二三話 脅威
「ただいま」
錦と遊んだが、日が沈む前に帰ることができた。
「お兄ちゃんおかえりー」
由宇が玄関に迎えに来てくれた。
「宿題終わらせたから褒めてー」
「よしよし。えらいぞー」
俺にはこんなに可愛い妹がいてくれる。
前世を俺にトドメを刺した張本人だが、あの時はきっと見間違えだったんだ。
そう思いたくなるぐらい由宇は俺に懐いているし、俺も由宇のことが好きだ。
「今日のご飯はなんなんだ?」
「えっとねー」
「――お邪魔します!!」
その声は今日、嫌というほど聞いた女性の声だった。
「おにーちゃん。前が見えないよー」
俺は咄嗟に由宇を抱きしめて、その人物から隠した。
「さっくん。私はお友達の家でも礼儀を忘れない子だからね」
俺の背にいるのは死神だと言うことは分かっている。だが、俺は振り向けなかった。
いつから俺の後ろにいた?
視線に敏感な俺でも分からなかった。
「て、テラさん。なんでここに?」
「? お友達ならおうちで遊ぶよね?」
人の家に来ておいて、さも当然のような言いぐさだ。
「誰かいるのー?」
「由宇。お母さんの所まで行ってくれるか? お兄ちゃんな。少し友達とお話しないといけなくなったんだ」
「んー? 分かったー」
由宇をリビングへ避難させた。
「ちょっと外で話そうか」
「うん。いいよ」
なぜか死神は恥ずかしそうに俺から視線を逸らした。
なんだこいつ?
とりあえず、俺は死神の肩を押し、外に連れ出した。
「……えっとね。その。ごめんなさい」
俺の言いたいことを察したのか、先に謝って来た。
「ご両親への挨拶は早かったね……」
こいつ。
何も分かっていない。
ここははっきり言わないといけないな。
「頼むから。勝手に俺の家に来るな」
「うん! 私たち友達だけど、まだお家は早いもんね。じゃあさ。次は私の家に来てよ」
「そういうことじゃ……分かった。また今度な」
こいつに常識は通じない。また今度という永遠に引き延ばせる便利ワードでごまかした。
「これから末永くよろしくね」
「? あ? ああ」
死神は不穏なことを言った後、嬉しそうな表情で帰っていった。
何だったんだ?
意味が分からない。だが、俺はあいつを理解してやるつもりはない。
「電話か」
家に戻ろうとしたら、電話が掛かってきた。
知らない番号だ。
「はい。中津です」
『もしもし。笹井です。中津佐月さんの電話で間違いないですか?』
電話越しでも第一声でその人物が分かった。
光莉だ。電話越しだからか丁寧な言葉使いになっている。
「はい」
『良かった。先日はありがとう』
お礼を言われたが、いつのことだ?
ただ、理由が分からなくても光莉にお礼を言われて悪い気はしない。
「気にしないでくれ。とにかく、元気そうでよかった」
『中津くんは元気?』
「ああ。あと、俺の事は佐月って呼んでくれ。こっちも光莉って呼ぶからさ」
光莉に中津くんと呼ばれるのは新鮮ではあるが、やはり、どうにかして前世からの呼び方にして欲しい気持ちがある。
『……さつき……くん』
「なんだ?」
『……』
黙ってしまった。もしかして、照れているのか……?
ああ。もどかしい。電話越しなせいで光莉の表情が分からない。
今、光莉がどんな表情をしているか知りたい。
「光莉? 大丈夫か?」
『う。うん。大丈夫。佐月……くんは今から食事?』
「ああ。光莉の方は今どうなんだ?」
『練習が終わった。今からご飯』
おお。光莉と友達っぽい会話が出来ている。
これだけでも回帰する前の苦労が報われたような気がする。
「もう練習を再開しているのか。すごいな。体は大丈夫でも精神が落ち着くまでは無理はするなよ」
『大丈夫。佐月くんに追いつくって目標ができたから。今は武道も楽しい』
「そう言って貰えると助かる」
あの光莉が戦うことを楽しいと言っている。それも俺のお陰ということだ。
嬉しいな。
俺にとって光莉は仲間だが、それ以上の感情も持っている。
だが、俺は仲間のために命を捨てるつもりだ。
仮に俺と光莉が相思相愛になれたとしても、俺が死ねばより光莉が苦しむだけだ。
前世の俺が味わった苦しみを光莉に与えたくはない。
『じゃあ、そろそろ――』
「おにーちゃん。早くご飯たべよー」
由宇が家から出て来た。
『妹さん?』
「ああ。ちょっと待ってくれ」
由宇を抱き抱えて、テレビ電話に切り替えた。
「これが俺の妹の由宇」
『かわいい』
「そうだろ。俺の妹は可愛いんだ」
由宇は電話を見た。こっちが一方的に見せているだけだから、光莉の姿は見えない。
「……彼女さんー? お顔みせてー」
由宇はスマホに手を伸ばしてそう言った。なんてことを言うんだ!?
「ちょっと由宇! すまない」
俺はすぐに謝罪を入れた。
光莉はこの程度のことで何かを言うような人間ではないとは思うが、それは前世での話であり、確証は持てない。
『ちょっと待ってて――』
「わあー。かわいいー」
光莉がカメラをオンにしてくれた。
スマホの扱いに慣れていないのか顔面どアップだが、光莉の容姿ならばこんなに近くても圧迫感なく癒される。
由宇の言っている通り、可愛い。
前世の時よりも髪が長くなっているが、それもいい。
『由宇ちゃん。私の名前は笹井光莉です』
「ユウだよー」
可愛いと可愛いが会話しているととても癒されるな。
ちょっと錦が言っていたことが分かったような気がする。
ただ、その癒しは長くは続かなかった。
『光莉さん。お電話ですか?』
その声を聞いた時。
俺の体は無意識に震えていた。
「なんで――」
光莉を映していたカメラに一人の人物が映った。
『おや、佐月くんではないですか。ダンジョン以来ですね――』
感情のない目に血のように真っ赤な髪。
新魔教団。三神聖の一人《教皇》。
死神とは違い、正真正銘の敵。
なんであいつが光莉の所にいるんだ!?




