二十話-回想 卒業式
徳人が修行の為に一か月の休みを取る前に俺は徳人に魔法を教えて貰っていた。
「まず、魔法を使うには才能がいる。これは知っているね」
「ああ」
魔法は才能のある人にしか使えない。魔法を使う才能がある人間は千人に一人と言われている。
俺には魔法を使う才能はない。
「じゃあ、なんで魔法を使えないかは知っている?」
「魔力を魔法に変換できないからだろ」
「教科書的に言えばそうだね。だけども、その原理は知っているかな?」
「悪いが、そこまで詳しくはない」
俺は魔法使いに対する理解は低い。せいぜい中学生の時や高校の授業の一部で習ったぐらいの理解だ。
「じゃあ、少し前に戻って魔力についてから教えよう。魔法を使う燃料の魔力は誰でもある。勿論、リーダーにも光莉ちゃんにもね」
徳人は俺の肩を触った。
心臓付近で何かが動いているのが分かる。
「これが魔力か」
「そう。魔力の量なら僕よりリーダーの方が多いね」
初めて魔力というものを認識した。俺の体にもあることは知っていたが、魔法が使えないなら意味がないと興味はなかった。
だが、こうやって動かされているとなんだか自分でもできそうな気がする。
「おっ。もう自分で動かせるの?」
「ああ。なんとなくな」
徳人の補助なしに体内にある魔力を動かした。体内に水があるみたいで少し不思議な感覚だ。
「普通の魔法使いはさっきみたいに補助してあげて、大体半年で動かせるようになるって聞いたことがあるよ」
「へえ。じゃあ。俺も才能があるのか?」
「ちなみに僕は生後三か月で指導も受けずにできたけどね」
今の徳人を見ていると、強がっているように見えるが嘘を言っているような感じはしない。
「それで、魔法はどうやって使うんだ?」
「魔法は魔力に属性を吹き込むことで発動できる。正式には圧を掛けるんだけど、イメージとしてはホースで水を遠くに出すときに摘まむのと同じかな。こんな感じ」
俺の体から魔法が出た。徳人と同じ《光弾》だ。
「うおっ。魔法が出た」
初めて魔法を使った。すごい。体の中にあった水が消えたのが分かる。
「どう?」
「すごいな。俺でも使えた。じゃあ、なんで大半の人は魔法を使えないんだ?」
「簡単な話だよ」
視界が真っ赤になった。
それと同時に鼻や耳から血が流れている。吐血も止まらない。
「ホースの先端が丈夫じゃないと、魔法を使うだけで心臓付近の魔力器官がボロボロになっちゃうんだよ。これがその代償」
「な、なるほどな」
「魔力は貯蔵庫。魔法はホース。これで分かってくれたかな? 死ぬ直前なら海馬に叩きこまれるといいね」
徳人はナイフで俺を殺した。
ダンジョン内とはいえ人に殺されるのは初めてだ。
――――――
ダンジョンの中で俺は魔法が使えるようになるまで訓練をした。
ホースをつまむ強さで使える魔法は変わるが、《光弾》以外の魔法は使おうとするだけで即死してしまった。
徳人による補助がある状態で何度も魔法を使うことで《光弾》の使い方を覚えた。
「《光弾》」
「おめでとう。これで魔法をマスターしたね」
俺は魔法を使えるようになった。
だが、代償は変わらない。俺は血を噴き出した。
「ダンジョン外では使わないこと。約束だからね。僕の見立てだと、君はどれだけ間を空けても三回しかその魔法を使えない。分かったね」
「ああ」
俺は《光弾》を使い自殺した。
――――――
魔法を教えて貰った後、徳人はどこかに行ってしまった。
何をするかは知らないが、特訓を邪魔するつもりはない。
今日は学校に行く準備をしていた。
光莉とは半ば同棲している。今は安定しているが、情緒不安定な光莉を一人にすることはできない。
「学校? 休みのはず」
「ああ。今日は卒業式があるんだ」
今日は冴先輩の卒業生式がある。最近は冒険者として忙しくて先輩に会いに行くことが出来なかったが、せめて卒業式だけは行こうと思っていた。
「わたしも行く」
「大丈夫なのか?」
「今日は大丈夫。……な気がする」
光莉は定期的に泣き出す。
大体、一か月に二、三回ぐらい定期的に周期がやって来る。
今日はちょっと怪しいが、光莉が行きたいと望んでいるのに断るつもりはない。
「じゃあ、準備するか」
光莉を連れて学校に向かった。
「学校はいつぶりなんだ?」
「入学式以来は行ってない」
「そうか。もしなんかあったらすぐに言うんだぞ」
「うん」
一応、冒険科には出席日数というものは存在しない。五級のダンジョンを攻略できれば不登校でも卒業できる。
登校してから光莉は俺の腕を離すことはなかった。
周りからの視線は痛いが、俺は光莉の心に寄りそうつもりだ。
「よう。佐月」
「冴先輩。お久しぶりです」
廊下で冴先輩が待ち構えていた。この人は留年しているから同じ学年に友達はいないだろうから、廊下にいても不思議じゃない。
「オレは宣言通りプロになった」
冴先輩は自慢げにライセンスを見せて来た。
「おめでとうございます。先輩ならできると思っていました」
「お前の方はどうなんだ? その可愛い子は誰だ?」
光莉が俺の腕を強く抱きしめて来た。
ちょっと。折れそうなんだが? ただ、光莉の不安は伝わって来る。
「やっと六級までやってきました。俺はこいつと順調にやっています」
「そうか。じゃあ、まだ俺のサポーターになるのは早計みたいだな。まあいい。嬢ちゃん。オレのダチを頼んだぜ」
「俺たちそろそろ行かないといけないんで。すいません」
冴先輩と別れて教室に向かった。
「……さっくん。あの人は誰?」
光莉が不安そうに聞いて来た。
「俺の師匠の冴先輩だ。光莉に会う前に俺を鍛えてくれた恩人だ」
「さっくんはああ言う人が好きなの?」
冴先輩の事が好きか嫌いかで聞かれると当然好きなのだが、それは人としての話だ。
おそらく、光莉が言っていることは女性として好きか嫌いかの話だろう。流石の俺でも光莉が俺を見る女性を睨む態度から分かっている。
「安心しろ。先輩のことは人として尊敬はしているが、そういう関係じゃない。イライラしたら殴って来るような人だぞ」
「よかった」
光莉は安心したのか、俺の腕への締め付けを緩くした。
――――――
卒業式が始まった。
本来なら在校生の席順は決まっていたが、嘉納先生にムリを言って光莉の隣にして貰った。
式は順調に進んでいたが、卒業生答辞が始める前に光莉が俺の袖を引っ張ってきた。
「出るか」
「うん」
俺は泣きそうになっている光莉を連れて、卒業式を出て行った。
「すいません。ちょっと精神的なアレで。ベッドを借りてもいいですか?」
「ええ」
ひとまず保健室に連れて行き、先生に事情を説明してベッドを貸してもらった。
光莉を寝かし、膝枕をしてやる。
膝枕と言っても、光莉は俺を抱きしめてどっちかというと腹の部分に頭がめり込む。
「ママ。なんで死んじゃったの……」
光莉がぐずり始めた。
今日は静かだ。
日によっては奇声を上げたり、大声で謝り続けたりすることもある。兄の悪口を延々と言い続ける日もあるし、父親の悪口の日もある。
さて、今日は何時間掛かるか。先輩に会いに行けるだろうか。
しばらくして、光莉はぐずりは落ち着き始めていた。寝ているな。しばらくは起きないだろう。
「保健室ですよ」
「おい。佐月。いるんだろ」
冴先輩がづけづけと保健室に入って来て、カーテンを開けた。
「どっか怪我でもしたのか……」
先輩は俺たちの状況を見て声が止まった。
「なっ。何やっているんだ?」
「メンタルケアですよ。うちの光莉はこうなんです」
正直に言った。光莉には聞こえていないだろうし、冴先輩を納得させる弁論が思いつかなかった。
「そんなお荷物を抱えて本当に戦えるのか?」
「逆です。俺がお荷物なんで、光莉のお世話をしているんです」
「ど、どういうことだ?」
冴先輩がこんなに冷静さを欠くとは想定外だった。小さいことを気にする人ではなかったはずだが。
「ダンジョンでは俺は光莉に守って貰っています。はっきり言って格が違います。代わりに光莉がこうなった時に俺は支えています」
「なんだ? それ。強さだけならオレの方があるだろう。別にそんな面倒な女なんて囲わなくたって……」
面倒な女。
間違ってはいない。
もし、光莉じゃなかったら定期的にぐずるような奴の面倒は見たくない。
「もしかして、そんなにオレってヤバい女だったのか?」
「何を思っているかは知りませんが、俺にとって光莉は娘みたいなものです。ほっとくと何をするか分からないので幼い子ですけどね」
「娘か。娘ならいいんだ」
冴先輩の表情がコロコロ変わる。この人がそんなに落ち込むのを見るのは初めてだ。
「オレはな。強い」
「そうですね」
「だから、オレの力を受け継いでくれる後輩が欲しかった。だが、オレは殴ることでしか教えられなかった。誰もが俺を避けた。だが、佐月。お前はオレの指導についてきてくれた。ありがとう」
本当に殴ることでしか技術は教えて貰ったことはない。だが、その日々のお陰で俺は他人の動きを先読みする技術を磨くことができた。
「俺の方こそ、先輩には感謝してます」
「悪いが佐月。お前はオレの技術とは別のものを身に着けた。オレの力は別の三人の方が吸収していた。お前はお前なりの力に昇華しやがった」
技の昇華。俺は冴先輩の戦い方を真似るのではなく、その対策で精いっぱいだった。先輩はそれを昇華と言葉を綺麗にして伝えてくれた。
「ああ。クソ。前置きが長くなっちまう。オレらしくないな。じゃあ、言うぞ」
急に背を正し始めた。何を言うのだろうか?
「オレはお前の事が好きだ。付き合ってくれ」
「えっ?」
声が出てしまった。
さっきまで平和にキャッチボールをしていたつもりが、急に手榴弾を投げられたかのような急さだった。
「先輩が俺のことをですか?」
「ああ。さっきも言ったが、お前だけはオレを慕ってくれた。自主的な行動もしてくれて気が効く。そんな男はこの先いないだろう」
俺は先輩の好意に気付いていなかった。というかそもそも異性として見られていることすら知らなかった。この人にとって俺は使い勝手のいい奴隷程度に考えられていると思っていた。
でも、先輩の顔を見ると本気らしい。
緊張からか顔を真っ赤にしているし、視線も定まっていない。俺の方をチラチラと見ている。
好意を伝えられてから、やけに俺を家に誘ってくるのも、マッサージなんかを俺だけにやらせていたのも納得がいった。
それに先輩の卒業が決まった日に一緒にお酒を飲んだのも好意の証だったのだろう。
相手が冴先輩じゃなかったら俺でも何かしら意識されていることぐらい分かっただろうが、冴先輩が相手だと、こき使われたとしか思わなかった。
さて、先輩の思いに回答しないとな。
「すいません。俺は先輩の気持ちには答えられません」
俺は断った。
「ああ。分かった。オレみたいな暴力女。嫌だよな」
冴先輩が出て行った。
俺は光莉のお世話をしないといけない。光莉は他の女の存在を嫌う。
冴先輩には申し訳ないが、光莉には俺しかいない。俺が見捨てれば光莉がどうなるか分からない。
冴先輩にはきっと他にいい人が見つかるはずだ。あの人は大人しくしていれば美人だ。
俺じゃなくてもいい。
「光莉。帰るぞ」
「……おんぶして」
「ああ」
小さいのに筋密度の高さか光莉は重たい。
勿論、そんなことは口にはしない。
俺たちは行くところまで行くだけだ。




