新たな従業員
「つ……殺しなさいよ! さっさと! 女いじめて楽しむなんて陰湿よ!」
「あ? 黙ってろ青春症候群女。人生や運命はな、簡単にお前を救ってくれる白馬の王子様を寄こしちゃくれねえんだよ」
女は顔を真っ赤にさせて怒るが、俺を殺すには、足りない。戦闘経験が、足りない。
今まで見えない神速の斬撃でワンパンしてきたんだろう。そんなもんで得られるのは過大な評価と無意味な戦闘経験とクソみたいな自信だけだ。
俺だって、余程のことがなければ見えない斬撃は使わない。
「何を、言ってるのよ! 殺し、なさいよ、早く!」
「じゃあ抗うな、剣を捨てて、首を差し出せ、少女漫画の主人公女」
「……あーし、だって!」
握った短剣を落とすと空いていた方の手で握り直し、俺の首を狙う。
土壇場で覚醒を始めたか、その選択は悪くないが、俺に届く前に彼女は転んだ。
「あーし、だって……死にたくて死にたいわけじゃ、ない! でもどーしろって言うの! 冒険者にもなれなくて、借金もあって! もう、死んだほうが――」
「俺は漆黒企業の代表だ。俺の前で軽率に死んだほうがマシ、なんて言葉を使うなよ。約束してやる、俺はお前が死んだら黄泉まで行って連れ戻す。お前はもっと、死ぬまで生き続けろ」
「な、に言って、勝手なこと、言って!」
奴は俺の握られた腕ごと神速で加速。
勢い良く俺の腕を抉り捻じ切った。馬鹿みたいな痛みに、バカみたいに口笛を吹いて喜ぶ場ドラゴン。そうだ、それで良い、必死で、自分の壁を越えて行け。
捥げた腕の袖を思い切り絞って無理やり止血する。痛い。熱い。どくどくと脈打つ命の躍動を感じる度に、俺は何度も思う。死んで、たまるかって。
「俺がお前を活かしてやる。人生を、目標を、夢を、探して、必死にやって、それでもダメなら勝手に死にやがれ
ファルマ! 椅子机セットで持って来い!」
俺はファルマに運ばせておいた長机と椅子を、赤い髪の女剣士の前に置いた。
「さて。まずお名前と、ウチのダンジョンの攻略動機を聞かせてください」
「……え?」
素晴らしい。状況が飲み込めず、かといって剣を握って反抗するには情報が少ない。
結果、彼女の頭はこの土壇場で思考を停止させた。逸材だ。普通に迷宮攻略だったらもう死んでるくらい危険なことをライブでやってのけている。
「質問を変えましょう。あなたは何故、冒険者に?」
「……私、は、元々奴隷で、前衛張るために装備を渡された、だけで」
「ウチ以外にも幾つか迷宮攻略を受けている、ということでよろしいですか?」
「何度も。あーしさ、不思議なもんで、中々死なないから、前衛ばっかりうまくなって。でも、別に攻略の知識もないし、強いわけじゃないから安値で売り飛ばされ続けて……変態に売られた時に抵抗しちゃって……娼婦にもなれなくて」
「色々あったようですね。ゼラールに売られたあなたの今回の役目は?」
「囮。適当に動いて、あーしが殺されてる間に他の人が、決める予定だった」
「では、あなたは冒険者になりたいわけでは?」
「ない、けど、他に出来ることもないから、仕方なく。借金もあるし、仲良くなった子たち、みんな死んで……」
「あなただけ生き残っているのですか?」
「……私を殺してみて」
「いいぜえ、喜んでぶっ殺し!」
せっかく大人しくしていた褐色ドラゴンが上空から蹴りを放つ。
しかし、彼女はほんの少し体を逸らして敢えて紙一重で避けた――
「あっつ、ちょ、毛先焦げた!」
焦げた毛先をふうふうする彼女を後目に、俺は組んだ指の奥で、視線を馬鹿ドラゴンに向ける。奴も気づいたらしい。
超熟考は受けのスキルじゃない。むしろ、隙を突いて一瞬の間を仕留める攻めのスキル。
あいつが本気でぶっころ攻撃を仕掛けたら避けられない。それを避けた。
なるほど、攻撃センスは壊滅的だが、逃げに関しては天才的な才能があるのか。
「閃光撃。それがあーしのスキル。あーし、めっちゃ速いんだよ、あーしより速いの見たことないから、たぶん最速」
「素晴らしい自己PRですね、長所はよく分かりましたが、短所は?」
「え? あー、めちゃめちゃ食べるから食費がしんどいかも」
こいつおもれえ。前世だったらワンチャン上に掛け合って選考通すレベル
はっ……まさかこいつ、自分の閃光とこの選考を賭けた高度なダブルミーニングを?
馬鹿な、こいつは揺るがすぞ、この世界の笑いの根幹を、通らないボケと凝り固まったギャグの牙城を、揺るがす。
「なるほど。では、ここで一発ギャグをするので見て下さい」
「ご主人様、それだけはなりません!」
時代錯誤な静止で俺が止まるとでも思っていたのか、使い魔を無視して立ち上がる。
「あー、すねを豆腐の角で打って痛い痛い、いたすぎる、いたすぎるー、いた杉田玄白の解体新書」
俺の演技力、タイミング、掴みは完璧だ。いかに閃光撃と言えど、これはかわせない。
「つ、く……くくく、ふふ、何それ……くっく」
「おい……お嬢ちゃん、今ので笑ったのか?」
褐色ドラゴンが俺の知る中で初めて困惑の表情を見せた。
「え? うん、だって、くっく、何か分かんない、けど、おもろ……ぷふ」
「採用! 採用です。彼女採用です」
「ご主人様! 恐らくただゲラなだけです。これ以上無駄な人件費は」
「そこそこスキルも強いし、いつまでも馬鹿トカゲをこの中に閉じ込めておくわけにもいかないだろ。仕事は他にもある。彼女には飛び回ってもらう」
「え、でも、私、借金あるし……」
「さっき返しておいた」
「え? なんでそんなこと……」
「ノリと勘だ。あんた、名前は」
「……ユイア」
「ユイアか。この紙切れは、お前の人生だ。お前を決める、たった一つのデカすぎる誓約書。これにサインをすれば、お前は一生自由を失う。だが、約束しよう」
俺は生成した契約書と常に持ち歩いているペンを懐から取り出して机上に叩きつける。
俺がやっていることは慈善活動や善行じゃない。あくまでも全てはビジネス。俺が潤い、利益を得れば、失う者もいる。あまりにも当たり前の話だ。
分かり切っているからこそ、俺はベロを出して、バカにしてやるのさ。
「一生、笑わせてやる」
笑って、酔おうぜ。
「……ふっふ、はははははっはっはげっほあっほ、ちょ、器官入った。無理、書く、書く書くサイン書くけどちょっと待って」
「ゆっくり考えたか? そこの馬鹿ドラゴンは選択肢がなかったが、あんたは違う」
「そうだぜ、こいつのうすら寒い何言ってんのか分からねえギャグを聞くことになる。ていうか、俺もギャグとかボケとかよく分かんねえ」
「良いよ。今と変わんないし、あーし、初めてかもしんない。笑ったの。あんたと一緒に居たら、ずっと笑えんでしょ? よろしくね、ええと……」
にっこり笑った赤い髪の女剣士。すごく、良い笑顔で笑う。戦闘後のボロボロ差をしっかり消し去る程の快活な笑み。まるで太陽の子みたいだった。
契約書の効力が発動していることを確認し、俺は契約書をスキルの内側に隠した。
「アスヤだ。ダンジョンマスター、はじめマスター」
「ふっひゃ、ダメ、あーし、あははは!」
「こいつは重症だなぁ、で? モブマスター、お次はどうすんだよ。何殺せばいいんだ?」
「そうだ。あーしも、何かお仕事した方が良いよね」
「イグザクトリー、お前ら、各々の方法で稼いで来い、金を。2週間で目標金額に到達しなかった場合、このダンジョンと俺の命は差し押さえられる」
雨降って地固まらぬ内に打ち水。
問題ばかり降りかかって来て俺たちは全く安定した生活が遅れない。
予定が前倒しになったが、二人には考え得る限りの方法で金を稼いでもらって、俺は俺で行動する。
別に二人がどれだけ集めてくるかなんて考慮に入れてすらない。
ただまあ、何もさせないよりはマシだ。
ダンジョンは作った。従業員も雇った。評判も上々。軌道に乗る一歩手前で、つまずいてやるものかよ。