、ランダムな時間に起床させる。


 精神を蝕み、自我を捨てさせるような訓練の毎日。幼い少年少女らにとって精神が壊れるまで時間はかからなかった。


 外部との交流は絶たれていたが、一方で同じ子どもたち同士での交流は推奨されていた。それは、連帯感を持たせつつ、出来の悪い子どもを内部で排除させる目的があった。


 当然ながら、交流ができるといっても精神崩壊を起こしかけている子どもたちがまともにコミュニケーションをとれるはずがなかった。

 しかし、二人だけこの環境に適応している人物がいた。


「今日もみんな大変だったね」

「そうなんだ。私にはよく分からないや」


 子どもたちの中では最年長の男と最年少の五歳の少女だった。


 二人は周りの子どもたちが壁を見つめたり、狂ったように走り回っている様子を見ながら落ち着いた様子で会話をしていた。

 男は会話をしながらも


「こらこら、自殺はいけないよ。生きていればいいことがあるから」


 壁に頭を打ち付けようとした少年を止め。


「ほら、喧嘩はダメだよ」


 意味も分からず殴り合っていた少女たちをなだめた。


「おにーさんはなんで、平気なの?」


 正気を保っていた女の子は男に聞いた。


「昔、道化って仕事を目指していてね。バカを演じてみんなを笑顔する仕事だよ。その時に肉体と精神を切り離すことを覚えていたのが役に立っているんだ」

「すごいね。私はそんなことできないや。いいなー」

「○○ちゃんもすごいよ。あんなに電撃を受けてもこんなにマトモだから」


 唯一、正気を保っていた二人は自然と仲良くなった。


 ある日、男が目覚めると窓もないコンクリートの部屋に閉じ込められていた。

 他の子どもたちもおり、全員の目の前にナイフが置かれていた。


 上空から軍人の女の声が響いた。


「お前ら。ここまでよく頑張った。だが、数が多すぎる。危険因子をこんなに生み出すつもりはなかった。だから、殺しあってくれ。残った一人だけを軍で雇ってやる」


 子どもたちの一部はそれを使い自らの首を切った。それは自殺であった。

 一方で、ナイフを振り回し暴れまわる子どもが半数を占めた。彼らに意思はなく幻覚を振り払うような感覚だった。


「おにーさん」

「……君は隠れてて。僕が。僕がやる」


 年長者かつ正気を保っていた男にとって、刃物を持って暴れまわる子どもたちを殺すことは難しくはなかった。

 体に刃を受けながらも、苦しまないように子どもたちの急所を一突きする。


「痛いよー! もう、やめて!」


 しかし、素人がどれだけ狙っても即死となる攻撃はできない。男は苦しむ子どもを馬乗りになって何度も刺して確実に殺していく。


 それは優しさによるものであったが、そんな事情を考慮できない精神状態の子どもたちは何度も男を切りつけた。しかし、血があふれ出るばかりで男は一切止まらなかった。


 一人ずつ。しかし確実に。子どもたちは数を減らしていった。


 数時間後、残ったのは二人だけだった。


「おにーさん」


 男は血まみれで、何もしなければ数十分で死ぬような状態だった。


「よかった。無事だったんだね。さあ、最後だ。僕を殺せ」


 男は手に持っていたナイフを少女の目の前に投げた。


「安心して。君に殺されるなら僕は満足だ」

「で、できないよ」


 少女がナイフを取ろうとしない。そこで男は自身の異能を使うことにした。


「僕の顔を見て」

「わ、笑っているの?」


 絶望的な状況で男は笑顔を見せた。


「驚いたでしょ? 僕の能力は動揺した相手を洗脳できる。さあ、『僕を殺して』」

「ごめんね。おにーさん」


 少女は自らの首を切った。


「えっ。なんで。あの状況で動揺しなかったの?」

「これが笑顔なんだね。ありがとう」


 少女は男と同じような笑顔になってから死んだ。


 一人になった空間で壁が開いた。


「お前が生き残ったか。これからは軍の一員として――」

「僕は道化で。だから、笑顔にしなきゃ。笑顔笑顔!」


 発狂と暴走。

 当然ながら、素人である男が暴れた所で鎮圧される。誰もがそう思った。


 その日、軍が所有する施設の一つが燃えた。


「おや、その姿は」

「笑顔。笑顔にしなくちゃ」

「それが貴女の選択なのですね。『お休みください』」


 ―――――― 


 男は薄暗い病室で目覚めた。


 知らない場所であることに驚いて声を出そうとしたが、声が出なかった。

 喉に手を当てると金属特有の硬さに触れた。


「起きましたか」


 慌てる男に対して、声を掛けたのは腰まで伸ばした赤髪に虚ろな目をした女性。教皇だった。


 彼女を認識した瞬間、男はすぐにベッドから降りて土下座をした。


「スマイルズ。貴方は死ぬ運命でしたが、私の権能により回避しました。しかし、声帯が破損しており、機械化が余儀なくされました」


 スマイルズは自身の首が機械になっていることを手で触って再確認した。


「慣れるまで難しいそうですが、喋られるようにしてあります」

『あ、あ。ありがたき幸せ』


 スマイルズは機械の使い方を瞬時に理解し、使いこなした。


「優秀ですね」

『めっそうもございません』

「では、レポートは口述で構いませんね。あの人と対峙したときの感想を教えてください」


 教皇はスマイルズに佐月と戦ったときの感想を求めた。


『はい。佐月くんは徳人様がおっしゃっていた通り、異常でした。絶望的な状況であっても動揺せず、人質を取られて止まっても、私への殺意は変わりませんでした。まるで、私を殺すためだけに産まれて来たと言われても不思議ではありません。それほど、感情が動かない方でした』

「分かりました」


 教皇は考える素振りを見せた。


「……では、最後にあなたはこれからどうしますか?」

『私は人の感情が一番動くのは恐怖した時だと思っていました。しかし、先日の戦闘で二人だけ屈しなかった。どうやら私のアプローチは間違えていたのかもしれない。間違えていたのなら、修正をしなければなりません』

「どのように修正するのですか?」

『分かりません。ただ、お二方の身分は知っています。私の本業の記者です。足で稼ぎますよ』

「そうですか。では最後に『あなたの偽造時の年齢と自認している年齢と性別を教えてください』」


 教皇の能力によってスマイルズの声帯が意思と関係なく動いた。


『? 偽造時は四五歳で自認は二一歳で男です』

「嫉妬は剝がれていないようですね」


 質問の意図が分からなかったスマイルズは首を傾げたが、一方の教皇は興味を失ったかのように病室から出ようとした。


「……佐月くんには死神さんがいるので、女性の方を狙った方が安全ですよ」


 最後にアドバイスを残してから出て行った。


『異能が強いだけのカス女め。何がレポートですか!』


 機械の音声が響く。


『それで、なんで徳人さんは見舞いにも来ないんですか!? あなたのせいで私は喉を潰されたのに』


 喉の機械をペシペシ叩き、怒りを表現していた。

 そんな一人芝居をしていると、扉が開き、徳人が入って来た。


「なになに? 僕の話?」

『こんな喉にされて、恨まれないと思っているんですか!?』


 徳人の目にはスマイルズの内部に怒りを示す火は見えなかった。

 言葉だけで責めてきていることは分かっていた。


「でも、君は多くを得たでしょ? その喉と異能と引き換えに得られたものと天秤に掛けてみなよ」


 マイナスよりも大きなプラスを得ていることを指摘した。


『ええ。それはそうですよ。私の人生は人を笑わせる。つまりエモーショナルをもたらすこと。あの異能のせいで、暴力、恐喝こそが最高のエモーションに繋がると思っていました。しかし、それでは動かない人たちがいました。だから、悔しくて悔しくて――』


 スマイルズは胸を張り手を広げた。


『笑って欲しいんですよ。この私の力で!!』


 徳人はスマイルズを見た。


 相変わらず、根底にある幼子の手と全身に張り付いた笑顔は変わっていない。

 だが、その胸の内には他責の怒りではなく綺麗な意思を示す、赤い炎がともっていた。


「よく分からないけど、君の中では整理がついたみたいだね」

『はい。きっと彼らを笑わせることができれば、私はより高みに立てる。そんな気がします』

「いろいろやってみなよ。前の下らない狂人よりも僕は今の君の方が興味がある」

『当然、スポンサー様にはこれからもご贔屓にしていただけたら幸いです』


 ねじれていた男はさらに別の方向にねじれた。

 しかし、彼の表情は清々(すがすが)しいほどの笑顔だった。


 ――――――


 川谷一族の総本山がある。山奥の屋敷で徳人は目を閉じた老人といた。

 和室で高級な陶磁器が並べられた部屋に、二人は机を挟んで対峙している。


「おじい様。いえ、当主様とお呼びいたしましょうか?」

「そんな口先など、どうでもよいわ」

「では、おじい様。優秀な孫になにか御用ですか?」


 老人は川谷家の当主である。川谷 秋徳しゅうとくであり、徳人は彼の直系の孫であった。


「教団を勝手に使ったな」

「あはは。そんな事で僕を呼び出したの?」


 微かに怒気をはらんだ徳人の声に秋徳は反応した。


「不満か?」

「咎めを受けることは別にいいですよ。元々、新魔教団は川谷が抱える暴力装置ですから、所有権はおじい様にあります。勝手に使われたら怒らないといけないのが立場ですからね」


 徳人の目には老人が怒り等の感情を抱いていないことは分かっていた。

 だから、こんな煽りに近い言動を平然としていた。


「ならばなぜ、怒っているのだ?」

「あの暴力装置ですが、現状、我々には扱い切れていません。逆に川谷一族が利用されています。気になるのは一つ。……三神聖ってなんなんですか?」


 新魔教団の実質的な支配者である三神聖について徳人は問い詰めた。

 その質問に老人は頭を抱えた。


「……儂にも分からぬ。あやつらがどこから現れ、どのようにして今の座に就いたのか。儂の耳をもってしても奴らの感情すら分からん」


 当主ですら分からない存在。

 徳人の目には嘘を言っている反応はなかった。


「川谷の一族は平安時代から記録が残っているが、《死神》についての記述はあった。儂の耳や徳人の目は死神から授けられたとな」

「死神はいいよ。あの子はまだ安全だから。問題は教皇。彼女は一体なんなの?」

「分からん」


 その解答は変わらなかった。


「ただ、一つ言えることは、儂らには手に負えない怪物であること。それだけじゃ」

「怪物……ね。じゃあ、もし、あの二人を操れる存在がいるとしたらどうする?」

「なに!?」


 老人は俊敏な動きで立ち上がった。


「三神聖の《世界》とは言わぬよな? 奴は実在するかも分からぬぞ」

「別にそんなんじゃないよ。ちょっと強いだけの一般人だよ」

「誰じゃ!?」


 今にも徳人に飛び掛かりそうな姿勢で問い詰めた。


耄碌もうろくしちゃった? 僕の行動を思い返してみてよ」

「もしや、あの英雄と祭り上げさせた小童こわっぱか? ならば、すぐに人を送り込んで」

「彼の事は僕に任せて頂きたい」


 徳人の声は秋徳に強い意志を感じさせた。


「……分かった。徳人に任せよう」

「話の分かる人で良かった。じゃあさ。いくつか法律を変えておいてよ。中学生でもダンジョンに入れるようにね」

「手配しよう」


 その後、法律が変わるまでそう時間は掛からなかった。


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