八話-Side インタビュー(偽物)
Sideですが、佐月以外の視点でのお話です。
Sideは基本的に三人称視点で進行します。
佐月と邂逅した徳人は観客席に座っていた。隣にはスーツ姿の男がいる。
「記者の君は彼をどう判断したかい?」
話を振られた記者と言われた男は悩むように頭を掻いた。
「うーん。俺に聞きますか? まあ、少し大人びてましたけど、どこにでもいる中学生って感じでした」
男は大げさに頭を抱えた。
「ああ。でも違うんでしょう。徳人様が興味を持ったということは特別な方なんでしょうね」
「君には彼の異常さを感じられなかったのかい?」
「ああ。すいません。俺には何も分かりません。どうか愚か者にその答えを教えて頂けませんか?」
おどけたフリをしながらも両手で祈るポーズを取った。
徳人は彼の行動を呆れた目で見た。
「はあ。全く、記者が必要だって言ったのは僕だけどなんで君みたいな動きが煩い人が来るんだか。おじい様も人が悪い。いいよ。教えてあげよう」
徳人はおもむろに立ち上がり、男の顔面を殴った。
殴られた男は殴られた部位を抑えながら、徳人を見つめた。
「……えっ。俺なにかやらかしちゃいました?」
「普通。急に殴られた時の反応はそうだよね」
「え? ええ。まあ……そうですね。徳人様じゃなかったら殴り返していましたが?」
言っている意味を理解できなかった男だったが、何食わぬ顔で表情を戻した。そして、その顔のまま首を嫌味ったらしく大きく傾けた。
「別にどう行動するとかはどうでも良くてね。普通、目の前の人間に異常な行動をされれば人の感情は動く。それが怒りや疑問であってもね」
「すいません。俺にも分かるように言ってくれません?」
「じゃあさ。殴られても感情が動かない人ってどう思う?」
男は傾げた首をメトロノームのように反対側に向けた。
「無痛症だったり? 壊れた人間だったり? あとは……そう。自分の事を他人事みたいに思えるような人とか。そんなぐらいですね。でもそんな人間いる訳ないじゃないですか。ああ! これが振りというやつですね!」
男は突如奇声を上げながら立ち上がり、両腕を広げ、徳人に向かって異常なまでに上がった口角を見せた。
その男の奇行に徳人は冷たい目を向けるだけだった。
「これは失敬。っで? 彼は殴られても何も感じない異常者なんですね」
「今、猛烈に君の事を嫌いになりそうだ」
「そうですか。元々、嫌われ者としてはノーダメージですけどね」
男は席に座ったがその顔には笑顔が張り付いていた。
「徳人様の眼から映る彼の姿と我々凡人から見える世界は違いますからねぇ。所で、私はどう見えますか?」
「僕の視界が気になるんだ。いいよ教えてあげる」
徳人は立ち上がり、男の正面に立った。
男の体にはおぞましい何かがへばりついていた。徳人はそれを一つ一つ指を指す。
「君の足元から幼い子供の手が縋り付くように伸びている。幼少期に大量に友達を殺したでしょ。大人になった今でもそれが君の根幹になっている。君の体からは笑顔の表皮。そして、内部には弱々しい紫の炎。攻撃性を笑顔で隠し、過去の出来事に対する怒りをすべて他責への転嫁しようとする臆病者。口先だけは動いて、詐欺師の気質を持ち。頭の中は――」
男は無言で徳人の口を掴み、喋れないようにした。
「ええ。ええ。もういいです。どうやらあなたには隠し事はできないみたいですねぇ」
男はゆっくりと徳人の口から手をのけた。
「君なんて小物。僕にとってはちょっと変なだけだよ。これで、分かったかな? こんな僕が一人の人物に執着したくなることがどれだけ異常だっていうことが」
男はぐっだりと項垂れながらも頭を掻いた。
「……ええ。分かりました」
男の様子を見た徳人はにっこり笑った。
「じゃあ、君のスーツを貸してくれ」
「スーツ? なぜですか?」
「さっき言った通り、僕には人間が正常に見えていない。そういう時、他人から見た彼について聞くことは非常に有用だろう? だから君を呼んだんだ」
「俺ごときには徳人様の考えていることは分かりませんが、いいでしょう」
男はジャケットを脱ぎ、徳人に渡した。
「じゃあ。行こうか。インタビューに」
――――――
「栄興新聞の新人記者の川谷です。本日はよろしくお願いします」
「えらく若い新人記者だな。まあ、なんでも聞いてくれ」
徳人は本物の記者をしている男を連れて佐月に関連する人間に取材をしていた。
「名門の下徳高校の嘉納先生から見て、中学生の中で注目する選手は誰ですか?」
「おっ。高校じゃなくて中学の話だな。かなり調べて来たクチだな。なら、知っているだろう。中津佐月という男だ」
「それはなぜですか?」
「先に言っておくが、あいつは俺の下で修業をした。俺の指導がいいってことだな。だからあいつは強い」
徳人は目の前の男が嘘を吐いていることをすぐに見抜いた。しかし、聞きたいことは別にあったため無視をした。
「そうですか。では、佐月くんの武力以外での魅力について教えてくれませんか?」
人間的魅力。徳人が一番、聞きたかった所だった。自身よりも弱いと感じた男の戦う才能についてはどうでもよかった。
佐月が人格面として周りからどう評価されているのか? その一点だけだった。
「あいつは真面目でいい奴だ。厳しい訓練も文句も言わずにやるし、狂犬みたいな先輩とも仲良くやっているみたいだしな。だらしない俺でも、慕ってついてきてくれるのは純粋に先生として嬉しい所かな」
「なるほど、真面目な方なんですね。では逆に課題だと感じる所はですか?」
「課題? 課題なあ。死線武道的にはあいつはほぼ完成していると言ってもいい。技の練度が桁違いだ。仮に身体能力が同じならこの世界であいつに勝てる奴を俺は知らない」
嘉納は佐月を高く評価していた。
課題については中学生ということもあり、唯一と言っていいほどの短所である身体能力は成長によって発展する猶予がある。更に、佐月の戦闘技術は飛び抜けており、トッププロ冒険者の自分ですら勝てないと思っていた。
少し悩んだ後、嘉納は一つ、欠点らしきものを思い出した。
「あっ。一つあった。あいつは一人でため込み過ぎる」
「ため込む? それは隠し事があるということですか?」
「いや、そんな大層なものじゃなくてな。あいつ。練習中に骨折しても無理やり戦うし、睡眠時間を削って自主練をやっている。あいつはバレていないと思っているだろうが、見て方にはバレバレだ。我慢強いとかじゃなくて、一人でどうにかしようと抱え込むやつなんだ」
「面白い選手ですね。彼の活躍には我々も期待しています」
聞きたい情報を得た徳人は嘉納に対する取材を終わらせた。
「高校生の注目選手は聞かなくてもいいのか?」
「ええ。芽妻さんですよね。今回、私は中学生の部を注目していますので」
「若手なのに面白い記者もいたもんだな」
「嘉納先生。取材協力ありがとうございました。うちは新人の裁量を認めてまして。川谷。いくぞ」
男が徳人の上司役となり制御することで、特定の話題だけを聞くことに違和感を持たせないようにしていた。
「前年度の中学生世界王者の芽妻冴さんですね」
徳人が次に向かったのは佐月の先輩である芽妻冴の所であった。彼女は飲み物を買った後、佐月のいる医務室に戻ろうとする廊下で接触した。
「ああ。そうだが。なんの用だ?」
「我々は栄興新聞の者です」
「ああ。そこのおっさんは去年もいたな。それで? 俺は面倒な取材なんて受けないぞ」
「中津佐月。彼についてどう思いますか?」
足蹴にするつもりだった冴だったが、その名前が出てから態度が変わった。
「あいつはな。まだまだ未熟な弟分みたいなもんだ。知ってんのか?」
「ええ。嘉納先生が教えて下さいました。佐月くんは銃を持った集団に囲まれて無傷だったという逸話も聞きました」
「そうかそうか。お前、なかなか分かる奴だな」
冴は調子に乗り、徳人の肩を叩いた。
「先輩から見た彼の魅力とはなんですか?」
「魅力!? ああ。あいつは掃除が好きであと料理とかも作れる。おまけにオレが言わなくとも物を取って来るし、褒めて欲しい時に褒めてくれる。とにかくいい後輩だな。技術は持っているが、へなちょこだから、つい指導に熱が入ってボコボコにしてしまってもすぐ立ち直るしな」
「まるで召使いですね。では、課題はなんだと思いますか?」
「課題? そりゃいっぱいあるぞ。そりゃ身体能力とかな」
徳人の眼には意図的に何かを隠そうとしている意思は見えなかったが、深層意識レベルで何かの感情を隠そうとしていることに気付いた。
自身が直接会話して感じたことと、嘉納の言っていたことをもとに徳人は彼女が隠したがっている感情の一部を刺激することにした。
「あとは……鈍感。ですか?」
徳人は佐月を殴っても反応がないような人間だと評した。そして、嘉納はため込む性質と語った。
そこから、鈍感というワードをぶつけた。
この言葉選びには意味があった。
冴の感情を揺さぶる事。徳人の目には心の動きが分かる。少しの動揺で多くのことを把握できる。
「はぁ!?」
冴は大声を上げた。
徳人は望んでいた反応から嬉しくなり、口角を上げた。
「確かにあなたのような強くて美しい人物とずっと一緒にいて心が動かない人間は朴念仁と言いますね」
「バカ! なんなんだ。おっさん。こいつヤバいぞ」
徳人の付き人である本物の記者は徳人の言動を咎めることはしなかった。
「これは内緒の話なんですけどね。彼、好きな人がいますよ」
徳人は去り際に一言を言って去っていった。
「おい。川谷待て。すいません。こちらから言って聞かせておきますんで」
「あ……ああ」
強気だった冴が言い淀んだ。
徳人と記者の男は誰もいない通路に立っていた。
「彼の事はおおよそ分かったよ。俗に言う背中で語るタイプの男なんだろうね。彼の本命は恐らくあの白髪メッシュの少女だろう。策略家じゃない彼じゃ、きっと上手くはいかないだろう。サポートは僕の仕事だね」
「へい。そうですか」
興奮している徳人に対して男はどうでもよさそうな態度だった。
「ああ。それはそれとして。僕らは僕らで楽しい計画を練ろうじゃないか。勿論、君にも出番はあるからね」
「ええ。俺ですか?」
「『新魔教団』幹部の『スマイルズ』くん」
『スマイルズ』と言われた男の口角は大きく開いていた。先ほどまでのつまらなそうな表情の男と同一人物とは思えないような表情の移り変わりだった。
「ああ! こんな素晴らしい舞台で私のショーを開けるなんて。みなさんを笑顔にしなければ!」
二人の男の影は闇に消えていった。




