十三話 天才vs超天才
冴先輩と徳人が対峙した。
「よう。坊ちゃん。女にモテそうなお前の顔をぐちゃぐちゃにしてやるぜ」
「小物みたいな挨拶をどうも。あなたはとても女とは思えない筋肉ですね。まあ、多様性のご時世ですからいいと思いますよ」
出会った頃から二人は仲が悪い。
ただ、この始まる直前の舌戦はルール的には推奨されている。
スポーツマンシップのすの字もないような競技だとつくづく思うが、ダンジョンという免罪符がすべてを許す現代がすべて悪い。
「始め!!」
気合の入った開始の声が会場に響いた。
観客はざわつくことすらできなかった。
「会場を殺気が包んでいる。あの二人、やっぱり規格外だな」
暴力を楽しみに来ているような観客ですら、その殺気に体をこわばらせている。
「動くぞ」
冴先輩が仕掛けた。
一撃目はあいさつ代わりの全力ストレート。
それを徳人は側面から拳を崩し、流した。
そして、すぐにカウンターのストレート。
意趣返しのように冴先輩は流し、体当たりで徳人を崩しに掛かった。
徳人は体当たりに対して、投げを選択した。
冴先輩は地面に転がり、徳人は攻撃を仕掛けようとした所を冴先輩は全身のバネを使った蹴りで牽制し止めた。
「すごい」
隣で見ている光莉が感嘆した。
たしかにこの攻防は一部の隙もない。まるで演劇でも見ているような綺麗な流れだ。
「動くぞ」
二人は絡み合うかのような攻防を続けた。
「次元が違う」
「ああ。あいつらは化け物だ」
互いに軽傷すらなく互角に見える戦い。
だが、差は明確にある。
徳人の攻撃が先輩の頬に掠り、少量の出血になった。
「クソが。ムカつくな」
冴先輩は明らかに苛立っている。冷静さを欠いている。
冴先輩の長所であり短所。それは感情的に左右されやすいことだ。
「想像通りっちゃ想像通りなんだけど、実際に体験してみると面白いね。もっと粘ってみなよ」
「うるせぇ!」
怒りに任せたラリアット。
その攻撃を避けるのではなく徳人はあえてガードして受けた。
あの威力の打撃を徳人の体が受け止められるはずもなく後方に吹っ飛んだ。
「この威力は想定外だったよ。身体能力の差は覆らないね」
攻撃をしたはずの冴先輩の腕が力なく崩れ落ちた。あれは骨が折れているな。
「拒絶の盾を使った?」
「ああ。徳人は俺たちの試合から技をパクった」
徳人の奴。『拒絶の盾』を使ったな。俺は前世の経験があるから使えるが、徳人はつい最近知った技だろう。本物の天才にとっては簡単に使える技だったんだろう。
「もっと僕を楽しませてくれるんだよね。さあ、君の本気を見せてくれ」
「この程度で勝った気になるなよ」
勝負は決まった。
それでも、冴先輩は諦めるという言葉を知らないのか攻撃をし続けた。
試合後、冴先輩は医務室に搬送された。なんで立てるか不思議なぐらいのダメージを負っていたにも関わらず、あの人は倒れることなく最後まで戦っていた。
あの人は化け物だ。だが、それ以上に徳人が化け物だっただけだ。
一緒に観戦していた光莉が俺の袖を引っ張った。
「……わたしはあれに勝てるようになる?」
格の違いを感じてしまったのだろう。それも仕方がない。あの舞台に立つ資格を持つ全国大会出場の強者たちですら震えてしまっている。自信を喪失するのも無理はない。
試しに俺の頭の中であの試合のど真ん中に全盛期の光莉を置いてみた。
「楽勝だろうな。身体能力が違う」
何度シミュレーションを重ねても光莉が腕を振るうだけで二人まとめてなぎ倒し勝ってしまう。
「今はまだいろいろと足りないが、ちゃんとした指導者の元で鍛えれば高校生になる頃には今の二人に勝てるようになるだろう」
「ちゃんとした指導者? どういう意味?」
今の光莉の指導者は父親だ。それを貶されたかもと思って少し不機嫌になっている。
「その考え通りだ。自分でいろいろ考えてみてくれ」
言葉をはぐらかしながら立ち上がった。
「――待って」
光莉に服を掴まれた。あまりの怪力に抵抗するだけ無駄だと悟り俺は止まった。
「あなたならわたしを強くできる? 誰にも負けないぐらい」
「ああ。当然だ。俺以外でも、笹井さんをそのステージに持っていける。それだけ君の才能は突出している」
「光莉でいい。どうして、才能が分かる?」
前世で知っているから。たったそれだけだ。そう言いたかったが、俺の前世を話すということは世界を救う責任を託すということだ。
まだ今の光莉とはそこまで繋がっていない。
「光莉さんは自己評価が低いだけだ。少なくとも今時点で君のお兄さんは君に勝てない。直接戦った俺だから全部分かる」
「分かった」
光莉は手を放してくれた。
冴先輩は今はきっと一人でいたいだろうから、徳人に会いに行くか。
「……なんでついてくるんだ?」
「?」
光莉はさも当然かのようについてきて、俺が質問すると言語が通じていないのか心配になるほど首を傾けた。
可愛い生物だな。という余計な思考が入って来るが、全力ですみに追いやる。
「やあ。待っていたよ」
徳人は選手控室の前に立っていた。俺が来ることは分かっていたみたいだな。
「世の中にはあんなに強い人がいるなんて驚きだったよ。ほら、まだ手が震えている。闘いってこんなに面白いんだ」
興奮気味に俺に話しかけて来た。話し方から本当に闘いを楽しんでいたんだろうことがしっかりと伝わって来る。
ただその目の奥はなんとなく物足りなさを感じた。
「でも、残念だな。これ以上はつまらないだろうね。僕は強くなるのにみんな弱いままだからね。あーあ。どうせ君もすぐに僕の前からいなくなるんだ」
圧倒的な才能故の孤独。
前世の徳人から聞いたときは分からなかったが、今は少しだけ共感ができるような気がする。
「遊びに行こうぜ。俺が楽しませてやる」
「ハハハ! 君如きが僕を楽しませる? 傲慢なのは僕一人で十分だ。一度だけ遊んであげるよ」
今しかない。
興奮し、冷静さが少し欠けた徳人は今日、この瞬間しか存在しない。
「都合のいいダンジョンは抑えてあるからそこに行こう」
徳人が歩き始めた。
「遊ぶ?」
「ああ。男同士の遊びだ……来たいなら好きにしろ」
「分かった」
光莉に見せるつもりはなかったが、見せても問題はない。
俺たちは会場のダンジョンに向かった。
――――――
公園に出現した三級ダンジョンまでやって来た。
ダンジョンの前には嘉納先生ともう一人、巨大な斧を背負った女性の人がいた。
あの女性は冒険科を持つ三校の一つ帝東西高校の長尾先生だ。この人は嘉納先生がいた『黒龍』のメンバーだった。
「制圧はしてくれているんだよね」
「ええ。お坊ちゃま。依頼通りにやってやったぞ」
「報酬はこちらです」
徳人は先生たちに現金を渡した。
「よっし、現ナマゲット。これでまた遊びに行けるぞ」
「あんたは全く昔から変わらずバカねぇ。自分の生徒の前でそんな態度をするのは如何なものかしら」
「佐月は生徒だが生徒じゃねえ。弱いとこさえ見せなければそれでいいんだ。人間性どうのはどうでもいい。いっ。急に耳をつねるな。痛いだろ」
元パーティーメンバー同士の楽しい乳繰り合いだ。こういう光景を見ると少し微笑ましく感じるな。俺にもあんな日々があったな。
「感傷に浸ってないで早く戦おう。体が疼いて仕方がないんだ」
「ああ。楽しもうぜ」
俺たちはこれから殺し合いをする。
魔物はすべて倒されており、ダンジョンマスターの部屋には既に魔石があった。魔石が回収されるまではダンジョンはその機能を保つ。
「じゃあ、始めようか。楽しい遊びをね」
徳人は手を前に構えた。
「魔法は禁止なんて冷めるようなことは言わないよね」
「ああ。お前のすべてをぶつけてくれ」
前世では魔法使いを本職にしていた徳人に魔法有りで戦うか。
素手ですら厳しいっていうのにこれは無理難題だな。
ただ、まあ。ここで勝てなきゃ世界は救えない。




