遅れて、参上
エトナの横。ドラーゼとユイアの影を上手く使ったピンポイントでの斬撃を浴びせるアシュリー。
「なら、喋らん方がええよ」
繊細で鋭い一撃はエトナを確かに捉えたはずだったが、空いていた手の指先だけで簡単に摘まんで止める。
化け物じみた返しに、アシュリーは戸惑いを見せなかった。声を出したのは、気付いてほしかったからだ。
ユイアから一瞬だけでも意識が外れればそれでいい。
一瞬は、ユイアにとって、あまりにも長い時間なのだから。
影ではなく、正面からの、殴打。速度を上乗せした、速いだけの拳――
否、当たらず。
首をグイっと曲げて躱すと同時に、ユイアの腹に真正面からの蹴り。
さらに悪いことに、回復したゼロネが既に迫っていた。
「おおっとぉ、お前の相手は、俺だぁ」
「しつこいトカゲが!」
「姫様っ!」
ゼロネとドラーゼの隙間を縫って、フェルデスが真っ直ぐ攻め入った。
嫌らしい攻勢に反応したのはアシュリー。
カタナを捨てて、体術のみでフェルデスを拘束する。
「ええい、邪魔っ!」
「お前に、言われたくないんだよね」
「うふふ、ぐっちゃぐた。ええなぁ、必死で戦って。私は、そう言うの、分からんのよね。女神を殺して、降り立った場所は戦場。私に優しくしてくれた女の子も死んだ。村も燃えた。私はそこから七つ村を焼いて帝国に捕まった。その時よりは、少し辛い、かな」
「ごちゃごちゃ喋んなって、もうさあ!」
ユイアの攻撃は全て防がれた。武器もなければ体全体がボロボロ。
しかし、全員で作り上げた混戦は、余裕の表情を浮かべるエトナに対しての切り札。
少々の油断に付け入ることで手痛いダメージを少しでも与える。
「お久しぶりです、お姫様」
丁度いいタイミングで仕掛けたのはメルフィ。
メルフィは負けない。無力化することで時間を稼いでいたエトナにようやく追いついた。
二方向からの一撃――
「はいはい」
手の甲、掌、単純な体の部位を使った押し合いで、一向に勝てない。
ただ、勝てないのは承知の上だった。
「抜け出せ、ドラーゼ!」
「あいよ、ヘボマス代理!」
タッチの差。こちらもステップだけでゼロネを躱し、両手の塞がったエトナに向かう。
しかしエトナ、たった片足で自身を支え、蹴りを前に打ち出した。
強烈な一撃に腹を打たれてドラーゼ、地面に沈む。
まだだ――
三人の動きを見たアシュリーが、フェルデスの隙を突いてエトナに攻勢をかける。
これで、エトナはもう、返す力を完全に失った。
まさに、全身全霊、全力をかけたラストアタック――
「はぐ、ああ、ひゃるほほ……んぐ、硬いなぁ」
アシュリーの一撃を、あろうことか、エトナは歯で挟む、いや、食い千切った。
驚愕するアシュリーに、態勢を立て直しつつ再度の蹴りをお見舞いした。
(これで、勝てないって、マジ?)
絶望が、漂った。スキルではない、単純な人間の地力だけで、勝てない。
強いとか弱いとかのレベルではない。一つかそれ以上、レベルが違う。
脳内で思考が閃き続けて目がチカチカする。勝てない相手が目の前にいて、全員の目も意識も何もかも、集中していた。
全力を打ち込んでいったにもかかわらず、決して敵わない。そしてまだ敵はふたり、残っている。
怒りを越えて殺意も超えて、最早冷静の息に到達したゼロネ。
いまだに有効な手段のないフェルデス。厄介が過ぎてもう、何も考えられない。
いや、この絶望下で、ドラーゼの最適解も、覚醒したユイアの思考も、一つの答えに到達していた。
このままだと負ける。時を同じくしてエトナも、勝利を確信していた。
結局のところ、いなかったのだ。元王国に、エトナを超える人間が。
「はあ……負け、か……」
「おい、大将ならんなこと絶対言わねえぞ」
ドラーゼに諭されて、前髪をかき上げた。確かに、大将なら言わない。
だったらもう、一つしかなった。
「笑って、酔おうぜ」
「その意気やよしやわぁ。さあ、おいで、最期のお楽しみといこかぁ」
もう、大した抵抗は出来ない。この迷宮遊戯、ワンオンワンでの戦いなら確かに勝ち目があった。途中で全部ぶち壊されて、なんとか混戦に持ち込んだ。
しかし見誤っていた。女帝エトナは、立場でもなく政治でもない、その強さだけで、ここまで来ている。
全く大した相手だと、ユイアは笑った。笑うしかなかった。
ただ、同時に恐怖もその胸中に核実に巣食っていた。
怖い、死ぬ、死にたくない、ユイアが最後の最後に願ったのは……一つ。
(アスヤ……助けて)
どこかへ消えてしまったダンジョンマスターアスヤ。今、会ったら確実に殴ってやる。
ひとりでグチャグチャにして、その責任をほっぽり出した馬鹿を、ユイアは殴ると決めていた。
「わたくしがっ、殺して差し上げ――」
どさくさにユイアを殺そうとしたフェルデスを……何かが轢き去っていった。
とてつもない、ドンッ、という衝撃音。
砂地を擦り、壁にぶち当たるまで、それは止まらなかった。
砂塵を巻き上げ、グチャグチャになる鉄の塊。壁に当たると同時に四方に爆ぜる鉄の怪物の中から、何かが飛び出した。
「へえ……あんた、中々おもろい生き物やんねえ」
白く、ふわふわした体毛に覆われ、獣の耳を生やした少女。覇気のない瞳に、口元には黒い鉄のマスク。尻尾を揺らしてエトナに両足蹴りをかました後、ゆっくり伸びをした。
「ん。窮屈だった」
この状況で、エトナを前に一切の恐怖心も抱いていない様子で、まさしく呑気だった。
「お仲間じゃ、ないみたいやなぁ」
「ある意味お仲間だよ、お転婆お嬢様。ったく、お前のせいで世界を七つも旅する羽目になった。弾丸旅行なんて出来んのは学生までだろ、馬鹿が」
砕けた鉄の塊から姿を現したのは、ユイアがよく知る人間。ずっと、会いたかった人。
世界のどこかへ消えた、ダンジョンマスター。
アスヤ――
「あんたさぁ、普通に吹き飛ばしたんやから……戻ってきたらあかんでしょ」
「あ? じゃああんとき殺しとくんだったな、お嬢様」
アスヤ、登場と同時に戦場に軽々しく足を降ろすと、久しぶりとばかりに大きく深呼吸した。
向かっていた先は、ユイアの元。ボロ雑巾のようになって地面を這いつくばるユイアは限界ながらも顔を上げて、アスヤを睨みつけた。
「お、髪型変えたのか? 似合ってんじゃねえか、ユイア」
「……な、んで……あんたは……」
恨み言の一つでも言ってやろうと思ったユイアの口から漏れ出たのは、嗚咽だった。
我慢しようとした。だけど、こみ上げてきた。
今まで抑え込んできた物が、溢れ出てくる。言葉に出来ない感情だけが、雫になって地面に流れ落ちた。
そんなユイアの頭の上に軽く手を置いて、アスヤは笑った。
「後は任せろ。しっかり休んでな」
(なんで……あんたは、いつもいつも、こんな、良い時に……来るのよ……)
泣いてばかりいられないと、ユイアは乱暴に目元を擦って誤魔化した。
そうだ。こんな時だ、こんな時が来ると信じて、笑って、酔っていたんだから。




