上手くかみ合わない策謀
空中。
制動の利かない空中で、炎の翼を広げてピタリと止まる。両腕を突き出して二人の間合い、ドラーゼに向かう力を空中で止めた。
作られた無重力。一瞬とは言え3人の動きが完全に同期、ピタリと止まった。
隙を作り、全てを食らう。ドラゴンの戦い方、その新たな歴史は、ドラーゼが作る。
「燃え散れ、雑魚どもが!」
見開かれる瞳。開店と同時にシーフの頭を掴んで地面にぶん投げる。
シーフを落とした瞬間、翼をはためかせて飛翔。一度、男剣士の背後を完全に抜ける。
急静止――
体、翻る。
「ドラゴン、メテオ!」
後頭部に炸裂した命を刈り取る蹴りが、男剣士はシーフを貫きながら地面へ落下。
爆音を轟かせながら一瞬にして壊滅したS級冒険者率いるパーティー。
その時間、ここまで僅かに58秒。超熟考が生み出した最速の戦闘にここまで食らいついた、S級冒険者はさすがとしか言えない。
それよりも、残ったの赤い髪の女剣士。既に姿がなく、逃げたかと思った瞬間――
殺気と悪寒がドラーゼの背中を掠めた。
緊急事態に体が思わず思考を無限の時間に避難させた。超熟考がもたらす最適解は、あくまでドラーゼが得た情報から計算される。
しかし、前回のアスヤ戦、今回のS級冒険者戦を経て、超熟考は進化を果たしていた。
ドラーゼが殺気の前に感じた野性の勘。情報というには不確かな要素。
ドラーゼはこの土壇場で獲得していた。奇跡に近い、第六感。
「っぶねえなあ、おい。いつから――」
一度は避けたが追撃はしっかりと腹に食らってしまう。
見えない。動体視力を優に超える尋常じゃない速度は見てからじゃどう考えても避けられない。
何者かの差し金か知らない。何を目的にしているのかも知らない。
ただ、攻撃の継ぎ目に見えた少女の顔は、苦悶に満ちていた。
(ああ、下んねえ。戦いたくねえなら、戦わなけりゃいい。足りねえんだ、そんな顔、そんな覚悟、何もかも、下んねえ。俺を湧きたてるような何かがなけりゃ、死ぬだけだぞ)
攻撃を受けても尚立ち上がる。
見えない攻撃。動きを捉えることもままならない。勘に頼るしかない。完全な詰み。
絶望的な状況に対して、ドラーゼは本当に詰まらなそうな表情をして、首を鳴らした。
次々斬撃が刻まれ、確かなダメージを負い続けるドラーゼ。
この時初めて、ワクワクとは別の詰まらなさ、ある種の怒りから、ドラーゼは第六感超熟考を使う。
懐に飛び込んでくる剣を腕で掴んだ。
「確かに見えねえ。確かに攻略法がねえ。だけどな、死ねねえ、お前の斬撃は、弱すぎるぜ、お嬢ちゃん」
「つ……はな、っせ!」
掴まれた剣を両手で動かそうにも、人間の、それも少女の腕力ではドラゴン族のドラーゼに敵うわけがなかった。
足を体にかけて引っ張ろうとするが、対格差も相まって、子どもが駄々を捏ねているように見えた。
どうしたものかとため息を吐きながら、ボコボコに壊れたダンジョンの天井を、ドラーゼは見上げた。
†
「賭けは俺の勝ちでいいか? ゼラール」
小さなモニタを脇に寄せ、顔面にハッキリ怒りを貼り付けたゼラールに問うた。
奴は葉巻を握り潰して怒りを隠す様子もない。ゆっくりと椅子から立ち上がると、顔を片手で覆った。
「ドラゴン族を……雇ったというのか、貴様」
「ああ。負け知らずのドラゴン族。かつて大勢の冒険者が命と引き換えに絶滅寸前にまで追い込んだ種族だ。これは賞味期限があるにしても、大分長いだろうなあ」
けらけらと笑ったように話す。これは2割が伺い、8割が煽り。つまり完全な煽りだ。
「そんな伝手があって最初から言わなかった理由は何だ」
「これからも末永く付き合う取引先が健全か確かめるための企業努力だ。インサイダー取引したけりゃ饅頭の下に金を敷き詰めてくるんだな、敏腕ビジネスマン」
「良いか」
ゼラールは俺に指をさしながら、静かに素早く近寄ってきた。
「俺はお前の言葉が何一つ分からない。外人と話してる気分だ。だがこれだけは言っておく。このダンジョンは必ず、俺様が、差し押さえてやる。どうせ2週間後、お前に金を用意できるとは思えんがな。行くぞ、お前ら」
「おい。まだ一人残ってんぞ、冒険者」
「あいつは債務者だ。夢を追いすぎてダンジョ攻略費用すら払えなくなったクズだ。残りの連中も高い金の割に働けもしない」
「なあ、相談がある」
ゼラールとの相談を済ませた俺は、今日の勝利の立役者、ドラーゼの元へ向かった。
あまりにもわかりやすく砕け散ったフロアの修繕費を頭の中でチャリンチャリン考えながら歩いて行く。ファルマに修理を手配させないと――
「よう。戦闘後の割に元気そうだな褐色トカゲ」
間髪入れず、炸裂する蹴りが俺のいた地面を穿った。
クソ、修繕費がいくらになるんだこれは。無理だ、考えたくもない。
「もち。こっちは準備運動も済んで準備万端よ、ヘボマスター!」
追撃をかわし、腕をとってグルんと巨体を回転させる。こいつ、そこそこ面倒な相手と戦っていたはずなのに、アップ程度にしか思ってねえのか。
「お前とじゃれてる暇はない。S級の装備……ほぼ壊れてるが、剣は無事だ。ヒーラーの杖も無傷、シーフは、何だ良いもの持ってんじゃん。これ言い値レベル。修繕費ゲットした。さて、お嬢さん、状況は分かってるか?」
馬鹿トカゲに剣を奪われた少女は、腰に備えていた短剣以上長剣未満って言う一番楽しい時期の剣を引き抜いた。
目は死んでる癖に、体が自動的に抵抗している。死にたいって願う目と、生きたいって抗う体。あの馬鹿ドラゴンが殺さなかった理由がよく分かったよ。
この、人生って長い奔流に翻弄される姿、抗う姿が大好きなんだろう?
彼女は俺を馬鹿ドラゴンの雇用主と一瞬で断定。俊敏さ……ていうかほぼ見えない神速で襲い掛かって来る。
ああ、これは、あいつの最適解が相性最悪すぎただけで、相当手強い。
馬鹿ドラゴンは最適解の思考速度について行ける強靭な肉体を持つ、複合的に穴のないバランススキル。勝つには馬鹿みたいに強いスキルか、戦闘センス、経験が必要。
だが……
「速さだけだな」
速いし、目で追えない。不可視の一撃を放つことが出来る少女。
しかし致命的に速い以外の特性がない。動きが直線的でどこを狙うのかが分かる。
腕で軽く攻撃をいなし、掌と手の甲を僅かに動かして弾く。完封も出来るが、俺は別に彼女を殺したいわけじゃない。
「ああ、もう!」
「なあ、何でまだ攻略しようとしてるんだ? 従業員はあのドラゴンと俺だが、あのドラゴンを殺すのは不可能だぞ」
俺だって、逝き返りがなければ今みたいに従えることなんてできなかったんだ。
「……あーしには、選択肢なんてない。何もしないで死ぬか、全部やり切って自己満で死ぬかだけ。あんたにはわかんない。こんなダンジョンを経営できるような、恵まれた人間に」
ははは、っはっはっは、はははは、はっはっははは
心の中で高笑いをして、奴彼女の傍まで距離を詰める。別に、神速は、いらないんだよ。
近づくと同時に足の間に足を入れて一気に払う。
蹴り飛ばしてバランスを崩した彼女の腕を握っておくと、地面途中が反転。一息で腰を打ち付けると、俺を見上げて睨んだ。
すぐに、立ち上がるが俺に腕を取られている。足を払うか腕を捩じって、倒す。
起き上がる、倒す、起き上がる、転がす、起き上がる、転倒させる。
「えっぐいじゃん、ヘボマスター」
馬鹿の煽りが聞こえてくるが、関係ない。俺は大嫌いなんだよ、こういう、人生に拗ねている奴が。