十六話-Side 裏ボス
「光莉ちゃん。襲ってくる人たちは無視して、君の家族を探そう」
「分かった」
混乱する会場で徳人と光莉は光莉の家族を捜していた。
『大変悲しいですが、この幕も終幕に近づいて参りました。最後にお披露目いたしますは、笑顔になれる爆弾100連発です。みなさまが笑顔になれるようにたくさんご用意しましたのでお楽しみくださいね』
スマイルズの放送が流れた。
「みんな」
「君のお父さんじゃないかな? もう逃げているみたいだよ」
徳人が外を指差した。
そこには会場から我先にと離れる光莉の父親の姿があった。
「兄さんたちがいない」
「彼らを救う価値はあるの?」
「関係ない」
光莉は徳人の言葉を半分無視して兄たちを探し始めた。
「君のお兄さんたちに苦しめられた人たちは人生を大きく変えられただろうね。事実、殺されたと言っても過言じゃない。なら、彼らに生きている価値はないでしょ? 君は根からの善人のはずだ。なんで、そこまでして悪人の兄を助けようとするの?」
徳人は素直に疑問をぶつけた。
「死んだら、罪を償えない。死んで楽にはさせない」
徳人の眼には包容力のある優しいお姉さんが見えていた。
彼にとって光莉の存在は佐月の付属品程度にしか考えていなかった。それは、光莉が特別な人間だとは思えなかったからだ。
「ずるいなあ。こんな人だからリーダーは君の事を好きになるんだ」
独り言だった。その言葉は嫉妬から漏れ出るものだった。
自身を差し置いて佐月に「本命」と言われた少女に対して内心嫉妬していた。
その影響で、佐月のずさんな計画に協力をしていた。すべては自分を本命にして貰うため。
人間は手に入れたモノを本命とは言わない。手に入れていないものを本命にする。
邪魔な女ではなく、自分を見て欲しい。仲間になってしまえば、彼は執着を見せなくなるはず。徳人は口には出さないが心の中ではそう思っていた。
「……君の兄さんたちはまだ医務室にいるよ」
「分かった」
徳人の一言で二人は医務室まで直行した。
「待って」
医務室の廊下で佐月とスマイルズが戦っていた。
徳人は戦いに加勢しようとする光莉を止めた。
「離して」
「まだ、タイミングじゃない。彼の選択の邪魔をしてはいけない。君もしっかりその目で見るといい」
抵抗する光莉に対して徳人は締め上げるように拘束し、手で口を塞いだ。
そして、廊下の角から二人で様子を観察するような場所まで移動した。
光莉は暴れているが、完全に極まっており、抵抗が無駄であることを悟って諦めた。
スマイルズが冴を人質を取り、佐月は動けなくなっていた。
「彼にも人質は効くみたいだね」
人質を取られ、動けなくなった所でアッパーを食らった。
「ああ。思い出した。あなた。中学生無差別のチャンピオンじゃないですか。あなたの試合は見ていましたよ。丁度良かった。あなたと因縁があると思われる方々はすでに笑顔になっていますよ」
医務室から三人の男が出て来た。
「兄さんたち」
兄たちが現れたことで光莉は少し抵抗をしたが、すぐに抑えられた。
「この方々を差し上げます! 殺してもいいです。なので、我々の計画の邪魔をしないで頂きたい」
「その交渉に意味はないだろ」
「ええ。交渉ではありませんこれは命令です。あなたは手を汚してください。そして、我々と共にこの世を救済しましょう!」
「さて、彼は三人をどうするかな……」
徳人は佐月の選択を注意深く観察していた。
その一瞬で彼の視界には真っ赤な殺意に塗りつぶされた。
「《光弾》」
佐月が魔法を使った。
(なんで魔法が使えるの? 未来の僕が教えたのか? そんな無理やり使ったらただじゃすまないのに)
肩を震わせながら、徳人は佐月の異常さについて考えていた。
スマイルズが魔法に加え、追撃を食らい倒れた。
支配下にあった人間も同時に倒れた。
「離して」
佐月の行動に驚いている隙に光莉は拘束を振りほどいた。
「終わったみたいだから行ってもいいよ」
光莉が駆け出したと同時に佐月の体から血が噴き出し倒れた。
「大丈夫!?」
光莉は倒れた兄たちを無視して重症の佐月の方に向かって行った。
「あーあ。無理に魔法を使うから。脈はあるみたいだけど、かなり重症だね」
「治せる?」
「この時代の医療を舐めないで欲しい。このぐらいなら問題はないさ」
徳人の目には佐月の体の内部がボロボロであることが見えていたが、後遺症は残らないと判断した。
「早く病院に連れて行かないと」
「素人が触るモノじゃない。ただ、この事件の後で彼が無事なうちに搬送される可能性は低いだろうね」
「あなたも手伝って」
慌てる光莉とは対照的に徳人は落ち着いていた。
「僕は医務室から担架を持ってくる。輸送係として光莉ちゃんはそこの大人二人を叩き起こして。二人は強いから本気で殴ってもいいから」
「分かった」
光莉は嘉納と長尾を起こしに行き、徳人は近くの医務室から担架を運ぼうとしていた。
二人が別々の方向を向いた時、徳人の目の前に身長の半分程度の小柄な人物がいた。それは光莉と同じぐらいの身長だった。
徳人はその少女を見て、すぐに魔法で攻撃できるような姿勢になった。
特別な徳人の眼を持ってしてもその人物の感情すらを見る事が出来ない。それだけで徳人が警戒するには十分な理由だった。
「あ。あの。そこの。回収してもいい?」
黒フードで顔を隠した小柄な少女がスマイルズを指差した。
徳人は声を聞いてその人物の正体に気付いた。
「勿論いいよ。でも、なんで呼んでもいないのに新魔教団の最高幹部の《死神》なんて大物がくるのかな?」
「ひひ。秘密」
死神と言われた少女は口元に手を当てて喋らない意思を伝えた。
「おおよそ、《教皇》あたりが指示しているんだろう。厄介なことになったね」
何も言わないまま徳人が認識できない速度で死神は消え、それと共に重症のスマイルズが消えた。
徳人の頬から一筋の汗が零れ落ちた。
「今はそれどころじゃないね」
死神を頭から排除し、佐月の救助に当たった。
――――――
二人は佐月を救出し、帝都病院に届けた。
「後は僕が面倒みるから。きっとリーダーは光莉ちゃんの連絡先が欲しいはずだから、気が向いたら連絡してよ」
「分かった」
徳人は佐月のスマホを勝手に取り、光莉と連絡先を交換していた。
「今日はありがとうって伝えておいて」
「それは君から伝えるべきだろう」
「……分かった」
光莉は家族と帰っていった。
徳人は佐月の病室に向かった。
帝都病院の特別治療室。そこは選ばれた者たちにしか使えない特別な部屋だった。
常に警備がおり、患者の家族であっても入るのに多くの手続きが必要になる。
そんな場所に徳人は顔パスで入っていった。
広めの個室に複数の治療薬が入った管に繋がれた佐月が眠っていた。呼吸や脈は安定しており、峠は越えていた。
そして、二人の女性が佐月の隣に立っていた。
一人は先ほどの黒フートの少女だった。
「やっぱり君たちが来るか。新魔教団の最高幹部。三神聖」
徳人は戦闘姿勢を取ったが、その表情に普段の余裕は感じられなかった。
「徳人くん。すぐに敵対行動を取る癖は止めておいた方がいいと私は進言したはずですよ」
「敵対行動? 《教皇》の君にそう言ってもらえるとは光栄だね」
教皇と言われた女性は長い赤髪と虚空を見つめるような透き通った目をしていた。女性ながらも背丈は徳人よりも頭一つ大きい。
「先に言っておくけど、彼は僕の物だ。君らに渡すつもりはない」
「物とはよろしくありませんね。『彼に謝りなさい』」
警戒していた徳人だったが体が勝手に動き、佐月に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい」
「謝れたようですね。さて、『あなたが彼に執着する理由をすべて言いなさい』」
徳人の口は勝手に動き出した。
「一目惚れだよ。それ以外に言うことはないね」
「私の異能に抵抗してきましたか。賢くなりましたね。徳人くん」
「一時的なものだよ。君がその気ならすべて言わされるんだろう?」
「それでは興が削がれますね。それに死神さんもいるのでこれ以上は聞きません」
徳人が顔を上げた。
「中津佐月。彼の経歴については調べました。徳人くんも調べていたみたいですね」
「ええ。彼は中学生に上がる直前に突然鍛え始めた。それまでは平凡も平凡。ただの田舎の少年だった。おそらく彼は死に戻りしたんでしょう。そうとしか説明がつかない動きをしていた」
「そうでしょうね。強さや未来を知っていることを差し引いても、私の目には彼が希望に見えます」
「希望?」
徳人は自身よりも突拍子もなく佐月に興味を持った教皇の発言に首を傾げた。
「単刀直入に言いましょう。彼を渡してください」
能力差は歴然だった。徳人は教皇に頭が上がらない。
反論の言葉は無数に思いつくが、それ以上に恐怖が上回り、声が出なかった。
「沈黙するということは了承と受け取ってもよろしいですか?」
徳人にとって佐月が取られること自体はそれほど嫌だとは思っていなかった。
しかし、それは奪い返すことすらも楽しめるからであり、どうやっても取り返せない状況ではない。
教皇という女性に取られれば、確実に佐月の主導権は彼女が握る。
それを悟っていた徳人はある言葉を思い出した。
「できるできないじゃない。やるんだよ」
徳人は魔法で空中に無数の光玉を生成した。
「それが徳人くんの答えですか?」
「ああ。君に譲るぐらいならここで僕は死んでやる」
徳人は魔法を二人に向かって放った。
「けけけ。喧嘩はだめ」
死神を中心に黒い霧が生成され、射出された光弾がすべて闇に消えた。
「死神さんの言う通り。ここは病院で患者もいます。それに本人の意思を無視するのはいけませんね」
「珍しく常識的だね」
「出会う場所は近くの特級ダンジョンでいいでしょう。では」
一方的に条件を伝えた後、教皇と呼ばれた女性は病室から出て行った。
「ま、またね」
死神は佐月に向かって手を振っていた。
その瞬間、徳人の目に彼女の感情が映った。
それは寂しさだった。
「死神ちゃん。待って」
「え。あ。な。何かな?」
死神は徳人の顔を見ていなかった。
だが、徳人にとって、その態度はどうでもよかった。
「彼は君みたいな異常者でも友達になってくれるいい人だ。友達になりたくないかい?」
「うん!」
死神はフードの上からも分かるぐらい激しく小さな首を縦に振った。
「じゃあ、僕と手を組まないかい? なに、教皇と敵対する必要はない。ただ彼女の凶行から彼を守ってくれ。そうすれば彼は友達になってくれるはずだ」
「わ、わ。分かった!」
死神が外に出て行った。
「全く、厄介な奴らに目をつけられちゃったね。相棒」
徳人は佐月の胸に手を当てた。
これにて1章は終わりです!
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
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2章からもっと佐月くんが大変な目に遭いますので、お楽しみ下さいm(_ _)m




