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十一話 憎悪を向けて

 二回戦目最終試合。


 光莉が相手だ。


「許さない」

「いい目だな」


 兄の心を折られた恨みか俺を見る目が鋭いような気がする。


「始め!」


 光莉は肩を向けてタックルしてきた。

 おそらく、拒絶の盾を使うつもりだろう。


 俺も同じ構えを取り、互いの肩が触れ合った。


「「拒絶の盾」」


 互いの技がぶつかり合う。


 予想はしていたが、純粋なフィジカルでは光莉の方が上だ。

 たった二か月の修行では、幼少期から鍛えて来た天才には勝てないということだろう。その事実は受け止めるしかない。


 だが、この程度なら技術の差で押し通せる。


 距離にして数センチメートル。たったそれだけ身を動かすことで力の流れが変わった。


 光莉の力はかなり無駄になった。

 俺は100%の力を伝え、光莉を吹っ飛ばした。


「力負けた?」


 床に跡が着くほどの指先の力で場外に出る前に止まった。


「どうした? 兄の仇を取るんじゃなかったか?」

「……」


 力負けを想定していなかったのか、光莉が様子を見始めた。


 実際は俺の方が力が弱い。だが、今の光莉よりも武のレベルが圧倒的に高い。だから、光莉は変な誤解をしているし、俺はそれに便乗できる。


「君の使う流派は明らかな欠陥が多い」


 武というものは身体的弱者が強者に勝つために効率的な動きを提案してくれる。

 ただ、武というのは時々、使用者を裏切ることがある。


 裏切るという表現が適切かは知らないが、俺たち。俺と前世の光莉の中ではそう結論付けた。


「防御をむねとするのに、無駄に攻撃性を増加させている。君は防御さえしていればいいのにな。もしかして指導者が悪いのか?」

「家族の技を侮辱するな!」


 光莉は怒鳴ると同時に踏み込んだ。


 床が割れる。踏み込みから放たれたのは胸部に向けた貫手の突き。


「トライデント!」


 ああ。そんなクソみたいな技もあったな。


「えっ?」


 俺は脱力で突きを流し、光莉の伸びきった腕を脇に挟んだ。


 本当の戦いならこのまま相手の腕を折れる。

 だが、俺には精神的に光莉の腕は折れない。


 掴んだ腕を離した。


「舐めている?」

「ああ。そうだ。舐めている」


 光莉には一つ大きな欠点がある。


「君は当て感がないだろう。戦闘において防御の次に才能が必要になるのは打撃だ。先に言っておくが、君には防御の才能はある。だが、攻撃に関してはカス以下だ」


 侮辱してもさっきみたいに怒ったりはしない。光莉の怒りの沸点は大抵、家族や大切な人にある。本人に対していくら悪口を言おうとも動じはしない。


「防御……」


 光莉はバカじゃない。俺が言ったことについて自分なりの考えを巡らせている。


 本当ならもっと考える時間をあげたいが、今は試合中だ。実践で学ばせる他ない。


「いくぞ。俺は君の選択を尊重する」


 俺は光莉のあごに向かって掌底を打ち込んだ。

 この攻撃は一般人なら殺せる威力と部位を狙った。


「これだよ。これ」


 光莉は俺の攻撃を前腕で受け止めた。


「拒絶の盾」


 俺の攻撃が反射したかのように俺の腕を襲った。抵抗することもせず手を反対方向に行った。


「これも効かない……」


 本来なら、腕は粉砕骨折か最低でも脱臼はしていただろう。

 だが、俺の腕は無事だ。


「悪いな。付け焼刃じゃ俺を倒せはしない」


 久々に光莉と戦えるのが嬉しかった。


 もっと、こうして対峙していたいが、俺の真の目的はそれじゃない。


「じゃあな」


 俺は防御をする光莉を押し出して場外に出した。


「……動けない」


 技の極致に立っていればこんなことすらできる。相手が人間の範疇ならば俺が勝つ。


「選手が場外から復帰しないため、勝者。中津佐月選手!」


 こうして第二回戦が終わった。


 ――――――


 俺は近くにあった自動販売機でたこ焼きを二つ買い選手控室に向かった。


 タオルを頭に掛け、うなだれるような体勢で光莉が座っていた。明らかに落ち込んでいるな。俺が原因なのは明らかだが、好物のたこ焼きを持ってきたし、これで少し元気になってくれるとありがたい。


「対戦ありがとな。都会の自動販売機はたこ焼きを売っているらしい。興奮して二つ買ってしまった。食べるか?」

「いらない」

「そうか。まあ置いておくから冷める前に食べてくれ」


 光莉の座るベンチにたこ焼きを置いた。


「だから、要らないって――」

「君はすごい努力家だな。対戦してその努力が身に染みて分かった」


 無理やり会話をねじ込む。


「……でも、負けた。手加減もされた」

「そうだな。それは事実だ。だがな。それはあくまで俺が相手だったからだ。俺は圧倒的に強いからな」


 人生二周目で中学生に負ける方が恥だ。

 逆に俺に負けることはなんの恥でもない。


 俺はチートを使った不正者だ。その自覚はあるし、否定もする気もない。


「手加減。なんでした?」

「君のお兄さんにやったことを君にするとでも思っていたのかな? あれは男同士の賭けをした結果に過ぎないよ。あれはあれだけやらないと君のお兄さんの名誉に関わる」

「? 意味が分からない」


 兄をボコボコにした理由についてははぐらかした。前世での恨みを上乗せしてしまったから、正当な理由が思いつかない。


「分からなくてもいいだろう? それに、笹井さんは俺の命を救ってくれた。俺がしたのは勝手な指導だ。笹井さんの持つその力の原石は今の流派に合っていない。俺にはそう感じた」

「笹井流が合っていない?」


 光莉が使う笹井流は盾術をルーツとして、無手でもその効果を得られるように体系化された武術だ。はっきり言って、ルーツ元を改悪し続けたものが笹井流である。


 そんな流派に合う合わないの話なんてないが、光莉を刺激しないようにそう言った。


「もし、より合う闘い方が見つけられれば、笹井さんは大きく成長できるだろうね。すべてを守る盾なんかいいかもな。俺からはこれだけだ。じゃあな。そのたこ焼きは食べてくれよ」


 待機室を出ようとしたら、丁度いいタイミングで笹井一家がやって来た。


「娘に何をしようとした!」


 怒鳴りながら父親が俺の胸倉を掴んだ。


「そのご指摘はごもっともだ。答えてやるよ。お前――」


 掴んできた腕を握った。


「自分の娘にどんな指導をしてきたんだ?」

「何ッ!? 何をした!? 体が動かない」


 父親の男は俺の前にひざまずいた。簡単な合気道だ。俺を掴む力が強いほどその力に抗えない。


「てめぇ! 親父おやじになにをしやがる」

「ぶっ殺してやる!」


 元気な兄二人が俺に向かって拳を振り上げた。


「みんな。待って!」


 光莉が制止した。

 俺はすぐに父親から手を離した。


「わたしは大丈夫」

「ここまでコケにされて引き下がれる訳がねぇだろ! こいつはここで殺す!」

「ああ。そうだな。勝途かつとの言う通りだ。光莉。お父さんたちは男同士の決着をつけないといけないんだ」

「女は黙ってろ!」


 光莉が止めてくれなかったら、今頃、地面とキスしていたはずの面々が元気に騒いでいる。


「それに、なんだ。それは? もしや、その男に貰ったわけではないだろうな」


 父親が光莉の隣にあったたこ焼きに目を付けた。俺の持っているものと同一の物であることからいろいろ察しているみたいだ。


「貰った」

「さっさと捨てろ。どうせ碌なものは入っていない」

「嫌だ」

「父親の言うことが聞こえないのか!?」


 光莉の隣にあったたこ焼きを父親が叩き落した。


 たこ焼きが床に転がった。ソースが転がった軌跡を残している。


「はあ。食べ物を粗末にするなって、()()から教わらなかったのか? 掃除の人もいるのに常識知らずがいると面倒だな」


 俺はたこ焼きを拾い器に戻そうとした。


「ぐっ」


 屈んだ俺に対して二人の兄が俺を踏みつけて来た。

 動作は見えていた。だが、避けずに無様に受けた。こんなの痛くも痒くもない。


「俺たちの母親はもうこの世にいねぇ! 侮辱すんな」


 母親。それはこの一家に足りない重要なピースだ。

 俺は知っていた上で挑発をした。


「そうか。それは俺が悪かった。謝罪する。だが、それで食べ物を粗末にしていい理由にはならないだろ」

「うるせぇ! てめぇの言い分なんて聞く気はない!」


 このぐらいでいいか。


「分かった。()()()拳で決着をつけよう。この大会で俺が負けたら土下座でもなんでもしてやる」

「言ったな! 約束を破ったらただじゃおかねえからな」


 俺だけがデメリットを抱えた約束だと思った相手は喜々として条件を受け入れた。


「あんたに光莉さんはもったいない。あんたの武術。徹底的に否定してやる」


 父親にすれ違いざまにそう吹き込んだ。


 俺に恐怖しろ。俺に憎悪をぶつけろ。


 それで光莉をイジメる気にすらならなくなれば俺の勝ちだ。



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