十七話 英雄?
ここまでの簡単なあらすじ
回帰した主人公・佐月は仲間のトラウマを排除するために死線武道と呼ばれる競技の大会に出た。
全国大会にて狙っていた仲間だけではなく、偶然、もう一人の仲間とも遭遇する。なんとか二人と親交を深め、トラウマから遠ざけることに成功したが、突如現れた敵幹部との死闘に。勝利したものの佐月は重傷を負った。さらに敵組織のトップにも目をつけられてしまい……
目覚めると体中に管を付けられていた。
病院か。どうやら俺は生きているみたいだ。
隣に徳人がいる。あいつが無傷という事なら、光莉は無事だろう。
「あっ。目覚めたかい?」
「徳人。ここは?」
「病院だよ。ああ。どこって事だね。帝東病院の特別治療室だよ」
この場所は知っている。前世で一回入院したことがある。
世界でもトップレベルの病院で特別治療室なんて一般人はまず入れないような特別な病院だ。
「お前が入れてくれたんだな。助かった」
「いやいや。それにしてもリーダー。君は無茶をする。魔法が使えないのに無理やり魔法を使っちゃって。こんな設備の中、丸一日も寝ちゃっている時点でかなり重症だったんだからね」
「あの時はああするしかなかった」
俺は魔法を使ってスマイルズの虚をついた。だが、その代償としてこうやって管に繋がれている。具体的に俺の体がどうなっているかは知らないが、あと何回使えば死ぬぐらいは分かる。
「魔力器官はズダズダ。心臓への負荷も相当あったらしいし、寿命を削って戦っている自覚はあるの?」
「ああ。あと二回魔法を使えば俺は死ぬだろう」
「……君には死ぬことに対する恐怖はあるはずだ。ダンジョン内でその恐怖がなくなるのは分かっている。どんな人生を歩めばそんな人間になるの?」
徳人が不思議そうに俺を見ている。
おそらく前世の話を具体的にしようとすれば謎のウィンドウに止められるだろう。だが、徳人なら言葉足らずであっても理解できるはずだ。
「今度は俺を先に死なせてくれ」
前世ではみんな俺を庇って死んでいった。
最弱の俺が残っても意味がないことをみんな知っていたのにも関わらず、不合理な判断で俺を庇った。
みんなが死んでから俺は一人で戦っていた。俺の人生においてあの時間ほど惨めに思ったことはなかった。ただ、仲間の意思を無駄にしない為に戦っていた。
俺だけではどうやっても元凶の怪物は倒せなかった。
だから、今回は仲間に死なれる前に俺が仲間の為に死ぬ。
「責任を負うとか言っておきながら、最期には僕らに押し付けるつもりかい? はは。君も案外俗物っぽいね。残念だけど、楽には死なせてあげないよ。君は僕が飽きるまで生きてなきゃね」
「それはこっちの台詞だ。俺が生きている限りは死なせない」
俺にとって仲間というのは命を懸けて守るものだ。
仮にスマイルズが人質にしたのが『白の珈琲』の誰かだったら、俺は自死の要求すら呑んでいた。
「スマイルズの件はどうなった?」
「スマイルズ? ああ。武道館の話だね。犯人が仕掛けていた爆弾は不発。犯人は仲間の手によって逃走。軽傷者はそれなりにいたみたいだけど、君の知り合いだと冴先輩が重症ぐらいだね。光莉ちゃんの身内は無事だったよ」
俺が見た以上の被害は出ていないみたいだ。
「後日ネット上に犯人グループの声明が出て、新魔教団を名乗っていた。前々から魔石を冒険者を狙った強盗事件なんかを起こしていたけど、今回は趣旨が大きく変えたね」
新魔教団。あいつらは前世で俺を苦しめた。
スマイルズは幹部の一人だが、あいつだけで、トップクラスの実力を持つ先生たちが制圧されていた。あいつは大幹部と呼ばれる幹部の中でも上澄みだが、まだ上がいる。
「スマイルズはただの幹部だ。新魔教団の三神聖と呼ばれる奴らと比べたら足元にも及ばない。あいつらは殺さないといけない」
「へえー。よく知っているね。怪しまれるから僕以外にはその事は言わない方がいいよ。この話題は一回やめようか。リーダーが大好きな光莉ちゃんの話でもしようかな」
意図的に話を逸らされた。まあ、確かに今の俺が知っていてはいけない情報だ。徳人が相手だから喋ってしまったが、少し気をつけなければな。
「光莉はどうしたんだ?」
「家族と一緒にもう帰っちゃったけど、安心して。僕が連絡先を交換しているから、後で教えてあげるよ」
「助かる」
そうか、光莉は帰ったのか。
もう少し話したかったが、仕方がない。目的は果たしている。これ以上は贅沢ということだろう。
「そう悲しまないで。そろそろ夏休みだし、死線武道の強化指定選手なら合宿で会えるよ。それに、僕ら三人だけでどっかに遊びに行こうよ」
徳人が俺を励まそうとしてくれている。
言われてみれば、俺は全国大会で優勝しているし、光莉だって全国大会に出場するほどの実力がある。順当に行けば俺たちは国の指定強化選手になるに決まっている。
指定強化選手は運動部でよくあるもので、いい成績を残した選手をさらに成長させるために学校だけではなく県や国単位で選手を支援する制度だ。
中学生レベルだったら、指定選手を集めて合同合宿するぐらいの支援がある。
「そうだな。また、会えるな」
「本当に光莉ちゃんの事が好きだねー。前世とやらではどこまでいったの? 教えてよ」
「……『キスぐらいは』」
『禁止ワードです』
ウィンドウが現れた。こいつがどういう時に出るか。俺にはよく分からない。だから、止められることを前提に口に出した。
「なるほど。前世の出来事は言えないみたいだね。ただ、他人から察せられる分は大丈夫ってことは、そんなに厳しい縛りではないみたいだ。他の縛りは何があるの?」
「ダンジョンの魔物に攻撃ができない。防御までが俺にできることだ。他に何か縛られているかもしれないが、まだ分からない」
ダンジョンで死んだ時に出た『残りあと二回』という表示は言わなかった。おそらく、俺がダンジョンで死ねる回数だ。だが、俺は死ぬことを躊躇う気はない。
俺の命に価値はいらない。仲間であっても、いや仲間にだけは言う訳にはいかない。
ウィンドウの正体について俺にはまったく分からない。
なら、俺よりも賢い徳人に意見を求めればいい。当事者の俺よりも論理的に縛りの意味を解釈できるはずだ。
「……リーダーに課せられた縛りとその意義について僕なりの考えがまとまったよ。でも、これを言うのは今の君には不利益でしかないだろうと僕は判断した。命令されれば言うけど、どうする?」
俺に言うと不利益が出る? 一体、どんな内容なら俺の不利益になるのだろうか? だが、徳人がそう判断したと言うのならそうなんだろう。
だが、答えは気になる。
「ヒントだけでも聞くことはできるか?」
「うん。じゃあ、少しヒントを出そう。ダンジョンで銃火器が使えないのは知っているね」
「ああ。ダンジョン内だと暴発するんだったな」
ダンジョンの中では一部の武器が使用できない。その代表例が銃火器だ。使おうとすればどれだけ火薬を調整しても暴発してしまう。
「実はね。その暴発する理由は分かっていない。まるで都合のいいようにね。同じように未成年が蘇生する理由も魔石の原理や魔物の構成物についても未知なんだ。君の制約もそれと同じように未知なんだよ」
「未知? じゃあ、分からないのか?」
「いや。あくまで僕の中の仮説だけど、ほぼ正解に近いことは分かっているよ。じゃあ、そろそろ、僕は行かないといけないから行くね。退院したら、また遊ぼうね」
徳人が病室から出て行った。
体は動く。痛みはないが、これは痛み止めやら麻酔やらが効いているからだろう。医者に退院の許可を貰うまでは入院しておくか。
徳人がいなくなってからしばらくして、病室に俺の妹の由宇がやってきた。
「元気ー?」
「お前だけか? お父さんとお母さんは?」
「お兄ちゃん。テレビを見ていないのー?」
「テレビ?」
話を逸らされたが、無視はできない。俺は部屋にある大きなテレビをつけた。
『今回のテロ事件は勇気のある一人の中学生によって防がれました。英雄の名前は中津佐月くん。中学一年生ながらも死線武道で中学生最強の座を手にした若き才能です――』
「なんだこれは?」
目の前に出ている情報に俺は情報を処理しきれなかった。
「俺が英雄? なんの冗談だ?」
他の番組に切り替えても事件について特集を組んでいる。
どこも俺を英雄視して、褒め称えるような内容だ。
こんな報道の方向性が統一されているということは、別の圧力が掛かっているに違いない。そんなことをする奴の候補は一人しかいない。
「二人はインタビューとかで忙しいらしいよー」
「申し訳ないな」
俺の個人情報が出ている。入院中の俺にインタビューが出来ないのなら周りの人間。両親なんかは狙われてしまうだろう。
過ぎてしまったことは仕方がないが両親に迷惑を掛け続ける訳にはいかない。
「俺のスマホを取ってくれるか?」
「どうぞー」
枕元にあったスマホを由宇にとって貰った。
いろんな所から不在着信があったが、全部無視をして、俺は連絡帳を探す。
川谷徳人の電話番号が登録されていた。勿論、俺が登録したわけではなく、徳人が勝手に追加したのだろう。
今更、勝手にスマホを開けられたことに驚くつもりはない。徳人に電話を掛けた。
「徳人。お前、やってくれたな」
『もう。テレビ見てくれたんだ。英雄さん』
「記者会見の場を作ってくれ。有名税は俺だけに払わせろ」
『了解』
有名になるつもりはなかった。有名になれば、今みたいに俺の周りが被害を受ける。
世界を救うためにはどんな犠牲でも厭うつもりはないが、俺の支援をしてくれる両親に迷惑を掛けることは今後に響く。
ただでさえ、武道部のゴタゴタで心配を掛けてしまっているのにこんな風に実害まで及べば、いくら理解のある両親であっても俺の行動を制限しようとするかもしれない。
「由宇。お前は大丈夫だったか? 病院周りにも記者がいるだろう」
「大丈夫ー」
けが人に対して由宇は撫でて欲しそうに頭を差し出してきた。
「よしよし。何かあったら、俺に言うんだぞ」
「うんー」
家族は家にいる。俺は大会で非道なことをすることを覚悟していたから、せめて親には見られないように必死に説得した。
じゃあ、なんで由宇が東京にいるんだ? 新幹線で四時間ぐらい掛かる。小学生の由宇が一人で来れるはずはない。
「そんな都合の悪いことは考えちゃダメだよ」
由宇が耳元で囁いてきた。あれ。さっきまで頭を撫でていたのにいつの間にこんな近くに?
「そう……だな」
まあいいか。由宇は昔から不思議な子だった。だが、それでも俺の大事な妹だ。それに世界を救うことと由宇の不思議さは関係ない。
「とりあえず、記者には気を付けて帰るんだぞ」
「うんー。お兄ちゃんも気を付けてねー」
由宇が出て行った。
いろいろやらなきゃいけないことはあるが、まずは回復を優先しないとな。




