十八話 有名であること
俺は徳人の策略によってテロ事件から市民を守った英雄として祭り上げられることになった。
徳人が伊達や酔狂で俺を有名にしようと考えるはずがない。あいつは、自身のことに関することは無駄な行動をするが、興味のある相手へ無駄なことをするはずはない。
「リーダー。緊張してる?」
「お前の目には緊張して見えているのか?」
「僕の目を前提にして会話はしないで欲しいなぁ。普通の会話をしてもいいでしょ」
俺たちは東京にある警視庁の会見部屋にいる。
記者会見の代わりとして、感謝状授与式を行うことになった。
通常の授与式にどれだけ記者が来るか知らないが、今日は会場ギチギチに取材目的の人たちが集まっている。
「中津佐月殿。貴殿の勇気のある行いによって、未然に悲劇を防ぐことができました。その高潔な意思に敬意を表し、感謝状を贈ります」
「ありがとうございます」
警察のお偉いさんの人が表彰状をくれた。
賞状を持って記者たちを見ると写真のフラッシュが大量に飛び交った。
本番はここからだ。
記者たちがインタビューをしにやって来た。
「まずは表彰おめでとうございます。表彰された感想をお願いします」
「はい。私の行動によって多くの人を救えたこと。その行為がこのような表彰として形となり行動が間違えていなかったと誇らしく思います」
テレビの中継もある。慎重に好感が持てるような回答を心がける。
普通の感謝状授与にはわざわざ中継でテレビが入ることはないが、これも徳人が手を回してくれたのだろう。少しだけ緊張するが、態度に出ずに答えられているだろう。
「立派な活動でしたが、かなり危険が多かったと思います。なぜ、あの場で動けたのですか?」
「犯人たちは凶悪で怖かったですが、ここで動かなければより多くの犠牲が出ると思ったら体が勝手に動いていました」
別に場内の人たちが死んでもいいと切り捨てる気であった。この発言は嘘もいいところだが、世間が求めている像は分かっている。
一言でいうなら『ヒーローの心を持った少年』。それも、若く未熟ながらも行動をした勇気のある武道少年として品行方正さが求められている。
俺のやったことはただの暴力に過ぎないが、それを美化して伝える。大勢が見ている中で俺の思想を出す必要はない。
「事件を引き起こしたテロ集団である新魔教団に一言お願いします」
「多くの人を巻き込んで何をしたいのかは知りませんが、願わくば、その凶行を辞めて欲しいです」
「今回の受賞を受けて、今後の抱負を教えて下さい」
「もっと強くなってみんなを守れる人間になりたいです。そして、冒険者となって特級ダンジョンを攻略してみせます」
「立派な志ですね。それではインタビューを終了します。最後に写真撮影をします」
俺が一般の中学生ということもあり、深い事などは追及されずに取材は終わった。
会場の一部からは悪意のある視線もあるが、無視をする。
俺の行動は結果論であり、中学生が出しゃばったことを問題視する奴もいるだろうし、試合中の一部選手に対する過剰な暴行について聞きたい奴もいるだろう。
当然、俺の行動が一般的に見て問題があることは否定しない。
だが、真実なんてどうでもいい。
「賞状を持って頂いて。はい。ありがとうございます」
この時代の正義はマスメディアが握っている。
あいつらが俺の英雄として仕立て上げるのならば、俺は世間的には立派な英雄だ。
この後、数社のインタビューを受けてからようやく解放された。
「リーダーお疲れ。ほら、微糖の缶コーヒー。好きでしょ」
「ああ。ありがとう」
前世では苦い飲み物は嫌いだったが、冴先輩やら徳人のようなコーヒー狂いが近くにいたせいで俺はコーヒーを飲まされ、好きになった。
「注目されて、どんな気持ちかな?」
「別に。もう慣れているからな」
俺が注目され始めたのは世界が滅亡に向かい始めた頃だったが、その時は罵倒ばかりだった。
『早く世界を救ってくれ!』
『お前らが早く動かなかったせいだ! 責任を取れ!』
『助けに来い!』
怪物たちに精神操作をされているような人間たちが貴重なネット回線を使って俺にそう言いまわっていた。
気にしてなかったといえば嘘になるが、それ以上に仲間を失った喪失感や死を無駄にしないようにする使命感が強かった。
「強がっちゃって。君は強いんじゃなくて、割り切れているだけだよ。死ぬことも含めて。どこで知ったかは聞かないけど、僕の眼については知っているんだよね」
「ああ」
徳人の眼は特別製だ。
川谷の一族だけが五感のうち一つが覚醒し、特殊な能力を持つことがある。
感覚の覚醒が起きる確率は直系であっても百人に一人。そして、覚醒する器官によって序列が分かれる。徳人の視覚は一族の中でも最も尊いとされる器官であり、初代以外は誰も覚醒できていないと言われている。
「その眼は人の本質を理解する。お前から見た世界がどんな感じなのかは知らないが、気分がいいものじゃないだろうな」
「やっぱり、君は僕の深くまで知っているみたいだね」
「勘違いするな。俺が知っているのはお前じゃない」
俺が知っているのは前世の徳人だ。
「天才じゃない僕ね。今回は当たりだ。こんなに早くリーダーに会えたんだから」
話してもないのに当たり前に前世での徳人について察している。
才能を失った徳人ですら、俺の頭脳を遥かに上回っていた。常に数歩先を見据えて行動する男だった。だが、目の前の男は一歩どころの話じゃない。
人間と車ぐらいの差はある。いや、戦闘機かもしれない。その差すらも分からない程次元が違う。
「ねえ。やっぱり、僕に全部任せてくれないかい? 世界を救うために特級ダンジョンを攻略をしたいんだよね」
「バカを言うな。その責任は俺が負うって言っただろ」
徳人に任せた方が特級ダンジョンを攻略できる可能性は高い。だが、俺は俺の責任を果たさないといけない。仲間にこの責任を任せるわけにはいかない。
「殺すことすら選択肢にあるほど合理的なのにその不合理さ。ああ。やっぱり、君が欲しい。首輪をつけて檻の中に入れて。大事に大事に飼ってあげたい」
反応に困ることを言っているが、この時の徳人が感じていたと言っていたのは『つまらなさ』。じゃあ、俺が徳人に言えるアドバイスはこれしかない。
「……無理やり飼ってもつまらないだけだぞ」
ゲームでチートを使って遊ぶのはしばらくしてから飽きる。徳人は不正をしていないのにチートと同義の能力を得ている。なんでも思い通りに進むということは次第に『つまらなさ』に直結する。
俺はまだ不確定要素を持っているだろうが、それもすぐ徳人に解明されて『つまらない』に分類されてしまうだろう。
この言葉は俺は完全な抵抗はできないことを示しつつも、なんとか取り繕った結果だ。
「ははは! なんで僕目線なの!? 安心して。リーダーの目的は邪魔しないよ。ただ、最後には僕に対して無様に『首輪を付けて下さい』って言わせてあげるから」
「やれるもんならやってみろ」
ちょっと強がった。
気持ち悪い発言だが、徳人の顔で言われるとギリギリ顔が勝つ。美男美女といってもここまで飛び抜けていれば、多少の気持ちの悪い発言は許せてしまうんだな。
「あっ。ねえねえ。今、僕に嫉妬した?」
「うるせぇ。そんなに暇なら特級ダンジョンに行くぞ!」
「はは。そう怒らないで。リーダーの指示なら喜んで行こうじゃないか。ほら。君が言ったんだよ」
徳人が俺の手を取り、外に向かって引っ張り始めた。
全く、こいつ。会話を誘導したかは知らないが、最初からダンジョンに行く気だったな。




