十話-回想 踏み潰された才能
俺は冴先輩のお陰で繋がったパーティー『卒業させるぞ会』を追放された。
単純に俺の実力不足だ。むしろ、ここまで経験を積ませてくれたことに感謝するしかない。
己の限界を知り、俺は学校を辞めようとすら思っていた。先輩との約束の手前諦めたくはなかったが、足りないものを補うことが出来なかった以上。俺に未来はない。
諦めかけていた時、担任の嘉納先生が俺にある人物を紹介してくれた。
その人物の名前は笹井光莉という女子生徒だった。
入学してからすぐに不登校になった問題児ということしか知らない。
そんな不登校児との初対面は学校ではなく相手の家だった。
下徳高校は全国から学生を集めている。そのせいか、ほとんどの生徒が学校近くに下宿する。
その問題児も一人暮らしだった。
インターフォンを押すが、何も反応がない。
不在か? そう思ったが、一応ドアノブを捻ってみた。
――鍵が掛かっていない。
「いないのか?」
入れば不法侵入扱いされるかもしれないが、学校に来ていないという問題児が外をぶらぶらしているとは考えにくい。
一人暮らしの女性の家に入るのは少し気が引けるが、相手は冒険科の生徒だ。冴先輩みたいな人ならば数発殴るだけで許してくれるだろう。
「入るぞー」
なにかあった時のために声を出しながら入っていった。
扉は開けたままにする。仮に警察を呼ばれても減刑されることを狙っている。
「うわっ。汚いな」
部屋は一切掃除されておらず、ゴミが散乱し、一歩踏み出す度に埃が舞い散っていた。誰もここを通っていなかったみたいだな。家主はいないかもしれないな。
はあ、問題児にもほどがあるだろう。
悪路を歩くようにしてリビングの扉まで辿り着いた。
「開けるぞ! もしダメなら声を掛けてくれ!」
返事は帰ってこない。
俺は扉を開けた。
目の前に広がった光景を見て一瞬、頭が真っ白になった。
そこは首を吊った白髪の少女がいた。
「おい! 何やってんだ!」
この部屋に侵入した跡はない。事件性がない以上はすぐに助けに入った。
すぐに縄を切り落として体を横にさせた。あとは生存確認をしなければ。
「脈はあるが、意識はないみたいだな」
いつ吊ったかは知らないが、脈は整っていた。
「救急車を呼ぶぞ! 意識があればもっと頑張れ!」
携帯を取り出して119番を押そうとした所で俺の手が何者かによって止められた。
「うるさい」
女が俺の手を掴んでいた。
「おい。大丈夫なのか?」
「あの程度じゃ死ねない」
「は?」
こいつ。頭が可笑しいぞ。
「ふざけるな。ここで死んだら死ぬんだぞ」
「? 死に違いはない」
「死にたいならダンジョンの中で死ねよ。俺たちはそのために冒険科に入ったんじゃないのか?」
「?」
女の子は首を傾げた。
「お前の事情は知らないがな。死なれたら困るぞ」
俺の言っていることが理解できないのか。彼女は俺を変なことを言う奴みたいな表情で見つめていた。
「ああ! もう分かった。あとでダンジョンで死のう! 俺も付き合ってやる。ただ、その前にこの部屋は掃除するぞ!」
きょとんとしている彼女を置いて俺は部屋を片付けた。
冴先輩の元で奴隷をやっていた俺にとっては家の掃除は朝飯前だった。
もし埃の一つでも残そうものなら、喜々として締め落してくるようなサイコパスによって指導された俺に抜かりはない。
足の踏み場もなかった部屋はあっという間に綺麗になった。
ぐぅー
女のお腹が鳴った。
俺はすぐに冷蔵庫を確認したが、案の定何もなかった。
「はあ、飯に行くぞ」
「いらない」
「バカが。行くぞ!」
無理やり立たせようと腕を引っ張ったが、びくともしなかった。
なんつう力だ!?
いくら俺が冒険者の中では非力な方とは言ってもここまで差がある相手は冴先輩ぐらいしか……
今はそんなことを考える時じゃない。
「外に出たくないのか?」
肯定の頷きが帰って来た。
「はあ。分かった。食材を買いに行ってくるから。大人しく待ってろ。絶対に死のうとするなよ」
目を離した隙に自殺されては困る。
掃除をした過程で自殺に使えそうなものは全部まとめてある。ついでにゴミ捨て場に捨てに行くか。
――――――
食材を買って帰ると、少女は大人しく座っていた。
「大人しくできていたみたいだな。待ってろ。すぐ作ってやる」
料理も冴先輩の気分と舌に合っていない時はボコボコにされていたから慣れている。
肉と野菜を塩コショウで焼けば野菜炒めが、適当なスープの素を入れればスープになる。
ザ・若者の一人暮らしみたいな味付けが濃く調理が簡単なものばっかりを作った。
「食え」
「いらない」
「折角、作ったんだ。食べてくれ。頼む」
「……分かった」
さっきまでイヤイヤ期だったのに急に大人しく口を開けた。だが、食器は持っていない……
こいつ。自分で食べる気がないのか?
「ああ。もう。仕方がねぇな」
介護みたいに食べさせてやった。
流石の冴先輩ですらこんなことは要求してこな……いや、何回かしてきたな。
相手が口を開けるタイミングは大体分かる。戦う時と一緒だ。
筋肉の微細な動きであっても予備動作さえあれば、俺は相手の先の動きが分かる。
俺の分もあったが、少女はあっさり食べてしまった。
「ごちそうさま」
「お気に召したようで良かった。食器を洗ってきてやるから」
「……ママ」
服の袖を掴まれた。
いや、本当に手で掴まれたのか? まるで、回転式の粉砕機に服が引っかかったかと錯覚を覚えるほどの圧倒的な力だ。
戦いならあっちの方が完全に不利な体勢から押し倒された。
そのまま、俺を抱きしめて来た。
「ママ。ママ。ママ!」
泣きながらママと連呼している。俺はママじゃない。そう言う余裕は俺にはなかった。
「うっ」
砕ける。砕ける。
握りつぶされて死んだことは何度かあるが、直前にこの圧迫感があった。
確実に骨は折れている。ダンジョン内だったら、攻略してから自死を選ぶぐらいの重症だ。
俺は対人戦だけは優れている。だが、それは相手が人間である時に限る。
相手が常軌を逸した怪力を持つ場合は俺の能力は爪楊枝程度の抵抗力しか持ち合わせなくなる。
「光莉ね。いじめてくるお兄ちゃんたちが大っ嫌い。守ってくれないお父さんも嫌い。ママ。光莉は頑張っているのになんで、誰も認めてくれないの? 光莉は悪い子なの? なんで……」
喋ったかと思ったら俺の胸でぐずり出した。
こいつが、笹井光莉。
俺が思っていた以上に問題児だった。
散々泣いた後、そのまま眠った。
「はあ、これじゃ動けないな」
安心しきって眠る表情は俺の中にある母性を刺激してきた。
さっきまで自殺しようとしていたヤバい奴だが、どうも俺はこいつを見捨てることはできないみたいだ。
――――――
光莉と出会って二週間が経った。
この間は寝る時に毎回泣きじゃくって俺に愚痴に近いものをぶつけて来た。
その愚痴を聞いて俺は光莉の境遇を少し理解できた。
死線武道をやっていたこと。
三人の兄がいて、自分の才能を妬んでイジメて来ること。
父親はイジメには何も言わないこと。
死にたくないのに冒険科にムリヤリ入れられたこと。
光莉はまだ不安定だが、少しずつ落ち着きを取り戻した。
「さっくん。ダンジョンに行こう」
「どうした? お前から珍しいな」
「迷惑だけ掛ける訳にはいかない」
初めて光莉の口からダンジョンという言葉が出た。俺は初日以外でダンジョンの話題すら振っていなかったが、光莉の方から提案してくるとは思わなかった。
「分かった。じゃあ、まずは肩慣らしに十級ダンジョンを……」
「七級に行く」
「いや、光莉はダンジョン初心者だろ?」
「行く」
こうなった光莉はテコでも曲がらない。まあ、七等級なら俺でも行けるだろう。
「分かった。嘉納先生から武器を借りていってみるか」
「盾がいい」
「分かった。分かった。借りて来てやるよ」
先生から武器を借りてからダンジョンに向かった。
「弱い」
光莉はタンクとしてすべてを持ち合わせていた。
どんな魔物にも力負けせず、盾さえあればどんな攻撃も受け止めることが出来る。
俺にはもったいない人材だが、光莉は俺にしか扱えない。これなら――
――俺がプロ冒険者になれる道もあるかもしれない。
この時の俺は、光莉の事を理解していなかった。
根深い過去の因縁が光莉をどれだけ歪ませ、ねじれさせたかを。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
そろそろ物語の方向性が見えてきた頃かと思いますが、いかがでしょうか?
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