天から地へ落ちた天使
「ボロボロで、言い様だよ、フェルデス」
「このわたくしがっ、こんなっ……皆々様、手出しは無用っ、ここは、わたくしとっ、ユイアさんの戦いですっ」
「いいぜ。好きにしな。こっちはこっちで、ひと悶着ありそうなんでね」
ゼロネが消えてから、エトナはほとんど死に体だった。かと言って、治療する余裕はなく、最悪死んでから蘇生してやろうと思っていたが……起き上がった。
「おはよう」
「おはようだ? お久しぶりの間違いだろ、アスヤ」
「……お前、ルシエルか……」
この雰囲気、この風格、このプレッシャー。まず間違いない。こいつ……どこに行っていたのかと思ったら。
「いやぁ、お前のお陰で外へ出たが肉体がなくて。ようやく体を手に入れることが出来た。ありがとう」
「お前を出す予定じゃなかったが……その体を返してくれないか?」
「お前との契約はもうない。お前のスキルをもらった手前、多少生かしてやってもいいがっ――」
突如、エトナの両腕が、自らの首をガシッと掴んだ。何をしているのかと目を疑うが、それはルシエルも同じようだった。
片目を見開き、苦しそうに藻掻いている。
「レディの体を、そない粗末につこうたら、あかんで」
紛れもない、エトナの意識。死んで、ない。
いや、ルシエルは相当弱っている。俺のスキルがなければ死んでいる程に。
意識なんてないはずなのにこいつ……どこまでおもしれえ女なんだ。
「あかん、私は無理みたいやわ。殺してくれん? アスヤ」
「ああ。また会おう」
近づくと同時に首の骨をへし折った。
ルシエル……魔王を殺せなかったのは、俺の落ち度だな。殺しきらないと、あいつはこうやって何度も蘇る。俺が阻止しなければいけない話ではないんだけどな。
「さて……」
ひと悶着終わったところで、ユイアの方も終わっていた。
「はあ、はあ……助けてくださいっ! 家族が、家族がいるのです!」
「それはみんなも同じだったよ。ニフィアにも……新しい家族が出来たのに」
ユイアの瞳は揺れていた。らしくなく、動揺が色濃く出ていた。そんな目で、人の命は奪えねえ。
お前は、立ち向かってくる奴、自分を殺す奴を殺すことに躊躇はないが、どう考えてももう、奴に戦えるほどの力はない。
両手を地面に着けて、許しのために頭を垂れる奴に剣が落とせるのか。
揺れる。瞳も剣を持つ手も全て揺れる。こんな状況で、やれるのか?
「……ニフィアは、最後まで、許す、つもりだった……だから、ウチも……あんたを許す」
それがお前の答えか。いいな、ユイア。お前はそれでいい。
汚いことは俺やドラーゼが――
「甘いですねっ、あなたは!」
一瞬の隙を突いて、フェルデスはユイアに斬りかかる。
本当に、クズって言うのは存在するんだな。クソが。
ユイアは目にも止まらない速さで抜剣すると、フェルデスの首を次の瞬間には斬り割いていた。
速いなんてもんじゃないし……相当修練を積んできたんだな。もう、戦闘に怯えが見えない。振り回されていた自分のスキルを完璧に支配している。
「甘くねえっての。アスヤ、いや、ダンマス。一つ頼みがあるの」
「なんだ?」
「ニフィアっていう女の子を生き返らせて。ウチはそのためなら、何でもする」
ニフィア……知らない名前だな。俺のいない間に、いろんな出会いがあったようだ。
「その子は、どんな子なんだ?」
「家族を焼かれて、自分の弱さを認めて、最後まで誰かの笑顔のために……生きた子だよ。ウチが殺したんだ。だから、ウチが何をしてでも生き返らせる」
そうか……まだ、俺の力の全てをこいつらに話してなかったな……。
俺はどうするべきか悩んだが、ここで嘘を吐いても仕方がない。
「……ついて来い。一緒に、死のうぜ」
「喜んで」
ユイアは俺に満面の笑みで抱き着くと、俺の背中から自分の腹にかけて、剣を容赦なく突き刺した。
互いに血を口から吐き出して、地獄の底へ落ちていく。
本当に、死ぬのも楽じゃないな。ていうかめちゃめちゃ痛い。
地獄の底へ突き落とされた俺たちは、暗く何もない場所でしばらくじっとしていると、行灯がいくつも見えた。
行燈は奥の方へと続き、最終的に俺たちが到着したのは、居酒屋だ。
「ここって……何?」
「ルシエル……魔王が営んでいた酒場の慣れの果てだ。今は……やってるか?」
暖簾を潜ってはいると、カウンターの中で詰まらなそうな表情を見せる少女の姿があった。
俺をこの世界に連れて来た女神、エクシアだ。
「何しに来やがりましたか、また」
「こいつにちょっと説明しようと思ってな。まずここは地獄だ。地獄がどういうところかは分かるか?」
「え? 悪いことした人が落ちる場所、じゃないの?」
「そう。俺はここで、魔王とある契約をした。この女神を連れていく代わりに、俺は地獄から抜け出す方法を教えてもらったんだ。だから俺の黄泉還りは厳密に言うとスキルじゃねえんだ」
「約束って……何が目的で、そんな?」
「私の恩寵でやがりますよ」
エクシアの不貞腐れたような態度を後目に、ユイアは続けて不思議そうな表情で首を傾げた。
「何それ」
「女神が持つ不思議な力さ。そのお陰でこいつらはスキルを生み出し、妙な機械を使える。魔王は酷く弱っていて、復活のために恩寵を欲したのさ」
「ちょっと待って……あんた知らない内に、魔王復活させようとしたわけ?」
「いや。土壇場で裏切ってエクシアを助けた。代わりに奴は俺の契約スキルを奪い取って分解して、ここから抜け出した」
「だから、スキルを使わなかったの?」
「厳密に言うと使えなかったんだよな。まあただ、抜け出したが、ここにも戻ってこれないようにエクシアが見張っている。魂の状態だと、奴は死んだ人間くらいしか体を使えねえんだろう? エクシア」
「ちげえです。同じように契約すれば使えやがります。ただ、アレに耐え得る体を持たないと体から爆発するです」
「んじゃ大丈夫だな。当分は」
「大丈夫じゃねえでやがります。お前のせいで、クソ面倒でいやがります。魔王が放たれたと知れば、私の立場もねえでいやがります」
「助けたんだから文句を言うなよ。それより次を考えようぜ。エトナはいねえのかな」
「ここには来てねぇでいやがります。クソ程にどうでもいい事よりも、速くこれを何とかしないと、空から私の代わりが来やがります」
「わかったわかった。策はある。それよりも、ユイア。ここは地獄だ。俺が黄泉還ることができるのも、ここに来る奴だけだ」
「それが?」
「ニフィアはここにはいない」
「あの小さな子なら天国か、もしくは転生の間に行っていやがるでしょうね」
「え、そ、え?」
「天国に行ったってことだ」
「そんな、だって……ウチは……じゃあ、ニフィアは……」
「生き返らせることができねえ。悪いな」




