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二二話 友達

 テラは朝から自由時間ごとに俺に絡んできた。


 当然ながら転校生と話してみたい人たちには妬まれるし、特に男子からの視線は鋭い物を感じる。

 だが、俺にとってクラス内の評価などどうでもいい。この程度の視線、俺が死ぬ前と比べればそよ風程度だ。


 下校時間になった。


 相変わらず、うちの中学の武道部は活動休止している。

 今日は大会明けということもあり、下徳高校には行かず家で休むことにしていた。


 ということで、いつもなら錦と帰っていたが、今日はテラも付いて来た。


「お前の家はどこなんだ」


 当たり前のように付いてくるし、このままでは俺の家まで入り込んで来そうな勢いだ。


「んー? あっち? 側だよ!」

「じゃあ、ここら辺でお別れだな」

「いや、違うよ! ほら、本当はあっち」


 敵意がないから学校内では穏便に対応していたが、家まで知られるのは問題だ。

 家には両親は勿論、妹の由宇もいる。敵対組織の人間を家に招きたくはない。


 それに錦を蚊帳の外に置き過ぎて、若干可哀そうだ。


「錦。すまないな」

「俺の事は気にすんな。可愛い子がああやって動いているだけで俺は楽しいからな」

「はあ。お前がそういうならいいが」


 俺にとって学校は非日常を忘れられる場所だ。

 世界を滅ぼす怪物たちとの戦いのことばかりを考えていたら、体や精神が持たない。中学校で平和を享受し、休憩することも俺の復讐には欠かせない。


「今日のご飯はなんだろうね。さっくんの家は普段何を食べてるの?」

「普通の家庭だ。特別なものはなにも食べてないぞ」

「テラはうどんを食べてみたい。さっくんは麺の硬いの柔らかいのどっちが好きなの?」


 テラとの会話のほとんどは本当にくだらないどうでもいい話ばっかりだ。それも話に脈略はなくほとんど質問してくるような会話とも呼べないものだ。


 この人懐っこい奴があの『教皇』と対等な立場にいることが信じられない。

 戦闘能力こそ認めているが、カリスマ性は皆無に等しい。


 下校の最中に電話が鳴った。


 着信相手は……冴先輩か。


 あの日、先輩は徳人に敗北し、スマイルズにボコボコにされた。あの人の心が折れることはないだろうが、どう接すればいいか分からないから俺から連絡はしていなかった。

 なんだか、気まずいな。


「はい。中津です」

『……次はいつ来るんだ』


 元気がないな。流石に日に二回も敗北した後は気分が上がらないだろう。

 いや、先輩に限ってそんな弱気なことはないはずだ。多分、寝起きか何かだろう。


「来週からです」


 次、下徳高校の練習に参加するのは四日後の週明けからだ。


『分かった。今週末に来い。ダンジョンに潜るぞ』

「ダンジョンですか?」


 冒険科の生徒以外がダンジョンに行くためにはいろいろと面倒な手続きが必要になる。

 徳人の時はあいつが何とかしたんだろうが、冴先輩にそんなことが出来るだろうか? いや、出来ないだろう。


 なら、おそらく嘉納先生が手引きをしているか。先輩の独断かの二択だろう。俺の先輩センサーによれば後者の確率が非常に高い。


「ねえねえ! だれだれー!?」

「おい。邪魔するな」


 思考中にテラが飛びついて来た。


「うわー!」


 周りに錦しかいなかったから、テラを投げ飛ばした。テラは投げ飛ばされても軽快な動きで地面に着地した。


『なんだ? 女か?』


 先輩の声が怒りを帯びている。俺は先輩の彼氏でもなんでもないのだから別に怒る必要もないはずだが……まあ、冴先輩の思考に『なんで』と疑問を挟むこと自体無意味だ。


「ええ。まあ生物学上は多分女ですね」

『いい身分じゃねえか』


 これ以上、話を続けると次の日に俺は生きていられないかもしれない。話を戻さなければ。


「それで、ダンジョンってどの等級ですか?」

『三級だ』

「マジで言ってます?」


 三等級のダンジョンは日本におけるプロ冒険者の最低基準と言われる等級だ。


 人権意識の低い国が三等級のダンジョンを攻略する為に青年兵1000人を突撃させ続けたという逸話がある。相性もあるだろうが、それぐらいしないと三等級のダンジョンは攻略できない。


 そこを底辺とするプロの冒険者の数は日本に百人もいない。


 冴先輩はそんなダンジョンに行こうと提案してきた。


『いいから黙って来い。お前に強さを見せてやる』

「……楽しみにしています」

『じゃあ、来週は絶対に来いよ』


 電話が切れた。


 あの人はイかれている。俺に拒否権はないが、あまり乗り気はしない。


「ダンジョンに行くのか?」

「下徳の先輩と一緒にな。周りには黙っていてくれよ」

「……俺も行きたかったな」


 錦が俺に聞かせるつもりがないで声で囁いた。


 これは錦だけではないが、若い世代がダンジョンに抱く感情が高まっているように感じる。


 ダンジョン信仰とでも言おうか。

 前世で様々な年代の人間と関わったが、若い人間ほどダンジョンを魅力的に感じ、年老いた世代はダンジョンに無関心か嫌っている節すらあった。


 今の所、ダンジョンは人類の益にしかなっていない。


 ただの一度もダンジョンから魔物が溢れ出た事例はなく、触りさえしなければダンジョンはただの入り口のある洞窟に過ぎない。


 錦のつぶやきを無視して歩き出そうとしたらテラが大げさに手を振った。


「ダンジョン! 私ね! ダンジョン大好き!」


 ……新魔教団の人間がそんな言葉を口にするな。

 内心そう思ったが、錦がいる手前言葉にはしなかった。


「さっくんが行くなら私も行きたいな! 私強いから。さっくんの役に立てるよ!」

「黙れ」

「えっ……?」 


 俺の感情が小さな声になってしまっていた。


 死神に俺の気持ちは分からないだろう。

 前世では敵にはならなかったが仲間でもなかった。別にそれに恨みを持つつもりはない。本来ならば教皇と同等レベルの強敵が敵にならなかったことは少しの希望となった。


 だが、忘れてはいけないのはこいつは敵側の人間だ。


「え。あ。あの。私。なにか気に障ること言っちゃった?」

「悪い。ただ、俺の仲間の枠はもう埋まっている」

「そそ、そうだよね。私たちは『お友達』。だもんね」


 こいつはやけに友達という言葉にこだわっている。だが、俺は友達と認める気はない。

 あくまで、雑に扱って暴れられて日常を崩されたら溜まったもんじゃないから構っているだけだ。


「まあまあ。そうカッカすんなって。イケメンな顔が台無しだぞ。ほら笑え」


 錦が俺の頬を触って来た。

 ……俺も感情的になりすぎたな。


 唐突な行動だったが、俺は冷静になれた。


「そういえば、お前。俺の家に本忘れて行っただろ」


 錦は俺の記憶にない言葉を掛けた。俺は錦の家に本を置き忘れてない。

 だが、すぐに錦の真意に気付いた。


 俺がテラから離れたかがっていることを察して、嘘を言ってくれたのだ。


「そうだったな」

「テラちゃんも来る?」

「う、ううん。い、行かない」


 テラは錦に。いや、俺以外に対しては吃音的な言葉を発する。話し方以外にも態度も明らかに人見知りみたいな挙動になる。


 俺と話す時だけは積極的に目を合わせに来るが、他人との会話は逆に視線を下に向ける。


「じゃあ、俺たちはこっちだから行くわ。じゃあねテラちゃん」


 別れ際にテラは何も言わずに俺に向かって小さく手を振っていた。


「助かった」

「気にすんなって。じゃあ、ついでに今日は暇だろ。遊ぼうぜ」

「……ああ」


 最近は武道部の訓練に忙しくて錦と遊ぶなんてことはしていなかった。


「お前の好きな子って子が分かったから、ちょっと待ってろ」


 錦はスマホで何やら検索し始めた。

 そして、こっそり見せつけるように肩を組んでスマホを見せてくれた。


 そこには光莉が映っていた。

 試合中の一幕だが、ネットに公開されているのはあまりいい気分じゃないな。


「この子だろ」

「ああ」


 錦に徳人みたいに嘘を見破る能力なんてない。だが、ここで誤魔化す必要性を感じなかった。


「よく分かったな」

「お前の好みのお姉さん系じゃないけど、この試合を見て俺には分かったぜ。冷静沈着なお前が、興奮していたもんな」

「興奮って。その言い方だと語弊が生まれそうだな」


 やっぱり錦といるときは肩を張る必要がなくて楽だな。


 その後、錦の家で久しぶりにゲームをしたりなんかして帰る頃には日が沈み始めていた。

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