二一話 侵略される日常
特級ダンジョンから出て、俺はそのまま実家に帰った。
両親は俺が死線武道で優勝したことやスマイルズを倒したことを褒めてくれたが、俺のせいで取材やらなんやらで面倒なことになっていたことは一切言わなかった。
翌日、登校すると周りから視線を集めていた。
それもそうだ。こんな田舎でテレビに一斉に取り上げられればすぐに噂が広まる。
他に有名人もいない環境じゃ、俺が視線を独占するだろう。
「よう。佐月! いや、英雄さん」
錦が俺をからかいながらやって来た。
「俺は火の粉を払っただけなんだがな」
「おお! あれか。無自覚やれやれ系主人公か?」
俺は自分が強いと認識した上でやっているから無自覚ではないが、まあそういう受け取り方をされるのは仕方がない。
「俺も取材受けたぜ。ちゃんとお前のことはかっこよく答えてやったからな」
「お前にまで取材をした記者は当たりだろうな。隠すことを知らないもんな」
「はっはっは。そんなに褒めるなよ。それに俺以上に中津佐月という人物を知る人間はいないぜ」
確かにこの時代で身内を除けば一番仲が良かったのは錦だ。
こいつと出会ったのは小学二年の頃。転校してきた錦と家が近いからと一緒に帰った時だった。
当時の俺は人付き合いが苦手で、積極的に誰かと仲良くしようとしていなかったが、錦は犬みたいに俺について来て、勝手に仲良くなった。
「いやー。でもさ。赤髪のお姉さんが取材に来てくれたときはドキドキしたなー。めっちゃ可愛い人だったんだぜ」
「赤髪? 珍しい記者だな」
「神秘的っていうか。あと、胸も大きくてな。えっと。あれだな。抱きしめられたら絶対気持ちいいと思うお姉さんだった」
赤髪で思い出すのは《教皇》のカスぐらいだが、あいつみたいな大物ぶった奴がわざわざこんなド田舎に来て聞き取りをするはずがない。
「高身長でお姉さんでいろいろでかくて、ぜってーお前の好みだったぞ」
……錦の言っていることが、一瞬よく分からなかったが、中学生の時の俺の性癖は年上系だった。というのも、年下は妹みたいな感じがして、異性として見れなかった。
あの時とは大きく好みも変わったな。
錦に答えを合わせる。
「俺に感謝するんだな」
「勿論。お前の正義感には俺も美味しい思いをさせて貰っているぜ」
大会後から周りからの視線は変わったが、錦は変わらない。
こいつには変わって欲しくないな。錦と話している時は世界を救うという責任の重さを忘れることができる。息継ぎの時間だ。
「あっ。あと今日、転校生が来るって話は知っているか?」
「転校生?」
「なんでも日本人じゃないらしいぞ。しかも、すげぇ可愛いって話だ」
転校生。前世の記憶では一人もいなかったはずだ。
俺の行動で世界が変わっているのか? あまりいい予感はしない。
ホームルームが始まった。
教師がうちの学校の制服ではない女子を連れてやってきた。
「転校生を紹介する。清水 テラさんだ」
「て、て。テラ。です」
自身の手を触りながらおどおどしている。
短髪なのに目に掛かりそうな長さをした銀髪で肌は真っ白だ。髪色もあって白人というよりアルビノみたいな容姿だ。
周りの生徒の反応を見るにかなりの美少女なんだろう。男は勿論のこと、女子も人形を見るみたいに目をキラキラさせていた。
小柄で庇護欲を掻き立てるような細さをしている。
制服はこの辺の学校のものではなく、お嬢様っぽい格式が高そうなものを着ている。
前世の記憶を含めても知らない人物だ。
「じゃあ、席は後ろの……」
「あっ! さっくん!」
テラは俺の方を見て目を輝かせていた。
さっくんという呼び方をするのは前世でも光莉しかいない。
親し気な態度だが、俺はあいつを知らない。
「中津と知り合いだったのか。じゃあ、隣にしよう。そこの列の奴らは移動して貰ってもいいか?」
「はい」
そうして、テラは俺の隣になった。
さっきまでのおどおどした態度ではなく、ニコニコしていて別人みたいだった。
諸連絡が終わり、ホームルームが終わった。
休み時間になると、いろんな生徒が美少女のテラに話しかけようとしていた。
しかし、誰も話しかけられなかった。
なぜなら、休みになった瞬間、テラは立ち上がり俺の首に腕を回して抱き着いてきたからだ。
完全に密着しているこの光景に誰も対応できなかった。
「さっくん。久しぶり」
「どこかで会ったか? その前に急に抱き着くな」
別に引きはがすことはしない。
手加減を間違えれば折ってしまいそうなか細い腕に触るのは怖い。
「悲しいなー。最近会ったのに」
「最近会った? 東京に行った時に会ったか?」
「そうだよ。私ね、帝東付属中学から来たんだ」
帝東付属中学。徳人が通っている中学の名前だ。
一部の権力者しか入れないと言われるような特別な中学校だったはず。そこ出身ということはテラはかなりいい所のお嬢様かもしれない。
「じゃあね。じゃあね。ヒント出すから答えてみて。まずはさっくんが戦っている姿を見てたよ」
「試合で戦う姿はネット配信もされていているが?」
「あー。えっとね。えっとね。あの笑顔の人とのやつ」
スマイルズと戦っていたのを見た? あの混乱した現場で放送室にいたのは俺や先生たちぐらいだった。
「分からない? そうかー。じゃあね。病院にいた時にもいたよ」
病院にいたのは徳人と由宇だけだった。テラのことは知らない。
「分かんない? 分かんないかー。悲しいなー。お友達なのに」
「だから、知らないんだが」
「思い出した。その時、私顔隠していたから。ほら真っ黒いフードで」
真っ黒いフード。
俺が直近で出会った黒いフードを被った女性は一人しか知らない。
《死神》。あいつは黒い服を着て顔を隠していた。
だが、あいつは俺の友達じゃない。ほとんど初対面みたいな……
いや、俺は前世で死神の人間性を知っている。
前世でもあいつはいきなり距離感が近い奴だった。
「しに……いや、思い出した。徳人と居た子だろ」
「良かったー。覚えていてくれたんだね」
死神という言葉を周りがいるこの場で使う訳にはいかない。
こいつは新魔教団の人間だが、前世では敵にはならなかった。
公衆の面前で手を出すまでの相手じゃない。
「テラちゃんって呼んでね。私たち友達だもんね」
「友達? なんのことだ? それにしてもなんで、転校してきたんだ?」
「友達がいる場所が私がいる場所だよ?」
話は通じそうにはないな。仕方がない。
こいつの機嫌を損ねるのも面倒だ。敵にしなくてもいい奴をわざわざ敵にするような言動をする必要はない。
少し離れるか。
「授業が始まる前にトイレに行って来てもいいか?」
「うん!」
元気よく返事をしたが、離れる気配はない。離れる為の口実だったが、通用しないのか?
「このままでは立てないんだが?」
「さっくんなら立てるよ。私軽いから」
駄目だこいつ。
俺は立ち上がった。死神の言う通り、体は軽かった。まるで空気が乗っかっているみたいに軽かった。俺がいくら鍛えているとはいえ、軽すぎる。
「あのな。俺は男子トイレに行くんだぞ」
「うん!」
「清水さんは女性だろ?」
「お友達なのに駄目なの? あとテラって呼んで!」
周りの視線がなかったらこいつを投げ飛ばしていた。
ただ、こいつの行動は昔の光莉に似ている点がある。光莉とこいつを比べるのは癪だが、対処法は知っている。
「ほら。テラさん。君は可愛いんだから。むさくるしい男子の巣窟に行ってはダメでしょ」
相手を褒めたうえでそれを理由に断る。光莉も大体こんな感じの事を言ったら少し離れてくれた。
「か、可愛い? ……可愛いって言ってくれるなら仕方がないなぁ」
俺の作戦は功を奏し、何とか離れてくれた。
ようやく死神から離れることができた。
トイレに入ると、狙ったように錦が隣に来た。
「どこであんな美少女を引っかけて来たんだ? 顔か? お前のそのかっこいい顔か?」
「そんなんじゃない」
「俺には分かるぜ彼女の気持ちがよ。佐月の事が好きなんだろうな。じゃないとあんなボディタッチなんてしねぇよ」
「言っておくが、ほぼ初対面だぞ」
あいつは異常者だ。本当は関わりたくなかった。
それが、俺の日常である中学校にまでやって来た。どうやら敵対するつもりはないだろうから、俺としては穏便に済ませたいが、この手の相手をどうにかする方法は知らない。
「おっ。なんだ? 自慢か? 英雄様は顔の良さすら『やれやれ』するのか?」
……俺の隣には頼れる奴がいるじゃないか。
コミュニケーションにおいては俺よりも錦の方が優れている。これを利用しない手はない。
「……俺にはもう好きな人がいる」
「えっ?」
錦が驚いた。
「全国大会で出会った少女にな。だから、テラさんの気持ちには答えられない」
「そ、そうか。俺はお前の気持ちを応援するぜ」
「だから、手伝ってくれないか?」
少しでも暴力が関われば錦に頼る気はなかったが、今回は暴力が関わらない。
あの死神は俺に危害を加えようという意思は感じない。あくまで友達という建前を保っている。
あっちの流儀に乗っ取って友達をぶつけてやろう。
「おう。任せとけ。佐月の頼みなら俺は断らねぇぜ」
「助かる」
トイレから出るとテラが出待ちしていた。
「さっくん。私ね。ちゃんと待ってた。褒めて!」
こいつ。さっきからずっと、昔の光莉がしそうな行動を取って来る。
ムカつくが、俺は冷静に対応する。
「よく待っていてくれたな」
「なでなでは?」
頭を差し出してきた。まるで由宇みたいなやつだ。由宇は可愛い妹だから撫でるが相手が死神なら撫でる気にもならない。だが、断って怒られるのも面倒だな。
俺の好きな光莉と可愛いの妹の行動をパクられている。なんのつもりだ?
そう思いながら撫でようとしたら錦が間に入ってくれた。
「ねぇねぇ。テラちゃん。俺とも話さないかい――」
「じゃ、邪魔」
攻撃をする直前の予備動作が見えた。
「危ない」
死神が巨大な鎌を振るった。
俺は錦の体を引き、攻撃を避けさせた。
「佐月。何するんだ」
「すまない。服にゴミが着いていると思ったんだが。違ったみたいだ」
「気をつけろよ」
「ああ。すまない」
特級魔道具『死神の鎌』。死神を象徴する武器だ。
死神の意思で武器は出し入れができ、切られた相手は現代の医療技術を持ってしても癒えるのに時間が掛かるダメージを負う。
「よしよし。よく待ってくれたな」
「うん」
死神の頭を撫でた。
錦への対応で分かった。こいつは癇癪持ちだ。怒れば人を見境なく殺すだろう。こいつを制御できるのは俺だけだ。
さっきはギリギリで当たらないように調整していたが、錦に武器を振るったことは見逃せない。
どうにかしないとな。俺の日常に侵略しようたってそうはいかないぞ。




