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十四話 一瞬の決着

 真正面から戦って俺が徳人に勝てる可能性は0.001%もないだろう。


 だが、この勝負に勝てなければ世界が滅亡する未来は変わらない。


「じゃあ、始めようか。僕に遠慮せず、死んでくれ」


 魔法で作られた火や水。その他さまざまな球体がダンジョン内を覆いつくした。


「やっぱり規格外()()()んだな」


 前世で俺が知っている徳人はこの規模の魔法を使えなかった。


 使えるのは小さい光の球体を相手にぶつける低威力の《光弾》のみ。魔力の量も訓練するまではギリギリ魔法使いを名乗れるレベルだった。


 俺は魔力やら魔法やらを詳しくは知らない。前世の徳人は『魔力が筋力』で『魔法が技術』と言っていた。


 その基準で言えば、前世の徳人は技術もなんにもないもやし野郎だったということだ。


「覚悟は決まったかい?」

「ああ。お前を殺す覚悟がな」

「ああ。あれ? 『できるできないじゃない。やるんだよ』ってやつ? じゃあ、やってみなよ。この絶望的な状況で!」


 雨のように魔法が降りそそがれた。


 作戦なんてない。あった所で徳人は俺のすべてを見抜くだろう。ダンジョン内なら使える()()()はあるが、徳人が相手では有効打にはならない。


 だが、俺は人生二周目だ。ズルでもチートでもなんでも使う覚悟はある。

 徳人が知りえない人間の技。これしかない。


「あっけなかったね。特別そうだった君も僕の前じゃただのモブに過ぎなかったね。失望したよ」


 俺が死んだと確信していたらしい。確かにもう決着は着いた。


「えっ? なんで喉から出血が……へえ、人間ってそんな状態でも生きているって。判定されるんだ」


 俺の指が徳人の喉にある大動脈を貫いていた。


 『隠者の歩法』で死角から近づき、『断罪突き』で徳人の喉を貫いた。どちらも『白の珈琲』最後の一人、榎本松枝の技だ。


「ああ。寒いね。そうか。人間ってそう簡単に死ねはしないんだ」

「あ゛」


 俺の体はどうなっているか分からないが、声帯は焼け焦げ、呼吸もできない。肉体はどれほど残っているかは知らないが、火傷による死は長く苦しむことになる。


 徳人が先に力尽き、消えた。


 俺ももうじき死ぬ。懐かしいなこの感覚。


 俺は死ぬことに長けている。どんなに痛みを感じても死ねば無傷で出られるのなら問題はない。俺は割り切れていた。

 残った力を使って頭蓋骨を地面に叩きつけた。


 既に脆くなっていた骨は簡単に割れ、俺は死んだ。


『残り二回』


 なんだこの表示は? そう考える間に俺はダンジョンから出された。


 ――――――


 ダンジョンから出された。


 徳人は公園のベンチで体を丸めていた。

 今はあのウィンドウのことよりも徳人の方に集中しないといけないな。


「はあ。はあ」


 気温的には寒くはないのに体を擦って少しでも熱を出そうとしていた。


「さっきから寒くてね。君は大丈夫なのかい?」

「ああ」

「死ぬってこんな感じなんだ。初めて知ったよ。無傷だって頭で分かっていても心が死んだことを反芻はんすうしているんだろうね」


 徳人はまだ冷静な方だ。


 普通ダンジョンで死んだ人間というのは会話すらままならなくなる。

 俺にはよく分からない感情だが、それはただ俺が特別なだけだ。


 冒険科に合格するような奴でも、数日は震えが収まらないような奴が大半だ。


「えっ? な、何をしているのかな?」

「これで少しは温まるか?」


 俺は丸まった徳人を抱きしめた。

 物理的な寒さなら服を貸せばいいが、精神的な寒さには人肌しか効果はない。前世ではよく光莉にこうしてやった。


 徳人もイかれているが、大事な仲間だ。


「こ、困っちゃうな。確かに僕は男にもモテちゃうけど、その気はないんだけどな」

「じゃあ、やめるか?」

「……少しこのままでいいかな?」


 徳人の震えが少し穏やかになったような気がする。この方法に男女は関係ない。多少の信頼関係があればいい。

 俺たちは出会って間もないが、俺も徳人も特殊な人間だ。もう、友達だと言ってもいい距離感だ。


「……君の前世でも僕は君に抱かれたのかい?」

「抱く訳ないだろう」

「へえ、その時の僕の気持ちはなんとなく分かるよ。人生ってこんなに面白いんだね」


 徳人がどう思考をしてその結論に至ったかは俺には理解できない。


 だが、徳人が満足そうなら良かった。


「ありがとう。もう大丈夫だよ」

「そうか」

「じゃあ、君の要求を聞こうか。僕の負けだ。君はこの僕。川谷徳人を使って何をしたいんだい?」


 今の徳人になら俺の前世を伝えられる。


「この世界は『滅亡する。それを防ぐには……』」

『禁止ワードです』


 謎のウィンドウが表示されるとともに声がでなくなった。


 なんだこれは?


 ダンジョン内での干渉は回帰した代償程度に考えていた。だが、ここまでされると俺はこのウィンドウについて探らないといけなくなる。


「どうしたんだい? 急に言葉を止めて。この世界は?」

「すまない。()()()、単刀直入に言う。俺に従え」


 従えという言葉に当然ながら徳人は首を傾げた。


「てっきり仲間になれとでも言うかと思ったんだけど、いいよ。君に僕を扱えるのならやってみるといい。せいぜい後悔しないでね」


 疑問に感じつつも了承してくれた。


「君の事情はおおよそ把握したよ。まずは互いのしがらみをどうにかしないといけないみたいだね。僕も僕なりに動いてみるから、頼むよリーダー」

「ああ。退屈はさせない」


 徳人が仲間になった。だが、まだ徳人のことを信用はできない。

 あいつの中にいるナニカを潰すまではまだ真の仲間にはなれない。


 だが、俺は頭脳を手に入れた。徳人がいれば今後の活動の質は大幅に向上するだろう。


「じゃあ、僕のことはいいから、あの子をかまってあげなよ」


 徳人に言われて振り向くとダンジョンの入り口にちょこんと座った光莉がいた。


「どうしたんだ?」

「わたしには意思が足りない」

「おい! そのひたいはどうした!?」


 光莉の額が真っ赤に腫れていた。ダンジョンの中には魔物はいなかったはずだ。


「自分でやった。死ねなかった。覚悟が足りない」

「光莉なぁ。お前は死ななくてもいいんだ。徳人。氷を出せるか? すぐ冷やせば治りは早くなるはずだ」

「はいはい」


 魔法によって作られた氷を光莉の額に当てた。


「大丈夫か? 痛くないか?」

「うん」

「死ぬことは覚悟とは違う。それは強さじゃない。光莉は生きてさえいればいいんだからな」


 光莉を慰めるのも懐かしいな。昔みたいに泣きじゃくっていないのは少し寂しさすら覚えるが、今の状態こそ俺が求める笹井光莉という人間だ。


「ありがとう。もう大丈夫」

「そうか。光莉さん。すまなかった。急に馴れ馴れしかったな」


 今の光莉にとってまだ俺は倒すべき相手であり、仲間じゃない。さっきはつい余って頭をなでたりもしてしまっていた。

 前世の癖とはいえ、こんなことを二度もしてしまった。光莉の性格から態度に示すことはないが、内心変な奴ぐらいに思っているかもしれない。


「気にしない。あと、呼び捨てでいい」

「それなら良かった」

「……わたしも仲間にいれて」


 光莉は俺たちを見ながらそう言った。


 俺にとっては好都合な提案だが、今の関係性で仲間になりたいという心情が理解できない。だが、俺は光莉に対して断るという選択肢を持ち合わせていない。


「ああ! 仲間っていうのはともかく友達になろうか」

「そう友達。友達になって」


 光莉の表情が少し柔らかくなったように感じる。 


 今の光莉が俺たちに何を感じたかは分からないが、確実にいい方向に行っていることは分かる。


「青春っていいなー。若いっていいなー」

「こら、茶化さないの」


 先生たちが魔石を回収してダンジョンから出て来た。

 ダンジョンが消えた。


「あと、川谷の坊ちゃん。これは返しておくぜ」


 嘉納先生が徳人にお金を返した。


「面白いことをするなら先に言えよ。いくら俺でも子どもから金は取らないからな」

「そう言うのなら受け取りましょう。僕らのことを揶揄やゆしつつも、あなた方も同じですね」

「子どもが変に勘ぐるな。その目じゃ、見たくなくても見えるんだろうな。とにかく、子どもはさっさと先輩たちの試合を見に行け」

「分かりました。徳人。光莉。戻るぞ」


 武道館に戻ろうと歩き始めたとき。


 会場の方から爆発が起こり、黒煙が見えた。

 なんだ? こんな出来事。前世では聞いたこともないぞ。


「お前らは避難しろ! 俺たちに任せろ。絶対に来るんじゃねぇぞ。長尾!」

「分かったわ」


 先生二人が会場に向かって駆け出した。


 あまりの速さに俺たちでは姿を捉えるので精一杯だった。

 先生たちは異常事態だと認識している。


 武道館には冴先輩がいる。あの人がどうにかなる未来は見えないが、俺の体はすぐにでも助けに行こうとしている。


「さて、リーダー。僕らはどうすればいい?」


 徳人が俺の指示を待っている。俺が下に付けと言ったことで指示を仰いでいる。

 おそらく、俺の試しているな。ただ、今はそんなことはどうでもいい。


「何が起こっているか分からない。まずは待機だ」

「了解だよ。リーダー」


 何が起こっているか分からない以上、()()()()()危険に晒す訳にはいかない。とりあえず、公園なら見通しもいいし、敵が現れても対処がしやすい。ここは動こうとする体を制御しないといけない。


『あ。あ。会場のみなさま! 私の声が届いていますでしょうか!?』


 武道館から道化みたいな特徴的な口調の放送が流れ始めた。


 声だけで分かる。こいつは――


『笑いましょう! 嬉しい時も、悲しい時も、つまらない時も。笑えばいいんですよ。ほら、笑って。表情筋を動かすのではなく心の奥底から笑いましょう』


 新魔教団の幹部。通称『スマイルズ』。前世で俺が死ぬ直前で戦っていた奴らの一人だ。


「二人は今すぐ逃げろ」

「それが指示なら従うよ。行こう」


 徳人は光莉を連れて行こうとしていたが、光莉は動かなかった。


「待って。わたしも行く」


 光莉は俺の指示に従う義務はないが、この場は早く離れて欲しい。


「ダメだ。光莉と相手の相性は悪い」


 『スマイルズ』は特殊な異能を持つ。それは声を聴いた人間の感情を揺さぶることで洗脳するというものだ。あいつのせいで人類のコミュニティは疑心暗鬼になり壊滅に追い込まれた。

 あいつは殺さないといけない。


 光莉は物理的な攻撃には強いが精神系はまだ対応できないだろう。明らかに相性が悪い。


「家族がいる。行かせて」

「……分かった。徳人。光莉を守ってくれ。この放送の声を聞くな。感情が揺さぶられたら、洗脳されるぞ。光莉も家族を見つけたらすぐに逃げろよ」


 そうして俺たちは武道館へ向かった。



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