十五話-回想 堕ちた天才
俺は光莉とパーティーを組んでダンジョンを攻略していた。
光莉は防御に関しては天才だったが、攻撃が一切できなかった。
まだ、実家でのトラウマを抱えていて、反撃をすることでより暴行された記憶を思い出して体が動かないと言っていた。
だが、それでも盾役がしっかりしているだけで攻撃をする俺が力不足であってもダンジョンを順調に攻略できた。
「これで、六級パーティーだ」
俺たちは六級ダンジョンを何度か攻略し、六級パーティーになった。
パーティーは実績と実力に応じて等級が決まる。
この等級によって挑戦できるダンジョンの等級が決まる。基本的に自身の等級よりも三等級上しか攻略許可が下りない。
七等級までのダンジョンは誰にでも攻略する権利があり、国も管理していない。一方、七等級以上になると国が管理をし、攻略をするためには申請をしなければならない。
変異したり、子どもが誤って入った際の救助など、例外処置もあるが、基本的にはパーティーの等級が基準を満たしていないとダンジョンに入場することすらできない。
「おめでとう。さっくんが頑張ったから」
「いや、光莉がいなかったらここまで来れなかった。だが、まだまだこれからだ」
「うん」
光莉の力はまだまだ余裕がある。俺だって、前のパーティーで五等級のダンジョンを攻略したことがある。攻撃に集中できたら、すぐに昇格できる。
そう思っていた。
――――――
「すまない」
俺は光莉に頭を下げた。
「? なんでさっくんが謝る?」
「俺の力が足りてない」
俺たちは五等級のダンジョンを攻略した。だが、俺の火力が足りず、光莉に明らかに迷惑を掛けてしまった。
光莉は完璧に仕事を果たしてくれていたのに俺はお荷物になってしまっていた。
「……なら、抱きしめて撫でて」
「ああ。それでいいなら」
今の光莉は俺に依存している。他の人とは喋らないし、目も合わせようともしない。
きっと、俺が見捨てられていないのはダンジョンの外で利用価値があるからに違いない。
「捨てないでね。さっくん」
「俺はお前を置いていかないから安心しろ」
「うん。ありがとう」
このままじゃダメだ。
俺たちには火力が足りない。誰か火力を持っている人間を仲間に入れたい。
だが、近接戦を得意とする奴を入れると確実に俺は要らなくなる。
あと、少しで何かを掴める気がする。まだ近接戦を得意とする奴は入れたくない。
下徳高校には複数の学科がある。冒険科が一番有名だが、次に有名な学科として魔法科というものもある。
「魔法科に行くか」
「どうしたの? 魔法?」
「新しい仲間を追加しようと思っていてな」
「要らない。でも、さっくんが要ると思ったらいい。女はダメ」
「分かった分かった。明日探してみるよ」
魔法科の生徒はダンジョンを攻略する必要はない。
だが、多くの冒険科の生徒たちは魔法科の生徒を仲間にしたがっている。それは後方火力という戦闘スペースを妨害しないエリアに置くことができる入れ得な役割だからだ。
それに対し、魔法科からしてみれば冒険科はあまりいい目では見られていない。才能を持っている魔法使いたちがわざわざダンジョンに潜る必要はない。
だから、魔法使いの冒険者は非常に珍しい。
――――――
「ということで、先生。誰かいい人は知りませんか?」
魔法科の人脈がない俺は、嘉納先生に頼ることにした。
「魔法使いの需要は高いし、供給は少ない。それは分かっているな」
「はい」
「普通なら俺から紹介はしたくはないんだが。お前は冴を卒業させてくれた。そのお礼だ。品質にしたら最低だが紹介してやる」
「ありがとうございます」
ということで、俺はある人物のいる魔法科の訓練室にやってきた。
そこで魔法使いたちが的に向かって魔法の練習をしていた。
「あいつか」
周りとは一線を画している容姿をしていると言われて少し不安だったが、周りを見渡してもあいつしかいないと言えるほど容姿に優れている男がいた。
「君が川谷徳人くんだね」
「そうだよ。君は?」
「冒険科一年の中津佐月という。今日は――」
「勧誘だね。いいよ。試しに一緒に行こうか。ただその前に僕の説明をしてあげよう」
魔法使いがこんなにあっさり入ってくれるとは思わなかった。何か事情があるのか?
「僕が使える魔法魔法はたった一つだけ。《光弾》って言ってね。こんな小さな球体を射出するだけでね。おまけに連射もできない。次弾は万全の状態で三十秒後。じゃあ、ダンジョン攻略に行こうか」
説明の後、光弾が放たれ、的の中心に指先ほどの穴が空いた。十分に威力はあるみたいだ。
「ああ。分かった。とりあえず行ってみよう」
川谷徳人という男は自身の能力を低いかのように語ったが、俺には魔法使いの能力の上下は分からない。他の魔法使いたちが休憩なんてせずに的を木っ端みじんにする魔法をどんどん撃って練習しているということは三十秒というのは長い方なんだろう。
だが、他の魔法使いはどうでもいい。実践でどうなるか。それが俺たちにとって重要なことだ。
――――――
五等級のダンジョンにやってきた。
「さっくん。離れないで」
光莉は川谷がいるせいか、やけに俺にくっついて来た。
明らかに警戒している。本来ならこんなことをすれば、せっかく同行してくれた川谷が嫌な顔をするはずだが。
「川谷くん。すまないな」
「いいよいいよ。特別なカップルはいいね」
川谷は川谷で俺たちから距離を取っている。
「戦闘準備」
魔物が現れた。五等級の魔物は多量の脂肪を蓄えたオークだ。
動きは遅いが防御力と攻撃力が高いことが特徴だ。
光莉が前に出た。
オークは目の前にいる小さい生物に対して棍棒を振り下ろした。
「弱い」
普通なら潰されそうな棍棒の攻撃を光莉はあっさりと受け止めた。
光莉が攻撃を受け止めているうちに俺は打撃をする。
「クソ。脂肪に弾かれる」
分厚い脂肪は俺の拳を弾き、打撃の威力を半減させる。
これのせいで一体を倒すのに三十分以上掛かることもあった。
「僕の出番だね」
川谷が光弾を射出し、オークの腹部に小さな穴が開いた。
あまりに小さい穴で大したダメージになってはいなかった。
だが、明らかな弱点が生まれた。
「見える」
なんだこれは!?
どうすればオークの体を壊せるか。
赤いポインターで示されるように分かる。
傷口を抉るように抜き手の突きを放った。
指先によってオークの腹部の穴が広がる。痛みを感じているのかオークは俺に向かって棍棒を放ってきた。
「守る」
棍棒は盾によって防がれた。
徳人が空けた穴以外にも弱点が分かる。
そして、弱点を確実に壊す体の動きも分かる。
今までやって来たことが噛み合い、開花したような感覚だ。
オークの膝を蹴り崩し、バランスが崩れた所に渾身の一撃をぶつけた。
さっきまで弾かれていた脂肪を無視するかのように打撃はオークの内部に浸透した。
オークの体が消えた。俺たちの勝ちだ。
「さっくん。強くなった?」
「ああ。そうみたいだ。技術か何かはよく分からないが、無駄な動きがなくなったような気がする」
さっきまでとは別人のような感覚だ。
「すごいね」
「川谷くんのお陰だ。君の攻撃は敵に弱点を作ることができる。もしよければ、俺たちのパーティーに入らないか?」
「こんな才能もなくて弱い僕でもいいなら喜んで入ろう。君たちといるのは面白そうだ」
他のパーティーなら魔法使いに求められるのは魔物の体力を削る火力だが、俺たちに必要なのは弱点を作る火力だ。川谷の《光弾》は俺には重要なピースだ。
川谷をパーティーに加えたことによって俺たちのパーティーは飛躍的に戦力を向上させた。
――――――
パーティーを組んでから数週間後、徳人に呼び出されてすこしおしゃれなカフェに来ていた。時間のせいもあってか客は誰もいなかった。
「リーダー。二人きりで会話するのも久しぶりだね」
「そうだな。どうした? お前の方から呼び出して」
「なに。僕のことを知って欲しくなってね。メンターになってくれるかな?」
「それは構わないが……」
「良かった。じゃあ、少し過去の話からしようかな」
徳人は半生を語ってくれた。
代々日本を裏から支配してきた川谷一族の直系で次期当主になる予定だったこと。
天才すぎて、この世界に楽しみを見いだせなかったこと。
交通事故により脳を損傷し、才能のほとんどを失ったこと。
「僕はね。今も昔もここが極端でダメなんだ」
徳人は頭をつついた。
「才能を失った後は初めて努力ってものをしてそれなりに楽しかったんだけどね。なんだか孤独で寂しくてね。そこに君が現れた。この数週間は人生でも一番楽しい記憶だよ。本当にありがとう」
「それは良かった」
「僕はね。リーダー。二人の事が好きだ。今の僕は君たちの隣に立つことはできない。だから、一か月だけでいい。時間をくれないかい?」
ダンジョン内では徳人の魔法は役に立っているが、本人がそう言うのなら一か月ぐらいは問題はない。
「いいぞ。俺も少し落ち着ける時間が欲しかった。丁度いい」
「気遣いさせてしまったみたいだね。ありがとう。さて、もう少し時間を貰ってもいいかい?」
「ああ。別に構わないが」
「じゃあ、パーティー名について提案してもいいかな?」
パーティー名。確かに名前は決めていなかった。ダンジョン攻略や光莉の世話で名前を考える余裕はなかった。
「何か考えているみたいだな。教えてくれ」
「『白の珈琲』。お洒落でかっこいいでしょ」
「確かにおしゃれなネーミングだな。ちなみにどういう意味があるんだ?」
『白の珈琲』。パーティー名に色を入れるのは分かるが、珈琲を入れる意味が分からない。
「白っていうのは光莉ちゃんの事で、珈琲はリーダーのことだよ。技術とフィジカルだったり、性格も反対な君らの関係性は白色の珈琲みたいにあり得ない存在。珈琲なのは僕の趣味だよ」
「いいじゃないか。全員を象徴できているし、何よりかっこいい」
「対外的には本来珈琲は黒いけど、それに『白』を冠することで『既存の常識を覆す存在』としての意味合いがあるようにしよう」
この後、光莉に相談したら。
「いいと思う。さっくんの決定に従う」
と言っていた。
こうして、俺たちのパーティー名は『白の珈琲』になった。




